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144 魔王のお仕事

 魔王の仕事は、なかなかどうして忙しい。


 いろんな国との交渉はボロネールに投げてる。

 王があまり動いては相手国から軽んじられる、とハミルトンに注意されたからだ。


 でも、交渉の経過は逐次連絡が入るし、許認可も必要だ。

 魔王城に保存されてた古代の魔法通信機を主要な魔族に持たせてるから、各地からの報連相がひっきりなしに押し寄せる。


 それでも各国との交渉なんていう私にもアルミィにも向いてない仕事は部下に丸投げでオーケーだ。


 そのいっぽうで、私がやるしかない仕事もある。


 ひとつは、各地のダンジョンを攻略し、そのコアを回収すること。


 ダンジョンコアは、グランドマスターに倒された初代魔王の力を結晶化したもの。

 これを回収するのは、今後の計画のために絶対に必要なことだった。

 グランドマスターの作った冒険者という仕組みに代わるものとして構築中のガーディアンシステムには、膨大な力が必要となる。

 同時に、冒険者という稼業を成り立たせてるダンジョンという装置を取り除く。

 こうすることで、ダンジョンでハクスラして収益を得るという冒険者のビジネスモデルを成り立たなくさせ、人々を脅威から守る守護者への乗り換えを促すのだ。


 ダンジョンの攻略は、はっきり言って大変だ。

 希望の村の冒険者――いや、守護者たちは優秀なのだが、彼らだけでダンジョンを攻略できるってほどじゃない。

 ロフトの街にあったダンジョンでも、冒険者たちは私抜きでは一層すら攻略できていなかった。

 希望の村の守護者たちなら、ロフトのダンジョンでもそこそこ潜れるだろうけど、時間はかかるし、深層のモンスターには勝てないと思う。具体的にはアビスワームとか。


 実力的には元四天魔将のグリュンブリンなら行けると思う。

 でも、彼女はダンジョンについては素人だ。

 魔族の中には世間に溶け込む偽装として冒険者をしてた人たちもいる。ただ、受肉してから日が浅いため、実力のほどはいまいちだった。

 結局、魔王国でダンジョンの完全攻略ができるのは私をおいて他にないってことになる。


 今日も、魔王城の転移法陣を使って南大陸に飛び、目立たない場所にあったダンジョンを人知れず攻略してきた。


「ただいまー」


 アルミィとの共有空間に入って声をかけると、


「おかえり、ミナト」


 アルミィがにっこり笑って言ってくれる。


(ああ、癒される)


 屈託のないアルミィを見ると、ダンジョン攻略でささくれだった心が洗われる。


「いやぁ、参ったよ。廃坑がダンジョン化したところでさ。レールのスイッチを切り替えてトロッコで進むの。最後まで行ったのにスイッチの切り替えミスで最初に戻されてキレそうになった」


 普段はおとなしくて、いるんだかいないんだかわからないと評されがちな私ではあるが、ことゲームとなると人が変わる。

 いや、ダンジョン攻略はゲームじゃないんだけどさ。


「おつかれさま。ボロネールさんが、また交渉をまとめてたよ。セレスタと敵対してた南大陸の港町だって」


「ああ、あそこか。よくまとまったね」


「街の中枢に魔王国に帰順してない魔族が潜んでたらしくて。その人を説得して裏から手を回したって言ってた」


「ボロネールもよくやるね……」


 さすが、「謀略の」なんて二つ名がつくだけはある。


「交易で利益が出るはずってこととか、守護者ギルドを開くこととかは伝えたんだよね」


「うん、歓迎されてたらしいよ。近場のダンジョンが何者かに攻略されて、冒険者が他の街に移っちゃって困ってたんだって」


 アルミィがいたずらっぽく笑う。


「私の苦労も報われたってことか。冒険者の職を奪うようで抵抗はあるんだけどね」


「ダンジョン目当てに冒険者が集まってくると街が賑やかになるけど、反面治安が悪くなる。だから、交易で成り立ってる港町としては必ずしも冒険者は歓迎じゃなかったんだって」


