幕間Ⅱ 聖夜の守護者
めりーくりすます的な投稿時間……。
かんかんかん……。
とんとんとん……。
トンカチの音が街のあちこちから聞こえる。
うるさくて、起き上がってしまった程だ。
外を見ると、パーヤもまたトンカチを振るっていた。
台風の時みたいに窓枠を木板で補強し、空いた隙間には布を詰めて目張りをしている。
何をやっているのだろうか。
ぼくは首を傾げた。
嵐がやってくるのかなと思い、空を見上げる。
吸い込まれるような青が広がっていて、快晴だった。
西の方を見ても、天気が崩れるような気配はない。
なのにパーヤや他の街の人たちが、こうも慌てて補強をしているのは何故だろうか。
「ガヴ、何か知ってる?」
ぼくをカイロ代わりにしがみつく獣人幼女に尋ねる。
すると、こくりと頷いた。
「あかくて、しろいおひげ。はやいがくる」
「赤くて、白いおひげ? 速い?」
ますますわからない。
ぼくは首を傾げる。
埒が明かないので、作業中のパーヤに聞いてみた。
「おはよう、パーヤ」
「おはようございます、ご主人様」
パーヤは今日も華麗にターンを決める。
今日も良い朝だ。
――じゃなくて!
「何をしてるの?」
「窓の補強をしているのですわ」
なんでそんなことをしてるのかを知りたかったんだけどなあ……。
するとパーヤはポンと手を打った。
「そういえば、ご主人様は異世界の方でしたね」
「そうだけど……」
「では、今日が何の日か知らないのでしょう」
「?」
「実は、今日は赤くて、白いおひげで、速い……」
まるっきりガヴと一緒だ。
別にガヴのボキャブラリーが少ないのが原因じゃなかったんだな。
だが、パーヤの説明が続く。
緊張が走った。
「ヨンタクロースという魔族が、年に1回襲ってくるのです」
ヨンタクロース……?
えっと……。
赤くて……。
白くて……。
速い……??
「それってサンタクロースのこと?」
「サンタクロースとはなんでしょうか、ご主人様」
「ええっと……。ぼくたちの世界でも、そういうのがいるんだよ。といっても、それは人だけどね」
見方を変えると、正体不明、住居無断侵入の上、子供の部屋に入って、贈り物を置いていく不審者だけど。
てか、ぼく……サンタクロースの話を聞いた時、逆に怖く眠れなかったんだけどなあ。
「なるほど。そちらのクロースはいい人なのですね」
なんかパーヤの中で、クロース族が出来上がってしまったらしい。
「ハイミルドのヨンタクロースは、化け物なんです。毎年、家に入っては死者を出しています」
「それは怖いね」
「ただガス状のモンスターでして。家の隙間を埋めて、外を出歩かないようにすれば、被害は防げるんですよ」
なるほど。
それで家の補強をしたり、目張りをしてるんだな。
大変だなあ。
なんとかしてあげたいけど、厄介そうなモンスターだし、予防が出来るならそれにこしたことがないか。最近、戦い続きで疲れがたまってるしね。
そういえば、クリスマスとかもう随分祝ってないなあ。
普通に仕事してたし。
恋人なんて……うっ、頭が……!
