第6話 子供店主の名前を教えてもらう。
「なんだ、これ?」
ぼくは倒したスライムから出てきた丸い珠のようなものを見つめた。
赤くつるりとしていて、独特の光沢がある。
中に血管を思わせるような筋が通っていて、ジャスパー石に似ていた。
ゲームでいうところのドロップアイテムなのだろうか。
ともかく、城門まで戻って門兵に聞いてみた。
「そうそう。このスライムのコアを持って換金所に行くと、お金に換えてもらうことができるよ」
おお。
詰まるところのゴールドみたいなものか。
換金所は城門のすぐ裏手のところにあるらしい。
すぐにでも換金したいところだが、スライムからドロップしたものなんてたかがしれているだろう。
ぼくは門兵にお礼をいうと、またフィールドに戻っていく。
とにかくスライムを倒した。
たぶん、探せばそれ以外のモンスターはいるだろうが、今はそれだけでいい。
まかり間違って、強い魔物を倒してしまって、それを他の人間に見られるのはまずい。
魔法も使えないレベル1の魔法使いが、スライムをボコボコ倒していることすら危ういのだ。
これ以上、目立った成果だけは上げたくなかった。
幸いなことに、スライムは弱い。
棒で1発。
いや、その棒すらいらないかもしれない。
ぼくは草刈りをする感覚で、どんどんスライムを倒していった。
気付けば、日が地平に没しようとしていた。
やばい。
ちょっと熱中しすぎたか。
ポケットの中にはスライムのコアで一杯だ。
ちなみにぼくはずっとカッターシャツに、ズボンというサラリーマン装備のままだった。勇者の同僚は早々に武器や防具を与えられた一方、ぼくには何にも与えられていない。
洗濯はしているが、昨日の一件もあって、ボロボロで所々解れていた。
まとまったお金が入ったら、着る物を買おう。
今は、宿泊費と食費を稼ぐのが先決だ。
ぼくは城門へと戻った。
「首尾はどうだった?」
門兵が声をかけてくる。
なんかもう顔なじみっぽくなってきた。
「ぼちぼちです」
「ん? いやいや、ポケットがパンパンじゃないか。どれだけスライムを倒したんだ?」
「たいした量じゃないですよ」
「君、レベル1の魔法使いだろ? どうやってそんなにスライムを倒せたんだい」
「あの……。すいません。ぼく、お腹が空いたので失礼します」
そそくさと城門をくぐり、街の中に入る。
危ない危ない。
今度から怪しまれない程度に、スライムを刈ろう。
門兵に教えてもらった換金所に急ぐ。
そこはゲルみたいなテントの中にあった。
布を払い、中に入るとエキゾチックな空間が広がっている。
魔物の一部と思われるものが瓶詰めされ、棚に並べられていた。
自分で言うのもなんだが、魔法使いの研究所みたいだ。
「いらっしゃい。換金ですか?」
「はい。スライムのコアなんですけど」
「どれどれ。これまたたくさん刈りましたな」
「いくらになりますか?」
「ちょっと待って下さい。ひぃ、ふぅ、みぃ……」
恰幅の良い店主は、細い目を凝らし、コアを数えはじめた。
「38個ですから、38ゴルでどうですか?」
1個当たり1ゴルか。
ふっかけられているような気もするけど、1個500円と考えれば、そんなものかもしれない。なにせスライムだしね。
「わかりました。その値段でお願いします」
「はい。じゃあ、38ゴルね。まいど」
お金を受け取る。
ぼくはホッと息を吐いた。
これで当面の宿代は確保が出来たな。
ぼくは換金所を出ると、居酒屋に寄った。
まだ贅沢は出来ないけど、今日ぐらいは酒とつまみを食べても許されるだろう。
ハイミルドの酒は独特だけで自分の舌にあうらしい。
1人酒は寂しいが、テーブルに並べられた酒肴が十分心の隙間を埋めてくれた。
ほろ酔い気分で安宿に戻る。
こんないい酒は生まれて初めてかも知れない。
翌朝、ぼくは2泊分のお金を女将に渡した。
「仕事が決まったのかい?」
値踏みするように見つめてくる。
ぼくは苦笑を浮かべるしかなかった。
