第64話 魔法使い、逆襲する。
思いの外、長くなってしまったため話を2つに分けます。
(回答編は次話)
チンッ……。
乾いた音を立てて、私と部下はグラスをあわせました。
グラスには赤い――もちろん葡萄ジュースですよ。
さすがに祝杯をあげるには、早いでしょう。
思いの外、うまくいきました。
さすがに、最初天和と四槓子で挙がられた時はびっくりしましたが、序盤は仕方ありませんね。
トモアキ殿には、おそらくステータスとは別に、何か強い運の作用があるような気がします。どういうからくりか想像も付きませんが、間違いはないでしょう。
だから、私は運に左右されない勝ち方を目指すことにしました。
遊び人として、運を捨てることは屈辱的な選択かもしれません。
しかし、もっと耐え難いことがあります。
それは負けることです。
たとえ、遊戯であっても、私の人生において2度敗北はあり得ないのです。
半分ほど飲み、私はグラスを置きました。
そろそろ時間です。
「頼みますよ」
私は部下の腕をそっと叩きました。
会場に行くと、すでにトモアキ様がやってきていました。
クレリア嬢にまたマージャンを教えているようです。
牌を開き、待ちの考え方や、捨て牌から見る相手の配牌などを教えているようです。
「なかなか興味深いですねぇ。私も教えていただけませんか、トモアキ様」
「マティスさんに教えるなんて滅相もないですよ」
ふむ……。
先ほどよりも余裕を感じますね。
何か嫌な予感がします。
「ねぇねぇ。マティス様。次の局から私が打っていい?」
「クレリア嬢が……。タケオ殿との交代であれば、私は構いませんが」
「やった! マティス様が許してくれたよ、トモアキ」
「良かったね、クレリアさん」
「しゃーねー。嬢ちゃんに託すか」
タケオ殿は頭を掻きます。
打ち手を変えて、流れを変える戦法でしょうか。
しかし、トモアキ殿がすることです。
何らかの意図はあると見ていいでしょう。
すると、横合いから柔らかな感触が腕に絡まりました。
「ありがとう、マティス様」
見ればクレリア嬢が、私の腕に胸を押しつけているではありませんか。
むほぉ……。柔らかい。
さすがにパーヤ嬢と比べれば、物足りない気はしますが、悪くはありません。
漂ってくる色香。
そして、子猫のように甘えてくる上目遣いの瞳。
ああ……。ほしい。
この絶世の美女が、私はほしい!
「マティス様?」
部下に肩を叩かれ、我に返ります。
気がつくと、クレリア嬢もトモアキ様もすでに卓についていました。
いけませんねぇ。
自分の欲望に酔いすぎて、意識を失っていたようです。
私は大きく深呼吸し、卓に尽きました。
席は私から見て、左回りにクレリア嬢、部下、トモアキ様という順番になりました。最初の親は私。今日はサイコロの出目は完璧です。
もちろん、私の意図通りの数値を技術的に出しているのですが、それでも成功率は6、7割といったところでしょう。
完全に流れは、こちらに向いています。
一気に勝負をつけましょう。
山は私の部下から。
相変わらず、うまい積み込みです。
自牌を開き、思わず口角を上げそうになったのを無理矢理抑えました。
好形の二向聴――和了まであと3枚。
ドラもすでに2つ。上手くはまれば、倍満が狙えます。
ただし、あくまで狙いはトモアキ様です。
私は部下に合図を送ります。
言うまでもなく、私たちはコンビ打ちをしています。
鳴きに必要な牌を送ったり、意図的な放銃を起こしたりする行為のことです。
そして、もう1つは相手の和了牌や、欲しい牌を教え合うこと。
私の部下は元プロ雀士だった男です。
付け加えるなら、私の師匠。
基本的なルールから、積み込み、サイコロまで教えてくれた人間。
本来は冒険者として働いていたのですが、今は専属トレーナー兼私のコンビを務めてもらっています。
マージャンに戻りましょう。
配牌から二向聴だった私ですが、その後なかなか手が伸びません。
現在は、トモアキ様の山。
クズ牌ばっかりです。
どうやら向こうも積み込んできたのかもしれませんね。
厄介ではありますが、私の思惑通りです。
なぜなら、積み込みのような技術は、運の領域ではないからです。
私からすれば、単純に運勝負をされる方が怖い。
サイコロのミスがあれば、たちまちトモアキ様有利になる可能性だってある。
しかし――。
トモアキ様は自らご自身の可能性を潰した。
豪運を放棄したのです。
策士、策に溺れるとはこのことですね。
何とか一向聴で私の山に来ました。
私の山には財宝がザクザクと眠っています。
一気にテンパイして、トモアキ様の息の根を止めましょう。
「ポン」
可愛らしい声が響きます。
トモアキ様が捨てた「中」に反応したのは、クレリア嬢でした。
「中」を3枚、丁寧に端に並べます。
捨て牌を考え出しました。
私の山になってから、すかさず鳴いてきましたか。
しかし、今の席順では上段と下段のズレはおきませんよ。
私たちは今、コンビ同士で向かい合っているという状態になっています。
ですから、ポンではズレはおきません。
私の手番は飛ばされた事になりますが、次の上段の牌を取るのは、私の部下だからです。
「ん?」
おかしい。
私の部下が固まっています。
視線の先は、トモアキ様……?
