114 ワープダンジョン
「お願い、ミナト。私を万物館に連れて行って。ミナトの力なら、きっとそれができると思う」
自分そっくりの女の子にそう言われ、私はおもわず息を呑む。
(さっき、グリュンブリンが現れたとき、船にはイシュタさんとジットさんが乗ってた。私たちの乗ってた軍艦から離れてついてきてた船の一隻なんだろうな。二人も乗ってるとは知らなかったけど)
オケアノスとクラーケンがいたはずだが、グリュンブリンなら倒すなり追い払うなりできるだろう。
グリュンブリンが他の乗員に自分のことをどう説明したのかはわからないが。
(このダンジョンから戻れば、イシュタさんたちの乗ってきた船がこの島に接舷してるはず。グリュンブリンをうまく撒いて船を出してもらえば逃げられるんだけど……)
あの船がグリュンブリンと私たちのどっちを信用してくれるかはわからない。
グリュンブリンの他にも魔族が乗ってる可能性もある。
(となると、この転送ダンジョンを抜けてへそにある万物館を目指すしかない……のかな。万物館からの帰りはどうするのかって話だけど、とりあえずそっちに行ってみるしかない)
ひょっとしたら、このダンジョン以外にも万物館と外界を行き来するための施設があるかもしれないし。
このままじっとしててグリュンブリンに見つかるのが最悪のパターンだ。
「……うん、わかった。とりあえず万物館を目指してみよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
うなずく私に、アーシュが敬語に戻って快哉を上げる。
「でも、真実を知ったところで、いまのアーシュに何ができるとも思えないんだけど」
「そ、それは……万物館に、力を取り戻す手がかりがあるかもしれないし……」
「希望的観測だね」
「そうだけど、他に手がかりがないんだよ」
「力が戻った時に、いまのアーシュの意識が残るのかもわからないね。魔王の意識が目覚めて魔族たちを率いて戦争を始めるかも」
「私は……そんなことにはしたくない。魔の者だって地上人だって、遠い昔のことで殺し合いをするなんておかしいよ。魔の者にはエーテルを扱う能力があるんだから、地上人と協力しあって生きていくこともできるはず」
「グリュンブリンにもそう言ったの?」
「うん……でも、自分の胸のうちにある怨念は晴れないって言って、賛成はしてくれなかった。
ハミルトンさんは平静に聞いてたけど、それは私の中の魔王が目覚めれば自ずと意見を変えるだろうと思ってるから。
ボロネールさんはよくわからないかな。
ミナトはどう思う?」
「理想としては正しいかな」
そろそろ出発しようと、私はその場に立ち上がる。
「正しいことを、否定されても言い続けたアーシュは立派だと思うよ」
でも、それが受け入れられるかはまた別問題だ。
「魔の者は精神生命体だから、自分たちの感情は現実と同じ。厄介な話だね」
「感情に事実かどうかは関係ないから……。でも、事実を知れば納得して感情を変えられるかもしれない」
私とアーシュはダンジョンを進む。
モンスターがあまり強くなかったので、一時的に難易度を上げ、レアドロップも回収する。
今回の一件は私にとってはただ働きもいいところなので、こういうところで回収しないとね。
「あの……途中からモンスターの動きが変わったような……」
アーシュが違和感を訴えた。
「ひょっとして、わかるの?」
「な、なにが?」
「ううん……なんでも」
魔王であるアーシュには、難易度変更で生じる不自然な状況が、部分的に見えてるようだ。
「アーシュは全然戦えないの?」
「ご、ごめん。現世でエーテルを操る感覚が全然つかめてなくて」
「幽世とは大違いだもんね。それにしてはグリュンブリンは動けてた気がするな」
「グリュンブリンさん、ハミルトンさん、ボロネールさんの三人は、イムソダさんの一件の前に肉体を手に入れてるから……。私がエーテルでこの身体を作ったのはつい最近だし」
「エーテルで身体を作るっていうのもたいがいすごいけどね。
あ、いや……」
そういえば、霧の森のダンジョンマスターだった夢法師は、エーテルを集めてモンスターを作り出してたっけ。
それを利用して、ルイスに新しい身体を用意させたのは私だ。
アーシュがやったことは、ダンジョンマスターがモンスターを生み出す手順とよく似てる。
「魔の者が肉体を得て『人』になり、人が夢法師みたいに解脱して幽世の存在になる。ベアノフみたいに、高度な知能を持つ、エーテルからできたモンスターもいる」
その線引きがすごくあいまいに思えるのは気のせいだろうか?
そうこうするうちに、私とアーシュは何度か転送法陣を踏み、ダンジョンの奥へと進んでいく。
このダンジョンは、ミニマップで見る限り五層構造のようだが、小部屋の出入りがすべて転送法陣なので、いま自分が何層にいるかはわかりようがない。
「……これだからワープダンジョンは風情がないんだ。攻略してる感が全然ない」
私はミニマップのおかげでわかるけど、普通の冒険者だったら先が見えなさすぎて困憊するだろう。ワープのたびに何が起きるか身構えるだろうし、強すぎるモンスターに出くわしても、後ろに逃げることすらできないのだ。
「やっぱり癌なんだよ、ワープダンジョンは。偉い人にはそれがわからないんだ……」
「えっ、何か言った?」
「う、ううん。なんでも」
独り言を聞き返され、私は小さく首を振る。
どこまでも白い小部屋と通路が続くダンジョンは、ソリッドシチュエーションのデスゲームを思わせる。
いきなり男女何人かが白い部屋に閉じ込められて、生存をかけたゲームをさせられるって話だね。
時折襲ってくるモンスターを排除しつつ、私とアーシュはそれっぽい場所に行き着いた。
コンサートホールのように扇状に広がった大きなスペースで、奥には七つもの転送法陣がある。
「うーん……ここに来て七択かぁ」
このダンジョンの終わりは近い気がするのだが、最後の最後でやってくれるもんである。
「当たりは一個……だよね?」
アーシュが聞いてくる。
「たぶんね。で、ハズレがどこに通じてるかだけど……これまでの経験からすると、よくてモンスター部屋、悪くするとダンジョンの入り口まで戻される」
ふりだしに戻るってやつだ。
ゲームだったら叩かれること必至のトラップだが、これは現実だ。
侵入者への嫌がらせとしてこれ以上のものはなかなかない。
そこで、アーシュが言った。
「……待って、ミナト。ひとつだけ、エーテルの規模がちがわない?」
「あれのこと? たしかに、見た目はそっくりだけどひとつだけ蓄えられてるエーテルの量が多いね」
「正解……なのかな?」
「わかんないよ。入り口に戻すための遠距離転送法陣の可能性もある」
私のミニマップでは、ダンジョンの入り口からここまで直線距離で数キロは離れてる。これまでのワープはせいぜい数百メートル規模だったから、「ふりだしに戻る」が特別製でもおかしくない。
でも、
「グリュンブリンに追いつかれるかもしれないもんね。入り口に戻ったら戻ったでグリュンブリンを回避できるだろうから、通ってみようか」
「そうだね」
私たちは手を取り合い、緊張しながら転送法陣を踏む。
――だが、このとき私は忘れていた。
自分は不幸体質で運が悪く――しかも、アーシェも幸の薄さではどっこいだということを。
一瞬のめまいの後、私たちが転送先の空間に目を向けると――
「……待ちかねたぞ、餌ぁ」
そこには、巨大な闇色の槍を肩にかけた、グリュンブリンが立っていた。




