幕間Ⅲ ガヴのプレゼント
2話続けて、本編とは関係のないお話ですが、ご了承ください。
本日はハイミルドでの年越しのお話になります。
ハイミルドにも暦というのがある。
今はムーブル暦23年。
明日――正確には、あと1回陽が沈み、月が昇れば、24年になる。
つまりは年越し。
ぼくがハイミルドに来て、はじめて迎える新年だった。
「ご主人様。掃除なら、私がやりますので、ゆっくりしていて下さい」
「大丈夫だよ、パーヤ。ぼくがいた世界では、大掃除は家族みんなでやるんだ。だから、今日は手伝うよ」
窓ガラスに息を吹き付け、ピカピカにする。
ぼくはこう見えて、綺麗好きだ。
1人暮らししていた時も、どんなに忙しくとも大晦日は掃除をしていた。
あの時、寂しい年末だったけど、今は3人の家族がいる。
逆に力が入る。今年のぼくはひと味違うぞ。もう終わるけど……。
「じゃあ、あたしも手伝おうかな」
「がーう゛!」
クレリアさんもガヴも、ぼくの話を聞いて、掃除道具を持つ。
それぞれ配置に付き、掃除を始めた。
「ねぇねぇ、パーヤ。古い新聞ってないかな?」
最近、我が家で新聞を取り始めた。
ぼくの世界とは違って、5日1度ぐらいのペースだけど、配達員が届けてくれる。
ハイミルドの色々な情報を知るためにだけど、主にガヴの読み書きの練習に使っていた。
「ありますが、どうするんですか、ご主人様」
「窓を拭くのに使うんだよ」
「新聞紙を、ですか?」
「とっても綺麗になるんだよ」
ますます怪訝な顔を浮かべる。
表情がおかしくて、ぼくはくつくつと笑う。
しばらくして、パーヤは古新聞を持ってきた。
ぼくはまず窓を水拭きする。
付いた水分が乾ききらない内に丸めた新聞紙で、さっと窓を拭いた。
「まあ……」
パーヤがキラキラと目を輝かせる。
少し黄ばんでいた窓が、ピカピカになっていた。
水拭きだけの窓と比べると、段違いだ。
「すごいですわ、ご主人様! これも魔法なのですか?」
ぼくは苦笑する。
「新聞紙のインクに油が使われてるでしょ。これが窓についた油分を落としてくれるんだよ」
「わたしもやってみていいですか?」
「トモアキ、あたしも」
「がう゛~」
次々と手を挙げる。
キャッキャッいながら、窓拭きを始めた。
今年の年越しは、騒がしい1日なりそうだ。
掃除も終わった。
陽も落ち、いよいよ今年も残すところ、あとわずかだ。
今年最後の晩餐は、お鍋。
お肉と野菜がたっぷり入った水炊きだ。
コタツに入りながら、3人とつつく鍋は最高だった。
「ちょっと! 誰か忘れてません!! 俺様にも鍋食べさせろよ」
こたつの下から抗議の声が聞こえてくる。
そういえば1人――いや1匹、居候が増えたんだっけ。
すると、クレリアさんはバンとコタツ叩いた。
「うるさいわよ、火魔人! あんた、もうちょっと火力を上げれないの。鍋がなかなか煮えないんだけど」
「ちょ! 叩かないで! いじめ反対! う……中学時代の忌々しい思い出が!」
なんの思い出だよ。
魔人が中学行くな!
