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冥界の王  作者: 久土久
2、夢の中
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悪意が銃を構えた


 エリーゼが消えるのと同時に彼らはあの暗い横穴に戻ってきていた。それから穴を元来た方向へと戻り降りてきた梯子の下まで来た。梯子は女性二人を先行させたせいでリリィが小さく「もうっ!」と不満を示したが、レーヴは構わず夢魔を背中に取りつかせてのんびり梯子を上っていった。


「これはどういうことでしょうか」


 梯子を登り切った所でレーヴは降りる前と様変わりした状況に目を瞬いた。レーヴとしては、梯子を登り切った際にゲートルリヒに攻撃される程度のハプニングは覚悟していた。しかし、当のゲートルリヒはレーヴに銃口をつきつけるどころではなさそうだ。兵士のうち一人がゲートルリヒにあの魔言銃をつきつけている。他の兵士は半々に分かれて双方の背後に控えていたが、どちらも身動きが取れないようだ。先に上に上がった二人も動けず立ち尽くしている様子だ。


「レゴラド殿! 何をなさっておられる!」


 あの兵士はレゴラドと言うらしい。レゴラドは行動を問う声を上げたシルヴィアを完全に馬鹿にした笑みを浮かべて、トリガーに置いた指に力を込める。手にした銃は女性二人よりも無駄のないデザインをしていた。全ての銃を見比べるとそれぞれに異なる点が何か見えてくる。

 ゲートルリヒの構えた銃には弾倉とみられる部位が大きい。女性二人の持つものはゲートルリヒのものより小さく、そしてレゴラドの銃にはほとんどそれらしい部位がない。

 

 そういえば先日の襲撃の際にゲートルリヒが手にしていた銃も弾倉がなかった。だが、本来ゲートルリヒが所持している魔言銃は今所持している弾倉付のものではないだろうか?

 あの瞬間においての、レーヴにとっての真の敵が誰か分かったようだ。とはいえこの状況ではレーヴも下手に動けはしない。


「なぁに、私の夢を叶えようとしているだけだよシルヴィア君」

「夢……何をおっしゃっているのですか。我々は一刻も早くエリーゼ様の悪夢を覚まさねばなりません」

「それは勿論そうだ。だがねぇシルヴィア君、物事というものは一つのことだけに専念してはならない」


 レゴラドは不愉快な含み笑いを向けてきた。


「御覧よ、この不可思議な空間を。よく考えてもみたまえ、ここで起きたことなど記録に残す価値がない。何故なら我々は化け物の作った得体の知れない場所に閉じ込められているんだ。記録者さえ化け物に幻を見せられた恐れがある」

「レゴラド殿……いや、レゴラド、貴様っ!」

「残念だよシルヴィア君、どうやら君はこちらにつく気がないようだ。君のような美人なら歓迎したんだがね」

「ええ、本当に。貴方とここでお別れなんて、寂しいわシルヴィア」


 ゆっくりとカノンがレゴラドの方に歩み寄った。レゴラドは彼女を警戒することもなく受け入れる。レゴラドの傍らに寄り添う彼女の目が暗く仄かに光を放った。


「……カノン、貴方まで」


 レーヴにとっては彼女の裏切りなどあまり驚きではない。それよりも、いかにも人間の屑をけしかけて何をし始めるつもりかに警戒が膨らんでいた。


「リリィ……俺の言うことをよく聞いてくれ」

「……主様?」


 レーヴはすぐにリリィへ夢魔と共に物陰に隠れて結界を張るよう指示を下した。魔物だけならばともかく、敵側に人間が多すぎる。万が一にも彼女を傷つけたくはない。


「嫌ですっ、リリィは主様をお守りします!」


 リリィは抗議したが、レーヴは無理やりにでも彼女達を物陰に隠してしまった。

 横穴の陣で正体を隠しきったのは、彼女だ。シルヴィアは彼の恐れる存在ではない。あの時陣を踏むのを避けたのはカノン。彼が恐れる死者の家畜、あの目を見れば疑う余地もない。シルヴィアと同じ栗毛を靡かせた彼女こそ、人ならぬ亡者の成れの果てだ。






