プロローグ 学校で不幸
私は、ヌルゲーが好きだ。
理不尽は人生だけで十分だから。
ヌルゲーは私を癒やしてくれる。
歯ごたえのない敵を倒してる時だけ、私は自分を取り戻すことができるのだ。
私が教室の扉を開けようとすると、中から笑い声が聞こえてきた。
とても感じの悪い笑い声だ。
よく、こんな気味の悪い声で笑えるものだと感心してしまう。
そして、
(ああ、またか)
と思った。
こんな笑い声が聞こえてきた時、それは必ず自分がらみである。
他人が笑ってる時、それはたいてい私のことを笑ってる。
被害妄想なんかじゃない。
これまでの十六年の人生経験から得た教訓だ。
私は教室の扉を薄く開けて中の様子をうかがった。
「あ、あいつ、生意気なんですよね! 城之崎君に声をかけられたりして……こ、こうしてやる!」
引きつった顔で、私の机にゴミ箱をぶちまけていたのは――
(やっぱりか)
私の「親友」を自称するえみりだった。
分厚いメガネをした気の弱いえみりはクラス内に居場所がなかった。
えみりは、同じく居場所のない私に吸い寄せられるように近づいてきた。
クラスのイベントごとでは私と組みたがっていたが……私にはわかってた。
この子は、私のことを見下してる、と。
私は、教室の扉を開ける。
えみりたちが振り返った。
「あっ……」
私を見て、えみりの顔が青くなる。
えみりの周囲にいるギャルたちが、意地の悪い笑みを浮かべて私とえみりを見くらべている。
私は笑って言った。
「いいよ。気にしないで」
えみりは口をぱくぱくと動かした。
そのあいだに、私は自分の机を片付ける。
えみりから取り上げたゴミ箱にゴミを戻し、いつも携帯してるウェットティッシュで机を拭く。
臭いは取り切れなかったが、気にしないことにして机に座る。
私の態度に、えみりは顔を蒼白にしたまま硬直し、ギャルたちもあ然としていた。
そこで、チャイムが鳴り、教師が教室に入ってくる。
教師は私の机のまわりに集まる女子たちを見て、「またか」という顔をした。
その日はさいわいそれ以上のイベントはなく、放課後は定刻通りに下校できた。
……私の学校生活の中では、まだしも平穏な方の一日である。