「ま、まあ……。そんなところです」
「よかったじゃないか」
大きくむくれた手で、ぼくの背中を叩く。
どうやら心配してくれていたらしい。
利用者が引き続き泊まってくれるという意味も含んでいるのだろうけど、「よかった」と言ってもらえたことは素直に嬉しかった。
これでぼくの現在の所持金22ゴル。持ち物は今着てるスーツと棒、回復薬1つ。それが相田トモアキの全財産だ。
正直、まだ贅沢は出来ない。
朝食と昼食を取ったら、結局一昨日まで持っていた金額と同じになる。
油断は出来なかった。
「よーし! 今日も頑張るぞ!」
と腕を上げた。
朝と昼に分けて、スライムを倒す。
合計で45個。
門兵に怪しまれないように抑えたつもりだったのだが、結構倒してしまった。
その門兵にいわせれば、40個以上スライムを倒すなんて狂気の沙汰だという。
だが、ぼくは対して苦にしていなかった。
どちらかと言えば、単純作業をというものが好きだ。
シンプルだけど、作業を突き詰めていけばこなすことが多い。
割と周りは嫌うが、どうやら性に合ってるらしい。
ゲームの攻略よりも、経験値を如何に効率よくためるか、とか考えちゃうタイプだったしね。
「しかし、こんなにスライムのコアを集めるなんて。魔法でも使ったのかい? なんてな」
大して面白くないギャグに、同僚の兵士と一緒になって笑う。
ぼくも愛想笑いを浮かべながら、別のことを考えていた。
そうだ。
今なら、魔導書を読めるんじゃないだろうか。
換金所でお金を受け取り、ぼくは早速魔導書の専門店に行ってみた。
相変わらず子供店長はソファで寝ていた。
ぼくはゆっくりと近づく。
寝顔を見つめた。
なかなか可愛い顔をしている。
こうしていれば、あどけない子供なんだけどなあ……。
「何をじろじろ人の顔を見ているのじゃ?」
「わわ。起きてたんですか?」
「ふん。足音ですぐにわかったわ。魔法使いを舐めるな」
客だというにも関わらず、店長は大きく伸びをする。
コートからのぞく、絶壁は今日もぺたんこだった。
「ところで何のようだ? 何度来たって魔導書の読み方は教えてやらないぞ」
「いえ。今日はそうじゃなくて……」
「だったら、仕事をさせてくれって頼みに来たのか?」
「違いますって」
「てか、そなた……。よく生きてたな」
「お、おかげさまで」
眉をひくひくさせながら、ぼくは怒りを抑えた。
いい加減、話を聞いてほしい。
「あの……。実は、魔導書を売ってもらいたくって」
「はあああ?」
カウンター越しに身を乗り出した。
店主さんは整った顔をぼくに近づけてくる。キスされるんじゃないかという距離まで迫り、睨み付ける。
自分の顔が赤くなる。
なんか凄い甘い匂いがした。
女の子の匂いだ。
いかん……。目の前にいるのは、20歳だが子供だぞ。
「魔導書を買ってどうするつもりじゃ」
「えっと……?」
あ。やばい。
言い訳を考えてなかった。
「実は文字を教えてくれる親切な人がいて」
「ほう。なんと奇特な……。名前は?」
「名前は教えてくれないんですよ。……本当は教えちゃダメだから、黙ってるんだと思います」
我ながら、うまいかわし方だと思った。
しかし、店主さんはぼくをじっと睨んだままだ。
しばらく目と目が合う瞬間が、永劫と思えるほど続いた。
ようやく諦めたらしい。
ソファに座り直し、細い足を組んだ。
「ま。売ってくれっていうなら、別に構わないがな。たとえ、そなたが嘘をついていたとしても、読めなかったら宝の持ち腐れになるだけだし」
「そ、そうですよね」
じー……。
ジト目で睨む。
まだ疑念は晴れていないらしい。
「まあ、いい。売ってやろう。といっても、値段はピン切りだぞ」
「簡単な攻撃魔法でいいんですけど……。いくらですか?」
「第1階梯の炎魔法で100ゴルね」
「100……」
覚悟はしていたけど、やっぱり結構なお値段だなあ……。
「今、持ち合わせはないので、また来ます」
「そうか。期待しないで待っておるぞ」
