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冥界の王  作者: 久土久
2、夢の中
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レーヴの災難


 兵士が小屋の入り口を粉砕した時、レーヴはちょうどリリィと愛を確かめ合っていたところであった。この村へ来てこの小屋を見つけて、あまりに居心地がいいものでつい長居してしまっていた。


「ひひひひ、綺麗だよリリィ」


 レーヴは下卑た笑みを浮かべたまま糸人形を器用に動かし、中央へ立つリリィに怪しげな接触を繰り返していた。


「主様、恥ずかしい……」

「恥ずかしがることなんかないよ。さあ、俺に全て見せてごらん」


 頬を染めて身を隠そうとする可憐な仕草に、レーヴの興奮が増していき、邪な手に操られた人形が、あわやか弱き妖精を押し倒そうとした、まさしく一番お楽しみのその瞬間である。小屋の外から轟音が響いたのだ。


 レーヴは咄嗟にリリィを術で守り隠し、攻撃は躱して凌いだ。飛び込んできた光の弾が消えて破壊された瓦礫の土煙が晴れると彼の周囲を兵士が取り囲んでいたのである。レーヴはそのうち手にした銃口から煙を漂わせている一人を、この惨状を作り上げた犯人だろうと断定した。


 一番、良い、ところでっ、何を思って邪魔しにきたのか! そう腹の内にふつふつと煮えたぎるものを抱え隠しながら、見せかけだけは平静に穏便に兵士らと相対した。


「我輩はジスタ領守護騎士ゲートルリヒ、市井警備兵士団が長である。そなたが呪術師レーヴで間違いないか?」


 一番偉そうな奴が偉そうに問いかけてきた。さあ、こいつらをどうしてくれようか、心の内だけでこっそりと様々な復讐方法を思い描いて、自然とレーヴの口の端がつり上がった。


「えーえ、左様ですよ、俺がレーヴです」


 レーヴはおどけた道化師を真似し、大振りに手を振ってお辞儀をしてみせる。目の前のちょび髭兵士が眉間の皺を深くした。挑発行為としてはまあまあの効果である。


「しがない流浪の呪術師です。呪術師なんざ騎士様にわざわざお越し頂けるような身分じゃない筈ですが、今日はまたどういったご要件で?」

「たわけたことを。我らが御領主の一人娘、エリーゼ・ノエル・ジスタ様に怪しげな術を使ったであろう」

「エリーゼ、様?」

「しらばっくれようと無駄だっ、さあ仔細白状致せ!」


 実際レーヴにはとんと預かり知らぬことであった。そもそも彼はこの土地の正しい名前を今初めて聞いたぐらいだ。王国の中央からあまりにも遠く離れたド田舎の、領主の娘がどうのこうのと言われても困る。


 今度は本心から疑問に思い首を傾げたレーヴの動作が、再びの挑発行為に見えたらしい。ゲートルリヒと名乗った男が銃口を寄せてきた。


「動かないでもらおう。これは魔言銃だ。そなたのような者でも、名前ぐらいは耳にしていよう」

「確か中央で開発された鉄砲だとか何とか。どうせまたしょうもない発明品でしょう」

「古の大魔法を引き鉄一つで放つ事の出来る恐るべき兵器だ。本当に仕様もない愚作か、その身で確かめてみるか?」


 ゲートルリヒがその魔言銃と呼んだ銀の銃を再び構えんとした。だが銃口は火を吹かなかった。彼の手を止めるものがあった。


「ゲートルリヒ様、今ここで彼を害しては領主様の命に背きます。まずは捕縛を」


 栗毛の女性が眉を寄せてゲートルリヒを諌めた。どうも彼女の言うことにこの男は弱いらしい。彼は今にも撃とうとしていた銃を下ろし、1歩後退した。


 「ふん、分かっておるわ。――捕まえろ」


 面白くないといった内心を隠さず、不機嫌な顔でゲートルリヒが手を振る。それを合図に周囲の兵士らの手によってレーヴは雁字搦めに縛られてしまった。彼が吊り下げた大ぶりの首飾りに兵士が触れそうになった時に文句を言った以外は、レーヴは大人しかった。


 レーヴが大人しかった理由は単純に様子見がしたかったためだ。それに1点不審なこともあった。血みどろ男に対して多くの兵士が不気味なものを見る目を向ける最中、栗毛の彼女だけは違った様子を見せていたのだ。彼女は拘束の合間にそっと彼の耳元で囁いてきた。


