126 真実の歴史
私たちは、今度は草原のただ中に放り込まれた。
草原にはたくさんの動物たちがいる。
その中に混じって、獣人とでもいうような、動物の特徴を一部持つ亜人たちが暮らしている。
「あ、鷹頭熊もいるね」
ベアノフと同じ、鷹の頭と熊の身体を持つ獣人たちもいた。
「探検家シュモスは驚愕した。おお、これが原初人類の姿だと言うのか!」
「なんだか平和な光景ですね」
シュモスとアーシュが口々に言う。
「ええと、黒い柱は……あった、あっちだね」
例によって何キロか離れたところに黒い柱があった。
柱は地面から天空までを貫いている。
数キロのピクニックを経て、私は再び柱に触れる。
『原初の楽園だ。魔界に棲む者たちは、温厚な性質と平和な環境を与えられ、のびのびと暮らしていた』
「めでたしめでたし……じゃあないんだよね?」
『しかしその平穏は長くは続かなかった』
やっぱりね。
草原を、にわかに黒い雲が覆っていく。
降り出した雨はすぐに土砂降りになり、段丘の谷間を濁流が洗う。
稲光が走った。
激しい雷鳴に、アーシュが飛び上がって耳を塞ぐ。
『魔界に棲む者たちは、交配の果てにいくつもの種族に分かれていった。彼らは互いを尊重しあい、平和に共存していたが、唯一、そうではない種族が現れた』
土砂降りの中を、金属の鎧に身を包んだ兵隊が歩いてくる。
何万という軍勢だ。
彼らはしのつく雨に目を細めながら草原を進む。
『進化の果てに、魔王の与えた温順な性質を失い、代わりに残忍さと計算高さを手に入れた彼らは、徐々に生活圏を広げていった』
草原に、いっせいに木や石で造られた建物が立ち並ぶ。
『彼らは他の種族を亜人とさげすみ、獣たちを魔物と呼んだ。魔王をその首魁だと非難して、世界を創造する力を自分たちに譲れと迫った』
「ふむふむ」
『魔王はもちろんそれを拒んだ。
平和を乱し、争いを発明したのは人間ではないか。
人間はおのれを神に造られた至高の存在だと主張する。だが、この世界に『神』などというものはいたことがない。人間がみずからを他の種族や獣から区別し、神聖化するために創り出した妄想だ』
「えっ、ちょっと待って。でも、神はいるよね?」
すくなくとも、私に難易度選択を与え転生させた神はいる。
『人間は、魔王の操る理の力を盗み出し、それによって神を異界から召喚しようと試みた』
「異界からって……」
『しかし、人間が召喚できたものは、同じ人間にすぎなかった。
その三人の名は、トウゴウ・ショウマ、エンドウ・ハヤオ、ミナヅキ・ルナ。
後の世で冒険者ギルドのグランドマスターと呼ばれるものたちだ』
「ち、ちょっと待って! その名前って……」
『神の使徒よ。おまえとは同郷なのであろう』
「名前を聞く限りはそうだね」
和風の異世界だってあるかもしれないし、私のいた地球とはパラレルワールドだったりしてもおかしくないかもしれないが。
「えっ、ミナト……それってどういうこと?」
アーシュが私に聞いてくる。
「あー、うん。話がこんがらがるから後で説明するよ。
で、続きは?」
『人が呼び出した『神』は人にすぎなかったが、召喚によって三人は特別な力を身につけていた。戦士、盗賊士、魔術士と呼ばれる力だ。三人は『モンスター』を狩ってはその力を奪い、『獣人』を殺してはその財産を奪った。そうして力をつけた冒険者たちは、ついに魔王陛下までをもその手にかけようとした』
「かけようとしたってことは、さすがに魔王は倒せなかった?」
『いや、倒された。だが、滅びはしなかった。魔王陛下はその力を代々の『器』に転生させ、いつの日かいまいましい人間どもを滅ぼす剣としようと画策されたのだ。同時に、我――エルミナーシュ・システムを海底へと沈め、冒険者たちの目から隠された。
これは、魔王の力を奪い、神を称するようになったグランドマスターどもによる改竄から、真実の歴史を守るためにも必要な措置だった』
