6 辺境の街ロフト
「あれが冒険者の街ロフト。荒くれ者が集まる辺境の街よ」
そう言ってレイティアさんが行く手を指差す。
その先には土塁と木柵に囲まれた集落が見えた。
そのさらに奥には高い城壁がそびえてる。
察するに、外側はスラム街、城壁の中は貴族街といったところか。
(だって、なんか臭ってくるし)
外側の衛生状態は悪そうだ。そりゃ、さっきのゴブリンの巣に比べればマシだけど。衛生天国日本に生まれ育った私には辛そうな街である。
「えっと……大きな街ですね」
言葉を探して私が言うと、
「いいのよ? 正直に小汚い街だって言っても」
レイティアさんの飾らない言葉に曖昧にうなずく。
(この手の自虐を真に受けると後で怨みを買うからなあ)
私だって、空気が読めないなりに、これまでの不幸から学習してるのだ。
「さて、無事に帰り着いたわけだけど、あなたはどうするの?」
レイティアさんが聞いてくる。
(弱ったな……)
お金は、ゴブリンの巣にあったものを漁ってきたからそれなりにある(らしい。私は物価がわからないけど、レイティアさんの反応を見る限りでは)。
でも、この世界の常識がわからない私がこんな大きな(しかも治安の悪そうな)都市に入って大丈夫なんだろうか。
私の不幸体質からして、最低でも身ぐるみを剥がれて放り出されるくらいの目には遭いそうだ。
(でも……)
レイティアさんに頼るのも考えものだと思う。
助けたからと言って恩に着せてあれこれ要求したくないし。
それに、
(正直、ちょっと怖い……)
実力的には、難易度変更のおかげでどうとでもなるだろう。
ゴブリンとの戦いでも、レイティアさんは私の動きが見えてなかったみたいだし。
でも、レイティアさんを見てると、なんとなく思い出してしまうのだ。
学校で私をいじめてた、主犯格の女子のことを。
(冒険者なんてやってるくらいだから、気が強いっていうか。ここに来るまでのあいだも、話してるだけでたじたじになっちゃったし……。マウンティングの上下が固まっちゃいそうで怖いんだよね)
といっても、まだ何もされたわけじゃない。
それなのに申し訳ないとは思うんだけど……私とレイティアさんは、あまり相性がよくないと思う。
(レイティアさんも、ちょっとやりづらそうだよね)
私を命の恩人として立てようとしてるのに、話してると自然にレイティアさんが主導権を握ってしまう。
かといってレイティアさんが抑えても、私が話をリードすることはない。
レイティアさんからすると、私は話しててイライラする相手だろう。
(レイティアさんは、いつも人の輪の中心にいるタイプなんだよね。いわゆる「陽キャ」ってやつ)
これ以上一緒にいてもこじれそうで怖い。
私はきっぱり断ることにした。
「ここまで来たら大丈夫です。案内してくれてありがとうございました」
「あら、いいの? 街を案内してあげようかと思ったんだけど」
「それはありがたいんですが、お疲れだと思いますし。私も早く宿を取って寝ることにします」
「それもそうね。気を遣わせてしまったかしら?」
彼女が言うのは、ゴブリンに酷い目に遭わされてたことだろう。
「い、いえ、そういうつもりではなく……」
「いいのよ、気にしなくて。宿なら……そうね、城壁の西側にある『売られた仔牛亭』がいいと思うわ。女性客が多いから」
「売られた仔牛亭ですね。ありがとうございます」
ドナドナかな、と思いつつ、宿の名前を復唱する。
「冒険者の流儀では、命を救われた恩は命を賭けて返すことになってるわ。わたしにできることがあったらいつでも言って。わたしはたいてい戦士ギルドにいるから」
戦士ギルド。覚えとかなきゃ。
行くためにではなく、行かないために。
「はい。わかりました。困った時にはお願いしますね」
「もちろんよ」
レイティアさんは身を翻し、颯爽と去っていく。
(かっこいい人だな)
とは思うのだが、やっぱり苦手なタイプだ。
私は自然にああいうタイプに近づいてしまって、いじめられるはめになることが多かった。
(虐待されて育つと、虐待するようなタイプに惹かれやすくなるんだっけ。不条理なことばっかだ、世の中は)
ため息をつきつつ、私は街の入り口に向かう。
街は森を抜けた先の荒野にある。
荒野の中に木柵に囲まれた粗末な集落があり、街道筋の部分には両端を櫓に挟まれた門があった。
門には門番。
私は幼稚園の時にいじめっこに通せんぼされたトラウマが蘇り、これから先どうせろくなことが起きないだろうと覚悟した。
しかし、進まないわけにもいかない。
モンスターのいる世界でまともなシェルターもなく野宿するなんてありえない。
