154 意外にさばけた宮廷
ルイスから話を聞きながら、私たちは砂漠を北上し、数日でミストラディア樹国の国都ラディアスに到着した。
ルイスの案内で、クレティアスの入れられてたという牢を見せてもらう。
「うわ、檻がひしゃげてる」
日当たりの悪い、狭苦しい牢の檻が、なにかすさまじい力で曲げられ、人が通れるくらいの隙間ができていた。
「クレティアスが脱獄したのは先月のことだ。
本当は、ミナトにはもっと早くに連絡したかったんだけどね。魔王国の魔王の片割れが、元人間の冒険者で名前はミナトだって情報はあったんだけど、本人だという確証がなかった。イムソダの件では魔族とともに戦ったミナトが、魔族の国の王になるってのもよくわからない話だったし。最近になって確認が取れたんだけど、その時にはハミルトンが全権としてやってきてた。交渉相手にこっちの失態を知らせる必要はないってことになって、クレティアスの一件はそっちには教えられなかったんだ」
「どうやって私が魔王だと確認したの?」
「樹国は天然の要害だけに、閉鎖的な国だと言われてる。それは事実だけど、外の情報を集めてないわけじゃないよ」
樹国は霧の森の木材を輸出したりもしてる。
おのずと情報網もできるだろうし、意図的に情報収集もやってるだろう。
私は聞く。
「クレティアスは両腕をなくしてたはずだよね。どうやってこんなことを」
「それはこっちでもわかってない。イムソダに覚醒させられた力は、腕を失ったことでなくしてたはずだ。肩の傷口を力の残滓が塞いでたけど、たいした力は残ってないと、樹国の魔術師たちも言っていた。
ただね」
ルイスは檻に近づき、折れ曲がった鉄棒を指さした。
「これは、手で折り曲げたんじゃないんだ。
ここを見て。歯型があるだろう?」
たしかに、そこにはくっきりとした歯型がついていた。
鉄の棒に、だ。
私はぞっとした。
「え、ちょっと待って。クレティアスは、この鉄の棒を、こう歯でくわえて、そのまま折り曲げたっていうの?」
鉄の棒は私の小さい手だと握っても親指と人差し指がつかないくらいの太さがある。
その棒に、鋭く歯型が穿たれているのだ。
ルイスがうなずいた。
「とても人間業じゃないよね」
「クレティアスは、ここを脱獄してどこへ?」
「クレティアスは看守たちを殺して脱走した。看守たちも、首筋を噛みちぎられて死んでいた。
夜だったせいで、目撃情報はほとんどない。でも、たぶん北だろう。この国の南は砂漠だ。両腕のない男がうろついてれば目立つだろう。反面、霧の森に逃げ込めば目撃されるおそれは減る。そもそも、クレティアスはザムザリアの騎士だったんだから、見知った土地を目指す可能性が高い」
いわゆる「土地鑑」があるほうに向かったってことか。
「……逃げたんなら、私を殺しにきそうなものだけど」
「やつは牢獄にいたからね。単に、ミナトが魔王になったことを知らなかったんじゃないかな?」
「ああ、なるほど」
「ともかく、そんな不始末があった上に、そのことを隠してた引け目もあった。
もちろん、ハミルトンの件もクレティアスの件も、魔王国による謀略なのではと疑う声もある。
でも、謀略だとしたら狙いがボケてるのも事実だね」
「もし魔王国が樹国を侵略しようと思ってるんだったら、クレティアスにはもっと派手に暴れさせて――それこそ、国王陛下を襲わせるくらいは考えるはずだね。ハミルトンだって、霧の森にこもらせたってしょうがない。国都は無理でも、どこかの都市を占領するくらいは考えるはず」
「そういうこと。だから、とりあえずは魔王の弁明を聞こうではないか、というのが陛下のご意向だよ。
もちろん、姉さんがミナトは信用が置ける相手だと繰り返し訴えたおかげでもあるってことは、忘れないでほしいけどね」
「う……本当に恩に着ます……。
シェリーさんは?」
「巡査騎士団は、『魔族共栄圏』の監視と、クレティアスの捜索に出張ってる。団長である姉さんも霧の森」
そこで、樹国の兵士がやってきて、国王陛下との謁見の準備が整ったと告げた。
「遠路はるばるようこそ、ミナト殿、アルミラーシュ殿」
