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冥界の王  作者: 久土久
2、夢の中
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ゲートルリヒの心労


 時所変転、ここは地方領地ジスタ。群雄割拠の時代も遠く過ぎ去りひたすら平和なこの国の、とりわけ平和な片田舎である。この土地の領主の館に仕える騎士ゲートルリヒは現在二人の部下の処遇に悩んでいた。

 うち一人の名前はシルヴィア、女性でありながら剣の腕が立ち、気立ても良い兵士だ。しかし彼女のここ最近の様子がおかしい。誰もいない部屋で一人ぶつぶつと壁に向かって話しかけ、突然高笑いを始める。明らかに精神に異常をきたしているようなのだが、仕事中はけろっとした顔で恙無く業務をこなすのだ。

 もう一人の名はレゴラド。こちらはそもそも初めから業務態度に問題があった。上下関係は全て無視して横柄な態度をとり、言われた仕事もろくにこなさない。本来なら即座に首にしてやるべき人材であるが、いかんせん身分が高い。レゴラド自身はただの騎士でしかないが、この親類縁者に伯爵位の人間がいる。当然ゲートルリヒよりも身分は上だ。レゴラドは親戚の威を借りてゲートルリヒの命令を公然と無視するのだ。


「お疲れですか団長、茶でもお注ぎ直しますか?」


 心配げに声をかけて来たのはシルヴィアやレゴラドと同じくゲートルリヒの部下であるカノンだ。彼女は自身の頬に落ちた栗毛の髪を払いのけながら、その髪の下で心よりゲートルリヒを労わる目を向けていた。能力的にはパッとしないが、ちょっとした気遣いの出来るありがたい部下だ。

 カノンほどとまでは言わないが、どの部下も彼女ほど従順で思いやりがあれば良いのにとゲートルリヒは思わずにはいられない。

 ゲートルリヒは先に注いですっかり冷めてしまった茶を飲み干した。カップを置いて、少し濡れてしまった自慢のカイゼル髭を整える。


「問題ない、それより何か報告を持ってきたのではないか?」

「はいっ、今しがた中央より荷が届きました」

「そうかっ、来たか。すぐに向かう。そなたも同行せよ」

「承知致しました!」


 カノンを後ろに侍らせて、ゲートルリヒは城内を足早に進んだ。城の最も守りの堅い場所に置かれた倉庫、そこへ次々と運ばれていく木箱。中に入っているのは武器だ。


「来たか、魔言銃」


 先程まで沈んでいたゲートルリヒの顔が明るくなる。口角が自然とニヤリと持ち上がる。


「これでようやく全部隊に行き届くな」

「はい、しかしここまで軍備を揃えられる日が来るとは思いもよりませんでした」

「……そうだな」

「すべてはエリーゼ様のおかげですね!」


 明るくなりかけたゲートルリヒの顔が再び曇った。しょぼくれた様子の上司を見てカノンが怪訝な顔をしている。

 エリーゼとは、このジスタ領主の一人娘だ。といって、彼女の存在を知る人物は少ない。彼女はなんでも領主の生き別れの子供だったらしく、数ヶ月前に城へと連れてこられた。

 そしてゲートルリヒは彼女を一目見て……。


「団長!」


 倉庫に駆け込んで来る者があった。カノンと同じぐらいの背丈をした女性兵士。シルヴィアである。今は特に異常な行動は見られないが、何やら焦り息せき切っている。

 息を乱して来た彼女の様子に、その場の皆が何事かと彼女へ目線を合わせた。シルヴィアは荒い呼吸をどうにか整え、この場の誰にとっても火急の報告をした。


「エリーゼ様がお目覚めになりません!」


 ここでゲートルリヒは落ち着いてシルヴィアに詳しい報告をさせるべきであった。だが、そんな心の余裕など彼にはなく、まだ入口にいたシルヴィアを押しのけてエリーゼの元へと走った。彼は走り飛び込んだ先で、報告が事実であることのを知って呻き声をあげた。






   〇






「エリーゼ様の意識は未だ戻らず、……なんとしても原因を突き止めねば」


 兵舎での彼の業務用机の上で腕を組み、ゲートルリヒは目を血走らせて報告書類を睨みつけていた。

 すでに医者には診せた。しかし医者には何も原因がつかめなかった。医療的に見てエリーゼは完全に健康である。だがそれも昏睡状態が続けば変わるだろう。

 病でないのであれば、それ以外が原因に他ならない。もっと別の、超常的能力によるものが悪意をもって彼女を傷つけたのではないだろうか。そう思い至ったゲートルリヒはすぐさま領地の周辺に不審人物がいないか探させた。兵達はこの非常事態において忠実に任務を全うし、つぶさに情報の洗い出しをした。

 そして、一人の不審人物の存在が捜査上に浮き上がる。その人物は城下より少し外れた村の小屋へいつの間にやら住み着き荒しているという。日がな村へ出て村人を脅し、金品を巻き上げて引き上げていくとの噂だ。そしてその人物は、自分は呪術師だと名乗ったのだという。

