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128 煉獄第三層

 私たちが次に飛ばされたのは、雲の上のようだった。

 地上を覆う白い雲海の上に、六角形の透明な板がどこまでも敷き詰められている。

 恒例の黒い柱を探すが見当たらない。


「エルミナーシュ?」


『ここだ』


 急に渋い声がして振り返ると、そこには小さな黒い八面体が浮いていた。

 八面体はルービックキューブのようにリアルタイムで不規則に組み変わる。

 机の上にでも飾っておいたら時間を忘れてながめてしまいそうだ。


『柱は邪魔になるのでな』


「なにをやらされるのかな?」


『神に匹敵する力を示してもらうと言ったはずだ。

 進んでみろ、先客もいる』


「先客?」


 その言葉に雲の果てに目を凝らすと、たしかに米粒大の人が見えた。

 人は、もう少し大きななにかと戦ってる。


「とりあえず進もうか。私からすこしだけ離れてついてきてね」


 アーシュとシュモスにそう言って歩き始める。


(そういえばお腹が減らないな)


 妙な空間だけに、疲労や空腹や眠気とは無縁ってことなんだろうか。


 しばらく空中散歩を楽しむと、遠くに見えてた人影が判別できるようになった。


 先にその正体に気づいたのはアーシュだ。


「あれは……グリュンブリン!」


「ほんとだ」


「む? 誰だ?」


 シュモスだけはまだ見えないようで、目を凝らしてけげんな顔をしてる。そもそもグリュンブリンを知らないしね。

 アーシュは視力ではなくエーテルの気配でわかったっぽい。


『アルミラーシュが転送法陣を暴走させた折、あの魔族は我の内部に飛ばされてきたのだ。魔王陛下のお考えには反する価値観の持ち主だが、これと認めた相手には忠誠心を誓うだろう。次なる魔王の配下とするのもよかろうと思い、煉獄へと落しこんだ』


「本人の合意は?」


『取ってない』


 ひどすぎる!


「でも、さすがだね。最初の地獄は一人で抜けたんだ。二層での昔話も聞いてるんだよね?」


『昔話だと……? まぁよかろう。我から真実を聞かせてはある』


「反応は?」


『ピンとは来なかったようだな。魔の者でいた期間が長いゆえ、地上人への怨みで凝り固まっている』


「だけど、魔族の地上人への怨みはちゃんと歴史的根拠のあることだった。まぁ、グラマス以前の神話みたいなことにいまの地上人が責任を取る必要があるのかとは思うけど」


 そういえば、魔族たちは歴年の怨みを晴らすべく各地に浸透を図ってるはずだ。

 でも、それで人間が死ねば、人間たちの怒りは当然魔族に向く。

 魔族は魔族で、人間は殺されて当然だっていう考えだ。


「……早くしないと、地上で人間と魔族の果てしない全面戦争が始まっちゃうね」


「そ、そんな……!」


「なんということか! 探検家シュモスはおのれの聞き知った事実に恐怖せざるを得なかった! いま、世界人類の存亡は探検家シュモスの細い両肩にかかっているにである!」


「いや、シュモスの肩にはかかってないと思うけども」


『案ずるな。この中では時間は進まない』


「わー、存分に修行ができるね! やったー! ……なんて言うと思ったのかな……」


 私は深くため息をついた。


 要するに、時間制限なくエルミナーシュが私を「認める」まで閉じ込められるってことだ。

 もし認められなかったらそのまま死ね!という言質までいただいてる。


 そうこうするうちに、グリュンブリンの様子がある程度見える距離になってきた。


「せいっ! はぁっ!」


 グリュンブリンは手にした魔槍を振るい、目の前に立つ戦士風の男と戦ってる。

 肌は日焼けしてるが、顔立ちはややいかつめの醤油顔。

 肩幅はやや広めで、身長は180ちょいくらいか。

 年齢は三十半ばくらいだろう。スーツよりは作業服が似合いそうなタイプ。


「まさかあれって……」


『さよう。グランドマスターが一人、トウゴウ・ショウマ。その戦闘記録をもとに我が産み出したモンスターだ』


「はんっ、効くかよ! 砕け散れ!」


 トウゴウが鋭い踏み込みとともに長大な両手剣を振り下ろす。

 ただの鉄塊のはずのそれが、グリュンブリンの魔槍をやすやすと叩き折った。


「くくくっ、見りゃあいい女じゃねえか。俺はおまえみてえなお高くとまった女を苦しめるのがクソほど好きなんだよ!」


「ぐぅっ!? ぐぁっ!」


 グリュンブリンがあわてて生み出した二本目の魔槍は、トウゴウのガントレットの一撃で砕け散る。

 トウゴウはグリュンブリンの腕を片手でつかむ。

 トウゴウが手を振り上げると、女性にしては大柄なグリュンブリンの身体があっさりと浮いた。

 トウゴウは、頭上に浮いたグリュンブリンを、ためらうことなく地面に向かって叩きつけた。


「っがぁっ……!」


「そらそらそら! 魔族の女は頑丈でいいなぁっ、オイ!」


 トウゴウはさらにグリュンブリンを振り上げ、振り下ろす。

 グリュンブリンは悲鳴すら上げられず、なされるがままになっている。


「……おんやぁ? 腕ぇ、ちぎれちまったぁ」


 トウゴウは、肩から引きちぎれたグリュンブリンの片腕をぷらつかせながら笑った。


 いい加減うんざりだって?


 奇遇だね。私もそうだ。


「――ガトリングタレット!」


「ぬおっとぉっ!?」


 私が奇襲で放ったエーテルの弾雨を、トウゴウは軽いステップを踏んでかわしきる。

 まだ余裕のありそうな動きだが、私の目では追いきれないほどの(はや)さだった。


「アーシュとシュモスは下がってて!」


 私は、地に伏したままのグリュンブリンを巻きこまないほうへ回りこみながら、さらにエーテルの雨を降らせていく。


「はんっ、ルナみてーな真似しやがって! だが、威力も精度も反射速度も弾のばら撒き方もクソだな!」


 トウゴウはそう吠えつつ、私の攻撃をすべて片手のガントレットだけで弾いてのけた。

 格闘ゲームで相手の攻撃に合わせてガードするとボーナスがつくっていうのがあるけど、まんまあれみたいな動きだった。


「あはは……っ」


 私の口から乾いた笑みがこぼれた。


 ――こいつはマジでやばい。

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