そう言って玉座から私たちを迎えたのは、三十前後くらいに見えるダークヘアの美女だった。
「陽」というよりは「陰」の印象の知的な美人さんで、前世でたとえるならやり手のキャリアウーマンだろうか。
といっても、近寄りがたい感じはない。
先輩のお姉さん的な、面倒見のよさそうな雰囲気もある。
(この世界の王様としてはめずらしいタイプかな)
おまえが言うなと言われそうだけど。
私とアルミィは揃って礼をする。
「はじめまして、レナリア陛下。私が魔王国双魔王の一人、ミナトです」
「おなじく、アルミラーシュです」
「聞いてはいたけれど、本当によく似てるわね」
女王が気さくにそう言ってくる。
「あなたたちとはいろいろとお話をしたかったけれど、事態が事態だから、率直に聞くわ。
魔王国は、今回の不法占拠に対し、どのように対処するおつもりかしら」
「まずはハミルトンに真意をただします。ですが、いずれにせよやったことがやったことですので、相応の対処をせざるをえません」
アルミィが言う。
私とアルミィの分担だが、魔王国の政治的なシンボルとして発言するのがアルミィ、魔王国の実力的なシンボルとして発言するのが私、という感じだ。
もっとも、外から見ればどちらでも大差はない。あくまでも私とアルミィのあいだでは、ってことだね。
「相応の対処、とは?」
「自刃を求め、もし呑まなければ実力行使によって討ちとります」
「実力行使……できるの? ここにいるのはあなたたち二人と供回りだけなのよね?」
「はい。ですが、双魔王が揃っている以上、たとえハミルトンであろうと、問題なく討ち取れます。なんなら、私ひとりでもどうとでもなるでしょう」
自信をにじませ言った私に、謁見の間がざわついた。
私は内心バックバクである。
女王が言った。
「頼もしいお言葉ね。
でも、それならどうしてハミルトン将軍は反乱を起こしたのかしら? 自分は魔王をも倒せると勘違いしていたということ? そこまでひどい人物のようにも思えなかったのだけれど」
「彼の真意は、正直言ってわかりません。しかし、状況からして彼が魔王国を裏切ったことはもはや明らかです。こうなってしまっては、真意がどこにあろうとやるべきことは変わらないとも言えます」
「そうね。
わたしの聞くところでは、魔族たちはこの世界に強いうらみを抱いているということよね。
その魔族を集め、従わない者は処断する。魔王国の申し出は、わたしたちにとっては渡りに船ではあったわ。
それが本心から出た言葉であれば、だけれど」
「……ご懸念はわかります」
「それに、言葉が本心からのものであっても、実力が伴わなくては意味がない。今回のことで、魔王国なるものの真贋のほどが問われることになる。これは、わたしひとりの意見ではないわ。おそらく、諸国共通の見方でしょう」
要するに、生ぬるいことをやったら世界中から総スカンを食うと思え、ってことだね。
「とはいえ、イムソダ事件のことで、樹国はミナト陛下に借りがあるわ。シェリーさんと巡査騎士団をつけるから、協力して事態を収拾してね。必要があれば他の騎士団も動かすけど、気心の知れた相手のほうがやりやすいでしょ」
「ご配慮、痛み入ります」
「こういう事態だから、甘いことは言えません。ただ、わたし個人としては、魔王国との連携は、なしではないと思ってるわ」
女王の言葉は、立場上言える、ギリギリのラインの応援なのだろう。
(シェリーさんと親しいっていうのは本当っぽいね)
女王が、いたずらっぽく言った。
「国王っていうと、どの国もおじさんかおじいさんばかりなんだもの。歳若い女性の『王』同士、なかよくやりたいものね」
女王が私たちにウインクする。
その脇で、重臣のひとりがつぶやいた。
「歳、若い……?」
「あら、何か言ったかしら、サーゲイ?」
「い、いいいえ! 何も申しておりません!」
重臣があわてて言いつくろった。
(なんていうか、意外とさばけた宮廷なのかな)
こっちとしては、口を極めて罵られるとばかり思ってたので拍子抜けだ。
私とアルミィは女王に礼をして謁見の間を後にした。




