第65話 魔法使い、回答する。
本当に馬鹿馬鹿しいの一言に尽きる回答編のお話。
「教えていただけますか、トモアキ様。どこまで知っていらっしゃるんですか?」
マティスさんは尋ねる。
受け取った重いブラウン管のテレビを一旦脇に置いて、ぼくは向き直った。
「それは積み込みのことですか? それともコンビ打ちのこと? それともマティスさんたちが、すべての牌を知っていたということでしょうか?」
マティスさんはピクリと眉を動かしただけだった。
もう何もかも受け止める準備は出来ている。
観念している様子だった。
「すべての牌を知るって、そんなことを出来るの、トモアキ」
「経験や勘で相手の牌を予測することは、ある程度できる。けれど、マティスさんたちの待ちや牌の捌き方は、それだけでは説明が付かない部分が多かった」
特にぼくへの狙い打ちは、最たるものだ。
だから、ぼくはマティスさんたちが、何らかの方法を使って牌の位置をかなりの精度で、知っているのではないかと考えた。
「でも、トモアキ。マティスさんたちは、魔法もスキルも使ってないんだよ」
「そうだね。でも、魔法やスキルなんかよりも、馬鹿馬鹿しいぐらい単純なのに、誰も思いつこうとしない方法があるんだよ」
「馬鹿馬鹿しいぐらい単純?」
「牌の位置を全部覚えるんだよ」
「牌を全部……」
「おいおい、兄ちゃん。もしかして、卓にある全部の牌を覚えてたってのか、こいつらが」
ぼくは神妙に頷いた。
「洗牌している時の牌、山の牌、配牌された時の牌。すべての位置の配牌を目と記憶力だけを使って、全部覚えていたんですよ」
「そんなの……。化け物じゃねぇか?」
「ですね。ぼくたちのいた世界なら、そんな人はいないでしょう。でも、エルドラドなら可能だと、ぼくは考えました」
「異世界なら可能だってのかい?」
「はい。ステータスという数値で能力が縛られているエルドラドなら可能です」
「まさか――」
「察しの通りです。たとえば――」
知力の数値がカンスト状態にある冒険者とか、ね。
「ちょっと待って、トモアキ。マティス様のジョブは遊び人よ」
「そうだね。前にステータスカードを見せてもらったから覚えているよ。知力はそんなに高くなかった。けど、打ち手はマティスさんだけじゃない」
ぼくたちの視線が、マティスさんの部下に向けられる。
こちらも観念した様子だ。
涼しい顔で飄々とした印象だが、首筋には大量の汗を掻いていた。
骨格からして、日本人っぽい顔をしている。
この人もぼくたちの世界の人なのだろうことは、割と初期から気づいていた。
「いつから気付いていたんですか、トモアキ様」
「気付いたのは最後の局が始まる前ですが、確信したのは最終局のぼくのポンの反応ですね。おそらく部下の人は、あなたが『中』を揃えていると考えていたはずです。ところが、もっていたのはクレリアさんでした。その時のマティスさんの部下の反応を見て、ぼくは確信したんです」
「なるほど。……あなたらしくないですね」
マティスさんが冷たい言葉を、部下に向ける。
「いえ。たとえプロでも動揺しますよ。あの場面――」
「どういうことですか?」
最終局の前に、ぼくは牌を全部開いて、クレリアさんにマージャンを教えていた。部下の人に牌を見せるためだ。いくら記憶力が卓越しているとはいえ、伏せた状態の雀牌を覚えることは出来ない。
本来は、局を進めながら徐々に覚えていくものなのだろう。
ただ最初の局もクレリアさんにマージャンを教えていたから、そこから牌を覚えていったのだと思う。
しかし、記憶と齟齬があった場合の心の動揺は計り知れない。たった1つの瑕疵が、全体に伝播し、ついには自分の記憶を疑い始める。
自分を信じられないというのが、プロとして何よりのミスだ。
むしろマティスさんの部下は、よく動揺を抑えた方だと思う。
「ひ、1つお聞きしてもよろしいですか?」
声を上擦らせ、マティスさんの部下はようやく口を開いた。
「どうぞ」
「いつ抜いたんですか?」
「ああ……。やっぱり気付いてましたか」
「というより、それしか考えられません。私はずっと卓を見て、警戒していました。女性の方が、ハプニングを起こした時も、私が卓から目を離したのは、1秒もありません。抜き技を使う時間はなかったはずです」
抜き技というのは、名の通り牌を抜き取る荒技です。
卓にある山や、王牌、もっと言えば、捨て牌やコンビの牌まで抜いて、自分の有利になるよう手を進める技。
ぼくはこの技を使って、攪乱戦法をしかけたのだ。
「そうですね。……お恥ずかしい限りですが、これも馬鹿馬鹿しいほど単純な方法でして。……よく見ていてくださいね」
ぼくはおもむろに1枚の牌を卓から拾う。
萬子の1。それを伏せた状態にして、手の平に置いた。
「……はい。じゃあ、牌を確認してください」
「え? 萬子の1じゃないの、トモアキ」
恐る恐るクレリアさんは確認する。
萬子の1が、索子の1に変わっていた。
「え? なにこれ? 手品?」
「違うよ。単純に早く動いているだけ」
はあ……?
本当に馬鹿馬鹿しく単純なことだ。
萬子の1を卓にあった索子の1と交換して、手の平に置いた。
ぼくがやったのはそれだけ。
ただし、レベルマ状態だから出来ることだけどね。
1個を交換するだけなら、あっという間だけど、複数個になると難しくなる。
クレリアさんに代打ちしてもらったのは、そうしたハプニングを使って、抜きを行う時間を稼ぐためだった。
「トモアキ様」
振り返ると、マティスさんがお腹を突き出すようにして立っていた。
顔を近づけ、舐めるように観察する。
「あなた……。本当にレベル1の魔法使いですか?」
ぎくぅ!
しまった。余計なところを見られちゃったな。
戦利品のテレビを持ち上げ、ぼくはそそくさと帰る準備を始めた。
「すいません。そろそろ帰らないと、屋敷の者が心配するので」
「……そうですか。残念ですね。ところで、トモアキ様」
「なんでしょうか?」
「また私の遊びに付き合ってくれますか?」
「賭け金なしならかまいませんけど、ただ――」
マティスさんは声を上げて笑う。
「わかっていますよ。マージャン以外にしましょう」
ニヤリと笑う。
どうやら、いくら遊び人マティス・ヴィーネーも、ぼくとマージャンするのはこりごりのようだ。
こうしてぼくたちは、2度目の魔窟探検を終了した。
色々あったけど、テレビを手に入れることが出来た。
今は、それを素直に喜びたかった。
麻雀ものだったのに、いつの間にかミステリーにw
瑕疵だらけかと思いますが、どうか平にご容赦をm(_ _)m