そうだ。
折角だから、今度パーヤたちにプレゼントを贈ろうか。
3人には助けてもらってるしね。
そうしよう。
だけど、今は家の補強が優先だ。
「パーヤ、ぼくも手伝うよ」
「よろしいのですか?」
「がーう゛!」
「ガヴも手伝うってさ」
「ありがとうございます! では、2階の方をお願いします」
こうしてぼくたちはヨンタクロースの夜を迎えるのだった。
◇◇◇◇◇
暗く静まったアリアハルの上空に現れたのは、魔族ヨンタクロースだった。
赤と白のガス状のモンスター。
人間の頭となる部分は、まるで帽子をかぶったかのように赤く、下部は白髭のように白く渦巻いていた。確かにいわれてみれば、トモアキが住む世界のサンタクロースに似ている。
だが燃えさかる炎のような瞳は、怪しい光を放っていた。
人々の悪意をちょっとずつ引き受け、怨念が形作ってモンスターとなったのが、ヨンタクロースだ。
それには長い時間がかかる上、年に1回――しかも、夜の間にしか顕現できない。
だが、まともに対峙すれば主君たる魔王を除いて、最強と噂されていた。
今年のヨンタクロースはひと味違った。
何故なら、彼の上司であった四天王が1人“夢魔”のレミルが、何者かに倒されたのだ。
魔族たちは、勇者がやったと思っているが、常に大気中に存在するヨンタクロースは、正体を知っていた。
そして、顕現できるこの日を待っていたのである。
ヨンタクロースはアリアハルに降り立つ。
例の魔法使いが住む屋敷の見上げた。
「出てこい……。いるのだろう。異世界の勇者よ」
しゃがれた老人のような声を上げる。
すると、角から現れたのは、頭にゴーグルをつけた小男だった。
緑色の前掛けには、鳥のような紋章がついている。
「まさか俺たちの存在を知ってるヤツがいるとはな」
「街の人がヨンタクロースといっていたガス性モンスターはあなたですね」
さらに反対の角から現れたのは女だった。
赤い頭巾には、同じく鳥の紋章が月明かりを受けて輝いている。
威嚇するように、杖を向けた。
土を蹴る音に、ヨンタクロースは反応する。
背後を見た。
大剣と真っ青な盾を持った長身の男が立っている。
鋭い眼光は、まるでこの世の正義をすべて詰め込んだかのようだ。
「やはり現れたか。異世界の勇者よ」
ヨンタクロースは目を細める。
笑ったのだ。
四天王の1柱“夢魔”のレミルを葬りされるほどのスキルを持つ人間を前にして。
「あなたが何故、私たちのことを知っているのか詮索しません。まあ、だいたいは予想はついていますし」
「ついているのかよ。さすが王女様」
緑の小男は賞賛する。
赤い女は神経質に眉を動かした。
「少し考えればわかることです。本来、このモンスターは索敵用に作られたものなのでしょう。それが今日この日に限って、実体を現すように操作されている。主に報告するためにね」
「なるほどね~」
緑の男は感心する。
赤の女の推察はほぼほぼ当たっていた。
ヨンタクロースは自然的に発生したものではなく、そもそも人工的に作られたものだからだ。
それを一目見て推察する女はただ者ではない。
ますます警戒に値した。
「貴様らこそ何者なのだ」
「我らは守護者。主によって召喚され、その安らかな睡眠を守る者」
ずっと黙っていた青い男が口を開く。
姿勢は変わらない。
剣と盾を下げた状態で、自然体を貫いていた。
「といっても、主は知らないだろうけどね」
緑の小男は肩を竦める。
ヨンタクロースは言った。
「貴様らのことなど、どうでもいい」
「聞いておいて、どうでもいいってどういうことよ」
「仇だ」
「仇ですって」
赤い女は眉根を寄せる。
「“夢魔”のレミル様の仇、だ」
「なるほど。そういう系ね」
緑の小男は剣を抜いた。
表情を引き締める。
「来い! 人間ども」
先に動いたのは、青い男だった。
速い。一気に間合いを詰める。
一息で2つの斬撃を放った。
ヨンタクロースは十字に切り裂かれる。
とった!
