158 怒りのアルミィ
「ミナト! 無事!?」
「アルミィ!」
魔族たちを倒しながら進んだ私は、ほどなくしてアルミィと合流できた。
事前にルイスから魔族たちの推定配備状況を聞かされてたし、何より私にはミニマップがある。
もともと、イムソダ事件のときに訪れた場所でもあるので、ある程度は地理も頭に入っていた。
地上のほうからは、遠く鬨の声が聞こえてくる。
私たちに続いて騎士団も突入を開始したのだ。
私とアルミィは時折飛び出してくる魔族兵を片付けながら、遺構を奥へと進んでいく。
ハミルトンの場所まではわからないが、ふつうに考えれば以前夢法師がいた水球の間だろう。
イムソダのときには私たちが守る側だったから、あそこが守るに堅い場所だってことはわかってる。
(意表をついて浅いところにいたりしないよね?)
私たちには及ばないとはいえ、ハミルトンは元四天魔将だ。
もし騎士団と鉢合わせたりすると、騎士団側に大きな被害が出かねない。
「いまのところ罠はないね」
いちばん警戒してたのは、遺構そのものに罠が仕掛けられてる可能性だ。
戦力差を考えれば、私やアルミィを罠にはめ、戦わずして倒そうと考えるのはむしろ当然の発想だろう。
「うん。防衛もなんだか手薄なような……」
アルミィが不審そうに言う。
たしかに、散発的に魔族兵が突撃してくるくらいで、組織的な抵抗にはあってない。
「ゲリラ戦っていうにも中途半端な気がするね」
大軍を相手取るのに、市街地など障害物の多い場所に誘い込んで不規則な攻撃をしかける、というのはよくある手だと思うけど、それにしたって散漫すぎて効果が薄い。
もっとも、背後にいる騎士団のことを思えば、敵の抵抗が薄いのはありがたい。
(いくら民のために命を賭けるって言ったって、犠牲がたくさん出たらこっちへの風当たりが強くなるからね)
団長であるシェリーさんの立場も悪くなる。
「なんか、思った以上に数がすくないかも」
「うん、上のほうにいた分でほとんどみたいだね」
「集落の襲撃で思った以上に兵が減ってたのかな」
しかし、それだったらなおさら疑問が強くなる。
本拠の防衛すら危うくなるほどの戦力を無為にすり潰すような真似をして、ハミルトンはいったい何がしたかったのか。
そこで、私の脳裏に閃くものがあった。
(ひょっとして……それ自体が目的だった?)
思いつきにすぎないが、いくつかの断片的な知識を思い出すと、そういうこともあるかもしれないと思えてきた。
(だけど、アルミィには話せないな)
ひそかに悩むあいだにも、私たちは遺構を進んでいく。
魔族兵たちは、遺構の死角や物陰に潜んで、刺し違えるつもりで向かってくる。
エーテルボムを強力にしたような、魔法による自爆を狙う魔族も多かった。
「魔族に栄光あれ!」
「魔族の悲願にこの身を捧げん!」
「ハミルトン真魔王陛下万歳!」
「僭王ミナトに呪いあれ!」
「裏切りの魔王アルミラーシュを許すな!」
目に危ない光を宿し、狂気の笑みを浮かべて襲いかかってくる魔族たちを、私とアルミィは片っ端から粉砕するしかない。
洋モノのハクスラゲーにありがちなゴア表現をリアルに見せられながら、私たちは遺構を進んでいく。
順調だ。
あまりにも順調だった。
(やっぱり、そうなのか……)
私は自分の思いつきに徐々に確信を深めていく。
「この先だね」
アルミィが、観音開きの大扉の前で、強張った顔で言った。
アルミィが強張ってるのは、戦って勝つ自信がないからじゃない。
信じていたのに裏切られた相手と、どんな顔で向き合えばいいのかわからないからだ。
「だいじょうぶ。私がついてるから」
私は、アルミィの頬についた血を指でぬぐいながらそう言った。
「……うん。ありがとう、ミナト」
そこで、扉の奥から声が聞こえた。
「――開いておるぞ。入ってまいれ、僭王ミナト、アルミラーシュ」
もちろん、ハミルトンの声だった。
私たちは顔を見合わせ、私が前に立って扉を開く。
以前は真ん中に夢法師の本体の眠る水球があった空間だが、いまは当然それはない。
水球の間の奥に、以前はなかったひな壇が増設されている。
木製のにわかごしらえの玉座があり、そこにハミルトンがどっしりと座ってる。
玉座の前にはずらりと魔族兵が並んでいた。二十人以上はいるだろう。
「よもやこうまで好き放題されようとはな」
ハミルトンが不快げに言う。
赤い鎧に身を包んだ壮年の大男の顔には違和感があった。
浮かべ慣れていない表情を無理に浮かべようとしてるような、そんな顔だ。
「だが、軽率だな、僭王どもよ。われらが真なる魔族の精鋭が待ち構えておるとも知らず、のこのこと二人して乗り込んでこようとは。
所詮は現実を知らぬ、幼い女子のままごとよ」
ハミルトンの嘲りの言葉を聞き流し、私はたどり着いた答えを口にしようとした。
