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146 人のいない家

 アルミィに手を握られたままで眠りにつく。

 どちからというと寝つきの悪いほうだけど、不思議な安心感でわりとすんなり眠りに落ちた。


 夢、のようなものを見たと思う。

 言い方が曖昧なのは、見たものが曖昧だったからだ。

 極彩色でありながら黒一色、同時に白一色のようにも思えるなんらかの流れが周囲を包んでいて、私はその波に揺られていた。

 それはぬるいお風呂のようでもあり、熱湯のようでもあり、氷水のようでもあった。逆巻く怒涛のようでもあり、静かな渓流のようでもある。

 「流れ」と便宜上言ったが、具体的な何かが流れてるわけではない。

 ただ、なにものでもない何かが流れてる……ような感じがする、みたいな、説明しにくい現象だ。


 しいていえば、目がくらんだ上でひどいめまいに襲われて前後不覚になってるような感じかな。


 世界と世界のあいだを結ぶエーテルのジェットコースターに流されるうちに、私は意識を失った。


 次に目を覚ましたとき、私は見慣れぬ部屋に立っていた。


 部屋は、ちょうど昔の私の部屋くらいの広さ。

 雨戸が閉まってて薄暗い。

 しばらく人が入ってないのか、かびくさい湿気ったにおいが鼻につく。


 家具ひとつない部屋を見渡して、私はようやく気がついた。


「これ、私の部屋じゃん」


 あまりに様子がちがうので、気づくのに時間がかかってしまった。


「私の部屋、兼、私の殺害現場、だね……」


 地面には警察の張ったらしいテープを剥がした跡があった。

 ちょうど私がすっぽり収まるくらいの人型だ。

 もちろん、実際に私|(の死体)がすっぽり収まっていたのだろう。

 テープの形から察するに、私の死に姿はそんなにひどいものではなかったようだ。


「カエルみたいに死んでたら一生の恥だよね。もう死んでるけど」


 床をよく見る。

 フローリングの隙間に赤黒いなにかが残ってた。


「クリーニングとかしなかったのかな。っていうか、こういうのって誰が片付けるんだろ」


 警察はやってくれないらしいって話は聞いたことがある。

 うちの親戚が呼ばれてやったのだったらご愁傷様だ。


「家具は、きっと売り払ったんだろうな。あれ? でも、父さんが生きてるなら父さんの財産は処分できないはずだよね」


 父自殺or処刑によって遺産が親戚に相続されたってことなんだろうか。

 父が弁護士に頼んで痛みそうなものを早めに処分したという線もあるけど、よくて無期懲役は固そうな父がそこまで気を配るもんだろうか。


 私は壁のスイッチを押してみる。

 案の定、電気はつかなかった。


「私のパソコンがあったらよかったんだけど。いや、電気もないしネットも切れてるかな」


 私は押入れの扉を開く。

 押入れの奥には薄い板がはめてある。

 それをひっぺがすと、


「よかった。これは見つかってなかったみたいだね」


 そこには金属製のお菓子の箱があった。

 埃を払って中を開く。

 箱の中には、銀行の通帳と現金10万円が入ってた。


「家出貯金、しててよかった」


 お年玉やお小遣いをやりくりしてこつこつと貯めてたものだ。


 でも、このくらいの額じゃ、家出だって難しいのはわかってた。

 当面の資金にはなっても、家賃の頭金にすらならないだろう。


「こんなのが役に立つのか、いま使っちゃおうかって思いながら貯めてたんだよね。ほんと、貯めておいてよかった」


 でなければ、こっちでの活動資金の工面に困ったはずだ。

 もちろん、盗賊士のスキルを悪用すればこっちの世界の無警戒な一般人から財布をちょろまかすくらいは簡単だ。

 でも、たとえバレなくたってそんなことはやりたくない。


「さて、と。まずはネットのあるところを探さないとだね。ネットカフェでいいかな。それとも、今日の宿と一緒に確保しちゃう?」


 私は自室の様子を脳裏に収めると、家のなかをひと通り見て回る。

 ほかになにか残ってないかと思ったけど、びっくりするほどなにもない。

 母親が三百万で買った新興宗教の祭壇もないし、父親が母親に無断で買ってきたスポーツカーもなくなってる。いや、そんなのいらないけどね……。


