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第8話 猫、拾いました!

 異世界生活も気付けば2週間が過ぎていた。


 最初こそ戸惑ったが、なんとか生活に軸が出来るとあっという間だった。

 今では行きつけの酒場なんかも出来て、1日の楽しみになりつつある。

 ちなみにお気に入りは、レーベというビールを少し薄めたような味の酒と、キュウリ(のような長瓜)の味噌焼きがお気に入りである。


 レーベはともかく、キュウリなんて焼いてもと思っていたが、これがなかなか美味い。シャキッとした歯ごたえこそなくなるのだが、加熱すると野菜の甘みが出るらしく、それが味噌とよく合うのだ。


 ゴルも随分溜まってきたし、生活用品もそろってきた。

 これでゲームとかあったらいいんだけどなあ。

 せめてWifiとかないだろうか。……あ。でも端末ねぇや。


 さて、そろそろ考えなければならない。

 というのも、今のところ問題なのは、宿賃なのだ。


 1泊8ゴルというのは、割と良心的な値段だ。

 さらに言うと、サービスにも余念はない。

 素泊まりで飯が出てくるわけじゃないけど、帰ってくればきちんとシーツは交換されているし、掃除も行き届いている。

 女将ルバイさんの仕事にも、満足していた。


 だが、1泊8ゴルということは、30日で240ゴルも払うということになる。 日本円になおすと12万円。

 1ヶ月12万円だったら、東京でもそれなりのところに住むことが出来る。


 何が言いたいのか、わかるだろう?

 つまり、自宅がほしいということだ。

 一軒家なんて贅沢はいわない。部屋も狭くていいから、自分の家がほしい。

 なるべく安くだ。


 そういうわけで、今日はスライム退治はお休み。

 良い物件を探しに街に出ることにした。


 ――のだが……。


「すまないねぇ」

「頼むよ、女将さん。今日中になんとかしておいてくれよ」


 階段を下り、1階のフロア(なんていうほど立派なものじゃないけど)に出ると、ルバイさんと宿泊客が揉めていた。

 常連客だろう。何度か宿の廊下ですれ違っている。


 珍しく女将は頭を下げ、客は大股で宿から出ていった。


「どうしたんですか?」


 尋ねると、ギロリと睨まれる。

 相変わらず人類最強みたいな雰囲気を醸し出していたが、今日は些か迫力に欠けていた。


 どっかりとフロントに置かれた椅子に腰掛ける。


 煙草を取ろうとしたが、葉を切らしていたらしい。

 紙くずを集めると、その辺にあったゴミ箱に捨てた。


「あんたは大丈夫だったのかい?」

「大丈夫?」

「昨日、物音が聞こえただろ?」


 物音……。

 特には聞こえなかったと思う。

 そもそも昨日はかなり飲み過ぎてしまい、宿に着くなりすぐ寝てしまったのだ。

 おかげで、まだ酒が残っているらしく頭がズキズキする。


「たぶん、猫かなんかが屋根裏に入り込んだんだろうね。バタバタ動いて、うるさいってさっきの客は言ってたんだよ」


 なるほど。クレームか。


「弱ったねぇ……。この身体じゃ屋根裏に入れないし。人を雇うのもねぇ」


 確かに。

 女将の二段腹では屋根裏には入れないだろう。

 よしんば入れたとしても、薄い天板を突き破って落ちてくるのは、火を見るより明らかだった。


「ぼくが追い払いましょうか?」


 自然と口に出していた。


「あんたが?」

「女将さんにはいつもお世話になってるし」

「別にあたしゃ、何もしてないよ。銭をもらって、仕事をしてるだけさ」

「それでもまあ、やりたいんですよ」

「……そうかい。じゃあ、頼めるかね」


 というわけで急遽予定変更。

 にゃんこ捕物帖が始まったのである。




 宿に常備している木の梯子を使い、ぼくは自分の部屋から屋根裏に昇る。


 そっと天板を開き、中を覗いた。

 日中なのに光が射しこむような穴も窓もなく、中は真っ暗だ。

 ランプを所望すると、持ってきてくれた。


「女将さん、火は?」

「必要かい? あんた、魔法使いなんだろ?」


 まあ、そうなんですけど、魔法を使ったら、この宿はおろか半径30メートルの建物は吹っ飛んじゃいますよ。


 といえるはずもなく、ぼくは思案した。


 あ。そうか。

 「ぺぺぺぺぺぺ……」を使わなければいいのか。

 レベル1の自分なら、周辺を吹き飛ばすこともないだろう。


 幸いまだ呪文を唱える前だ。


 ぼくは初めてレベル1のままで魔法を使った。

 ポッとマッチ程度の火が指先に灯る。


 ちっさ!!