しかし、そのまえに動いたものがいた。
「むっ!」
ハミルトンが大剣を構え、突如斬りかかってきたアルミィの剣を受け止めた。
私たちとハミルトンのあいだには魔族たちがたむろしてたけど、本気を出したアルミィにとって、そんなのはいないにも等しい。
体格で勝るはずのハミルトンは、アルミィの一撃を受け止めるので精一杯だ。
「……それだけですか、ハミルトン」
アルミィが低い声で言った。
「ふん、力ばかりは強いから始末に負えぬ。わしが貴様らのような小娘に喜んで従っておったとでも? 夢見がちな小娘どもの戯言に、失笑せずにおるのも一苦労だったわ」
そこで、アルミィに背後から魔族が斬りかかる。
アルミィは力任せにハミルトンを突き飛ばし、空中で剣を逆手に握り変えて、振り返ることすらなく斬りかかってきた魔族を突き刺した。
「ぐふっ……ま、魔族の宿願を……」
魔族が自爆する。
間近であびたエーテルの衝撃を、アルミィはくるりと回って斬撃を放ち、その剣風で吹き散らす。
「もはや言葉もいらぬ。僭王どもを片付けろ!」
ハミルトンの号令一下、魔族たちが私とアルミィに殺到する。
「ああもう!」
口にしかけた言葉を出すことができないまま、私は魔族たちとの戦闘に入る。
「ガトリングタレット!」
エーテルショットの弾雨が、私に向かってくる魔族たちを肉片に変える。
それでも何人かの魔族はエーテルショットを相殺したり、エーテルの障壁でしのいだりして近づいてきた。
(これまでの魔族兵より練度が高いね)
これではハミルトンを糾弾する余裕はない。
これすら、ハミルトンの計算通りであることに、私はすでに気づいている。
それでも、迎え撃つしか方法がない。
「ハミルトン! 貴方は私が討ちます!」
「来い、僭王アルミラーシュ! 人間の冒険者ふぜいにほだされ魔族の悲願を忘れた愚か者よ!」
アルミィは完全に頭に血が上ってる。
アルミィのいつもより単調な攻撃を、ハミルトンはかろうじてしのいでいる。
いつもなら数合も持たずに斬り伏せられただろう。
いまでも、力任せのアルミィの攻撃を受け止めるたびに、ハミルトンの大剣がたわみ、ハミルトンは地面に溝を残して後退する。
(まだ聞くことがあるんだけど!)
私は慌てて殲滅速度を上げる。
「魔族に栄光あれ!」
叫んで特攻をかけてきた魔族兵をかわす。
その背中を蹴り飛ばし、魔族兵の集団に突っ込ませる。
味方を巻き込んで自爆した魔族が、最後の瞬間しくじったという顔で私を見た。
「貴様には、魔族の気持ちがわからぬのかぁっ!」
私の所業に怒った魔族が、私に向かって火球を放つ。
「気持ち気持ちって……そうやって自分の気持ちばかり押しつけて!」
私は魔法の障壁で火球を防ぐ。
「じゃあ、あなたたちのやったことで死んだ人たちの気持ちはどうなるんだ!」
火球の魔族の頭をエーテルショットが砕く。
私は振り返って背後から迫ってた魔族をトリガーブレードで爆殺する。
「自分の気持ちばかり優先して、他人の気持ちを踏みつけにする! それじゃあグランドマスターのやってることと同じじゃないか!」
進路を塞ぐ魔族たちを吹き飛ばす。
結局、私に向かってきた魔族たちは全員片付けた。
アルミィはハミルトンを追い詰めていた。
「はぁっ!」
「ぐぅっ!」
ハミルトンがアルミィの剣を受け止める。
だが、無理な体勢がたたって、ハミルトンは大きな隙をさらした。
「陛下ぁっ!」
アルミィとハミルトンのあいだに、最後に生き残った魔族が飛び込んだ。
「なんでそこまでして……!」
アルミィが魔族を斬り伏せる。
そのあいだにハミルトンは体勢を立て直す。
そこでアルミィは、いま斬ったばかりの」魔族を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた魔族を、ハミルトンがおもわず受け止めた。
「そんなにその人たちが大事なら……胸に抱いて一緒に死になさい!」
アルミィが、動きを止めたハミルトンに斬りかかる。
鋭く踏み込み、大上段から体重を乗せた一撃だ。
迫る不可避の刃を前に、ハミルトンはうっすらと笑みを浮かべ――
「――待って、アルミィ!」
私はアルミィとハミルトンのあいだに割り込み、アルミィの一撃を受け止めた。
あまりの重さに、私の手がしびれてる。
魔法障壁もかけたっていうのに、剣の衝撃だけで砕け散っていた。
受け止めたトリガーブレードの刀身に、アルミィの剣が食い込んでる。
アルミィの剣は、私の鼻先で止まっていた。
「み、ミナト!?」
アルミィが剣を引くと、私のトリガーブレードが真ん中から折れた。
エルミナーシュが苦心して仕込んだ爆斬機構がおしゃかになる。
「待って。ハミルトンにはまだ聞くことがある」