「すみません。貴方には不愉快でしょうが堪えてください。出来る限り危害は加えません」


 心より申し訳なさが伝わる声音に、レーヴは顔を上げて彼女を見た。声はレーヴにしか聞こえていない。女兵士とレーヴは当然初対面だ。彼女がレーヴを取りなす理由などない。


 どうにも、ただの厄介事では終わりそうに無い気配を感じて、レーヴは深くため息をついた。






    〇






 連行された後でレーヴは一旦牢屋に留め置かれた。怒れるちょび髭の様子から、あまり良い待遇は望めそうにない。再び兵士らが牢を訪れ外に出された際には、拷問でも始めるつもりかと考えた。そうなれば流石にレーヴも様子見などと言ってはいられない。さっさと縄を抜けておさらばする他ない。

 しかし、連れてこられた先はどうにも拷問とは無縁そうな一室であった。煌びやかに設えられた調度品が並ぶ部屋。こんな田舎の領主でも支配者は支配者だと分かる。


「貴様が例の呪術師か」


 この問いかけはちょび髭に続いて二度目である。レーヴの目の前に今立っているのは、人の形をしたガマガエルである。いや、ガマガエルではない。ただの照り剥げの手足の短い太鼓腹の人間だ。厚ぼったく不健康に薄紫色の唇をにぃいと歪める様が大変気色が悪い。ガマガエルもどきはかなり上等な衣装を身に着けている。兵士らが平伏し、誰よりも自由に発言をしている様子から、初見のレーヴにもこの男がこの場で最も偉い輩なのだと分かった。おそらくはこの土地の領主というやつだ。


「そなたを呼んだのは他でもない。一つ仕事を引き受けてもらいたいからだ」

「お館様っ」


 領主の言葉を遮るように、今まで黙って平伏していたゲートルリヒが声を荒立てた。領主の傍へ寄ると小声で男の行動を諫める。ちなみに小声のつもりだろうがすぐ傍にいたレーヴにはばっちり内容が聞こえていた。


「このような訳の分からぬ者にエリーゼ様をお見せしてはなりません。あるいは、それがこやつの狙いやも」

「しかし全てはお前の推測であろう。ならば、ちょうどそこに魔術師がいるのだ。得体の知れぬ病の正体が分かるかもしれん」

「呪術師です、お館様。あやしげな呪術と崇高な魔術を一緒にしてはなりません」

「どちらも大差なかろう、それよりも事態は火急を要すのだ。一刻も早く娘を起こさねばならん」

「しかし、」

「くどいっ、一騎士風情がわしに指図するつもりか」


 ゲートルリヒは領主に一喝されてぐっと歯を噛みしめた。下位者に高圧的に出るものほど上から押さえつけられていると聞くが、この男はその典型に見える。レーヴは見ていて同情しないでもないが、だがしかし、リリィとの逢瀬を邪魔された恨みは深い。レーヴは心の中で小さくざまぁと言ってやった。


「話が逸れたな、貴様、レーヴとやら。貴様に命じるのは我が娘のことだ。まずはこれを見よ」


 ゲートルリヒを下がらせて領主は部屋の最上段へ足を向けた。そこには急ごしらえで用意されたものと見られる神器が設置されており、香炉から魔払いの煙も焚かれていた。

 神器の奥に用意された寝具の上へ、一人の少女が横たえられている。顔はベールで隠され見えないが、覆われた布の膨らみから彼女の性別と年齢の程が知れた。


「これは……」

「我が娘エリーゼだ。昨日より目が覚めん。貴様には娘を起こしてもらう」

「ははぁ、……なるほどなるほど、それで俺を、なるほど」


 ベールで隠された少女はぴくりとも動かない。僅かに見える指先もまるで人形のように止まっていた。色もあまりに白く青ざめている。


「かしこまりました。ひとまず原因をお目にお入れしましょう」

「なに?」


 レーヴの言葉に、領主より先にゲートルリヒの腰が上がりかけた。しかし領主の手前すぐに膝をついて大人しくなる。レーヴは領主を振り返り一言念を押す。


「原因ならばすぐに御覧に入れられます。ただ、原因を見ても決して取り乱すことのないよう」

「構わん。能書きは良いからさっさとしろ」

「承知。ではさっそく」


 領主の言質を得て、レーヴは視線をエリーゼに戻した。彼女を見た瞬間から、彼には他の者には見えないものが見えていた。それを見れば原因など一目瞭然なのである。

 問題はその原因をどうやって見えない彼らに見せるかであるが、これもそう難しいことではない。代償もわざわざ血を滴らせる必要もない。ちょっとだけ指を動かし、視界のチャンネルを全員と一致させれば良いだけだ。