「主に意見するつもり、とどめをさしてもいいのよ」
手の平を掲げる。
ゆっくりと水が溢れ始めた。
「ひぃ! ひぃいいいいいい! やめてください、クレリア様、神様、仏様。なんでもしますから、ほらこの通り」
鍋に向けた火力が上がる。
こぽこぽ、と鍋が煮立ち始めた。
ところで、さっきなんでもするっていったよね。
ディフリスをからかいながら、ぼくたちは鍋を食べきる。
お腹一杯だ。
雑炊も美味しかった。
年越し蕎麦はもういいかな。
「そうだ。ちょっと早いけど、みんなに渡すものがあるんだ」
懐をまさぐる。取り出したのは、ポチ袋だ。
もちろん、ハイミルドにポチ袋なんてない。
さっきの新聞紙に色を塗って作ったぼく自作だ。
3人は中身を開く。
出てきたのは、1万ゴルの価値がある金貨だった。
「お金?」
3人は不思議そうな顔で、金貨を見つめている。
やがて、ぼくの方に視線を向けた。
「ぼくがいた世界では、年はじめの3日間をお正月っていうんだけど、その時に『お年玉』っていって、袋に入れたお金をあげる習慣があるんだ」
「じゃあ、これはご主人様のプレゼントですか?」
「まあ、そういうことになるかな」
「ありがとう、トモアキ。大切にするね」
「使っていいんだよ、クレリアさん」
「パーパ、ありがと」
「うん。大事に使うんだよ、ガヴ」
「がう゛う゛う゛う゛」
金貨を大事そうに抱える。
みんな、反応が大げさだな。
喜んでくれるのは嬉しいけど。
「あ。そうですわ」
「あたしも、ちょっと失礼するよ」
パーヤとクレリアさんがそろって立ち上がる。
しばらくして、戻ってきた。
「ご主人様、これを受け取ってください」
そういって、パーヤが渡してくれたのは、手編みのマフラーだった。
淡い桃色のマフラー。
触るとふわふわで、暖かそう。
パーヤの優しい気持ちが一緒に織り込まれているかのようだ。
「じゃあ、あたしからも」
クレリアさんがくれたのは、木の杖だった。
これもまた自作だろう。
「ガジルっていう木から削り出して、あたしが作ったんだ」
「木から削りだしたの!?」
素っ頓狂な声を上げた。
ここまで削るのに、相当時間がかかったはずだ。
「魔力のプラス補正がかかるから、トモアキの魔法攻撃力がぐんと上がるよ」
ありがたいけど、いいのかな?
ぼく、これ以上強くなったら、どうなるんだろうか。
頼もしくはあるけど。
「2人とも、本当にいいの?」
「ご主人様には、ヨンタクロースの次の日にプレゼントをもらいましたから」
「これはそのお礼さ。でも、またもらったから、お返しを考えないとね」
居間で明るい笑い声が響いた。
いいな。こういう雰囲気好きだ。
一方、ガヴだけが耳を垂らして、俯いている。
「パーパ、ごめん」
どうやら1人プレゼントを用意してなかったことを悔いてるらしい。
「気にしてないよ。ガヴの存在自体がぼくにとってプレゼント見たいなものなんだから」
ぼくはガヴの頭をそっと撫でる。
相変わらず、もふもふだ。
すると、街の広場の方から鐘の音が聞こえてきた。
除夜の鐘みたいなものだろうか。
「では、行きましょうか、ご主人様」
「どこへ?」
「新年をみんなで祝うんだよ、トモアキ」
ぼくは2人に言われるまま、着替えて外へと出る。
覚悟はしてたけど、かなり寒い。
3人と肩を寄せ合いながら、アリアハルの中心へと向かう。
街の人が全員いるんじゃないかと思うほど、人だかりが出来ていた。
屋台も出ていて、熱いスープが入ったコップを手にした人が、白い息を吐いている。肩車された子供が、まだかまだかと両親にせがんでいた。
「新年を祝う花火が打ち上がるんだよ」
「でも、まだ時間がありますわ。何か食べますか?」
パーヤに聞かれたけど、お腹一杯だ。
すると、終始暗い顔をしていたガヴが、ピクピクと耳を動かした。
