第57話 魔法使い、川の主を釣る
サブタイ見て、「『川のぬし釣り』か(がたっ)」となった人はすいません。
初めに気付いたのは、ガヴだった。
川を水面に付け、黄狐耳族の少女はザギリルを見つける。
手を伸ばした瞬間、水中で巨大な影が横切った。
一瞬、視界をふさがれる。
気付いた時に、ザギリルが消えていた。
「がう゛!」
顔を上げる。
水中を泳ぐ巨大な影を目で追った。
幼女はその小さい頭で考える。
ザギリルが大きな影に食われたのだと結論付けた。
「がう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛……」
毛を逆立て、ガヴは唸りを上げる。
すっかり街の生活に慣れてしまったが、彼女は狩猟種族の末裔だ。
身体は小さくても、その身に宿した誇りは一人前だった。
川の中で気持ちよさそうに泳ぐ影を追いかける。
手を広げ、歯をむき出した。
「がう゛!」
気合いとともに飛びつく。
しかし、ゆらりとかわされた。
ガヴは水を蹴って悔しがる。
再び影を追いかけようと、慣れない川の中を歩いた。
浅瀬で膝上しかないが、いくらガヴの身体能力が高くとも動きにくい。
どんどん、距離が離されるかと思いきや、影はこっちにやってきた。
再び飛びつく。
またひらりとかわされる。
すると、影が水面から顔を出す。
巨体を大きくひねると、尾っぽと思われる部分で、ガヴの頬を叩いた。
たまらず尻餅を付く。
影は勝ち誇ったように悠然とガヴから離れていった。
「がう゛~」
ガヴの目に涙が浮かぶ。
わんわんと泣き始めた。
「どうしたの、ガヴ?」
ぼくは異変に気付いて、飛んできた。
パーヤとクレリアさんも勝負を止めて、駆けつける。
一旦ぼくはガヴを抱き上げ、頭を撫でた。
小さな戦士は、胸の中で泣きじゃくる。
理由を尋ねると、ガヴは「がう゛」と川の中を指し示した。
ゆらりと影が泳いでいるのが見える。
「あれも魚?」
「大きいですわ」
確かに大きい。
ガヴの身長ぐらいはあるかもしれない。
「あいつにやられたんだね」
「がう゛」
なるほど。
ガヴには少々荷が重いかもしれないな。
「あれは川の主だね」
「川の主?」
「川にずっと住んでいる魚のことを、ぼくたちの世界ではそう呼ぶんだ。たいてい賢いんだよ」
「どうしますか、ご主人様」
ぺぺぺ……を使って、掴まえるのは容易い。
けど、相手は魚だ。
魔法であっさりというのは、フェアじゃない。
「釣ろうか」
「川の主をですか?」
「あんな大きな魚……。釣れるの、トモアキ」
「やってみなきゃわからないよ」
ぼくは竿を取りに行く。
早速、川の主の近くに糸を垂らした。
身体がデカいから、すぐに場所はわかる。
さあ、こっちを見ろ。
ぼくは渾身のルアーアクションで川の主を挑発する。
なかなかそれでも川の主は反応しない。
「ご主人様のルアーでも反応しないなんて」
「ちょっとルアーを変えてみようか」
ぼくは一旦糸を戻す。
ルアーを変えた。
ガヴが作ったルアーだ。
これでリベンジする。
糸を垂らし、また川の主を挑発する。
すると、川の主は身を翻した。
当たりだ。
ぼくのルアーじゃ、川の主には魚に見えなかったのかもしれない。
けれども、なかなか食いつこうとしない。
警戒しているのだろう。
考えたとおり、頭がいい魚かもしれない。
無言の戦いが続く。
ここからは根比べだ。
だが、ぼくには自信がある。
異世界に来る前、唯一誇れる特技が「忍耐」だった。
元社畜サラリーマンを舐めるなよ!
川の主がとうとう動く。
水中を漂うルアーに真っ直ぐ向かっていく。
ぼくは慎重にアクションを決める。
震える手を必死に押さえ、ルアーに魂を込めた。
その時が来た。
軸線上に乗った瞬間、川の主が水中とは思えないほどの速さで動いた。
一気にルアーに食らいつく。
ぼくはまだ引かない。
顎から汗を垂らしながら、針がかかるのを待つ。
主が身を翻した瞬間、糸がピンと張った。
「おっと!」
思わず及び腰になる。
凄い引きだ。
危なく川に落ちる所だった。
ぼくは咄嗟に呪文を唱える。
「ゆう○い――」
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……。
レベルマ状態になる。
筋力も増強され、これで力負けはなくなる。
だが――。
ばきぃ!
