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不幸少女は二度目の人生でイージーモードを望む。  作者: 天宮暁


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99 ナンパ?

「うーん、絶景だね!」


 私は、海の都セレスタの中心街にあるひときわ高い塔の上から、沖に向かって広がる青い空、碧い海を堪能してる。


 セレスタは陸路と海路が交錯する交易の要衝だが、同時に風光明媚な観光地でもあった。

 いま私のいる塔も、観光客向けに建てられた有料の望遠塔だ。

 入場料はお高めだったけど、懐にはけっこう余裕がある。お金がなくなったら、余ってるドロップアイテムを売ればいいだけだ。


「綺麗な水ってことならここでもいいんだけど、人が多すぎるのがなぁ」


 私が言うのは、ウンディーネたちのことだ。

 夢法師の言っていた条件は、水が綺麗で人がいないこと。

 セレスタは賑わいのわりに海が綺麗だが、人が多いのでウンディーネには不向きな場所だ。


「――なんだ、嬢ちゃん。人気のないところに行きたいのかい?」


 声に振り返ると、そこにはガラの悪そうな赤毛の男冒険者がいた。


(この世界でも鼻ピアスする人なんているんだ)


 ひょっとしたら、どこかの部族に伝わる由緒正しいしきたりかなにかなのかもしれないけども。


 冒険者が親指で自分を示しながら言った。


「なら、俺が案内してやるぜ。これでも、セレスタでは情報通で知られてるんだ」


「ふぅん」


 なにやらきざっぽく髪をかきあげる男を見て、私は新鮮に驚いてた。


「これ、ナンパってやつなのかな」


 地球では、ご想像通り、私はあまり積極的に外出するほうじゃなかった。

 繁華街なんてうろついてたら、いらない不幸に巻きこまれそうな気がしたし。

 住んでたのもそんなに大きな街じゃなかったので、ナンパされた経験なんて一度もない。


(それにしても……)


 ひとかけらも好みじゃない異性に声をかけられるのがこんなにも対処に困るものだとは……これまで生きてきて初めて知った。


 だが、赤毛の鼻ピアスは、あわてて手を振って言いかける。


「いや! ナンパだなんて。俺は真剣にだな――」


「なにやってんだい、このあほんだら!」


 赤毛鼻ピアスの頭が、いきなり後ろからはたかれた。


 はたいたのは、男冒険者より背が高くて肩幅の広い、赤毛で日焼けした肌の女性だ。

 年齢は男冒険者よりいくつか上だろう。


「ごめんね、嬢ちゃん。ったく、見さかいってもんがないんかい。こんな十五にもなってなさそうな女の子を怖がらすんじゃないよ!」


「ってて……いきなりどつくな、姉貴」


 男冒険者が唇を尖らせて、背後のたくましい女性にそう言った。


(いや、私16なんだけどね)


 まぁ、よく歳下に見られるけど。


「俺はただ、この嬢ちゃんが人気のないところに行きたいって言うからだな……」


「それに乗じてあわよくばってことなんだろうが!」


「そ、そんなんじゃねえよ! 俺の好みはもっと年上だ! 単に情報を売ってやろうと思っただけさ」


「あんた、この嬢ちゃんが上客に見えるってのかい?」


 呆れた口調で女性が言う。


「甘いぜ、姉貴。この望遠塔は貴族向けの値段設定だから庶民や下級の冒険者は入らねえ」


 それは……たしかに。


「じゃあ、貴族のご令嬢か、懐具合のいい流れの冒険者かって話だが、見たとこ嬢ちゃんは盗賊士としてはなかなか上モノの装備をしてやがる。一見すると地味な装備だが、頭の先からつま先まで全部ドロップアイテムだ。もし装備を売りに出したら、たとえ捨て値でさばいても、ちょっとした屋敷が建てられるくれえだな」


「えっ……そこまでわかるんですか?」


 あ、しまった。おもわず聞いちゃった。


 赤毛、にやりと笑って言う。


「まぁ、ふつうはわかんねえだろうな。

 だが、俺はもともとギルドで鑑定士もやってたんだ。退屈な仕事でよ、何度辞めようと思ったことか……でも、姉貴にどやされながら五年も続けた」


「こいつは見た目に似合わず細かいことに気づくたちでね。鑑定士の仕事は向いてたんだが、もっと実入りのいい仕事がしたいっつって、情報屋なんかをはじめちまったのさ」


「ち、ちゃんと食えてんだからいいだろ。

 とまぁ、そういうわけだ。嬢ちゃんは、見た目からは想像できないほど優秀な冒険者か、あるいはすくなくともそういう冒険者のパーティメンバーだ。

 だが、観光に来たんならメンバーも一緒だろうから、一人でここに突っ立ってる以上、ソロの冒険者の可能性が高い」


「は、はぁ……すごいですね」


「しかも、なにやら熱心に海や湾を眺めてる。最初は観光してるふうにも見えたし、実際それもあるんだろうが、それだけじゃねえってことだ。

 嬢ちゃんの目的が何かまではわからねえが、ひょっとしたら俺の客になるんじゃねえかと目星をつけたってわけさ」


 頭悪そうな見かけに騙されたけど、この人、かなり頭がいい。

 いや、観察力が鋭いのかな。


 それと、私に声をかけたのは本当にナンパじゃなかったらしい。


(いや、べつに残念ってこともないんだけど)


 微妙に調子に乗りかけてた自分が恥ずかしい……。


 そこで、「姉貴」らしい女性が言った。


「ふむ。そういうことなら、立ち話もなんだ。飯でも食わないか?

 弟の商売はべつとして、優秀な冒険者だってんならお互い情報交換もできるだろ。

 それに、この街の飯はうまい」


 私は、目の前の二人――二十歳くらいのガラの悪そうな赤毛の男冒険者と、二メートル近くありそうなたくましい女性冒険者を見て考える。


(まぁ、いいかな)


 実際、この街や周辺について、私はたいした情報を持ってない。

 商隊長さんからいくらか聞いたけど、冒険者ならまたちがった情報を持ってそうだ。


 ……決して、おいしいご飯につられたわけじゃない。


「わかりました。私もこっちに着いたばかりなので、ちょうどいいです」


 私がうなずくと、女冒険者がにやっと笑って、弟の脇を肘でこづく。


「弟よ、ナンパってのはこうやるもんなんだよ」


「だから、俺はナンパしたんじゃねえっての!」


 わめく弟の頭を節くれだった片手で押さえ、姉が言った。


「あたしゃ、イシュタってもんだ。こいつは弟のジット。見ての通りガラは悪いが、中身は見た目ほど悪かねえ。いきがってるだけなのさ。まったく、そんなことしてもかえってカッコ悪いってことがいつになったらわかるんだか」


「うるせえな! この仕事、舐められたらやってけねえんだよ!」


 というわけで、私は仲の大変よろしい姉弟とランチを取ることになった。

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