第60話 魔法使い、懐かしい人に会う。
まさかの人が再登場です。
闇市はアリアハルで毎月10日にやってるらしい。
なんかスーパーの特売日みたいだ。
ぼくは早速、タケオさんと待ち合わせ、会場に向かう。
「ほほう。似合ってるじゃないか、兄ちゃん」
顎に手を置き、タケオさんはニヤリと笑う。
凄く人はいいんだけど、この人笑うと途端に悪党みたいに見えるのはどうにかしてほしい。
タケオさんが褒めたのは、ぼくのタキシード姿だ。
闇市っていう割には、正装しないとダメらしい。
ちなみにタケオさんもタキシードだ。
少々くたびれていて、年季を感じさせる。
「タケオさんも似合ってますよ」
「よせよ。くすぐったい」
鼻の下をこする。
大きくくしゃみをかました。
「ところで、隣の彼女は兄ちゃんのこれかい?」
イヤらしい笑みを浮かべて、小指を立てる。
すると、ぼくが否定をする前に、隣に立つドレス姿の女性は優雅に一礼した。
白い脚線美をスリットから覗かせる。
やや挑発的に目を細めると、挨拶した。
「トモアキの妻です」
「違うでしょ、クレリアさん!」
ぼくは慌てて首を振る。
タケオさんは「がははは」と豪快に笑った。
「この前、インベーダーゲームにはまっていたお嬢ちゃんの1人だな」
「祭りの時はありがとうね、おじさん」
顔を隠していた仮面をそっと外す。
闇市では仮面の着用が義務づけられていた。
秘匿性を高めるためらしい。
いつぞやのカジノを思い出す。
「闇市って聞いて興味があるらしくて、付いてきたんです」
「俺は構わねぇよ。美人ならなおさらOKだ」
「ありがとう、おじさん」
「うらやましいなあ、兄ちゃん。こんな美人に囲まれて。あやかりたいものだ」
「さすがに、こればかりはあげられませんよ」
「がははは。……さあ、早速行こうか」
ぼくたちは会場に向かう。
道すがら、ふと気づいた。
通ったことがある道順なのだ。
「ねぇねぇ、トモアキ。闇市の会場ってもしかして……」
「うん。どうやら、そのまさかだね」
たどり着いたのは、大きな屋敷。
見たことがある。
2度と見ることがないと思っていたんだけどね。
「タケオさん。……ちょっと都合が悪くなったんで、今回は――」
「これはこれは……。トモアキ殿ではありませんか」
踵を返そうとした瞬間、野太い声が背後から聞こえた。
ぼくとクレリアさんは同時に肩をすくめる。
独特の香水が妖気のように立ちこめた。
ゆっくりと振り返る。
まず見えたのが大きなお腹だった。
赤い正装に、金や銀、さらに緑、青、紫のごつい宝石がちりばめられていた。
まるで“おど〇ほうせき”を擬人化したみたいだな。
「マティスさん、ご無沙汰してます」
ぼくは努めて笑顔で挨拶する。
クレリアさんも慌てて仮面を付けて、一礼した。
「いやー、お懐かしい。あの時のポーカー勝負。今でも夢に出てきますよ。またあのような熱い勝負がしたいものですな」
口を裂き、金歯の入った歯を見せ、マティスさんは笑う。
今度、ぼくには“ト〇ロ”に見えた。
むろん、そんな可愛いものではない。
紫の瞳は怪しく光り、最初会った時とは違い、しっかりぼくに照準を向けられていた。
「ところで、どうしてこんなところに? 残念ながら、今日はカジノの日ではないのですが」
「いえ。たまたま通りがかっただけですよ。行こうか、クレリアさん」
「ほほほ……。そうね。行きましょうか、トモアキ」
ぼくたちは何事もなかったかのように素通りしようとする。
しかし、(マティスさんに)まわりこまれてしまった。
「嘘は感心しませんなあ、トモアキ殿。正装してなおかつ仮面まで用意して、たまたま通りかかったなんてことはあり得ないでしょ」
マティスさんはぼくの肩に手を回す。
蛇のように冷たく感じた。
「偶然だとしてもいかがでしょうか? 今日は月1回の闇市が、私の屋敷で開催されております。どれも市場や道具屋では見かけないものばかり取りそろえておりますよ。どうです? 見るだけでも」
ぼくの腕を掴むマティスさんの手に自然と力が入る。
はあ……。ぼくは心の中でため息を吐いた。