(難易度変更だって絶対じゃないし)
私の不幸体質からすれば、眠ってるところを強力なドラゴンに襲撃されるくらいの不運は起こると思うべきだ。
それくらいなら、門番といさかいが起こるほうがまだマシだ。
いや、起こると決まったわけじゃないんだけど。
門に向かってるのは私だけではない。
他にも冒険者らしい人たちがいるし、旅商人みたいな人もいる。
服装は、おおまかにいえば西洋中世風だ。
私も、ゴブリンの巣で装備を変えたから、悪目立ちすることもないと思う。
(黒髪の人もたまにいるみたいだし)
この世界では金髪碧眼がデフォで黒髪黒瞳は特別だ……みたいな、和製ファンタジーにありがちなことはないっぽい。
私が門に近づく間にも、他の人たちはほぼスルーパスで門を通っていた。
そのことに胸を撫で下ろしながら私も門に近づいてく。
緊張しながら門にさしかかる。
門の左右には槍を持った兵士が立っていた。
私は内心ドキドキしながらその脇を通る。
そこで、
「おっと、嬢ちゃん」
門番の一人に呼び止められた。
私は心臓が飛び出しそうなほど動揺しながら、なんとかそれを表に出さないように振り向いた。
「あはは。な、なんでしょう?」
「その腕だよ」
門番が私の左腕を指差した。
そこには真新しい傷があり、少しだけ血がこぼれてた。
「あれ、いつのまに……」
「嬢ちゃん、森を歩き慣れてないだろう。あの森は茨蔦っていう弱い植物態のモンスターがはびこっててな。こうして人の肌を傷つけて血を啜るんだよ」
ヤバい。一瞬にして私がこの辺の人間でないことがバレてしまった。
(通さないって言われたらどうしよう……)
血の気が引く私には気付かず、門番が言った。
「まあ待ってな。俺はこんなもん(槍)を持っちゃいるが、魔術士ギルドの所属なんだよ。
――癒しの光よ、来たれ」
門番は、私の左腕に手をかざすと、呪文らしきものを唱えた。
門番の手から優しい光が溢れ、私の左腕の傷を包みこむ。
「わっ、治った!」
思わず驚いてしまう。
「へへっ。ちょっとしたもんだろ? でも、俺に使えるのはこれくらいでな。ギルドではいつまでも最底辺扱いだったから、一念発起して兵士に志願したってわけだ」
門番が、鼻先を指でこすりながら、自慢そうに言った。
「その、ありがとうございます。お礼とかは?」
「いいって。勝手にやったことだ。もっとお偉い魔術士なら金を取るんだろうけどな。俺は魔法の腕がなまらないように、たまにサービスで治療をやってるんだ」
「そうなんですか。助かりました」
「ああ。茨蔦にやられた傷は放っておくと化膿したりするからな。治癒ができるやつがいない時でも、度の強い酒で消毒しとくといい。
ところで、嬢ちゃんは旅人か?」
「え、ええ。この辺りは不慣れでして」
「それなら注意したほうがいい。今この街は殺気立ってるからな」
「殺気立って……?」
「殺気立つってのはいいすぎか。今、この街には荒っぽい連中が増えてるんだ。木賃宿すら足りなくて、道で雑魚寝してるようなやつらもいる」
「お祭りか何かですか?」
「ははっ! 祭りか。ある意味じゃそうかもな。レアドロップハントを祭りと言うなら、だが」
「どういうことです?」
「近場でダンジョンの口が開いたことくらいは聞いてるよな?」
「は、はい。そのせいでモンスターが活性化してると」
「その通り。だが、今回はそれだけじゃない。ちょうど、この国の王子様が石化熱にかかちまったそうでな。その治療に必要な『コカトリスの嘴』に破格の賞金がかけられたんだ」
「コカトリスの嘴……」
「知っての通り、コカトリスの嘴は、Aランクモンスター・コカトリスが稀に落とすレアドロップアイテムだ。
そこで、新しいダンジョンの話になる。
新しいダンジョンの奥には、コカトリスの大きな巣窟があるらしいんだ。こいつを狩れれば、レアドロも十分狙えるだろう。
つまり、一攫千金を求める命知らずの馬鹿どもが我先にと集まってきてるってわけだ」
「そうなんですか……」
(いろいろ聞けたな)
私が、得られた情報を整理してると、
「――おい、いつまで油売ってる! かわいい嬢ちゃんだからってナンパしてんじゃねえ!」
もう一人の門番が、私と話してる門番に声をかける。
「あ、すいやせん! ……悪いな、嬢ちゃん。話はここまでだ」
「あ、はい。お仕事頑張ってください。治療ありがとうございました」
「なんのなんの。ともあれ、今この街は治安が悪い。くれぐれも変なのにからまれないようにな」
そんなこんなで、私は思ったよりあっけなくロフトの街に入ることができたのだった。