129 一時休戦
「どうしたァッ! かかってこいよぉ!」
雲の上のバトルフィールドで、戦士のグランドマスター、トウゴウ・ショウマが獰猛に笑った。
(大学のラグビー部とかにいそうな感じだね)
いや、性格が、じゃなくて逆三角形に発達したガタイのいい体格が、だ。
(勝機は……これしかないかな)
私は手にした無念の杖を両手で構える。
黒鋼の剣は今回はお休みだ。
グリュンブリンの魔槍をあっさり潰すような攻撃を、私が受け切れるはずがない。
(でも、ルナ――ええと、ミナヅキ・ルナって言ってたっけ。魔術士のグラマスは魔術士としていまの私の上を行くみたいだ)
そりゃそうか。
転生者としてキャリアを積んだ、魔術士のオリジンともいうべき存在だ。
「……避けられるんなら圧殺する。エーテルよ、不壊の氷塊と化して我が敵に降り注げ――クリスタル・レイド」
私に魔法で、トウゴウの頭上にエーテルが大量に集まって行く。
集まったエーテルは急速に融合しあい、いくつもの巨大なクリスタルを作り出す。
そのクリスタルを、エーテルで叩いて地面に落とす!
「おもしれえっ! うらあああああっ!」
暑苦しい掛け声とともに、トウゴウが両手剣を風車のように振り回す。
両手剣から生まれた暴風は、重力とエーテルショットで二重に加速されたクリスタルの群れを、空の彼方へと吹き飛ばした。
「なっ……!」
んなむちゃくちゃな!
「ぼーっとしてると叩っ斬っちまうぜッ!」
驚く私の前に、トウゴウがもう迫ってる。
「くぅっ!? 弾けろ!」
魔法を使ういとまもなかった。
私は体内をめぐるエーテルを爆発的に放射、トウゴウをなんとか引き剥がす。
ベアノフとの初戦以来ひさしぶりに使ったエーテルボムだ。
(くっ……エーテルが足りない!)
エーテルボムは瞬発力がある代わりに、体内のエーテルを吐いてしまう。
普通の魔法は、体内のエーテルは使わず、体内のエーテルで周囲のエーテルを共振させて利用する。
エーテルボムを使ってしまえば体内のエーテルがなくなり、周囲のエーテルを共振させることもできなくなる――要するに魔法が使えない。
「ばかめ! まずは片腕いっちまうぞっ!」
エーテルボムの衝撃を受け流したトウゴウが、剣を振り上げ私に迫る。
――が、次の瞬間、トウゴウが舌打ちとともに視界から消えた。
代わりに、その場所には黒く禍々しい槍が突き立っていた。
「――へえ。腕ぇ持ってかれてまだ心が折れてなかったんか」
トウゴウの声のした方を見ると、意外なほどに離れた場所にトウゴウがいた。
(一瞬であんな距離を……)
トウゴウの、身体能力という言葉だけでは説明のつかない動きに恐怖しつつも、私はいま助けてくれた相手を見る。
「グリュンブリンさん。助かったよ」
「ふん。それはこっちのセリフだ」
片腕を失った戦乙女が、槍を投げ放ったままの姿勢でそう言った。
「わけがわからん。これはどんな状況なんだ。羽虫、おまえは何か知ってるのか?」
「あれ? エルミナーシュさんから聞いてない?」
「エルミ……誰だ? 散々小難しい昔話を垂れ流してたあいつか?」
「そいつそいつ」
「何も聞いてないぞ。何やら試練だとか言ってたが。
なんなのだ、この冒険者は。強すぎる。人間の達しうる境地じゃない」
「戦士ギルドの開祖、グランドマスター、トウゴウ・ショウマ……らしいよ。コピーみたいだけどね」
「なにっ!? それは本当か!?」
「なああ、おまえら。俺を蚊帳の外にしておしゃべりしねーくれねえかな? 俺、女に無視されるの嫌いなんだ。そんな女は必ず痛い目見せることにしてる。
もちろん、この世界に来る前からな。後をつけて夜道でゴツン、旦那がいれば家ごと焼却、子どもがいればもちろんバラして、耳だの指だのから宅急便で送りつける。くくくっ⋯⋯いいぞぉ、女の絶望した顔は」