断っても、何かと理由を付けて、引き込もうとするだろう。
紹介してくれたタケオさんにも悪いし……。
今日はギャンブルをしにきたのではないから、この前のようなトラブルにもならないだろう。
「じゃ、じゃあ……。ちょっと」
「そうですか。では、参りましょう」
ぼくはマティスさんと肩を組みながら、屋敷の門扉を再びくぐるのだった。
「まさか兄ちゃんが、あのマティス・ヴィーネーと知り合いとはね」
ニヤニヤとタケオさんは笑った。
ぼくはフロント近くの椅子に座り、項垂れていた。
まだ屋敷に入っただけなのに、フルマラソンを走りきったかのように疲れている。
「ちょっとありまして……」
「へぇ。まあ、その武勇伝はまた今度にしようや。ほら、お嬢ちゃんは興味津々のようだ」
クレリアさんはメイン会場の方をのぞき込んでいた。
ぼくは重い腰を上げる。
冴えない顔をパンと叩いて、クレリアさんに向かって手を出した。
「行こうか?」
「うん」
元気な返事が返ってくる。
ちょっとだけ疲れが飛んだ。
クレリアさんはぼくの腕に手を絡ませる。
一緒に、メイン会場に踏み込んだ。
わっと人の声が襲ってきた。
店子の威勢の良い声が聞こえ、有力者同士が会話に花を咲かせている。
やはり、前のカジノを思い出す。
違うのは、置かれているものが違うことだろう。
スロットやディーラーテーブルは撤去され、代わりに現れたのは所狭しとやや古くさい遺跡物だ。
客層も若干違う。
貴族や商人に混じって、冒険者らしき人間や研究者の姿もある。
会場のカオス具合は、前回の比ではなかった。
「わ! これ精霊原石じゃない」
突然、クレリアさんは足を止めた。
ぼくをぐいっと引っ張る。ガラスケース(これだけでも滅茶苦茶高いんじゃないか?)で光る宝石を見つめた。
「いやー、お嬢さん! お目が高い!」
降って湧いたような商人のおじさんが、手もみしながら現れた。
ガラスケースを持ち上げ、中の精霊原石を丁寧に持ち上げる。
どうぞ、とクレリアさんに渡した。
見たことがない薄い緑色の宝石。
クレリアさんはうっとりと眺める。
「ねぇ、クレリアさん。精霊原石ってなんですか?」
「そっか。トモアキは知らないのね。何千年と生きた精霊が、最後に結晶化したもののなのよ。ほら、見て」
天井に下がった煌びやかなシャンデリアにかざした。
緑色の宝石の中に、何か人骨のようなものが見える。
「宝石の中に見えるこの筋が、精霊の骨だといわれているの」
「これも魔導具なの?」
「これ1つで大規模な儀式魔法を賄えるぐらいの魔力を秘めてるのよ」
「へぇ……」
「ねぇ、トモアキ」
クレリアさんは宝石から目を離す。
上気した顔を、ぼくの胸に寄せた。
猫が甘えるような声を上げ、上目遣いで懇願する。
「これ、あたし……。ほしいなあ」
「え? でも――」
ぼくは助けを求めて店主を見つめた。
店主はにんまりと笑う。
「お嬢さん美人だから、4万ゴルでいいよ」
4万ゴル!
ガラスハウスの3分の1の値段だけど、こんなちっぽけな宝石が4万ゴルなんて。
さすがにふっかけ過ぎじゃないかな。
今度はタケオさんに振る。
俺はそんなもん知らんよ、と頭を振った。
エルドラドの先輩なのだから、そこはもうちょっとしっかりしてほしい。
仮にも魔法使いなんだからさ。
「さ、さすがに4万ゴルは駄目だよ。パーヤにすっごく怒られる」
「いいじゃないか。折角来たんだし。……それにもし買ってくれたら、トモアキにすっごいことしちゃおっかな」
「すっごいこと……(ごくり)」
「そう……。すっごいことよ」
目を細め、ぼくの股に美しい曲線を描いた足を入れる。
挑発するように太股でぼくの股間を擦った。
ふふ……蠱惑的に笑みを浮かべた。
妖艶な雰囲気に、ぼくは一瞬ぼんやりする。
だが、なんとか理性の方が勝った。
「いやいや、だめだめ! さすがに4万ゴルは、ダメ!」
「むぅ。トモアキのいけず」
クレリアさんは唇を尖らせる。
プイッと顔を背けてしまった。
男としては、ここは買って上げるべきなんだろうけど、4万ゴルの買い物はさすがになあ。
でも、この……精霊原石だっけ?