悲しいかな……。ヨンタクロースは上司と同じ末路を辿る。
――はずだった。
「ふん! 我には斬撃は通じぬぞ!」
十字に切り裂かれたヨンタクロースが、一瞬にして元の形に戻る。
視認した青い男は走る。
再び距離を詰めた。
だが、今度はあっさり回避する。
目も止まらぬ速さで動き回ると、あっさり背後をついた。
「お返しだ!!」
炎を吐く。
青い男が紅蓮に巻かれた。
「「王子!!」」
他の2人の声が重なった。
炎から青い男が飛び出す。
命に別状はないようだが、あちこちに火傷を負っていた。
「王子! 今、回復を」
「てめぇ、よくもやってくれたな」
赤い女は回復の呪文を。
お返しだといわんばかりに、緑の小男は手から炎を放った。
今度はヨンタクロースが炎に巻かれる。
しかし、その口から吐き出したのは、凍えるような吹雪だった。
あっという間に、炎を消し飛ばす。
「げ! こいつ、吹雪も出せるのかよ」
「くくく……。この程度か、異界の勇者よ」
ヨンタクロースは笑う。
すると、炎と吹雪を同時にまき散らした。
たまらず赤い女は指示を出す。
「防御呪文を!」
「わかってるよ! そっちはあの炎と吹雪をどうにかしろ」
魔法を使う2人は、同時に詠唱する。
3人の防御力が上がった。
これで炎と吹雪に耐えられるが、それでもダメージが〇というわけではない。
むしろ、みるみる体力が減っていく。
一方、赤い女は特殊攻撃を封じる呪文を使ったが効果はなかった。
「ふははははは! 死ねぇい! 死ぬがいい!!」
「これでもくらいなさい!!」
赤い女は杖を振るう。
同時に呪文を詠唱した。
ずぅぅぅんんんんんんんん!!
重苦しい音が真夜中のアリアハルに突き刺さる。
爆炎が上がり、もうもうと煙が立ちのぼった。
この騒ぎで人が出てくるかと思ったが、誰も出てくる様子はなかった。
補強や目張りをしていたため、物音に気付かなかったのだ。
「やったか」
青い男は煙に向こうを見る。
その言葉は現実とはならなかった。
爆発の中心にヨンタクロースは浮かんでいた。
「今のがお前たちの奥の手か」
「ちっ! 邪神官より厄介じゃね?」
緑の小男が呟く。
女も頷き、そして息を飲んだ。
「いえ。邪神と同等かもしれない」
「しゃーねぇ……。やるか」
緑の小男はめんどくさそうに金髪の頭を掻いた。
一歩進み出る。
「王子、何を?」
「王女、後で生き返らしてくれよ。呪文を覚えてるんだろ」
「覚えているけど、もしかして――」
「やるしかないでしょ。痛いのは嫌だけど」
「わかったわ。後で責任をもって生き返らせてあげる」
「あっさりいうなよ。そこはもっとさ。『危険よ。私はあなたを失いたくはないわ』とかないの?」
「危険よ。私はあなたを失いたくはないわ――これでいい?」
「全然心がこもってないんだけど……」
「言ってあげただけでも感謝しなさい」
緑の小男は深くため息を吐く。
青の男に向き直った。
「というわけで、いいかな、王子」
青い男は神妙に頷いた。
「死出の別れは済んだか?」
ヨンタクロースは笑う。
すでに勝った気でいた。
そのモンスターに向かって、緑の小男は無造作に進んでいく。
「まあな。ちょー素っ気なかったけど」
「そうか。ならば死ね」
「いいや。死ぬのはお前の方だ」
「なに?」
小男はそっと呪文を口にした。
極大消滅呪文……。
光が集束し、そして弾けた。
真夜中が一気に昼へと加速する。
アリアハルの街は、雪を被ったかのように白く染まった。
天と地を裂くような轟音が貫く。
空気を震わせ、家屋や屋敷の窓を激しく叩いた。
さすがに物音と爆発音で、家屋に灯火が灯る。
家々から人が出てきて、外を覗いた。
貴族たちが住む通りに大きな穴が開いている。
そこには何もなく、ただ大きな黒煙が上がっているだけだった。
ヨンタクロースの日に起きた謎の爆発は、ついぞ原因が突き止められることはなかった。
だが、その日を境に、ヨンタクロースは2度とアリアハルに現れることはなかった。
意外と殺伐とした内容になってしまいましたが、
2度目の王子王女のご登場はご満足いただけましたでしょうか?
作者からのささやかなプレゼントでございます。
読者方々、良い聖夜をお過ごしくださいm(_ _)m




