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12 能とかないけどとりあえず爪は隠します

「⋯⋯ナトさん。ミナトさん!」


 目を開くと、目の前に心配そうな神父さんの顔があった。


「終わりましたよ? 大丈夫ですか?」


 私は周囲を見回した。


 当たり前だが、私のいる場所は変わってない。

 冒険者教会の礼拝堂のなかだ。


「す、すみません。ぼうっとしてました」


「そうですか。たまに、お祈りに集中するあまり他ごとが聞こえなくなるかたもいますからね。だいたいは、魔術士に向いているタイプです」


「そうなんですか⋯⋯」


 もう結果を知ってるが、とりあえず黙っておこう。


 神父さんが、祭壇を振り返りながら言った。


「さて、適正診断の結果は⋯⋯って、んんんん⁉︎!⁉︎」


 神父さんが、祭壇の上の羊皮紙を手に取り、黒縁眼鏡をこれでもかと近づけ、目を左右に何度となく走らせる。


「魔術士7.9、盗賊士6.9、戦士1. 4⋯⋯ですって⁉︎ あ、ありえない!」


 渾身のリアクション芸を見せてくれる神父さん。

 ちょっと気の毒ではある。


「あの⋯⋯桁が一桁ちがうとか?」


「いえ、神筆にそのようなまちがいなどありえません。しかし⋯⋯ふうむ。これはすごい。ここまでの適正は、私も初めて見ました」


「そんなにすごいんですか?」


「すごいですよ! 宮廷魔術師クラスでも、適正倍率の平均はいいところ3、飛び抜けた才能の持ち主でも5はまれです。盗賊士は、自分の適正情報を隠したがるので正確にはわかりませんが、戦士や魔術士と大きくは変わらないでしょう」


「じゃあ、私も隠します。面倒ごとに巻きこまれたくないんで」


「もったいない、この倍率を示せば、宮廷魔術師にスカウトされますよ! 盗賊士だってもちろんひっぱりだこ、いや、戦士としてだって、十分以上にやっていける数値です」


「冒険者は自由を貴ぶんでしょ?」


「そ、それはそうですが⋯⋯みすみす豊かな暮らしを見すごして冒険者になると? あなたの言うところの危険で報われにくい日雇い仕事に就くというのですか?」


「そういう詮索はなしでお願いします。

 それで、この結果は隠せるんですか?」


「所属するギルドには、適正診断の結果を教える必要があります。もちろん、その情報は機密とされ、外部に漏れることはありません」


「本当かな⋯⋯」


 プライバシーの観念の発達した地球の企業ですら、漏らしてはいけない情報が漏れてしまうことはよくあった。

 いわんや異世界においてをや。


「ギルドに申告するのはそのギルドの管轄するジョブへの適正だけです。盗賊士ギルドなら盗賊士への適正だけで済みます。

 これだけの適正を持つ人を敵に回したくはないでしょうから、秘密は厳守されると思っていいです。すくなくとも、いち職員が触れられる情報ではありません。適正倍率はギルド長が見たうえで、素質が大いにあるというていどの情報だけが職員には伝えられます」


「へえ⋯⋯」


 意外としっかりしてるんだな。


「この街には魔術士ギルドはないんですよね?」


「ええ。少し離れた大きな街まで行ってもらう必要があります。魔術士の適正を持つ人は他のジョブより少ないんです。

 そのせいもあって、魔術士のなかにはジョブをひけらかす人がいますが、ミナトさんはとくに気をつけられたほうがいいです」


「どうしてですか?」


 と聞きつつ、私には予想がついていた。


「嫉妬ですよ。

 魔術士というだけでも嫉妬されるのに、ミナトさんは滅多にないほどの適正倍率の持ち主だ。同じ魔術士からの嫉妬こそ警戒すべきです。

 人は、自分が手に入れたいのに手に入らないでいるものを、他人が持っていることを許せないのです」


(やっぱりあるんだ、そういうの)


 変わらない人間の業にげんなりする。


 もっとも、地球での私は他人を羨む側の人間だった。

 羨まれる経験はあまりない。


(ちょっとしたことででも目立つと、なんであんな子が⋯⋯って言われたな)


 基本、私のことを下に見てる人が、たまにでも私に負けるようなことがあると、激しく私を憎んでくる。

 本当に、ちょっとしたことだ。小テストのできがよかったとか、だれかえらい人に褒められたとか。


(あれはひどかったなぁ。先生が、「今回の満点は乗蓮寺さんだけです」って発表しちゃったとき)


 大勢の人の前で褒めないでほしい。

 影でどんなことになるか、想像がつかないのだろうか。


「⋯⋯あの、ミナト?」


 気がつくと、神父さんが私の顔を不審そうに見つめていた。


「え、ああ、す、すみません。昔のことを思い出してしまって」


「そうですか、昔のことを⋯⋯。これだけの適正だ。平穏な人生は送れないのでしょうね」


「そ、そうなんですか⋯⋯やっぱり」


「優れた素質の持ち主はおのずと頭角をあらわすものですからね。隠そうとして隠せるものでもありません」


「⋯⋯でも、なるべくなら隠したいです」


「そういうことなら、配慮いたしましょう。ギルドは盗賊士でいいですか? それとも、大きな街まで足を伸ばして魔術師ギルドに所属しますか?」


「ギルドのかけもちはできるんですか?」


「ええ、できますよ。まあ、実際にやる人は少ないですが。

 魔術師の場合、旅先に街にギルドがないこともあることから、戦士ギルドや盗賊士ギルドにも所属しておくという人はいますね」


「じゃあ、それでお願いします。盗賊士ギルドのほうで騒ぎになったりしませんよね?」


「紹介状に書いておきましょう。性分として目立つことを嫌うので、適正については極力ギルドマスターの胸のうちにとどめてほしいと」


 そういうわけで、神父さんに紹介状をもらい、私は冒険者教会をあとにした。

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