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冥界の王  作者: 久土久
3、箱の中
17/17

唐突に始まるブル・リーピング


「……おい、お前ら、止まれ」


 レーヴはただそう一言命じただけであった。その途端に幻獣は動きを止めた。


「なんだ、これは。いかなる呪術だ?」


 ゲートルリヒが疑問に思うのも無理からぬことであった。それだけ幻獣は著しい変化を見せた。動きを止めた後で揃ってレーヴの元へと集い始める。レーヴは適当に彼らを撫でてやっていた。


「これは……呪術じゃないんですが、まあそういうことにしておきましょうか」

「おい貴様、堂々と偽るでない」

「あ、ちょっと待って下さい」

「何を、だぬぁああああああああああ!?」


 レーヴの物言いにむっとしたゲートルリヒを、レーヴが制止しようとしたその時である。十頭ほどの雄牛が突進しゲートルリヒを弾き飛ばした。吹き飛ばされたゲートルリヒは錐揉み状に宙を舞って、べしゃりと床に墜落した。


「牛が怒りに我を忘れている、沈めなきゃ」


 牛の怒りの発起点がどこにあったのか不明である。しかし彼らは縦横無尽に走り回り進行方向にあるもの全てをなぎ倒していた。とても放置していい存在ではない。

 レーヴはおもむろに牛の視界に姿を見せた。牛の目にひらひらと揺れるレーヴの外套。そして真っ赤な血みどろ色の装い。

 牛の視界はモノクロであるなどという無粋な指摘はさておいて、牛は、赤い色のものを見れば、古来より突進するものと決まっているのだ!


「オ、レーッ!」


 レーヴは外套を翻した。ひらりと動く布の動きに翻弄されて先頭牛の動きが僅かに止まった。それだけで充分であった。先頭の牛が急に止まったせいで後続の牛の足並みが乱れた。玉突き事故を起こして先頭の牛へと後続の牛の角が突き刺さる。後ろから刺された牛は怒り狂いその場で暴れ始める。その余波を受けた牛もまた暴れ始める。牛達は仲間割れを起こして足を完全に止めた。


「主様かっこいい! 愛してる!」

「はっはっはっ、よせよリリィ、照れるだろ?」


 隠れて見ていたリリィが歓声を上げると、レーヴは満更でもない顔で手を振った。一方牛に弾かれたゲートルリヒは満身創痍であった。全身打撲で普通は死んでもおかしくない。しかし彼は軽症だった。身に纏っていた鎧の賜物である。それでも吹き飛ばされた衝撃で地面に這いずったまま動けないでいると、彼にとっての天使が彼の元へとやってきた。


「大丈夫ですか!?」


 心配して駆け寄ってきたソフィアを目にして、彼はくわっと瞼をかっ開いた。

 

「お嬢さん、お名前は?」


 今しがたまでダメージを受けていたとは思えない俊敏さで起き上がるとゲートルリヒはソフィアの手を取った。すかさず手の甲に口付けを落とすと熱い視線を向けたまま口説きに入る。


「失礼、我が名はゲートルリヒ、しがない流浪の騎士である。心優しく美しい貴女の秀麗なるお名前をどうか教えてほしい」

「あ、あの、そのぉ~」

「お名前をお教えいただいた暁には、この近くのカフェにでも参りましょう。大丈夫、我輩の行きつけです。素晴らしい音楽と料理を御贈り致しましょう」

「……いえ、その、……ひっ!?」

「恐れることは何もありません、さあ、いざ行かん輝けるぁああああああああ!?」


 一瞬ゲートルリヒは状況にデジャヴを感じた。彼の身体を跳ね飛ばすものがあったのだ。だが、今度は飛ばされた後着地できなかった。彼の身体を空中で受け止めたものがあった。いや、それは受け止めたというには正確ではない。掠め取ったが正解であろう。

 彼を跳ね飛ばしたのは牛ではなくシカであった。そして空中で掠め取ったのは巨大な鳥であった。ゲートルリヒは鳥によってどこぞへと連れ去られてしまった。


「あ~あ、どうしよあれ」


 去っていく鳥をレーヴは呑気に見守っていた。彼はあまり危機感を抱いていなかった。


「主様、どうするの? あのちょび髭の人連れていかれちゃったよ?」

「手を合わせようリリィ、あのちょび髭の人はお星さまになっちゃったんだよ」


 レーヴにゲートルリヒを助ける気は皆無であった。同行までは許しても仲良しこよしをするつもりなどない。そもそもあんまり好きじゃない。男なら自分の身ぐらい自分で守れ、それが彼の方針である。


「この、薄情者めがぁ!」


 連れ去られ際に二人の会話が聞こえたらしく、ゲートルリヒは憤りの声を上げた。しかし彼はそのまま大人しく怪鳥に連れ去られはしなかった。彼はおもむろに義手を掲げると手首に当たるリングを捻った。

 ゲートルリヒの腕が魔力のこもった白い光を放ち始めた。ゲートルリヒは怪鳥に狙いを定めると朗々として告げた。


「我輩を餌と侮ったこと、黄泉路で後悔致せ。――手魔砲、最大出力!」


 ゲートルリヒがにやりとちょび髭の上に笑みを浮かべた。怪鳥は事態の並々ならぬことに本能的に気付いて、咄嗟にゲートルリヒを手放そうとした。しかし事既に遅かった。


「発射!」


 ゲートルリヒの腕全体が光の筒に代わり、その中心から光球が放たれた。光速で球は進みまっしぐらに狙いへと、怪鳥へと激突する。光の球にぶつけられた怪鳥は、その威力を受けると同時に爆発霧散してしまった。地面へとひらひら鳥の羽が舞い散るほかは、鳥の存在はもとからなかったが如く綺麗に消えてしまった。


「ふ、またつまらぬものを撃ってしまった」


 かこつけて義手を元に戻す。ゲートルリヒ。しかし着地はかっこよくとは行かなかった。べしょっと地面に落下して、衝撃のまましばらく彼は静かになった。


「ハンドキャノンとは……あの野郎、あんなものどこで手に入れたんだ?」


 一部始終を見ていたレーヴは一人慄いた。ゲートルリヒのようなガンマニアに持たせておくにはあまりに危険極まりないものだ。そして何をカッコつけているのか。自分のことは棚に上げて。ゲートルリヒ劇場の観客は大いに不満である。

 そしてもう一人の観客は、こちらはこちらでゲートルリヒに対して不満があるようだった。彼女は唇を戦慄かせ真っ青になって叫んだ。


「ああっ、貴重な怪鳥のはく製が! なんてことっ!」


 レーヴはここに至ってようやく彼女の存在に気を引かれた。どうも彼女はただの子供じゃないらしい。


「お嬢さん、失礼ですがお名前は?」


 先ほどのちょび髭と同じような質問に彼女の肩がびくりと震えた。しかしちょい髭と違って性癖はごくノーマル(とは言えないが)であり幼女は射程範囲外の彼は邪念なく質問を続けた。


「もしやこの館の関係者ですか?」


 レーヴの質問に彼女は、ソフィアは、こくりと頷いて、そして突然泣き出した。


「ふぇえええええ、何がどうなってるんですかぁあああああ!!」


 残念ながら彼女の問いに明確に答えを返せる者はこの場にいなかった。



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