 ついーっと彼は空中に指先で線を引いた。そしてその線を払う仕草をした瞬間、その場にいた”見えない者”全ての目が見開かれた。

 眠る少女の身体の上に覆いかぶさる天蓋かと疑った者もいた。それほど巨大な、未だかつて見たこともないほど巨大な化け物が、突如として少女の頭上に出現したのである。


「エリーゼ様!」


 再び最も早く動いたのはゲートルリヒである。彼は所持していた銃を化け物に向けて放とうとしていた。レーヴはその彼に向けて咄嗟に指に着けていた装飾品を投げつけた。指輪は銃にぶつかった衝撃で弾けて一匹の蛇に変わった。ゲートルリヒが驚いて銃を落とすと蛇は床に落ち、元の指輪に戻っていた。


「だから取り乱さないで下さいと申し上げたでしょう。あれは抜け殻です。半透明でしょう? 攻撃したってこの部屋が壊れるだけですよ」

「き、さまっ! やはり貴様が裏で手を引いていたのか!」

「なんでそうなるんですか。俺は本当に無関係です」

「ど、どういうことだ……この化け物は一体……、貴様、分かっておるならば早く説明せい」


 領主は震え声だ。無理もない。近代化の進んだこの国で魔物を見なくなって久しい。この化け物は魔物ではないが、そこに大きな違いはない。領主に促されるまま、レーヴは化け物の説明をした。


「この化け物は夢魔と申しまして、人間の夢に寄生する幻獣、そのうちの昆虫の一種です。成虫間近になると人が寝ているところへ忍び込み、現の殻を残して本体は夢の中に侵入するのです。それから寄生者の夢を糧に成虫になるまで潜みます」

「寄生されたらどうなる? 助かるのか?」

「ほっといても明日には何処かへ飛んでいきますよ。まあ寄生者は寝たきりでげっそり正気が抜けますがね」


 ほっといても問題はないとレーヴはすっかり気を緩めて、さあ帰ろうという気持ちでいた。だが領主はそうさせる気はさらさらないらしい。


「それでは遅い。今日の夜にも大公閣下が娘を迎えに来るのだ」

「は、迎えに? それはそれは、何でまた」

「嫁取りに決まっておろう」


 レーヴは少女を見た。背丈からだいぶ小さく見えるが、そこそこの娘なのだろうか。それにしてもこの国の大公はもう老齢といっていい歳のはずであった。権力者とはいくつになっても欲望に忠実ということか。


「では抜け殻に触れると良いでしょう。エリーゼ様の額に吸い付いて見えるあの箇所、あれが化け物の口です。あの口はまだエリーゼ様の夢と繋がっております」

「ふむ……ゲートルリヒ」


 領主が名前だけ呼んで合図をすると、ゲートルリヒは頷いて兵士を一人選出した。選ばれてしまった気の毒な兵士は顔を青ざめさせて前に出る。一言謝り触れるのにやや邪魔なエリーゼのベールをめくった。おや、とレーヴは驚いて眉を上げた。ベールの下から出てきたのは予想以上に幼い少女だった。

 しかしレーヴがそのことに驚いている暇はなかった。兵士が恐る恐る化け物に触れる。そうして触れた途端に、ちゅるんと間の抜けた音と共に兵士が消えた。少女の額に吸い込まれたのだ。兵士が消える様を目の当たりにして、その場が再びざわめいた。レーヴには特に驚かない現象だが、周囲は違う。


「消えた! 奴はどこへ消えた!?」

「夢の中ですよ。ああ、ご安心を。エリーゼ様が目覚めれば彼も勝手に戻ってきます」

「……なるほど、話は分かった。ゲートルリヒ、お前に指揮は任せる。必ず化け物を討ち滅ぼせ」

「ははっ、必ずや」

「じゃあ俺はこの辺でおいとましま~……」

「呪術師よ、貴様は内部の道案内だ。無事に事を成せば家に帰してやろう」

「あ、デスヨネー」


 ガックリ肩を落としたレーヴを連行し、一隊は消えた兵士に続いて少女の夢の中へと消えていった。レーヴの災難はここからが本番だ。

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