「グランドマスターによる歴史の改竄……?」
『グランドマスター・トウゴウ、エンドウ、ミナヅキは、魔王陛下を倒すと、それ以上為すことを見つけられなかった』
「ええと、暇を持て余して退屈したってことかな」
『退廃したグランドマスターどもは、世界の改変を企てた。
獣や獣人をモンスターへと作り替え、人間を食わねば生きられぬ異形の化け物へと変えた。
獣人のうちグランドマスターどもの贔屓にあずかったエルフやダークエルフは、人間に準じる存在として生存を許された。
魔族は、肉体を奪われて、幽世に棲む幽鬼のごとき存在とされ、人間を誘惑し、食い物にする『魔の者』となった。
さらには、グランドマスターどもは世界中に魔王陛下のお力のカケラをばら撒くことで、モンスターを絶え間なく産み続ける『ダンジョン』なる空間を用意した。
そして、その上でも残った魔王陛下のお力を、数百年単位で復活する『魔王』として蘇らせた。
その上で、自分たちは人間へと転生し、冒険者となって、モンスターを殺戮し、ダンジョンを攻略し、魔の者の誘惑を退けて返り討ちにし、力を蓄えて『魔王』を倒す――彼らは、自らの英雄叙事詩を幾度となく繰り返し、永遠の懈怠から逃れようとした』
「……グランドマスターは転生者で、魔王を倒した後は、この世界そのものをゲームに変えた。それも退屈しのぎにってことか」
たとえば、ベアノフは現在まぎれもなく「モンスター」だ。
だが、ベアノフには高い知性がある。
その上、オプションの言語設定によれば、ベアノフは「獣人語」を使ってる。
(グランドマスターによる世界の改変――ゲーム化以前には、鷹頭熊は獣人で、たくさんいる種族のひとつとして、人間とも対等な存在だった……ってことか)
他にも思い当たることはある。
(HPバーの表示もそうだ。名付きのモンスターには必ずつくけど、人間にはつかない。たとえばクレティアスと戦った時もHPバーはついてなかった。バーは私以外には見えてないみたいだから、これも神の力なんだろうね)
ずっと気になってた、「難易度選択が効いたり効かなかったりする」件も説明がつく。
(人間の冒険者に倒される敵役として設定された「モンスター」には難易度選択が効くんだろうな。それから、グランドマスターの加護を受けてる冒険者にも。クレティアスみたいな騎士には騎士の神っていうのがいるみたいで別口だったはず)
冒険者相手にも難易度変更が効くのは、PKみたいなシステムを想定してるからなのかもしれない。
「でも、それなら私に力をくれた神は誰なの?」
『数百年も経つと、グランドマスターどもはみずからの作り出した遊びにも飽いた。精神を摩耗させ、転生の果てに三者が溶け合いひと柱の『神』となった』
「うえ、融合しちゃったんだ。
騎士の神みたいな、グラマス以外でも力を与える存在がいるのは?」
『グランドマスターどもが果てしなき『冒険』の間に撒き散らした『種』や産んだ『子』、力を分け与えた『仲間』の一部が、神に近い存在へと昇華したものだ』
「その力も元をたどればぜんぶ魔王の力、か。
あれ、でも、それならアーシュは何の力を持ってるの? あらかたグラマスに奪われちゃったはずだよね?」
『その娘は、アクセスキーだ。この世界に存在するすべての魔王の力への、な。その鍵を握るものが次代の魔王となる。むろん、グランドマスターどもが作り出した、手頃な敵役としての『魔王』などではない。正真正銘の、魔王陛下の世継ぎとなる』
「……ここに入る前に、あなたは言ったよね。魔王の資格を持つのは私だって。
でも、どういうこと?
あなたも察してる通り、私はグラマス融合神に力を与えられて転生した人間だよ?」
『我もその点はいぶかしく思った。だが、数々の符丁が汝こそが世継ぎだと告げている』