何かあったのでしょうか。
軽く咳払いをします。
すると、部下はハッと意識を取り戻し、上段の牌を取り、切りました。
何か動揺しているように見えましたが……。
トモアキ様が切り、私の番。
よし……入った。
リーチしたいのは山々ですが、トモアキ様を狙うためにも我慢です。
「あたしの番ね」
白い腕を伸ばした直後、ちょっとした事件が起こりました。
クレリア嬢の肘が自牌に当たり倒してしまったのです。
「わわわ……」
慌てて戻します。
時すでに遅し。3枚萬子の順子が見えてしまいました。
「ご、ごめんなさい」
「罰金だね、クレリアさん」
「え? 罰金? ウソ?」
「良いですよ、トモアキ様。クレリア嬢は今日が初めて。不慣れなこともあるでしょう」
「マティスさんが言うなら」
「マティス様、ありがとう!」
ニッコリと私に微笑みかけます。
女神だ。
心が癒やされます。
ああ……。ほしい
待て待て。
まだ対局中でした。
集中しましょう。
とはいえ、美人の笑顔というのは、なかなか忘れられないものです。
対局中でありながら、私は時折、思い出し笑いをしてしまいます。
今からでも遅くはない。
トモアキ様にお願いし、クレリア嬢を賭けの対象にしてもらってはどうだろうか。
そうしよう。
そうでなければ、今すぐにでも、クレリア嬢に飛びかかってしまいます。
もう私の良くは、下腹部の疼きは限界に達しようとしていました。
「ロン」
は――――。
私は顔を向けました。
ゆっくりと上家の牌を開かれていきます。
「タンヤオ、ドラ2。3900です」
静かにトモアキ様は言いました。
私を見ると、笑みを浮かべます。
彼には珍しく、とても邪悪な笑顔でした。
私は視線を切り、振り込んだ張本人を見つめます。
部下であり、師――そして今は相方をです。
驚愕の表情を浮かべて、固まっていました。
私の視線に気付くと、ばつの悪そうに少し浮き上がった腰を下げます。
乱れた心を落ち着かせるため、深く座り直しました。
どういうことでしょうか?
説明を求めたいところですが、今は対局中です。私は目で部下に叱りつけるに留めました。
「マティスさん」
トモアキ様は手の平を上にして、差し出してきました。
点棒のことに気付くのに、私は2拍ほど必要でした。
「失礼しました」
点棒を渡します。
ダメージは軽微ですが、それよりも折角の親番が流れてしまいました。
この状況でトモアキ様がどうやって上がったのでしょうか。
たまたまだといいんですがね。
「あたしの親番だね」
クレリア嬢は勢いよくサイコロを転がします。
山牌はトモアキ様から。
しかし、誰もテンパイせず、流れてしまいました。
「うわー。一向聴まできてたのに」
初めての親番が流れてしまい、クレリア嬢は座ったまま地団駄を踏みました。
次の親番は私の部下。
見事サイコロを操作し、私の山牌に当てます。
むろん、六間積みを仕込み済みです。
配牌は上々。
また二向聴ですが、高めが狙えそうです。
クレリア嬢の山を自摸ります。
さすがに積み込みはしていないみたいですね。
牌に傾向を感じません。
ただ良牌は私と部下の山が抱えているため、なかなか手が伸びませんでした。
一方、トモアキ様は手を伸ばしているようです。
クレリア嬢の山の傾向に、運が絡んでいるからでしょうか?
