103 同族嫌悪の密航者
「こちらです」
艦長の案内で、甲板から下甲板に降りる。
まぶしいところから日陰に入り、目がくらむ。
(サングラスがほしいね)
海賊がアイパッチをしてるのは、敵の船に乗りこんだ時に、片目がくらんでももう片方の目で見られるようにするためだって話だけど、そんなにうまくいくものかな?
下甲板は交代要員の休憩所や食堂、作戦会議室、発令所なんかがある。
艦長は作戦会議室に向かってるようだ。
「密航者は暴れたりしなかった?」
「いえ、そのようなことはさいわいなかったと言いますか」
なんか妙に口を濁すよね。
「むしろ、むさ苦しい所帯なので、扱いに困るというのが正直なところですな。ミナト殿はその点女性でおられるし」
「えっ、密航者って……」
私が聞き返そうとしたところで、作戦会議室に着いた。
会議室は、ちょうど学校の教室くらいだろうか。
前に黒板があるのもよく似てる。
部屋の真ん中には大きな机が置かれ、その上には海図が広げられていた。
その机の向こうに、「密航者」がいた。
「問題なかったか?」
艦長さんが、見張りに立ってた海兵さんに聞いた。
「はっ! とりたてて抵抗することもなく、おとなしいものでした」
「嬢ちゃんも落ち着いたかい?」
艦長さんがそう言ったのは私に――ではなく、問題の密航者にだ。
「は、はい……ご迷惑をおかけしてます……」
密航者の少女がしゅんとなって言った。
そう、少女だ。
年齢は私と同じくらいで、背格好も同じくらいだろう。
あどけなさの残る、なかなかかわいらしい顔立ちをしてる。
刺繍のついた黒のブラウスと、丈の長い同色のフレアスカートが似合ってた。
(ここまではふつうだよね)
でも、それ以外の要素につっこみどころが多すぎる。
まず、少女の髪と瞳の色。
つややかな長い髪は透き通った水色で、目もまったく同じ色をしてる。
いくらファンタジーな世界とはいえ、少女の髪と瞳の色はとても目立つ。
だが、それよりさらに目立つものがある。
少女の両耳の上にある立派な巻角だ。
(羊の角みたいな雰囲気だね。巻き貝にも似てるかも)
その少女は、いきなり入ってきた私を見て、なぜか息を呑んでいる。
この反応もよくわからない。
「この少女が、問題の密航者なのだ」
艦長さんが私に言う。
「どこに潜りこんでたんです?」
「食糧庫の水がめのひとつが空になっていて、その中に隠れていたのだ」
「息苦しそう」
「実際、船酔いでふらふらになって出てきたところを、厨房係の海兵が捕まえた……と言おうか、保護した、と言おうか」
「密航って、よくあるんですか?」
「商船ならまだしも、軍艦に潜りこむやつなんてふつうはいない。たいていの場合、軍艦は目的地がわからないからな」
「今回は?」
「少女によれば、海兵たちがキエルヘン行きを怖がっているのを聞きつけて乗り込んだそうだ」
「えっ、キエルヘン行きだって知ってて乗ったの?」
「どうもそうらしい」
私は改めて少女を見る。
(なんていうか、線の細い感じ、かな)
密航なんてするからどんな子かと思えば、いまは身を小さくして震えてる。
(それにしても……この子……)
素性がわからないのもそうだけど、最初に見たときから、なにかが引っかかってるんだよね。
「……その……顔見知りではないのですか?」
艦長さんが、私にそう聞いてきた。
「えっ、どうして? 見たこともないよ」
「そ、そうですか。兵が、この密航者がミナト殿によく似ていると言っておったものですから」
「……へっ?」
私はもう一度少女を見る。
たしかに背格好は似てるし、年齢も同じくらいだろう。
顔立ちも、目や眉、小鼻、唇といったパーツごとに見ていくと、私が毎朝鏡で見る顔とそっくりだ。
髪と瞳の色だけは全然ちがうけど、それ以外はうりふたつ。
必要以上にビクビクしてて、自分から不幸を招きそうな雰囲気までよく似てる。
「ほ、ほんとだ。なんか私と似てるかも」
「わたしから見てもよく似ておられます。ひょっとしてミナト殿のお知り合いかと思ったのですが……」
「私一人っ子だし、親戚もこの辺にはいないよ」
正確にはこの世界にいない。
元の世界でも、遠くに住んでてあまり交流はなかったし、ここまでそっくりないとこもいない。
「どうも、われわれでは怯えてしまうようでしてな。お手を煩わせるのは恐縮ではありますが、ミナト殿から話を聞いてもらえまいかと」
「そういうことなら……」
私はうなずいた。
頼まれた仕事の範囲外だからヤです、と言うのも気が引けたし、私自身、私によく似たこの子の正体が気になった。