強い引きによって、軋みを上げていた竿がとうとう折れた。
先っぽが糸とともに川の上流へと流れていく。
川の主はゆっくりとぼくたちの視界から消えた。
「やられた!」
ぼくの力が強くなっても、あの巨体を釣り上げる強度が竿になかった。
がっくりと肩を落とす。
レベルマを覚えてから、どんな敵にも勝利してきたけど、まさか魚に負けるとは思わなかった。
「ご主人様、そんなに気を落とさないでください」
「そうだよ。竿が悪かったんだ。もっと強い竿を作ってリベンジしようよ」
パーヤとクレリアさんは励ましてくれる。
けれど、ガヴは納得してないようだった。
そうだよね。
ここで終わったら、格好悪いよね。
「もうちょっとだけやるよ」
ぼくは立ち上がる。
「ですが、ご主人様。竿が――」
「悪いけど、パーヤかクレリアさんの貸してくれないかな」
というと、ガヴが自分の竿を持ってきた。
「がう゛!」
これで仇を討て、ということなのだろう。
「ありがとう、ガヴ」
「がう゛がう゛」
「けど、トモアキ。竿の強度がなかったら、さっきの二の舞じゃないの」
「大丈夫。ぼくに考えがある」
ぼくはガヴからもらった竿を掲げる。
うまくいくかはわからない。
そもそもこの方法は、人に使えても、道具に使うのは初めてなのだ。
ぼくは呪文を唱える。
「ほりい○う……」
他人のレベルを強制的にレベル50にする呪文。
もちろん、これを竿にかけるのは初めてだ。
かけてから、ぼくは思わず舌を打った。
――しまった! 確認のしようがないじゃないか。
人間ならステータスカードを見ればいいんだけど、物じゃわからない。
したがって、竿が強くなっているのか確認ができないんだ。
岩場でも叩いて強度を確認すればいいんだろうけど、失敗して折角ガヴから預かった竿を壊すのは不味い。
だから、ぼくはぶっつけ本番で試してみることにした。
ガヴのルアーは主に持って行かれてしまった。
ぼくは似た色を使っていたパーヤのルアーを付ける。
川の主が逃げた上流の方へ行くと、呑気に泳いでいるところを見つけた。
「よし!」
糸を垂らす。
再び川の主を挑発する。
さっき勝利したからだろうか。
それともパーヤのルアーが良かったのか。
川の主は短時間で興味を示してくれた。
ルアーに向かってくる。
それでもすぐには食いつかない。
再び息が詰まるような持久戦が始まった。
暑い。
陽が昇り、気温が上昇しつつあるのだろう。
汗が噴き出し、ぼくの服をじっとりと濡れていた。
「がう゛!」
ガヴが叫んだ。
一瞬、飛びかけていた意識が戻る。
川の主が真っ直ぐルアーに向かうのが見えた。
ぼくは落ち着いてアクションする。
なるべく主の視界に入るように動かした。
そして主は口を開ける。
一瞬にして、ルアーを飲み込んだ。
焦燥する心を静める。
川の主がその巨躯を翻した瞬間、暴力的なまでの力で引っ張られた。
しまった!
「ぺぺぺ……」の効力が切れている。
ぼくは岩場から落ちそうになる。
そのぼくを掴んだのは、ガヴだった。
腰に手を回し、必死に支える。
遅れて、パーヤとクレリアさんがしがみついた。
かろうじて入水は回避する。
魔法を使う暇はない。ちょっとでも気を抜いたら、竿ごと持って行かれる。
その竿はいうと、強力な引きにも耐えていた。
今にも破裂しそうな音を上げながらも、糸も竿もしなるだけで折れる気配はない。
後は、ぼくの方の問題だ。
死んでも竿から手を離さないと誓う。
ぼくは竿を引いた。
ピンと張った糸も竿も、なんら不具合はない。
魔法が上手くいったというよりは、ぼくたちの執念が乗り移ったみたいに見えた。
「よいしょ!」
「「「よいしょ!」」」
ぼくがかけ声を上げると、3人は合わせてくる。
長い押し合いへし合いが続く。
先に根負けしたのは、川の主だった。
さすがに疲れたのだろう。
ぼくは確かに力が失われたのを感じた。
余力が出てきたところで、ぼくは満を持して唱える。
「ゆう○い――」
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……。
これでぼくの勝ちだ。
竿を振り上げた。
大魚が飛沫を上げて、空を飛ぶ。
ぼくたちの頭上を越え、川辺に打ち上げられた。
巨躯が岩場の上で跳ねている。
まるで竜が飛び跳ねているようだ。
「がう゛!」
ガヴは勇敢に飛びかかっていく。
魚の頭を押さえると、川の主も観念したのか、大人しくなってしまった。
打ち上がった大魚を見て、クレリアさんは尋ねた。
「これもリリースするの? トモアキ」
「うーん。ちょっと可哀想な気もするけど、食べちゃおうか」
「がーう゛! がーう゛!」
ガヴは嬉しそうだ。
パーヤは川の主を品定めしながら、考える。
「さすがにこれだけ大きいと専用の刃物がほしいですね」
「魔法でばらしちゃおうか?」
「適切に処理をしないとおいしくなくなりますわ」
「とりあえず、血抜きをして持ってかえろう。後は魚屋さんに持っていって、捌いてもらおうよ」
「それがよろしいと思いますわ、ご主人様」
パーヤは納得し、笑顔を見せた。
その後、ぼくたちは川辺で思い思い遊んだ。
街へ帰ると、早速近くの鮮魚店に川の主を持っていく。
店主にはびっくりされた。
こんな大きな川魚は見たことがないそうだ。
ぼくが川の主を釣ったことは瞬く間に街に伝わり、また名声が上がってしまった。
また有名になっちゃたよ。
静かに暮らしたいだけなんだけどなあ……。
後から思えば、川のぬし釣りのパスワードをストーリーに組み込めば良かったなと反省。
ただ次の呪文のスキルを立てて起きたかったので、許して下さい。