 レベル1の状態だったら、こんなに小さいの。

 こんなんでどうやって魔法使いは生きていくのだろうか。

 ホント使えない職業だ。

 ワースト5に入るだけのことはある。


 まあ、今の状況では有り難いけどね。

 よく考えれば、この炎がレベルマになるとあんなに大きくなるなんて信じられない話だ。


 ランプに火を付ける。

 オレンジの光が闇を払った。


 ぼくは頭だけ屋根裏に入った状態で、ランプを動かす。

 すると、一対の光がオレンジの光を反射した。


「ひぇ……」


 情けない悲鳴を上げて、のけ反りそうになる。

 慌てて態勢を整えたが、ぼくは梯子から落ちてしまった。


「ちょっと大丈夫かい?」

「大丈夫です」

「怖いなら、代わろうか?」

「いや、女将さんは無理でしょ」

「なんだって?」


 バックに黒いオーラを燃やしながら、女将さんに睨まれた。

 ご、ごごごごめんなさい。


 気を取り直し、ぼくは屋根裏に昇った。

 念のため「ぺぺぺぺぺぺ……」とこっそり呪文を唱えておく。

 これで何かが襲ってきても大丈夫だろ。


 そっと顔を出す。


 ランプを振った。

 また2つの光が輝いている。

 よく見ると、目だ。

 猫の目が光ったのだろうか。

 ぼくはもっと観察するため、身を乗り出す。


 天板が軋むような音を立てた。

 でも、ぼくぐらいの体重なら大丈夫そうだ。


 ゆっくりと近づいていく。

 すると、「うううう……」とうなり声が聞こえた。


 猫の割には声が低いような気がする。

 いや、猫も案外、威嚇や他の猫と喧嘩すると、犬のような唸りを上げることがあるが、それとも何か違う。


 強いて言えば、人間に近かった。


 一応、声をかけてみる。


「大丈夫。ぼくは怖くない。何もしなければ、痛いことはしないから」


 しかし、応答はない。

 やはりうなり声が聞こえてくるだけだ。


 やがて、その全貌が見えてきた。

 ぼくは思わず息を飲んだ。


「子供?」


 少女だ。

 しかし、何かがおかしい。


 汚い灰色のフードを目深に被り、小さな肩を震わせている。

 薄い水色の瞳はとても綺麗だが、今は怒りに歪み、歯を強く噛みすぎて、歯茎から出血していた。

 体躯はやせ細っていて、平均値を大きく下回っているであろうことは、一目見てわかった。


 何かの虐待を受けているのか、それとも単純に貧乏なのかはわからない。

 それ以上に気になったのは、フードとお尻の辺りがこんもりと盛り上がっていることだった。


「君は!」

「がヴ!!」


 少女は飛びかかってきた。


 速い――!


 だが、それは常人の人間からすればだ。


 レベルマ状態のぼくにはきっちりと見えていた。

 少女の手がぼくに伸びる前に、痩せて枯れ木のようになった腕を掴んでいた。


「がう! うう! うわぉう!!」


 少女は必死にぼくから逃れようとするも、鍵がかかったみたいにびくともしない。

 ぼくの方も力を入れているわけではない。

 単純に、彼女に力がないのだ。


 すると、少女はぼくの腕に噛み付いた。

 血が流れる。

 だが、それはぼくの血じゃない。

 彼女が歯茎から流していた血だ。


 歯を突き立てたはいいが、肉に食い込むまでには至らなかった。

 痛みもちょっとチクッとした程度でしかない。

 改めてレベルマ状態の凄さに驚くが、少女の必死の抵抗を見て、少々申し訳なく思った。


「あんた、大丈夫かい?」


 下から女将さんの声が聞こえてくる。


「大丈夫です。今、掴まえましたから」


 猫にしては大物過ぎたけど。


 だけど、どうしようか。

 大人しくしてくれる様子はないし。

 何か眠りの魔法とかあったらいいのだけど、残念ながらぼくが所有している魔法は、レベルマにする魔法と火の第一階梯しかない。


 こんなことなら、もうちょっと魔法を覚えておけば良かった。


「うーん。1回やってみるか」


 あんまり乱暴はしたくないのだけど。


 ぼくは手を離した。

 すると、素早く少女の後ろに回り込む。

 向こうからしたら、消えたと思ったかも知れない。

 完全に見失っていた。


「ごめんね」


 軽くトンと少女の首筋を叩く。

 すとんと意識を失った。

 ドラマとかアニメとかでやってるのを見よう見まねでやってみたけど、本当に意識を失うんだな。


 少女はそのまま天井裏に倒れ込む。

 すると、被っていたフードが暴かれた。


「え? これって――」


 露わになったものを見て、ぼくは息を飲んだ。


 フードから現れたのは、くすんだ黄金色の髪。

 そして狐のような獣耳だった。


 どうやらぼくが掴まえたのは、猫でも、人でもなく。

 獣耳の女の子だったらしい。


日間総合67位でした!

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます!


今日は、もう1回あげる(目標)

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『ゼロスキルの料理番』
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