にやにや笑って言うトウゴウに、グリュンブリンがうろんげな目を向けた。
「……このゲスがか? たしかに強いが……」
「魔族を幽世に閉じ込めた元凶だよ、そいつ。性格がいいわけがない。たぶん、エルミナーシュはそいつから戦闘に関係ないところを削いでるから、現物はもっと酷かったろうね」
「……おまえら、なんの話をしてるんだ?」
どうやら、トウゴウには「自分が偽物かもしれない」と疑う能力は持たされてないようだ。
「よくわからんが……ここは休戦するしかないようだな、羽虫」
「ミナトだよ、グリュンブリン」
「そうか、ミナト。私の奪われた腕一本分くらいの働きは見せてみろ!」
グリュンブリンがトウゴウに突進する。
健在のほうの腕の手のひらから槍を生み出し、最短距離で顔を狙う。
「おっと」
トウゴウはそれを軽くかわしながら槍をつかみ、握力だけでへし折った。
「エーテルショット!」
私は狙いを絞り、限界まで圧縮したエーテルの弾丸をトウゴウに放つ。
槍をかわした先にエーテルショットを「置く」ようなイメージだ。
だがこれを、トウゴウはガントレットでたやすく弾く。
「単調なんだよぉっ!」
トウゴウが身を翻す。グリュンブリンめがけて両手剣が振り抜かれる。
その両手剣は、グリュンブリンが生み出した、数十本の魔槍に阻まれた。
槍は、まるで馬防柵のように逆茂木状になって、グリュンブリンの側面を守っていた。
「なにぃっ!?」
「撃ち抜く!」
驚くトウゴウにエーテルショット。
トウゴウが頭を引く。
エーテルショットはトウゴウのざんばら髪の一房を吹き散らした。
「上等じゃねえか!」
トウゴウが私に向かって踏み込んでくる。
かなり離れてたのに、ほんの二歩の踏みこみで両手剣の間合いに入られた。
私は焦った表情でエーテルショットを乱射する。
トウゴウ、嗜虐的な笑みを浮かべて私の抵抗をあっけなく弾く。
「ぅぅらあああああっ!」
トウゴウが大剣を振り下ろす。
そこにいた私はなすすべもなく真っ二つ――という幻影を、トウゴウは見たはずだ。
「なにぃっ!?」
驚くトウゴウの周囲には、さらに驚くべき光景が広がってる。
ダンジョンに散った女魔術士が。
陰謀の果てに毒を飲んで自害したレイティアさんが。
イムソダに覚醒させられ、シリアルキラーとなりはて死んだ孤独な老人が。
ルイスの策略に踊らされ、本来なら負けるはずのない人間相手に無念の死を遂げたイムソダが。
トウゴウを取り巻き、それぞれの怨みの丈を、トウゴウめがけて投影してる。
「げ、幻覚か!?」
トウゴウはあわててその場をとびのきつつ、両手剣をやみくもに振りまわす。
その両手剣に、グリュンブリンが放った数条の槍がからみつく。
槍はぐにゃりと歪み、両手剣をからめとりながら地面に深く縫いつける。
トウゴウは反射的に、力任せに剣を抜こうと踏ん張った。
だが、それは大きな隙だった。
「エーテルショット!」
「魔槍刺穿殺!」
私の放ったエーテルショットがトウゴウの顎から上を消し飛ばし、グリュンブリンの放った特大の槍がトウゴウの胸を貫いた。
トウゴウだったものは、悲鳴すら上げられず、どしゃりとその場に崩れ落ちた。
「ふぅ」
私とグリュンブリンが同時に胸を撫で下ろす。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
「――きゃあああっ!」
アーシュの悲鳴に振り返る。
「おっと、動くんじゃねえぞ。すこしでも怪しいそぶりを見せたらこの女は殺す」
「み、ミナト……」
アーシュを後ろからはがいじめにし、首元にナイフを突きつけてるのは、どこかで見た覚えのある顔だった。