   〇






「燃えろ、火の蛇!」


 信じていた者の裏切りで呆けた二人に代わり、レーヴが先手を打った。相手が複数だろうと彼の敵が表に出てきたのならば関係ない。ただ撃つのみだ。彼の指先から散った血飛沫がうねりを上げてカノンに向かい飛んでいく。だがカノンはすぐに炎を避けてレゴラドの影に隠れてしまう。レゴラドは即座にトリガーを引いた。


 レゴラドの銃から光球が放たれる。そのほとんど同じタイミングで彼の銃から炎の球が連射された。あまりにも速い攻撃速度にレーヴは息を呑んだ。先に見たシルヴィアやカノンの銃よりも攻撃の間隔が短い。


「くっ……!」

「主様っ!」


 リリィを庇いながら、どうにかレゴラドの攻撃を避けたレーヴは、まだ呆けた様子を見せるゲートルリヒの背中を思い切り蹴ってやった。


「貴様っ、何をする!」

「それはこっちのセリフだちょび髭!」

「なっ、ちょ、ちょび髭っ!?」

「何ぼんやりしてやがる、あんた司令官だろ! さっさと部下に命令しろ!」

「なんだとっ!」

「いいから早くしろよ!」

「貴様に、言われる、謂れはないわ!!」


 レーヴに対して殺意を漲らせながらも、ゲートルリヒは己の役目を思い出したようだった。残った部下を落ち着かせて敵と距離を取り、一斉銃撃の指示を送る。だがレゴラド側とて相手の出方は分かっていた。彼らも配下の者を従わせて、一斉銃撃の準備をする。お互い距離を取った双極にいて僅かに睨み合った。


「放てっ!」


 同時に声があがり激しい銃声が周囲に轟く。互いの銃から放たれた魔法がお互いの魔法を打ち消し合い花火のように砕け散る。威力は五分五分、しかしそこに上乗せして脅威を為すものがある。無論、それはレゴラドであり、カノンだった。

 一斉攻撃が膠着状態となると、レゴラドとカノンも当然のように銃を構えてきた。彼らの攻撃は速い上に重い。カノンの銃撃はシルヴィアが防いだが、レゴラドの攻撃をゲートルリヒには防ぎきれなかった。


「あの坊ちゃんだけ、なんで規格外に強いんですかちょっと」


 レーヴはゲートルリヒの補助をして攻撃を防ぎつつ問いかけた。問われたゲートルリヒは眉間の皺を深めただけで答えない。その代わりに横にいたシルヴィアがそっとレーヴの耳元で打ち明けてくれた。


「我々が使用しているこの銃……魔言銃は魔力と呪文を不要とする銃なんです」

「……へえ、魔力を」

「もちろん完全に魔力なしで使えるものではありません。柄に埋め込まれた魔石にあらかじめ魔力が籠っているのです」

「なるほどね。つまりあのお坊ちゃんは魔力持ちってことか。外付けのエネルギーが要らない分好きなだけ消費できる」

「はい。それに魔石は発射にかける時間が遅い。結局魔力持ちが有利な武器なんです」


 この世には魔力が存在する。そして特別な人間だけがそれを操れる。レーヴはその話を聞いて何やら深く表情に影を落とした。彼にとってこの話は、あまりにも無視できない話題である。

 とはいえ、今はそのことを考えている場合ではない。レーヴはシルヴィアに向き直った。


「シルヴィアさん、ちょっと敵を上手く引き付けてくれませんか」

「それは……構いませんが、呪術師殿、どうなされるおつもりで?」

「ちょっと敵の魔力でも奪いに。魔力も無限じゃないってこと、坊ちゃんに教えてしんぜよう」

「呪術師殿っ!?」


 魔言銃からの攻撃が飛び交う戦場の真横を走り抜けて、レーヴは飛び出していった。レゴラドもカノンもレーヴの動きに気付いて銃を放ってくる。しかしレーヴに彼らの攻撃は届かない。シルヴィアがとりわけ力を込めて放った一発が辺りに充満し目くらましの効果を発揮した。視界を塗りつぶすあまりの光の強さに、敵も味方も一瞬、目を覆った。