ぼくのズボンの裾を掴み、あっちあっちと指をさす。
導かれるままついていくと、楽器の音共に、人の声が聞こえた。
歌だ。
どうやら、広場の角でライブをしてるらしい。
年末にライブをするのは、どこの世界も一緒ようだ。
線の細い女の人が、楽団をバックに歌っていた。
ぼくが前の世界で耳にしていた歌とは、根本的にリズムが違う。
何かオペラを聴いているかのようだ。
でも、女の人の声が綺麗なので、あまり気にならない。
いつしか聞き入ってしまった。
歌が終わる。
拍手が送られると、歌い手さんは頭を下げて、お捻りをリクエストした。
ぼくもお金を入れようと近づいた瞬間、ガヴが走り出した。
「ガヴ?」
一瞬、何が起こったかわからず、ぼくは立ちすくむ。
なんと、さっきまで女の人が歌っていたステージに、ガヴが上がったのだ。
ぼくの顔を見て、獣人幼女はいった。
「パーパ、ぷれぜんと」
「え?」
ガヴは大きく息を吸う。
そして――。
「ラ――――――♪ ラ――♪ ラ――――――♪」
歌い始めた。
歌詞はない。
でも、どうやらさっきまで女の人が歌っていた曲調をまねているらしい。
いや、それよりも……。
「ガヴって歌うまいんだ」
感心したのは、横に立ったクレリアさんだった。
そう――。
そうなんだ。
ガヴの声は、清流のように涼やかで、湖面に反射する光みたいに綺麗で、まるで天使が歌っているかのように伸びやかだった。
小さな獣人の闖入を、誰も止めようとはしなかった。
後ろの楽団員さんがはっと気付くと、音を合わせていく。
側で聞いていた歌い手さんも「ラ――――♪」とハモりはじめた。
2重の声は、広場に響いていく。
どんどんと人が集まり、ガヴの声に耳を傾けた。
中には泣き出す人もいる。
実は、ちょっとぼくも涙を滲ませていた。
ガヴの声は、人の胸に直接響く。
まだ幸せだった頃のぼくを思い出させてくれる。
郷愁というか、哀愁というか。
何か自分がまだ純真だった頃に立ち返らせてくれた。
「ラ――――――――――♪」
静かに、ひっそりと歌が終わる。
すると、少女に浴びせられたのは、万雷の拍手だった。
「いいぞ!」
「かわいい!」
「もっと歌ってぇぇぇ!!」
当然ながら、好評だった。
この反応に一番戸惑っていたのは、ガヴだった。
目を丸くし、その場を離れようとするも、人に囲まれてしまう。
仕方なく、ガヴは強行突破し、ぼくの元に戻ってきた。
小さな歌い手は甘えるようにぼくの胸で蹲る。
照れくさそうにするガヴを見ながら口を開いたのは、パーヤだった。
「前にロダイルさんに聞いたんですけど、ガヴちゃんって獣人であることと同時に、ジョブは『吟遊詩人』だったそうです」
「吟遊詩人!?」
「はい。ただガヴちゃんは当時、今のように喋れませんでした。だから、歌えなかったそうです」
なるほど。
それで奴隷に落ちるしかなかったのか。
でも、もったいないなあ。
ちゃんと指導を受ければ、とっても素敵な吟遊詩人になったのに。
ガヴはようやく顔を上げる。
上目遣いで、ぼくに尋ねた。
「パーパ、ガヴのうだ。どうだった?」
「とっても素敵だったよ。最高のプレゼントだった」
「がう゛う゛う゛う゛」
ガヴは笑う。
先ほどの綺麗な歌声とは裏腹に獰猛な声を上げた。
すると、爆音とともに光の蔓が上がっていく。
月が昇った空に、色とりどりの花が咲いた。
同時に「新年おめでとう!」という声が、あちこちから聞こえてくる。
ぼくは家族と見上げる。
とても幸せだった。
ぼくの異世界生活1年目は最高潮のまま幕を閉じたのだった。
いかがだったでしょうか?
これにて本年の更新は終了となります。
お付き合いいただきありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
良いお年を~。