 その人物の名をレーヴ。村人が呪われているなどと吹聴し小金をせしめる悪党だ。こいつは引き上げた小屋で夜な夜な怪しげな儀式を行っているらしい。

 エリーゼの倒れたタイミング、呪術師が現れたタイミング、村の噂。全てはぴったりと符合する。ゲートルリヒは確信した。この人物こそエリーゼに魔の手を伸ばした犯人だと。


 そうと決めつけた後のゲートルリヒの行動は早かった。その日のうちに領主に取り次いで不審人物捕縛の許可をもらう。それと同時に例の呪術師の行動を尾行させ、小屋に確実にいるタイミングを割り出す。そして部下を集めて小屋を包囲した。

 真夜中に至るより少し前。小屋を取り囲む部下全てに、卸したばかりの銃が握られている。これは全て国の中央で開発された特殊な銃だ。莫大な開発費を要するためとにかく拡張が難しい。ただし、その威力が凄まじいことは、すでに周知の事実であった。


「ん? おい、貴様、レゴラド! そなたに出撃命令は出しておらんぞ!」


 包囲の一端にここにはいない筈の人物を見つけてゲートルリヒは眉を顰めた。大恩ある領主の一人娘の為、原因であろう不審人物を捕獲せんとする大事な任務になどとても参加させられない男である。レゴラドはゲートルリヒに叱咤されても自分の上司である彼をバカにし、鼻で笑った。


「御冗談を。今回の任務は新製の魔言銃を用いたもの。そのような重要な任務に私を呼ばないおつもりですか?」

「これは新製品のテスト運用のための任務ではない。エリーゼ様の御為に動いておるのだ。銃の使用は二の次だ」

「なればこそ、この銃の真価を発揮できるのは隊の中で唯一まともな魔力を持つ私だけでしょう」


 言外にゲートルリヒには銃をまともに扱えないと言い切るレゴラドにゲートルリヒの血が一気に沸騰した。だが、ゲートルリヒは眦を釣り上げても言い返さない。歯を必死に噛みしめてこらえる。言い返したところで何にもならない。そしてレゴラドの発言も全て否定できるものでもない。

 魔言銃は魔力がなくとも使用できる。威力も一定だ。しかし魔力があればよりいっそう有用性の上がる銃なのだ。


「そこで御覧になっていてください。団長には見えないでしょうが、……私にならここからでも敵の様子がよく見える」

「なっ、貴様――」


 レゴラドはゲートルリヒの許しなく銃を構えると、迷わずトリガーを引いた。

 レゴラドの手によって銃は不可思議な動作を行う。安全装置を外された銃の側面で小さく光る円が回転し始めたのだ。そしてトリガーと同時に撃鉄が円の中心を叩きつける。その円は魔法陣である。魔法陣はより強く発光し銃口へ稲妻を走らせる。光が銃口で膨らみ、巨大化して弾き出される。この一連の出来事は瞬きよりも早い。ゲートルリヒが止める間もなく、レゴラドの銃から放たれた光球は轟音を伴い小屋へと突撃した。


「このっ、馬鹿者が!」


 レゴラドより銃を奪い取り、ゲートルリヒはその他の部下へ小屋への突撃命令を出した。一度攻撃が行われては動かざるを得ない。光球によって破壊された小屋の壁を乗り越えて暗い内部に足を踏み入れる。

 今夜は月もない日だ。敵に気取られず包囲にするには向いていたが、こうして踏み込んだ後はそれが裏目に出てしまった。小屋の内部は完全に影となってしまって何も見えない。目をこらせども見えるのはすぐ傍の部下の、鈍色の甲冑のみである。


「……!」


 僅かに闇の中を動く気配があった。ゲートルリヒの合図と共に、兵士は皆一斉にその気配に向けて銃を構えた。数十の銃口の中心へと、そいつはゆっくりと自ら姿を現した。


「これはこれは皆さん、いったい何事ですか」


 そいつは慇懃無礼に、芝居がかった調子で口を開いた。男だ。まだ姿の全貌は見えないが、この時点でゲートルリヒはこいつのことが嫌いになった。この慇懃無礼さはレゴラドと相通じるものがある。


「明かりをつけろ」


 ゲートルリヒの指示で松明が灯された。炎の熱と煙の揺らぎが不安定な光となって周囲を照らす。

 灯された明かりによって闇に隠されていた男の姿が見えてくる。その姿を目にした途端、兵士にざわめきが広がった。


 盗賊団に1人はいそうな野卑な格好で、着ている服がほとんど赤い。その上から狼の毛皮を被っているせいで、まるで狼に頭を齧られて血塗れになった人間のようだ。ちょっとやそっとの仮装ではない。布の質感や被っているものが本物の狼の毛皮であることから、あまりにも生々しい有様となっていた。腕や首の装飾品が赤い色を反射して、まるで血飛沫のようである。

 黙っていればいくらか美形に見えなくもないが、血みどろ狼の印象の前には全てが吹き飛んだ。


 ゲートルリヒは反射的にレゴラドからひったくったままの銃を突きつけた。銃口からはまだ火花が飛び散っている。

 呪術師はそれを見て、にやりと不気味に嫌な笑みを浮かべた。


 ゲートルリヒは腹に力を込め直した。相手はあまりに不可解な存在であった。しかしそんなことで彼は負けるわけにはいかないのだ。

 怒り、焦り、苛立ち、上手くいかない困難、妨害、全てを力づくでねじ伏せてでも、彼はエリーゼを助け出したかった。

 彼は彼女を心から愛しているのだから。

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