120 へその冒険者たち
村長さんによれば、海賊どもを血祭りに上げるのはオーケーだが、連中の乗って来た海賊船は、村では貴重な木材になるので、なるべく原型をとどめてほしいとのこと。
(原形をとどめてくれって……破壊神か何かかみたいに思われてるのかな……)
海賊は漂着した海賊船を中心に、陸にも簡単なアジトを築いてるという。
といっても、へそを埋め尽くす石材を組み上げて防壁を作った程度の即席のものだ。
石材ばかりでは運ぶのが大変なのか、船の建材の一部を剥がして柵を作ったり、天井に建材で骨を組んで下ろした帆を屋根代わりにしたりもしてるね。
なかなか適応力のある海賊だ。
(まぁ、キエルヘン諸島だって他の都市との交易なんてありえなかっただろうし、もともと自給自足なんだろうね)
そんな苦労をするくらいなら足を洗ってまともに働いたほうがいくぶん楽な気がするが、それができるなら海賊になんてならないだろう。
(海賊は……地上に十三人、船に十人くらいかな)
船は少し離れてるので気配察知の精度が低い。
もっとも、乗りこめばわかることだ。この程度の海賊が一人二人増えたところで大差はない。
海賊たちは殺気立っていた。
さっきの襲撃が失敗に終わり、襲撃に参加した者たちは全滅した。
その情報はもう伝わってるようで、女子どもや怪我人まで含む全海賊が、弓や槍を持って警戒に当たってる。
私は、私について来た希望の村の冒険者たちを振り返る。
「じゃあ、予定通り、私が反対側に回って火をかけて暴れるから、逃げ出した連中の処理はお願いするね」
「うむ。わかった」
と答えたのは、さっきの防衛戦で、私が海賊を一掃するのを目撃してたという冒険者の隊長だ。
カミソリなんてしゃれたものがへそにあるはずもなく、ヒゲは伸び放題になっている。
金属も手に入らないから、防具は皮鎧だし、手にした剣もうっすら錆が浮いていた。
でも、剣の刃だけは、へその強烈な陽光にきらめいてる。
砥石でこまめに研いでるのだろう。
まだ俺たちは折れてない――磨かれた剣の刃は、そう主張してるかのようだった。
隊長の背後には、似たような格好の冒険者が五人いる。
戦士が二人、盗賊士が一人、魔術士が二人でバランスもいい。
冒険者たちの顔に緊張はあるが、怯えの色は見当たらない。
私は小さくうなずくと、アーシュを連れて、石材のブロックの影を縫いながら、海賊の陣地の反対側へと回りこむ。
「アーシュはここで見てて」
「う、うん」
緊張した様子でアーシュがうなずく。
ちなみに、アーシュの水色の髪は目立ってしょうがないので、ドロップアイテムの適当なバンダナで隠してある。装備者の注意力が上がるという便利効果付きなので、おっちょこちょいのアーシュにはちょうどいい。
「じゃあ、派手に行こっか」
私はアーシュから離れた場所に移動してから、気配を消すのをやめた。
海賊はそれでも気づかないようだったので、
「ガトリングタレット――砲弾は太めで」
空中に不可視のエーテルショット連射装置を作り上げる。
陣地破壊用に、弾丸はいつもより大きめに設定した。
「砕け散れっ!」
私は無数のエーテルショットを一斉に発射する。
どどどどど!
