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冥界の王  作者: 久土久
2、夢の中
12/17

そしてまた夜に変わる

 地下牢に放り込まれたレーヴはぼんやりと明り取りの穴から月を見上げていた。彼にしてみれば何の益もないことをしてしまったものだと後悔しないでもない。しかし後悔したところでさしたる意味はない。のっそり起き上がり背筋を伸ばした。


「さぁて、脱獄しますかっと。……んん?」


 ガチャンと、脱走を決意した早々に牢屋の扉が開いた。開いたまでは特に気にしなかったレーヴであったが、開いた扉から覗いた顔を見ていくらか身構えた。ゲートルリヒがつまらなさそうな顔をしてそこに立っていたのだ。


「出ろ」

「は、え?」

「いいから出るのだ。もたもたするな」


 レーヴはとりあえず一旦指示に従うことにして、ゲートルリヒの後について歩き出した。ゲートルリヒはよくもこの短時間で手に入れたものであるが、失った手の変わりになるものを装着していた。見た目には手が生え変わったように見えるが、音を聞く限り義手であろう。袖と手袋の合間から鉄の部品が垣間見えた。

 腕がない以外は元気そうだ。おおむね予想通りである。それも当然のことで、ゲートルリヒを夢から帰還する直前に治療してみせたのは他ならぬレーヴである。治療といってもちょっとした止血であるが、それで彼は一命を取り留めた。


「そなた、どうしてあのようなことをした」

「あのような、というと?」


 心当たりが多すぎる。そもそも夢の世界のことを言っているのか領主の館での話をしているのかレーヴには判断がつかない。ゲートルリヒは舌打ちをして言葉を継ぎ足した。


「領主様の真実を暴露しただろう。あれは何故だ」

「ああ、それですか。まあ大した理由はないんですが」

「貴様、ふざけているのか?」

「とんでもない。ま、そうですねぇ、あえて言うなら、まだお嬢ちゃんが大人になるには早すぎるってことですかね」


 レーヴの背中には今も夢魔が張り付いていた。現実に戻ってきた今ではゲートルリヒの目に夢魔の姿は見えない。


「そうか……」


 罵倒の一つもしてくるかと思われたゲートルリヒは、何か考え込むばかりで何も言ってこない。次に口を開いても特に敵意がこもっていなかった。


「大公閣下は帰城なされた。私はエリーゼ様の処遇が気がかりで、無礼を承知でお尋ねしたのだ」

「へえ……、それでなんと」

「利用された領民に罪はない、と。……貴様の訳の分からぬ術のせいとは思っておらぬ。あくまで大公閣下の広いお心がエリーゼ様をお救い下さったのだ」

「まあそうですね。そういうことでしょう。結果さえ良ければそれでよしですよ」

「ぬかせ」

 

 二人はさらに城の中の細い路を通り抜けて、門の傍近くまで来てしまった。どこか別の牢屋なり取り調べ室なりに通されると思い込んでいたレーヴは目を瞬かせた。門の傍には馬が二頭繋がれて二人分と思われる荷物まで積まれている。

 ゲートルリヒは何食わぬ顔で馬の内一頭に騎馬すると、ぽかんとしたままのレーヴを振り返った。


「何をしておる。早く乗るがよい」

「は、え、お? 乗るって?」

「馬に決まっておろう? なんだ乗れぬのか?」

「いや、乗れますけど……ちょっと待って下さい、何故二頭並んで……」

「二人旅に馬は二頭必要だろうが。何を言っておる」


 至極当然といった様子のゲートルリヒを前にレーヴの疑問符は尽きない。何をふざけているんだこのちょび髭は。レーヴは小突いてやりたい気持ちをどうにか抑え込んだ。

 しかしふざけているかと思ったちょび髭は、ことさら真面目な顔をしていた。


「消えたシルヴィアはすぐさま近辺を探させたがどこにもおらなかった。あれは一体何を企んでおったのだ」


 レーヴは消えた彼女がどこへ向かったかまでは知らない。だが、しようとしていたことだけは知っている。しかしそれをこの目の前の男に言う必要などどこにもない。


「知ってどうする。彼女を止めようっていうのか? 彼女は多分、この土地からだいぶ離れている。あんたここの兵の偉い人なんじゃなかった?」

「我輩はすでに片腕を失っておる。団長としての役目は間もなく解かれるだろう」

「ならば何故? あんたに彼女を止める理由なんざどこにもない」

「それでもだ、あれは一度は吾輩の配下として迎え入れた者だ。カノンとてそうだ。我輩には一度迎え入れた以上は奴らの不始末の責任を果たさねばならない。たとえ逃げ去った後であれど、問題を起こしたあの瞬間、我輩の責任下にあやつらがいたことに変わりはない」


 話したところで信じられるものでもない。先達って命を助けられた借りは、救命措置で返したつもりだ。


「彼女は冥界の門を開こうとしている」

「冥界の……?」


 しかしレーヴは口を開いた。今ゲートルリヒに疑われようがそれこそどうでも良いということもある。それ以上に何とはなしにレーヴの口を緩めるものがあった。それは、ゲートルリヒの目が、私情を捨ててどこまでも公の責任を果たそうとする目だったからかもしれない。真っ直ぐと迷いのない目。見る者へ信頼の感情を呼び起こす目。レーヴにはない目。

 レーヴはその目からふと目を逸らしながら口を開いた。


「冥界は地の底、この世と隔たる死の国。今は滅びたが、まだ消滅を免れた亡者達が己の復活を目論みこの世の器を狙っている」

「どいうことだ。シルヴィアは亡者に味方したということか? ならば何故に貴様を殺そうとしておったのだ」

「俺を殺すと冥界の住人が増やせるようになるからだ。侵略には数が要る。違うか?」


 ゲートルリヒが半歩引いてレーヴを見返した。猜疑心がありありと浮かんでいる。レーヴは軽く肩を竦めてみせた。


「俺のかつての名は人間からはアイドーネウス、あるいはクリュメノス、まあ色々呼ばれていたが、多くの場合は一つの名前で呼ばれていた」


 ざぁっと生温かな風が吹き込んだ。月も落ちかけて暁が差し迫っている。レーヴは口元に笑みを浮かべる。その姿が闇に薄く浮かび上がりゲートルリヒには至極不気味に映った。


「俺の名はハデス、かつて冥界を支配していた王だ」






   〇






 暗闇の中で無数の動物が蠢いていた。だが、おかしなことに動く彼らから一切の生気が発せられていない。百や二百といった数ではないのにどの動体もどれ一つ呼吸をしていないのだ。ならば無機物かと思えば彼らの動きはあまりにも生々しい。彼らは死んでいるがまるで生者のように動き回っていた。


「陛下のお命はまだ、地上に残されたままである」


 闇の中へとその声は響き渡った。蠢く気配が皆、一様に憤りさざめく。ヘレは彼らを睥睨して黙らせた。


「必ずやあの御魂をこの地へ、そして今度こそ我らの悲願を果たそうぞ」


 ヘレの宣言に全ての者が沸き立った。ヘレは彼らの様子を見ることをせず、その場で目を閉ざした。

 彼女の目にはただ唯一の存在しか映っていない。彼女は彼との蜜月を脳裏に思い浮かべた。彼女の記憶の中の彼は、ひたすら彼女にとって素晴らしい伴侶であった。

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