そんなに価値のあるものなんだろうか?
なんかぼくには安っぽく見えるんだよな。
あ。そうか。
こういう時こそ、鑑定の呪文か。
試しに使ってみよう。
「とうきょ〇と たいと〇く こまが〇ばんだ〇の がんぐだいさんぶのほし」
すると、ぼくの目の前に画面が現れた。
名前 せいれいげんせき(にせもの)
じょぶ せいれいげんせきによくにたにせもの。がらすだま
レベル1
こうげきりょく 0
ぼうぎょりょく 0
たいきゅうりょく 2
めいちゅうせいど 0
まりょくほせい ±0
ぞくせい なし
うらわざ なし
「あれ? 偽物」
ぼくは思わず呟いた。
すると、店主がぴくりと眉を顰めた。
「お、お客さん。何を言って――」
「これ……。偽物ですね。単なるガラス玉です。よく出来てますけど」
「何を根拠に! 商売の邪魔をするつもりですか?」
根拠は何もないんだけど、店主がこれだけ動揺するんだから間違いないだろう。
でも、さすがに魔法でわかったなんていえないしなあ。
「ねぇ、クレリアさん。精霊原石って精霊が結晶化したってことは、普通のガラスよりは硬いんだよね」
「そうね」
「わかったよ」
聞いた瞬間、ぼくは原石を手の平から落とした。
硬い床に触れた瞬間、原石は飛び散る。
「ああ!」
声を上げたのは、クレリアさんだった。
割れた。
やっぱり偽物だ。
「あ、あんた! うちの商品になんてことを!」
「待ちなさいよ! 精霊原石がこんなに簡単に割れるわけないでしょ!」
ぼくと店主の間にクレリアさんが割ってはいる。
にわかに騒ぎが広がっていった。
「偽物?」
「精霊原石が?」
「ちょっと! 私、さっきあの店に5万ゴルも支払ったのよ」
「嘘でしょ」
「でも、割れたって」
いつの間にか野次馬がぼくたちを取り囲んでいた。
ガミガミと叫ぶ店主を見ながら、ぼくは頭を掻いて考える。
すると、騒ぎを聞きつけ、マティスさんがやってきた。
「どうしました、お客様」
「ま、マティス様!」
店主の気勢がそがれる。
蛇に出会った蛙みたいに、身体を縮こまらせた。
「おや……。トモアキ様ではないですか」
「ま、マティス様のお知り合いの方なんですか?」
「ええ……。とっても仲良しなんですよ」
「そ、そうですか……。えっと…………」
店主の額に汗が光る。
急に店を畳み始めた。
「す、すいません。今日は体調が優れないので、店じまいにさせてもらいます」
「そうですか。それは残念。またの出店をお待ちしております」
そそくさと帰っていった。
マティスさんは店主の小さくなった背中を見送る。
「いけませんねぇ。たまにああいう輩が混じるんですよ」
「マティスさんのお知り合いですか」
「…………」
「?」
「いいえ。初めてお会いしました」
なんなんだ今の間は……?
ぼくは少し考えてから、ピンと来た。
たぶん、あれはマティスさんのゲストだ。
闇市の中で、偽の精霊原石を販売させているのだろう。
確信はないけど、この人ならやりかねない。
嫌なタイミングで、首をつっこんじゃったな。
また睨まれなければいいけど……。
「後学のためお聞きしたいのですが、どうして偽物だと?」
「企業秘密です」
ぼくははぐらかす。
マティスさんは目を細めた。
「相変わらず、秘密が多いですな、あなたは。では――」
ぼくたちから離れていった。
クレリアさんはぼくの首に手を回し、抱きついた。
「トモアキ、すごい!」
「やるなあ、兄ちゃん。偽物と見抜くなんて」
「たまたまですよ」
肩を竦めた。
便利だな、「とうきょ〇と……」の呪文は。
元ネタは全然関係ないだけどね。
ぼくはまたクレリアさんと腕を組み、闇市を回り始めた。
マティス回は次回になります。




