125 煉獄第一層
まばゆい光と強烈なめまいが収まった。
目を開いて前を見る。
そこには、どこまでも続くマグマのフィールドがあった。
ぐつぐつと煮えたぎる溶岩の海のあいまに、申し訳程度に足場が用意されてる。それも、ちょっとしたことで崩れますよって感じのやつだ。
溶岩の海では、骨だけの魚が飛び跳ねていた。
サーペントのような長大な脊椎が溶岩から飛び出し、アーチを描いて別の場所の溶岩に潜っていく。
溶岩の上空には、人間大の、紫色をしたコウモリがばっさばっさと飛んでいる。
コウモリの顔は猿に似てて、複数の仲間と甲高い声を掛けあいながら編隊飛行に勤しんでる。
と、天井からぶら下がった鍾乳石の陰から、真っ赤な飛竜が飛び出した。
飛竜は鋭利な牙を見せびらかすように大口を開くと、コウモリの一羽をまるかじり。
コウモリたちが悲鳴をあげて逃げ散った。
過酷な生態系が繰り広げられる空の下、限られた足場の上には、黒いボロ布をまとい、大きな鎌を持った白骨の人影がある。
その足元に、何を思ったか子どものコボルトがぶつかって転倒した。
コボルトの両親がすっ飛んできて白骨に平伏して許しを乞う。
白骨が小さくうなずき、両親が安堵したその瞬間、子どもの目の前で両親の首が胴から離れた。
白骨は、おのれの鎌の成果を空中でキャッチ、きけけけけ、と気色く悪く笑った。
白骨は両親の生首を、呆然とする子どもコボルトの眼前に突きつけ笑ってる……。
「まちがいない。ここは地獄だ」
私が言うと、
「おお、なんということか! 探検家シュモスは古代魔王の遺産の力によって地獄へと堕とされた! 阿鼻叫喚の支配するこの地底世界から脱出する方法は果たしてあるのか!?」
「うう……ここはなんなの……」
私はつくづくダンジョンと縁があるらしい。
シュモスとアーシュが私の背後でそれぞれ言う。
「結局こうなるのか……」
しかも、今回の連れは二人とも戦力外だ。
「まぁ、考えてもしかたないんだろうね」
私はとりあえず、さっきから胸糞悪いことをしてた死神をエーテルショットで吹き飛ばす。
死神は骨をバラバラにして溶岩に落ちていった。
子どもコボルトが両親の亡骸にすがりついて泣いている。
私は二人を振り返って言う。
「じゃあ、こんな感じで進んでくから。離れずについてきてね」
「あ、ああ……」
「う、うん」
にっこり笑って言ったというのに、二人の返事は引き気味だった。
「この『地獄』は……まぁ、数キロ四方ってところかな。真ん中にある黒い柱が出口だろうね。『杭』と似た材質だし」
私は他にもうろついてた死神を倒し、襲ってくるコウモリや飛竜を落とし、溶岩の中から飛び出してくる骨のピラニアを打ち砕く。
後ろから二人が恐々と着いてきてた。
「……はぁ。やっぱり、難易度選択は効いてないね」
敵の強さはそれなりだ。
死神は剣でやりあおうとすると0.8クレティアスくらいの強さがあるし、遠くからは強力なカマイタチを使ってくる。
空を飛ぶ飛竜は当然のように火を吐き、尻尾からは毒の針を飛ばしてくる。
一対一なら対応できるが、数で負けると危険なので、立ち回りには気を使う。
しばらくして気づいたが、
「ドロップアイテムがないな……」
ここのモンスターはドロップアイテムを落とさない。
その代わりに、倒すたびに「何か」が流れこんでくる感覚がある。
「この感覚は……」
「何かわかるの、アーシュ」
私の様子を見て何かを言いかけたアーシュに聞く。
「私の身体と同じです。ミナトの持つエーテルが強化されていく……?」
「えっ、なんか怖いな」
かといって、襲いかかってくるものを倒さないわけにもいかない。
そんなに時間をかけることなく、私たちは「地獄」の中心にある柱に着いた。
私は柱に手を触れてみる。
『原初の魔界はいかがだったかな?』
例の文字が浮かび上がった。
「これはひどい魔界ですね」
『弱肉強食による自然淘汰の中から、圧倒的強者が錬成された。魔界の王――すなわち魔王だ』
「蠱毒みたいな感じかな」
『魔王は持てる力を使って世界を住みやすく改変することにした』
「まぁ、こんなとこに長いこと住みたくはないよね」
私の言葉を聞いてるのか知らないが、私たちの足元に再び例の巨大な転送法陣が現れた。
まばゆい光とめまいに襲われる。
次に目を開いたとき、私たちは草原のただ中にいた。