「ポン」
トモアキ様が捨てた牌に、部下が反応します。
こちらの手が進まず、トモアキ様の方が進んでいることに違和感を覚えたのでしょう。鳴いて、ずらすつもりです。
正しい判断かもしれませんが、少々警戒しすぎだと私は感じました。
そもそも、もうすぐ部下の山です。
良牌を取るには、もう1度鳴いて、ずらさなければなりません。
「チー」
今度、クレリア嬢の牌で部下は鳴きます。
これで戻りました。
依然として二向聴。早くしなければ和了られてしまいます。
私が筒子の9を置いた瞬間。
「ロン」
宣言は、私の右隣から聞こえました。
クレリア嬢です。
「やった! 和了れた。ドラ1のみ?」
索子の1、2、3 5、6、7。萬子2が3枚と筒子1が3枚。雀頭は筒子9(ドラは索子の2)。
「ドラは役じゃないよ、クレリアさん」
「え?」
「リーチをかければ、よろしかったのですが……」
「え? ダメなの?」
「うん。それどころか、罰金だね」
「ま、またぁ……。折角、揃ったのに」
クレリア嬢はしゅんと項垂れる。
おお。なんと尊い……。
思わず肩を抱きしめて、慰めてあげたいぐらいですね。
「もう! タケオさん、ちゃんと見ててよ」
「お、俺かよ!」
後ろで対局を眺めていたタケオ殿に八つ当たりします。
罰金は支払ってもらいました。さすがに2度目はダメです。
対局は続行。
私は早々に頭を抱えることになります。
おかしい。
部下の山なのに、牌が伸びません。
視線を対面に動かします。部下の顔が冴えません。
長考する時間も増え、合図を送っても答えが返ってこないのです。
何が起こっている。それは確かです。
しかし、何が起こっているのか検討も付きませんでした。
そして、その時はやってきました。
「ツモ」
パタリと牌を倒したのは、またトモアキ様でした。
「ツモのみです」
ゴミ手――。
しかし、私が受けた衝撃は絶大なものでした。
点数などよりも、次の親番がトモアキ様だということです。
「どういうことですか!?」
私は椅子を蹴って立ち上がりました。
怒りをぶつけたのは、トモアキ様でもなく、恨めしいゴミ手でもありません。
私の対面で頭を抱える部下でした。
「も、申し訳ない」
一言――声を絞り出しました。
謝罪の言葉を聞いても、私は気が収まりません。
思わず牌を握り、卓にぶちまけました。
「マティスさん、落ち着いてください」
「落ち着いてなど――」
「まだ対局は終わっていません。……対局が終われば、すべてをお話しますから」
まるで冷や水をかけられたようでした。
すべてを話す……?
まさか絡繰りを見抜いたということでしょうか。
一瞬、目の前に火花が散りました。
回転しそうになった意識をなんとかつなぎ止めました。
私は忠告通り椅子を元の位置に戻し、落ち着いて座り直しました。
淡々と洗牌を進め、山を積みます。
私はまだ諦めません。
遊び人として、最後まで戦い抜くと決めたのです。
「じゃあ、ぼくの親番ということで」
サイコロを振ります。
山はクレリア嬢になりました。
配牌が終わり、自牌を見つめながら、ため息を吐きます。
なんとも無邪気な山だと思いました。
一片の思慮も、インチキもない。
傍若無人――無法地帯もいいところです。
しかし、目一杯に遊びを楽しんでいるような気がしました。
私は果たして、マージャンを楽しんでいたでしょうか。
クレリア嬢が作ってくれた山のように、私ももっとマージャンを楽しむべきだったのではないでしょうか。
「ツモ」
トモアキ様は牌を倒します。
天和――。
さらに……。
「こ、国士無双……」
皆の声が震えていました。
トモアキ様は「はは」と苦笑いを浮かべます。
「ダブル役満ですね」
トモアキ様を除く全員が飛び終了しました。
教訓です。
豪運の持ち主とは、どんなゲームをやっても楽しめそうにありません。
回答編はこの後すぐ!
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