見送られてから3日後。
ぼくは100ゴルを握りしめ、また魔導書専門店にやってきた。
本当に戻ってくるとは思ってなかったらしい。
店主は心底驚いて、ソファから腰を上げた。
「そなた、どうやってこのお金を集めてきたの? まさかわたしのような可愛い女を人質にして身代金を!」
「そんなことやってませんよ! てか、自分で可愛いとか言わないでください!」
可愛いのは認めるけど……。
また猜疑心が含まれた目で睨まれた後、店主は唐突に切り出した。
「じゃあ、ここに書かれてあることを読んでみよ」
「え?」
指さしたのは、まさに今ぼくに売ろうとしていた魔導書だ。
「文字を習っているのであろう。これぐらいは読めるはずよな」
「待って下さい。これから習うところなんですよ」
「じゃあ、今売るよりも、教えてもらってから買った方がいいのではないか? それとも急ぎの用事があるのかな」
目を細める。
唇が蠱惑的に歪んだ。
明らかに挑発している。
引き返して他の専門店に当たることも考えたけど、ちょっとこの人を見返したくなった。
「わかりました。ちょっと待っててもらえますか?」
「構わんぞ。もちろん、逃げるのも自由だ」
「逃げませんよ。あと、1つ聞いていいですか?」
「なんだ」
「前に少し聞いたと思いますけど、確か魔導書って【ちりょく】のステータスが高ければ読めるんですよね」
「そうだ。だから【ちりょく】の低い魔法使いは、学校に行って学ぶのじゃ」
「わかりました」
ぼくは用意を調え、また店に戻る。
店主から魔導書を受け取り、パラパラとめくった。
「読めばいいんですよね」
「うむ」
小さな腕を組み、偉そうにふんぞり返った。
貼り付いた笑顔は「一体どんな醜態が見せてくれるのかのう」と如実に語っている。
「じゃあ、読みます」
1つ咳払いをし、ぼくは呪文を唱えた。
精霊の一鍵イフリルよ。
我が御命に応えよ。
そなたの身体は朱にあり。
そなたの真命は舞いにあり。
其は創造の一天にして、破壊を司るもの。
声を聞け、北の塔より踊り出よ。
紅蓮を飼い慣らすものよ!
魔導書をぱたりと閉じた。
店長を一瞥する。
嘲笑も、卑下する感情も、顔から失せていた。
残っていたのは、ただただ驚愕の2文字だけだ。
ぼくはまた咳を払う。
「どうですか? 間違ってますか?」
「う、ううむ。だ、大丈夫じゃ。間違っておらん」
「そうですか。それは良かった」
「のぅ。そなた、何者じゃ?」
「え? ただのしがない魔法使いですよ」
「ホントか? そなたに渡したそれは、実は第5階梯の魔導書なのだぞ」
「な――!」
ちょっとおかしいと思ってた。
結構、呪文が長いし、なんか精霊とか呼び出しそうな内容だったし。
初歩の割には随分と仰々しいと思っていた。
「た、たまたま昨日教えてもらったところなんですよ」
「ふーん。レベル1の魔法使いに、いきなり第5階梯の呪文を教えるのか、そなたの家庭教師は……」
「変わった人なんですよ」
じー……。
またジト目だ。
疑いは晴れるどころか、さらに深まったかもしれない。
「ま。いい。魔導書を売ってやろう」
「ありがとうございます」
「感謝なんて必要ない。わたしはお代を頂ければそれでいいんだからな」
だったら、もうちょっと素直に売ってほしかった。
「なんか言ったか?」
「なんでもありません。……じゃあ、これで」
「毎度あり。ああ。それとこれをやろう」
差し出してきたのは、名刺だった。
異世界でもこういうものはあるらしい。
ますます前の世界っぽいな、ハイミルドは。
「ルーイ・ミーンだ。これからもご贔屓に頼む。魔法使いの卵よ」
「はい。よろしくお願いします」
店長の割にはやたらと偉そうな挨拶だったが、ようやく名前を教えてもらった。
やっと彼女に認められたような気がした。
次回、チート魔法使いが魔法を使うとこうなるみたいな回です。
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