派手な音を立てて、海賊たちのこしらえた石の壁が崩壊した。
「き、来たぞぉぉぉぉっ! へその悪魔だぁぁぁっ!」
海賊たちが悲鳴を上げ、臨戦態勢に入った。
「悪魔は失礼だな」
私はあえて姿を現しながら、崩壊した陣地に近づいていく。
「う、撃てぇぇっ!」
海賊の号令とともに、矢の雨が降ってくる。
「――風よ!」
私の一言で暴風が起き、矢の雨を吹き散らした。
さらに、
「紅蓮の炎よ、地を舐め、敵を焼き払え!」
私の足もとで発生した炎の塊が、地面を這いながら扇状に広がり、崩壊した陣地の間から海賊たちに襲いかかる。
「うぎゃあああ! あちい! 助けてくれ!」
「逃げろ、炎が――」
「うわああっ! 火が追って来やがる!」
「陣地を捨てろ! 反対側に逃げるんだ!」
地を舐め、いつまでも燃え続けながら延焼する炎に、海賊たちが混乱する。
その何人かをエーテルショットで間引き、残り数人ほどを、冒険者たちの待機してるほうに誘導する。
「貴様ら、よくもエッヴィを!」
冒険者の隊長が海賊に襲いかかり、一刀のもとに一人を斬り伏せた。
「ま、待ち伏せだぁっ!」
叫んだ海賊の喉に、盗賊士が投げたナイフが突き立った。
「くそっ! 手強いぞ! まとめてかかれ!」
残り三人になった海賊が冒険者の隊長に襲いかかる。
「むんっ!」
隊長は、海賊一人の剣を受けつつ、べつの一人の剣を籠手で殴り飛ばして弾いてのける。
最後の一人の振り下ろした剣は、
「金剛の鎧よ!」
魔術士の放った魔法が、隊長の鎧にエーテルの膜を作り出す。
海賊の剣がその膜に当たる。まるで金属を叩いたような音を立て、海賊の剣がへし折れた。
「なにぃっ!」
海賊が驚くあいだに、
「遅いっ!」
隊長は受けていた剣を力任せに押しのけ、その場で旋回。猛烈な横薙ぎの一撃を放つ。
三人の海賊は、それぞれ胸から喉にかけてを横一文字に切り裂かれ、悲鳴とともに崩れ落ちた。
(いまの一撃――ただの剣技じゃない。エーテルを使ってる)
グリュンブリンの魔槍撃に比べれば全然だけど、人間の戦士としてはかなり強力な攻撃だ。
名付けるなら回転魔人斬り。
もちろん、私もぼーっと見てたわけじゃない。
そのあいだに、海賊船の甲板で弓を構える海賊をエーテルショットで全滅させている。
とくに語るべきことがなかっただけだ。
私は隊長たちに合流し、
「無事だね!?」
「ああ、問題ない」
「じゃあ、船の中の残敵も片付けるよ!」
「「おうっ!」」
冒険者たちの勇ましい返事。
海賊船は劣勢であることがわかるとタラップを上げて船に閉じこもろうとした。
私はウィンチにつながるチェーンをエーテルショットで破壊、タラップを無理やり引き下ろす。
「残敵は怪我人を中心に五です!」
盗賊士が素早く報告する。
私と全く同じ判断だ。
「どうしたい?」
私が聞くと、
「われらが村には囚人を養う余裕などない。だが、船長がいるならそいつだけは生け捕るべきだ」
隊長が言った。
そうこうするうちに船内に入る。
船内は外に比べて暗く、目が眩む。
そこで魔術士の一人が魔法を唱える。
「我らが目を明るくせよ」
「へええ」
理屈は不明だが、明るさの差でくらんでた目が元に戻った。
いや、それ以上にくっきりものが見える。
視力まで上がってるのかもしれない。
さらに、もう一人の魔術士が魔法を使う。
「我らが耳にささやかなる音を拾わせたまえ」
その直後、がたっとはっきりした音とともに、物陰から海賊が飛び出して来た。
いや、
(この海賊はまぁまぁできるほうだね。一応気配を殺してたし、物音も立ててなかった)
魔法で聴力が強化されてるのだ。
斬りかかってこようとした海賊は、剣を振り上げるいとますらなく、音に反応した戦士の男に斬り捨てられた。
抜く手も見せない早業だ。
その後も、散発的に襲って来た海賊を倒し、隠れてた海賊を探し出して殺し、船底の荷箱にうずくまって震えてた船長を引っ張り出して捕縛した。
冒険者たちは、あきらかに強かった。




