122 探検家シュモス・アリバーン
続きを話そうとしたところで、部屋の外に気配がした。
それも、扉の外じゃなく、窓の外。
しかも、窓の下は崖になってるはずの側だった。
私は剣を抜き放って声を上げる。
「――誰!?」
「ぬわおっ!?」
窓の外から驚いた声。
ついで、どかばきどしゃと何かが崖を転げるような音がした。
私は駆け寄って窓を開ける。
窓から下を覗くと、三メートルほど下でがれきに半ば埋もれてる人影があった。
白いツナギのような服装と、丸いつばの白い帽子。
(あれだ。少しの段差で死んじゃう昔のゲームの探検家)
もっとも、いま窓の下で痛そうな姿勢でうずくまってるのは女の子のようだが。
「あいたたた……もう、驚かさないでよ!」
「いや……それはこっちのセリフなんだけど」
窓からのぞこうとしてた人物に怒られ、私はおもわずそう返す。
「ミーチャか。大事な客人との会話をのぞこうとはどういう了見だ!」
村長さんが私の隣に並び、窓の下に向かってそう言った。
「あの……どちらさまです?」
「よっくぞ聞いてくれました!」
私の村長さんへの質問に、窓の下の探検家少女が言った。
「我こそは世界のへそ唯一の探検家シュモス! 世界の謎を解き明かす者!」
少女が、薄い胸を張ってそう言った。
亜麻色の髪とヘーゼル色の瞳のあどけない女の子だ。
年齢は私やアーシュと同じか少し上くらいだろう。
もっとも、背は同年代では低めの私よりさらに低い。
(窓に近づくまで気配を感じなかったくらいだから、なにげにすごいのかもしれないけど)
「ミーチャ。へそには危ない場所もたくさんあるし、強力なモンスターが出ることもある。探検家ごっこは結構だが――」
「何をう!? そのお客さんを発見したのだってわたしじゃないか!」
「あっ、そういえば探検家が私たちを見つけたって言ってたね」
私の言葉に、ミーチャ?シュモス?が大きくうなずく。
「そうなのだ! 開かずの間の定例調査に出た探検家シュモス・アリバーンは、何十年も閉ざされていたはずだった開かずの間が開いていることを発見した! 込み上げる興奮を抑えつつ内部の様子をうかがう探検家シュモス! するとそこには可憐な二人の少女の姿があった――探検家シュモスは、見るからに幸の薄そうなこの二人の美少女を保護した上で、開かずの間の再探索に戻ったのだった――」
「幸薄そう……」
探検家の言葉に、アーシュが微妙に凹んでる。
(いや、美少女かどうかも怪しいけどね)
盛るのもたいがいにしてほしい。
「じゃあ、あなたが私たちを見つけてくれたんだ。どうもありがとう」
「どういたしまして! しかし傲慢なる希望の村の首長は客人の身柄を拘束し、第一発見者であるこの探検家シュモスを閉め出したのだ! なんという邪悪! なんという奸智! 未開部族とはなぜかくも残酷で無知で教養がないのか!」
「誰が無教養か。村の学校をさぼってへそをうろつきまわってる娘が何を言う」
「……まぁ、事情はなんとなくわかったけど……実際、私たちが見つかった時の状況も聞きたいから、入ってくれていいよ?」
「えっ、そうなのか?」
探検家がきょとんとして言った。
「そうだな。言えばちゃんと客人に紹介したものを。ほれ、泥を落として早く入ってこい」
「そういうことならすぐに! ――かくして探検家は現地の首長の協力を勝ち得、遺跡で発見された謎の少女達との邂逅を果たす――」
「早くしないと締め出すぞ」
「あっ、待って、すぐ行きますから!」
村長さんの言葉に、探検家がぴょんと起き上がり、泥を払ってこの家の玄関のほうへと走っていった。
「紹介が遅れたな。こやつはミーチャ。へそに流れ着いた商船に、密航目的で乗りこんでおったらしい。運のないやつだ」
「密航……」
私がおもわずアーシュを見ると、アーシュはついっと視線を逸らした。
「探検家っていうのは?」
「わたしは探検家シュモス・アリバーンだ!」
「ミーチャなんでしょ?」
「シュモスだ!」
私は村長さんに目を向ける。
「私にも本気で言っておるのかどうかわからん。こやつの話では、こやつは世界のへその謎を解き明かすためにこの場所へとやってきた稀代の探検家ということになっておるらしい」
村長さんの言葉には、哀れみが混じっていた。
(ああ……過酷な状況に耐えるためにそう思いこんじゃったのかな)
こういうのって、話を合わせたほうがいいのか、合わせないほうがいいのか。
とはいえ、彼女が私たちを発見してくれたのは事実だ。
もし先に海賊に見つかってたらと思うとぞっとする。
「ええと、シュモスさん。助けてくれてどうもありがとう」
「うむ。探検家シュモスは鷹揚にうなずいた」
あ、それ地の文じゃないんだ。
「私たちが発見された時の状況を詳しく教えてくれないかな?」
「その日、探検家シュモスは悩んでいた。へそには数多の未知の遺跡があり、その様式は古今東西のいかなるものとも違っている。あきらかにへそは周囲の世界から逸脱している。まるで、ここにのみ正しい歴史が残されていて、それ以外の世界の歴史は塗り替えられてしまったかのようだ――」
いきなり、一理ありそうなことを言われてビビったが、あくまでも※一個人の感想です。
「へその未踏遺跡に踏み込まんとするシュモスの試みはこれまですべて徒労に終わっていた。だが、真の探検家は諦めない。シュモスは定例となった遺跡の巡回調査を怠りなく実施した。
そして、驚愕した。なんと、開かずの間が開いているではないか! そこで探検家が発見したのは――」
「私たち二人だよね」
幸薄そうとか強調されたくなかったので先回りして言った。
「その開かずの間の状況は?」
「ええと、ああ、うん。開かずの間は一辺が……手をこう広げた長さの十倍くらい。幅も奥行きも高さもね」
ちょっと砕けた口調になってシュモスが言った。
「その真ん中に二人が倒れてたんだ。二人が倒れてた辺りには、かなり大きな円陣が描かれてたんだけど、私が見た時には黒焦げになってたね」
外とへそをつなぐ転送法陣は、アーシュが暴走させたせいで焼き切れてしまったようだ。
もちろん、その転送法陣が往復可能なものだったことは伏せている。
アーシュが責められるかもしれないからね。
「他に人はいなかったよね? 開かずの間から誰かが出ていくのを見たりは?」
「してないけど……心当たりでもあるの?」
「え、いや、そういうわけじゃ。
他におかしなことはなかった? 開かずの間以外の場所にも変化があったりとか」
「むろん、万事においてぬかりのない探検家シュモスはその点もすぐに調査した。調査は周到を極めたが――」
「なにもなかったんだね」
「……うん、まぁ、そんなとこ……」
ちょっとしぼんでシュモスが言った。