私はとりあえず、
「ええと、こんにちは。私はミナトって言います。お話ししてもいいかな?」
少女に斜めに向かい合う席に座り、少女にそう話しかけた。
少女は、私の顔をまじまじと見てつぶやいた。
「は、はい……あなたは一体?」
「いや、それはこっちのセリフなんだけどね。私は乗り合わせただけの冒険者だよ」
私が言うと、
「す、すみません」
「なんで謝るの?」
「な、なんとなく?」
……うん、やっぱりこの子は私に似てる。
見た目もそうだけど、精神性が。
「なんでキエルヘン諸島に行きたかったの?」
「そ、それは……」
切りこみすぎたのか、少女がうつむいてしまった。
(うう、なんかやりにくいな……)
もじもじしてて、あまり強く言うと心を閉ざしてしまいそう。
自分に自信がないのか、すぐに謝るし。
自分の考えを相手に伝えるなんてとんでもないって思ってそう。
自分の価値を根本的に信じられてないので、自分の考えを表に出すなんて、考えただけでおそろしい。そんなことをするくらいなら、無難に相手の意見に合わせてやりすごしたい……そんな願望が透けて見える。
一方で、「自分の考えが相手に理解されることはない」と強く確信してもいる。
他のことには自信がないくせに、自分に価値がないことだけは、頑固なまでに信じてる。
そのせいで、相手に自分の考えを理解してもらおうという発想も動機もまったくない。
理解してもらえる可能性が0%なら、誰が進んで自分の考えを否定されたいと思うだろうか。
でも、そのくせ、自分の考えを変える気もさらさらない。
表面だけ相手に合わせてやりすごし、自分の考えは自分の硬い殻のなかにしまってる。
その意味では、根底のところでは自分が正しいと思ってる。
一見すると従順そうに見えるかもしれないが、他人と意見をぶつけあうことをハナから放棄して、自分の信じる世界に閉じこもってるだけだ。
……さっきからグサグサとブーメランの突き刺さる音がしてるんだけど、きっと気のせいにちがいない。
「ええと、じゃあ、まずは名前だけでも教えてくれないかな?」
「す、すみません……私はアルミラーシュといいます」
「姓はなし?」
と聞いたのは、身なりがいいとこのお嬢さまっぽく見えたからだ。
「はい、ないです……すみません」
「いや、謝られても困るんだけど」
「そうですよね……す、すみません」
ええと……もうつっこまないよ?
(私ってこんなにしゃべりにくいのかな?)
なぜか、私のほうがへこんできた。
いやいや、別人だから。
似てるけどちがう人だから。
私は気を取り直して話題を変える。
「じゃあ、アルミラーシュさん。今後の話からしようか。
ええっと、艦長さん。密航者ってどうする規則なんですか?
問答無用で海に放りこむとかじゃないですよね?」
私の言葉に、アルミラーシュさんがびくっとした。
「い、いや、民間人が軍艦に侵入したということで処罰の対象にはなるが、さすがにそんな扱いはせんよ。
この子の身分次第だが、寄港地で降ろすか、セレスタに連れ帰るかだな。その上で、保護者に罰金を科すしかない。この子がスパイのようにも思えんしな」
「あ、そのくらいで済むんだ」
密航者は即刻海に放りこむ、それが厳しい海の掟!とか言わないんだね。
「それなら、先も長いし、ゆっくり話を聞けるね」
そう言うと、アルミラーシュさんが、私の顔色をうかがいながらぽつりと言った。
「……やっぱり、話さなくちゃいけませんか?」
「……海に放りこむ?」
「い、いえ、お話しします!」
おもわずギロリと睨んでしまった私に、アルミラーシュさんが震え上がる。
「お、おい、ミナト殿! あまり怯えさせるようなことは……」
艦長さんに指摘され、私はようやく我に返る。
(どうも、この子を相手にしてると、私の秘められた攻撃性が野に放たれるというか……)
彼女のおどおどした態度に、無性に苛立つ私がいた。
(うーん……認めたくないけど、これはアレだね)
――同族嫌悪。
人は自分と似た人を見ると親近感よりも先に嫌悪感を抱くという。
いやまぁ、人と相手にもよるだろうけど。
私だって、ただ見た目が似てるだけなら気にしない。
だが、この子は似てるのだ――私が、自分でイヤだと思ってる、まさにその部分が。
要するに、この子は私の自己嫌悪を刺激する。
私はこっそりため息をついて内圧を逃し、アルミラーシュさんに話しかけようとした。
その瞬間、船を強烈な揺れが襲った。