「そっか。そういう面もあるんだね」


 同じ港町でも、セレスタなんかだとモンスターの出る砂漠を越えてモノを運ぶ必要があるから、冒険者には一定の需要がある。


 ただこれも、守護者にも務まる仕事だ。

 むしろ、人を守る能力に特化した守護者のほうが、商隊の護衛なんかには向いている。

 セレスタに開設した守護者ギルドも徐々に人が増えつつあり、冒険者より素行がいいと、評判のほうも上々だ。


「ついでといっちゃなんだけど、南大陸にある獣人の集落にも行ってきた」


 私が言う。


「どうだった?」


「パンダの獣人の女戦士と相撲を取るはめになったよ……」


 少ないながらも、世界にはモンスターにされずに生き残った獣人や魔獣たちが存在する。

 人間の冒険者は彼らを十把一絡げにモンスター扱いしてるが、彼らの中には高い知能の持ち主もいた。


 まぁ、知能といってもいろいろで、パンダ獣人たちは「難しいことはよくわからん。仲間にしたいなら力を示せ!」という脳筋集団だったのだが。

 グリュンブリンにでも任せればよかった。


「竜や霊獣なんかの説得も大変なんだろうなぁ」


 「フン、人間の小娘ふぜいが、俺の機嫌のいいうちに帰れ!」みたいな展開が目に浮かぶ。


 他にも、ノームやウンディーネみたいな精霊たちや、エルフたちも説得したい。


「もうちょっと落ち着いたら、夢法師やベアノフを勧誘したいんだけど」


 彼らの説得には私が自分で行くしかない。

 私の身体はひとつしかないので、つい後回しになってしまってた。


「厄介そうなのはエルフかな。グランドマスターたちはこの世界を人間の冒険者が主役となるように作り変えた。

 そのときに、魔獣や獣人の多くはモンスターにされ、魔族は幽世に追いやられた。

 でも、エルフだけは例外だった」


「なんで、エルフは例外だったのかな?」


 アルミィが聞いてくる。


「冒険のよき脇役だから、かな」


 そのあたりの感覚は、地球のサブカルを知らないアルミィにはわからないだろう。


「ロフトのダンジョンを攻略してた時に、アーネさんっていうエルフの魔術士さんと知り合ったんだ。コンタクトを取るならそこからかなぁ」


 ピンクっぽい金髪をツインテにした彼女には、魔術士としてのイロハを教えてもらった。


「アーネさんはいい人だけど、他のエルフたちはグランドマスターシステムを潰すことには反対するかもしれない。現状の既得権者だから」


 エルフといえば掟重視で外の者に冷たいというのが相場だ。

 これは私の偏見じゃなく、この世界でも常識らしい。


「そこまでやっても、魔王国の力は初代魔王には及ばない。ガーディアンシステムも、グランドマスターシステムほどに広い範囲は覆えないかもしれない」


 ダンジョンからコアを回収しても、コアの蓄えている力の量は、もととなった魔王の力より目減りしている。


「だから、ミナトの言うところの『現代知識チート』が大事なんだよね?」


「うん。でも、なかなかうまくいかないな。エルミナーシュが持ってる知識は、初代魔王が万能の神のような力を持ってた時のものだ。基本的に、魔法を使って望む事象を力づくで起こすような発想なんだよね」


 魔王城に残されていたロストテクノロジーも、ベースとなるのは科学ではなく魔王の力。しかし、魔王の力が分散したいまでは、力づくでの事象改変は難しい。


「いくら私が異世界人って言ってもね……。ただの高校生だったわけだし」


 パソコンを使うことはできても、何もないところからパソコンを作る知識なんてない。車も飛行機も冷蔵庫も作れない。

 それどころか、いつも食べてる野菜やお肉をおいしく作る方法すらわからない。

 いかに私がものを知らずに生きてたかを痛感するね。


「それこそ、地球に戻ってネットで調べるなり本を買うなりできればいいんだけどなぁ」


 私はため息混じりにそうぼやく。


 そこで、エルミナーシュが急に口を挟んできた。


『やりかた次第では不可能ではないぞ』


「えっ、本当?」


『うむ。神がやったように転生させるのは難しいが、向こうに受け皿を作ってミナトの意識を送ることは可能だろう』


「受け皿って?」


『エーテルを集めて身体を作るのだ。その身体とミナトの意識を接続する。魔王城の資源をそれなりに使うことになるが、数日間向こうに『滞在する』ことができるだろう』


 アルミィは地上にエーテルで身体を作って受肉したわけだけど、それの応用のような感じかな。


「神に気づかれないかな?」


『それも含めて数日だ』


「でも、向こうの知識を持ち帰るのは難しいんじゃ? 私が数日で詰め込める知識には限界があるよ」


『ミナトの意識を接続するのと同じ要領で、向こうにある知識をエルミナーシュシステムに接続すればよい。ミナトの話では、大規模な情報インフラがあるのだったな』


「インターネットだね。エルミナーシュをネットに繋げるってことか。それなら、私が向こうに行くまでもないんじゃ?」


『いや、最初の接続はミナトにやってもらう必要がある。要領は、幽世で別の意識体に接触するのと変わらない』


「ああ、夢法師の力でイムソダを見に行ったときみたいな感じか」


『わたしには、どの程度の知識が得られるか見当がつかぬ。接続には、魔王城の資源をそれなりに費やす必要がある。それに見合うだけの価値があるかどうかは、ミナトにしか判断できないことだ』


「うわ、責任重いなぁ。ちなみに、資源はどのくらい必要なの?」


『この程度だな』


 エルミナーシュが壁に光る文字を浮かべた。


「まぁ、なんとかなる程度かな」


 私は顎に手を当ててつぶやいた。


「じゃあ、本当に行くの?」


 アルミィが聞いてくる。


「うん、いま抱えてる案件が片付いたら行ってみる。

 ……あんまり気は進まないけどね」


 私を殺した父親はどうしてるんだろう。

 捕まったのか、それともその前に自殺でもしてるのか。

 母親、警察官、私の三人を殺してるから、捕まったとしてもすでに死刑を執行済みって可能性もある。


(それだけじゃないか)


 世間や学校で、私の事件のことはどのように受け止められてるのか。

 もう関係のないことと思ってたけど、あっちに行けるとなるとすこしは気になってくる。


(知らないままで済ますって手もあるけど、これがラストチャンスだと思うと、ね)


 あとになって気になっても、もうあっちには戻れないかもしれない。

 この先、知らないでいる判断をしたことを絶対に悔やまないと言い切れるだろうか?


「ミナト……気が進まないなら、無理しなくていいんだよ?」


 アルミィが心配そうに言ってくる。


「あはは……まぁ、大丈夫だと思うよ。エルミナーシュをネットに接続して、あとは適当にぶらつくくらいで帰ってくるから」


 私は、ためらいを呑み込んでそう言った。

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