11 適職診断
神父さんがオルガンの前にスタンバって言った。
「では、はじめますよ。祭壇に向かって祈りを捧げてください」
「はい」
私は言われた通り、三つの神像|(話にあった最初の冒険者三人だろう)の安置された祭壇に向かう。
祭壇には、一枚の羊皮紙と金で装飾された羽ペンがひとつ置かれてる。神父さんによると「神筆」とのこと。
私は片膝をついて両手を組む。
神に祈る気にはどうしてもなれなかったが、とりあえず「適正適正適正」と心のなかで念じておく。
神父さんの演奏するオルガンが和音を奏でる。
オルガンに合わせ、いきなり神父さんが歌い出した。
♪おおー 冒険者よー 未知を夢見て歩むー 今世の勇者よー
とてもよく響くバリトンだった。
(おまえが歌うんかーい!)
反射的につっこみを入れそうになったが、なんとかこらえる。
♪おおー 荒野越えー 海原くりだしー いざいかんー 見知らぬ天地へー
(あははっ⋯⋯笑いそう。緊張じゃなくて普通に⋯⋯)
しかたないので私は祈りに集中する。
目の前で起きてることから目をそらすのは、数少ない私の特技のひとつである。
ほどなくして、バリトンの歌声が聴こえなくなった。
(あれ?)
目をつむってるはずなのに、視界の先に光が見える。
光は徐々に近づいてくる。
光は人型をしていた。
っていうか、
「神様じゃん」
「やあ、ひさしぶりー」
光の真ん中で手を振ってるのは、金髪碧眼の青年だった。
白いトーガのような服を身にまとった、二十代なかばくらいの美青年。
いつぞや以来になる「神」その人である。
神が、にっこりと笑って言う。
「適正診断にまで出張ってくる必要はないんだけど、一度君の顔を見ておこうと思ってね」
このイケメンにそんなことを言われたら、大半の女性は卒倒するかもしれない。
私にはうさんくさくしか見えないが。
「どうだい、調子は? チート使ってる? 便利でしょ?」
「まあ、便利ではありますね」
「だろう? 危険な世界だけど、君にはそれを生かして、バトルでも人生でも、ぜひハッピーなってほしい」
神は無邪気な顔でそう言った。
(善意⋯⋯で言ってるんだろうな)
でも、この神の善意はどこかズレてる。
(いいことしてる自分に満足、みたいな感じだね)
そうして満足してるあいだは、今この瞬間にも誰かが不幸にあえいでることなんて忘れてる。
(偽善者というより、小さな子どもみたいだな)
天衣無縫、とでもいえばいいのだろうか。
(なんか調子狂うな。つい、イライラしちゃう)
この神とは本当に相性が悪い。
向こうは気にしちゃいないんだろうけど。
私は、小さく吐息してから言った。
「それより、早く適正診断をやってください」
「つれないなぁ。
でも、実際、時間はないからね。これから説明することをよく覚えておくんだよ。
祭壇のほうにも神筆で託宣を書き記すけど、せっかくだからもうすこし細かく教えてあげる」
えへんと胸を張って言う神に、私は耳をそばだてる。
「君の適正だけど。
まず、『魔術士』がもっとも高いよ。常人を1としたとき、君の魔術士適正は、なんと7.9もある! おめでとう!」
「は、はあ⋯⋯」
そう言われても、どれくらいすごいのかわからない。
「これがどれくらいすごいことなのかは、戻ってからあの真面目な神父君に聞くといい。
で、次に適正が高いのは『盗賊士』だ。適正倍率は6.9! 職業暗殺者も裸足で逃げ出す高適正だよ!」
「神父さんの言ってたとおりですね」
「ああ、彼はいい目をしているね。
残る『戦士』の適正だけど、これも決して低くはない。倍率にして1.4」
「魔術士や盗賊士に比べると落ちますね」
「そうだね。
でも、ふつうだったら、1.4もあればそれが最大適正になるものなんだ。
たとえ戦士を選んでも、まずまずの冒険者として成功できると思うよ」
「へえ⋯⋯」
なんか⋯⋯ずいぶん恵まれてるな。
「ひょっとして、転生するときに神様がなにかしたんですか?」
私の思いつきに、神様が首を振る。
「いや、なにも。
これは、君が前世を生きるなかで磨いてきた能力なんだ。
地球人はとくべつに適正が高いってこともない。むしろ、戦いから遠い現代の地球人の適正は、平均的にはこの世界よりかなり低い。具体的には、この世界を1とすると、地球平均は0.82。日本に限れば0.71でしかない。もちろん、個人差は大きいけどね」
「そうなんですか。まあ、私には関係ないですけど」
私は、ゲームをプレイするとき、設定についてあまり深くは考えないほうだ。
気持ちよくキャラが動かせて、敵が倒せればそれでいい。
「そういうところが君の強さだね。平均に染まらず、自分の道を黙々と進んでいく」
神様がうんうんとうなずいた。
せっかくなので、私は聞く。
「それより、ギルドに忠誠を誓うと強くなれるっていうのは本当ですか?」
「本当だよ。
最初の冒険者である三人は僕が冒険者の守護神として昇天させた。
彼らの加護を受けることで、過去に存在したすべての三士が蓄えてきた戦いのキオクにつながることができるんだ。
もちろん、潜在意識の奥底でのつながりだから、はっきりと意識することはできない。戦いの最中に、デジャビュのような形で、ピンとくるというか、閃くというか、夢で見たような感じがするというか、『あ、これ通信教育でやったとこだ!』と思ったりみたいな⋯⋯」
「閃くでわかりますから」
私はため息をついてそうつっこむ。
「じゃ、ゲームが好きな君のためにやる気になりそうなことを教えてあげよう。
この世界のモンスターは、エーテルを取り込み、それを汚染することで、歪んだ生を成り立たせているんだ。君がモンスターを倒すと、そのエーテルが解放される。もとの清浄性を取り戻したエーテルは、君の体内へと取りこまれーー」
「あの、短くできませんか?」
「君は気が短いね。
ま、ようするに、モンスター倒すと経験値的なパワーを吸収して強くなれるよ! やったねミナトちゃん! っていうお話さ。
それと、この世界のモンスターはたまにドロップアイテムを落とす。正確にはエーテルの煮凝りが冒険者の想念に影響されてパラフィジカルなアイテムとして具象化しーー」
「あ、あの⋯⋯」
「わかってるよ、短くだよね。
簡単さ、モンスターは倒すとアイテムを落とす! 好きなだけハクスラしてね! とまあ、そんなことさ」
「へえ⋯⋯」
ドロップアイテムのことはこれまでにも耳にしてたけど、そういう仕組みだったんだ。
「お? ちょっとはやる気出た?」
「⋯⋯で、出ません」
意地になって否定したが、実際、ちょっとーーいや、かなり面白そうだなとは思ってた。
「ふふっ、君の笑顔が見られてよかったよ。じゃあ、他の細かいことは神父君かギルドの人に聞いてねー! アデュー!」
その言葉を最後に、神が、光ごとフェードアウトしていなくなる。
(⋯⋯私、いま笑ってたの?)
鉄面皮で有名だったんだけどな。