「そういえば、服までエーテルで再現されてるんだね」


 もし構成されたのが身体だけだったら、素っ裸で放り出されるところだった。

 でも、


「あっちのファッションだなぁ……。こっちじゃコスプレになっちゃうね」


 魔王のマントとローブ。

 赤と黒で統一された、見るものに畏怖を与える豪華な衣装だ。

 ……なぜこれをチョイスした。


「しかたない。気配を消して街に出よう。

 でも、どうやって服を買うかな。店員さんにこの姿を見られるのは避けたいね」


 そんなことを悩みながら、私は自宅を出た。


 家から駅まではちょっとある。

 普段ならバスか自転車だが、このかっこでバスには乗れないし、家からは自転車もなくなってた。


 しかたないので歩く。

 以前は歩くにはおっくうな距離だと思ってたけど、異世界を旅するのに比べればなんでもなかった。


「なつかしいなぁ。いい思い出なんてあんまなかったけど、妙にまぶしいっていうか、迫ってくるものがある」


 以前はなんでもなかったはずのものが、奇妙に光り輝いて見えた。

 近所の家のプランターのコスモスだとか。

 錆びが多くて段ががたがたの歩道橋だとか。

 昔はうるさいと思った近所の中学校の部活の声すらなつかしい。


「ええと、このへんにやまむらがあったと思うんだけど……あ、あったあった」


 格安の衣料品店を見つけ、とりあえず私は中に入る。

 ひと通りの着替えを見繕い、店内の試着室で着替えた。

 もちろん、気配は消したままで。

 試着室の中で見繕った服の値札を計算し、合計額にいくらか色をつけて値札と一緒に封筒に入れる。

 その封筒をレジ奥の事務所にそっと置く。

 事務所にあったボールペンで、「出来心から万引きしてしまいました。罪の意識に耐えかねたので代金をお支払いします。本当に申し訳ありませんでした」と書き添えておく。


「うん、まぁ、お店は損してないからいいよね」


 無難なやまむら服に着替えた私は、気配を消すのをやめ、駅前に向かう。

 あまり大きな駅ではないけど、駅前にはネットカフェが何軒かあった。

 だが、ネットカフェに入ろうとしたところで大事なことに気がついた。


「身分証がないね」


 最近のネカフェは身分証の提示が求められる。

 もちろん、いまの私に身分証なんてものはない。


「ホテルはどうなんだっけ。場所によるのかな。ネットで調べれば……って、そのネットが使えないんだった」


 ほかにネットが使えそうな場所というと、


「……高校の情報室かな」


 そこらへんの会社や民家に忍び込んで使わせてもらってもいいのだが、やっぱりちょっと気が引ける。

 その点、通ってた高校なら、情報室が()いてそうな時間もわかる。消されてなければ私のアカウントもあるはずだ。

 ここからもそんなに遠いわけじゃない。


「気は進まないけど、見に行ってみるかな」


 私は駅前でタクシーを捕まえて、行き先を告げる。


「どうした、お嬢ちゃん。お姉さんにでも会いにくの?」


 白髪の気さくそうな運転手が話しかけてくる。


(いや、私在校生だったんだけど)


 歳より若く見られることは多いけども。

 まぁ、こんな時間に制服を着てないせいもあるだろうけど。


「そんなところです」


「あそこの高校は、なんか怖い事件があったんだってねぇ。女子生徒が父親に殺されたとか。ひどい父親もあったもんだ」


「は、はぁ……。その父親ってどうなったんでしたっけ?」


「たしか、指名手配されて捕まって、いまは公判中じゃなかったかな。将来をはかなんで無理心中しようとしたが、どうしても死に切れなかった……なんて言ってるらしい。ほんとかねぇ?」


 父親の弁護士は、そんなストーリーをこしらえてるようだ。

 「ついカッとなってやった、反省はしてない」が実情だと思うんだけど。


「もう着くけど、どこに止めようか。正門前でいいのかい?」


「ああ、いえ。ちょっと離れたところにしてもらえますか? あんまり目立つとお姉ちゃんに怒られますし」


「ふぅん? お姉さんの忘れ物でも届けに来たのかな」


「あはは。まぁ、そんなところです」


 私は代金を支払ってタクシーを降りた。

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