第94話 魂をかけた勝負
9000pt突破記念!
犬魔神ルグル。
以前、ぼくが転職の書【デューダ】を探していた時に、それを守っていた番人だ。
スフィンクスも真っ青ななぞなぞを出してきて、ぼくたちは見事正答した。
「なんで、お前こんなところに!」
「どこかで見た冴えない顔だと思ったら、あの時の魔法使いか」
ルグルの鼻の頭にはサングラスが乗っていた。
ぼくは犬魔神が眼鏡をかけていることよりも、この世界にサングラスがあることに驚いた。
設定が無茶苦茶だな。
確か本人は陽の光に弱いんだっけ。
だからって普通サングラスするものだろうか。
「ぼくの質問に答えろ」
「決まってるだろ。オセロをしているのだ」
「だからって、なんでこんな人の多い場所に」
「我が謎を解いた割りに、察しが悪いのだな。考えてみよ、我は転職の書の番人だぞ。【デューダ】がなくなれば、無職になるに決まってるだろ」
「む、無職……」
「だから、こうして職を探しに人里にやってきたのだ。すると、どうだ。賞金100万ゴルの大会が開かれているではないか。我としては出来れば、余生をのんびり暮らしたいからな。出てみたというわけだ」
つまり、転職の書の番人が転職を考えて街にやってきたら、オセロの大会を見つけて、潜り込んだというわけか。
魔神なのに、なんて世知がないんだ(ちょっと泣けてきた)。
「マティスさんに何をした?」
「うん? あいつが刺激的なゲームをしたいというからな。オセロにちょっとしたアレンジを加えてみたのよ」
「アレンジ?」
「勝った方が、負けたものの魂をもらう」
「――!?」
「そして、その男は負けた」
「マティスさんの魂はどうしたんだよ?」
「ほれ。ここにあるわ」
犬魔神の横に、紫色の魂がぷかぷかと浮いていた。
「なかなか悪党のようだが、根は純真のようだな。色は黒系色だが、透き通っていて美しい。あまり見ないタイプの魂だ」
確かにあの人は悪党だ。
国が禁止している闇市や裏カジノを経営している。
でも、根は悪い人じゃない。
単純に面白い遊び、ゲームがしたいだけの人なんだ。
それが、自分の命にも及んだ。
自業自得だけど、ここで亡くしていい命じゃない。
それに、彼と勝負するのはこのぼくだ。
「マティスさんの魂を返せ、ルグル」
「いやだ。お互い納得ずくの勝負だったのだ。文句はいえまい。それにお前たちは忘れているだろうが、我は魔神だ。そしてその好物は人間の魂……」
手を伸ばす。
爪で軽く引っ掻こうとした瞬間、ぼくが腕を握って止めた。
「ルグル……。ぼくと勝負しろ」
「それはつまり、先ほどの男と同じく我と魂をかけて勝負するということか?」
ぼくは頷く。
慌てたのは、騒動を見守っていた女の子たちだった。
心配そうにぼくを見つめている。
ぼくはにこりと笑った。
「大丈夫だよ。絶対ぼくは負けないから」
◇◇◇◇◇
ぼくは運営の人に事の次第を説明した。
予定を取りやめ、急遽ぼくと犬魔神の対局が決まる。
アリアハルのほとんどの人が注視する中、対決は始まった。
「先番、後番はお前が決めろ?」
「いいの。後で後悔しない?」
「ふん。我には関係のないことだからな」
「じゃあ、先番で」
ぼくが白。犬魔神が黒で対局がスタートした。
始まって数手でわかった。
結構強い。犬魔神は予選が始まる前ぐらいに、オセロに出会い、そのルールを知ったというが、とてもそうは思えない。
魔“神”だけあって、こう見えて頭がいいのかもしれない。
けれど、気になるのは、彼がマティスさんを負かしたという事実だ。
まだ打ったことないけど、カンストしてる遊び人が負けるほどの手練れとは思えなかった。
白6。黒が22。
まだ中盤戦。逆転は十分できる。
そのための仕込みは完成していた。
ぼくが打とうとした瞬間、ぽろりと石が落ちる。
「あれ?」
身体が重い。
何故か息が切れてきた。
心臓がぎゅっと鷲掴みされているかのように苦しい。
すると、ルグルは笑った。
まさか――。
「ようやく表情にあらわれてきたな」
「犬魔神……。何を……」
「このオセロには魂をかける以外に、もう1つルールがあってな。盤面が相手の色に染まれば染まるほど、己の魂が削られるのだ」
「な――」
「そんな!」
「卑怯ですわ!」
「がう゛う゛う゛!!」
苦しそうにしているぼくに代わり、女の子たちが抗議の声を上げる。
「言っただろ。先ほどの男と同じルールにすると。承諾したはずだが」
なんてヤツだ。
犬魔神ってこんなにあくどいヤツだったとは。
完全に舐めてた。
「大丈夫だよ、クレリアさん、パーヤ、ガヴ。ぼくは負けないから」
「トモアキ」
「ご主人様」
「パーパ」
意識が朦朧とする。
視界が霞んで盤面がよく見えなかった。
けれど、負けるわけにはいかない。
マティスさんの魂を取り戻すためにも。
そして家族の元に無事帰るためにも。
ようは盤面を平らにすればいい。
終盤の逆転に備えていたけど、手を崩すしかない。
ぼくは石を置く。
最善手から遠い一手だ。
「ああ……。ご主人様」
「トモアキはもうまともに打てる状態じゃないんだ」
パーヤとクレリアさんは項垂れる。
出来ることなら、一刻も早く辞めてほしい。
そんな顔をしていた。
けれど、負ければぼくは犬魔神に魂を刈られることになる。
「パーヤ! クレリア! パーパ、信じる! パーパ、強い! さいきょー!」
ガヴは声を張り上げる。
すると、パーヤとクレリアさんも必死に応援した。
声は幾重にも重なり、いつしかぼくはアリアハルのみんなから声援を受けていた。
「トモアキ、がんばりな!」
「あんた、がんばりな! そんな犬っころ、のしちまえ!」
「魔法使いさん、頑張って!」
「魔法使い! 気合いだ!」
「兄ちゃん、負けんじゃねぇぞ!」
「トモアキ殿。私は信じています」
アリアハルで出会った人たちの声が聞こえる。
次第にぼくの意識は回復していった。
盤面が見える。
最後の一手を打った。
対局は終了する。
皆、盤面を覗き込んだ。
パッと見ではわからない。
かなり拮抗している。
丁寧に数をかぞえた。
「32と32……。引き分けです」
「引き分け……」
なんとも呆気ない幕切れだった。
どっち付かずの展開に、対局を見ていた人は複雑な表情を浮かべる。
すると、審判の人が旗を揚げた。
それをぼくの方に向ける。
「勝者アイダ・トモアキ殿!」
え――。
疑念の空気が渦巻く。
対局場にいる全員が放心し、審判の口元を見ていた。
「どういうことだ?」
ルグルは盤面を叩く。
審判に詰め寄った。
それを制したのはぼくだ。
「ルグルさんこそルールを知らないのですか?」
「なに?」
「この大会のルールでは、引き分けの場合、先番のぼくが勝つことになっているんです」
「な――!」
「確認しましたよ。あとで後悔しませんかってね」
「くっそぉぉぉおおお!!」
犬魔神さんは雄叫びを上げ、悔しがるのだった。
9000pt突破しました。
ブクマ・評価していただいた方ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