 その瞬間をレーヴは逃さなかった。レーヴは目がくらむのも厭わずレゴラドへ真っ直ぐ飛びかかった。手には一本のナイフが握られている。レゴラドは不意を突かれてレーヴの突進を避けられなかった。

 レゴラドの腹から血が噴き出した。レーヴはレゴラドを刺してすぐに離れた。レゴラドが膝をつく。しかしレーヴは剣の達人でもなんでもないから、ナイフ一本で刺しただけでは、曲りなりも兵士相手に致命傷には至らないだろう。事実レゴラドは痛みと怒りに震えながら、即座に銃を構え直している。


「貴様っ、この私に傷をつけたな」

「傷をつけた、だからどうした?」

「……貴様っ、八つ裂きにしてくれる! 泣いて殺してくれと懇願するまで、ありとあらゆる拷問にかけてやる」

「おーおー、趣味の悪いこって。でも残念ながら」

「なっ、なんだ……きさっ、ぐああああああっ!」

「もう他人の生き死に言っていられる場合じゃないと思うぜ?」


 レーヴはレゴラドを刺したナイフの血を払った。行った動作はそれのみであった。しかしその後起きた現象は凄まじいものであった。レゴラドの血が地面に触れるその瞬間に、レゴラドの身体からいくつもの木の根が生えてきた。その勢いは本来の植物のゆるやかさは一切なく、怒涛の様に吹き出して彼の身体を空へと持ち上げた。レーヴは空高く身体より生えた木に持ち上げられたレゴラドを見上げ、口笛を吹いてやった。


「この木がこんだけ伸びるってことは、それなりに凄いやつだったんだねぇ。まあもう関係ないか」


 レーヴは視線をカノンに向けた。司令官だったレゴラドを失い他の裏切り者の兵は統率を乱していた。一人二人とゲートルリヒらに倒され地に伏していく。この場で平静さを失っていないのは彼女だけだ。


「さあて、観念するんだな。抵抗しなけりゃ楽に息の根止めてやろう。抵抗するなら、俺の前に出てきたことを後悔させてやる」


 先ほどのレゴラドの発言と大差ないことを言いつつレーヴは笑みを深めた。背後からゲートルリヒやシルヴィアらが距離を詰めてくる気配を感じていた。ゲートルリヒがどさくさに紛れて後ろから撃ってこないか些か心配であったが、まだカノンが生き残っているこの場でそんな暴挙を行うほど愚かではないだろう。


 カノンは薄く浮かべた笑みを絶やさぬまま、レーヴに向き直った。


「残念です、こんなに早く使い物にならなくなるなんて」

「そいつは悪いことしたな。だがまあ、早いか遅いかの違いでしかない、だろう?」

「そうですね。それに彼にはそこまで期待はしていなかったんです。策の一つではありましたが、結局彼はただの囮にすぎない」

「……なんだと?」

「確実に事を為そうとした時には、必ず二つ以上は方策を準備するものですよ」


 レーヴの背後よりとんっとぶつかる者がいた。視界の隅で栗毛が揺れる。そして彼女の手に掴まれた剣が、レーヴの胴体を突き抜けてレーヴの目の前へと長く伸びていた。


「あの陣で人間だと分かっただけなのに、どうして信用してしまったのですか? ねえ、陛下」


 勝利を確信したカノンが、酷薄な笑みを深めた。レーヴは歯を食いしばり、シルヴィアを後ろ脚で蹴とばした。どうにか胴体を真っ二つにされることだけは防いだが、彼女の用意したレイピアは深く彼の内臓を傷つけていた。

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