104 イカかタコか
船体が激しく揺れた。
「きゃっ!」
その衝撃で椅子から浮き上がったアルミラーシュさんをキャッチしつつ、私は言う。
「な、なに!?」
さすがは船乗りだけあって、艦長さんや海兵さんは机や壁にしがみついて無事だった。
そこで、会議室にべつの海兵さんが飛びこんでくる。
「――報告します! く、クラーケンです!」
「見張りは何をしていた!?」
艦長さんがそう叫ぶ。
「海中から接近されたため気づかなかったようです!」
「むう……調査に向かった船が沈没したのもクラーケンのしわざか」
「現在甲板上でバリスタの用意をしています!」
そういえば、甲板には複数人で動かす大きな弩がいくつもあったっけ。
私が見聞きした範囲ではこの世界に大砲はなかった。
海戦では、弓を撃ち合い、頃合いを見て船首の衝角をぶつけ、相手の船に乗りこんで制圧する、というのが定石らしい。
今回は海のモンスターが相手かもしれないってことで、大型のバリスタを用意してきてる。
とはいえ、
「相手がクラーケンでは分が悪いな……ミナト殿」
「うん、そのために乗ってるんだしね」
私はうなずき、アルミラーシュさんをイスに座らせると、会議室から飛び出した。
私は甲板下の廊下を駆け抜ける。
さっきの衝撃で転倒し、怪我をして動けなくなってる海兵さんがいたので、
「これ使って!」
通りすぎざまにアビスワームの胃袋からポーションを取り出し、投げて渡す。
海兵さんの返事を聞く余裕はないのでさらにダッシュ。
そのまま甲板に出ると、しぶきを食らったらしい甲板は海水で水浸しになっていた。
その海水が陽の光を照り返して目に痛い。
私は目を細めて、さっき衝撃の来た方向を見る。
そこにいたのは、青紫の巨大なイカだ。
ガレー船にも風がある時用の帆柱があるが、海面から顔を出したイカはその半分くらいの高さがあった。海面から四、五メートルってところかな。
もちろん、それは海面に出てる部分だけだ。
ぬらぬらした青紫の身体は、普通のイカと同じ割烹着のような形状だ。
普通のイカと違うのは、黒くぎょろっとした目が、フジツボのように身体中にびっしりついてるってこと。
その「百目」が揃ってこっちに向けられてる。
海面からは、そのイカの「頭」のほかに、無数の触手が伸びている。
「あはは! 大物だね!」
イカかタコかと思ってたけど、どうやらイカのほうが当たったらしい。
(おかしい。フラグを乱立すれば出てこないと思ったのに)
冗談はさておき、海面に顔を出してくれてるならチャンスである。
「――ガトリングタレット」
私は空中にいくつものエーテルショットの砲身を作り出し、
「行けっ!」
エーテルショットの雨をクラーケンに見舞う。
――ぎぐおおおおっ!
エーテルショットは、クラーケンの体表にある目をいくつか潰したようだ。
クラーケンは悲鳴をあげながら、触手で顔をかばってる。
「――いまだ、畳みかけろ!」
私の背後で、艦長さんの声がした。
甲板にいるのはもちろん私だけじゃない。
バリスタに取りついてる海兵たちが、あわててクラーケンに照準を合わせ、銛のような矢を発射した。
――ぐがああああっ!
矢のいくつかはクラーケンの身体に深々と突き刺さっていた。
クラーケンはたまらず、海面から顔を沈めようとする。
「あ、ヤバ!」
私は維持したままのタレットでエーテルショットを浴びせるが、クラーケンが海中に潜るほうが早かった。
(海中に潜られると厄介だね)
いまの感じだと、私の魔法でクラーケンを倒すこと自体はできそうだった。
だが、それはあっちが海面から顔を出してればの話だ。
(海に潜る魔法も、あるにはあるんだけど)
大きな風のバリアを作って、それごと水中に潜ることはできる。
でも、浮力が働くせいで常に力をこめてる必要があるし、水中での動きはお世辞にも速いとはいいがたい。
海中を自在に泳げるはずのクラーケンを相手にするには不十分だ。
私が迷ってるあいだに、船を突き上げるような衝撃が襲った。
「う、うわっ!」
跳ね上げられ、おもわず悲鳴を上げてしまった。
それでもなんとか着地するが、
「くそっ! バリスタがいかれた!」
「ツーモスが落っこっちまった!」
「衝撃で怪我人が!」
甲板上は阿鼻叫喚。
しかも、
「――ほ、報告! 最下層の一部にヒビが入り、浸水しています!」
甲板下から転げ出て来た海兵さんが、艦長さんに報告してる。
「艦長さん、もつの!?」
「しばらくは大丈夫だ! この船の船体は霧の森の木材で組まれているし、ドロップアイテムの特殊な石膏で鉄板を貼り付けてある! ヒビも応急処置をすれば問題ない!
だが、いつまでもはもたんぞ!」
焦りを押し殺してるような顔で、艦長さんが言ってくる。
「なんとかしてあいつを海面上におびき出すしかないか……」
さっきしこたまエーテルショットを撃ちこんだから、私ならあいつの敵視を取れてるのかな?
いや、クラーケンの様子を見る限りだと、船の上のちっぽけな人間を、ひとりひとり認識してる感じじゃなかった。
船全体をひとかたまりの生きものだと思ってるような印象だ。
「一度海中に入って、あいつの注意を引きつける。その上で、海面上に浮かべた小舟から迎撃……ダメだ、一発でやられちゃう」
これがゲームなら、クラーケンは親切にも水面から顔を出して、船自体は攻撃せずに主人公たちと戦ってくれるんだけど。
「でも、しかたないか。一度潜って海面上に引っ張り出して船に戻る。攻撃したらまた潜られそうだけど、そのたびに囮になるしかない。
……頑丈な船みたいだからなんとかもつよね。もつと思おう」
私がそう意思を固めたところで、
「うわああああっ!」
船の反対側から悲鳴が上がった。
「――お、オケアノスだぁぁっ!」
「……えっ?」
私がそっちを振り返ると――
そこには、巨大なタコの化け物がいた。




