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冥界の王  作者: 久土久
3、箱の中
16/17

騒ぎ出す博物館


 資料室は奥まった場所にある一室であった。メインの展示物が持つ派手さはないが、さすがに王宮が所有する博物館の一角なだけあって、調度品は一級品揃いである。壁面には神話になぞらえた絵が飾られており、絵の下には由来の書かれたプレートが取り付けられていた。


「ちょび髭様は冥界についてどの程度ご存じですか」

「おい、貴様……さりげなく失敬な呼び名をするでない」

「失敬、ゲートルリヒ様はそれで冥界についてご存じのことはありますか?」


 全く悪びれぬレーヴをゲートルリヒはじろりと睨んだが、レーヴはやはりそ知らぬ顔である。ゲートルリヒは一旦物言いは置いて話を進めてやることにした。


「冥界と言えば三大世界の一つであろう。天界、地上界、そして冥界、冥界のまたの名を地獄と我々は言っておるが」

「その通り。そしてもう滅んでます。あ、ちなみに滅ぼしたの俺です」

「ど、……どういうことだ」

「まあ落ち着いて、ちょっとしたアクシデントですよ」

「世界の崩壊はちょっとしたで済むことではあるまい!」


 さらりと投げてきたレーヴの爆弾発言にゲートルリヒが驚き声をあげるが、レーヴはさしたることはないと適当に流す。彼の視線の先には一枚の絵画があった。説明書のプレートには『冥王』とだけ書いてある。説明書きにも一言『冥界の王』としかない。だが人物らしき姿はそこになく、一面黒で塗りつぶされていた。


「冥界はそれ自体が冥王そのものでした。冥王の体が世界で魂が維持エネルギーだった」

「なんだそれは。概念的な意味か」

「そのままの意味ですよ。おとぎ話風に言うと冥王っていう巨大な化物(クジラ)の中で冥界の住人は暮らしてた。暮らしてたって言うと祖語があるな……彼らはそもそも死んでいました。外の世界から死んだ魂を吸い込んで化物は体を大きくしていた」

「死者を食らっていた、ということか」

「そういうこと。死んで食われて別離して、彼らは別種の存在になった。化物の魂から生えたキノコのような存在。それが冥界の住人。彼らはただの死者じゃない。だが同時に死者でしかない。体がない。元は生きていた奴が力を持つと次に望むのは何だか分かりますか?」

「新たな肉体……蘇生か?」

「その通り。奴らはそのためにまず地固めから始めた。化物の擬人化だ。冥界の住人は殆ど力を冥王に頼っていた。魂から同一化していた。独り立ちするにはまず冥王と自分の魂を切り離す必要がある。その時の冥王には意思らしい意思なんてなかった。そこに無理やりにでも人格を持たせ、新たな体を与え、魂を分離させる。勿論自分達の分を切り取ってから。……企みは途中までは上手くいきましたよ。途中までは」

「ということは、失敗したのか」

「まあね」


 レーヴはぽんっと気軽に、飾ってあった人骨標本の頭蓋を叩いた。ゲートルリヒはそれをたしなめたが、よく見ればその人骨標本は触れても良い資料であった。


「奴ら人間の意思ってもんを舐めすぎていた。冥王の器としてそれなりにふさわしい人間を選んだつもりだったろうが、人が滅ぶと分かっていてわざわざ手を貸す人間なんざ一握りだ。その辺きっちり調べるってことを忘れていやがった」

「お、おい、待て。話が飛んだぞ。どういうことだ。冥界の住人はつまり生贄か何かを用いて冥王を復活させた、ということか?」

「端的に言えばそうですね。生きていた人間の意思と体だけ拝借して魂を入れ替えた。それが俺、元冥王で今は人間の呪術師ですよ」


 ゲートルリヒは目を瞠り狼狽えた。喉を震わせ唾を飲み込む。話が本当ならば今自分の目の前にいるのはとんでもない化け物だ。


「何故貴様はわざわざ自分の国を滅ぼしたのだ? 人が滅ぶとは、具体的にどういうことだ」

「……わかりませんか? 冥王の復活は人間の器を用いた。そして元々冥王が人間になったのは冥界の住人が自身の蘇生を願ったからだ」


 人骨の肩を抱きながらレーヴはにぃっと口の端を不気味に歪めた。ゲートルリヒはより一層ぞっと顔を青ざめさせた。レーヴが言っていることはつまり冥界の住人による人身の征服を意味する。


「人の器を奪うなど……本当に可能なのか?」

「ゲートルリヒ様はすでに実例をご覧でしょう? この上何をお見せすれば宜しいので?」

「それは、しかし、奪ってどうしようというのだ」

「さてね。しかしご安心下さい、奴らもホームグラウンドが壊れたたままじゃ派手に動けない。人手も足りない。だからこそ俺を狙っている。つまり俺が生きてる間は……」


 不意に、レーヴは背後に何者かの気配を感じて振り返った。今まで一切気配を察することがなかったが、突然見られていると彼は感じた。振り返ってもすぐには視線の持ち主を見つけられなかった。四方八方目を凝らし、最後に下を向いてようやく一人の少女に気が付いた。少女はふるふると震えている。まさか、とレーヴは身構えた。冥界からの刺客がこんな所にまで来たのか。


「あ、悪魔……」

「ん?」

「館内悪魔信仰者お断りですううううう!」

「……んんん~?」


 館内で一際騒ぐ少女に、何やら理不尽に注意されている。そんな気がしてレーヴが首を傾げる背後で、ちょび髭のロリコンは瞬時に少女の品定めをしていた。


 レーヴとゲートルリヒが同時に少女に声をかけようとした瞬間、ケタケタと笑う声が聞こえた。

 レーヴの傍らに立っていた人骨標本がけたたましく笑い声を上げていた。ぎょっとした彼らが標本から距離を取る。部屋の外からもほぼ同時に悲鳴が上がった。

 博物館の中で何かが起こっていた。






   〇






 館内の騒ぎの中心では目も開けられない事態となっていた。まず動き出した標本達。馬や牛、大型爬虫類等は危険だがまだいいほうだ。問題は幻獣達だ。ある幻獣は天井よりも巨大化しシャンデリアを壊した。ある幻獣は自身の体を沼地と変えて逃げ惑う人々の足を沈めていった。

 一体でもいれば人間にとって脅威と成り得る幻獣が幾匹も狭い空間を飛び回っているのだ。人々の動揺と混乱は当然のものだった。


「ああっ、どうしようっ! 貴重な標本がっ!」


 そんな混乱とはあさってな方向で悲鳴を上げている少女が一人。彼女にとっては人がどうなるよりもまず、館内の展示物が壊れることのほうが許しがたいようだ。


「おいっ、呪術師、なんとかせんかっ」

「えええ? 俺ですかぁ? しょうがないな」


 ゲートルリヒに命じられてレーヴは一旦は断ろうとするも、現状を見てどうにか出来るのは自分だと知っていた。仕方ないと溜息を一つ零し、彼はおもむろに展示物へと近づいた。

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