第53話 魔法使い、星に願う(中編)
誰だよ! 次で終わるっていったヤツ!
責任者でてこいよ!
※ すいません。今日中には終わらせますので。
2017年7月8日 改訂
某ゲーム名を伏せ字にしました。
あ、あぶねぇ……。一杯お金を取られるところだった……。
ご指摘いただいた方ありがとうございました。
服屋に寄っていたら、そうこうしているうちに夕方だ。
だいぶ涼しくなってきて、結構過ごしやすい気温になってきた。
ようやく街の中心にやってくると、出店が出ていた。
中心の方では太鼓を鳴らす男の人の姿があり、それを中心に浴衣姿の女性たちが踊っている。
まんま日本の夏祭りそのままだ。
異世界に来て、盆踊りかよ。
って思わず突っ込んでしまったけど、これはこれで面白いかも。
なんだかんだで、日本的なものを見ると落ち着くんだよね。
でも、それだけじゃなかった。
出店を覗くと、うんざりするぐらいよく似た店が並んでいた。
「お面が売ってる……」
まず、ぼくの目に飛び込んできたのは、お面屋だ。
屋台の定番中の定番。
それは認めるけど、売ってるものまでジャパニーズライズされている。
兎とか蛙のお面とかはまだいい方で、ぼくが子供の頃に見ていた獅子王戦隊レオセイバーのお面とか、フルフェイスドライバーのお面とかまである。
極めつけは、口にするのも憚れる例の猫とか鼠の面だ。
異世界で売るからって、権利関係とか大丈夫かな。
そもそもあの遊園地自体、異世界だからどっかで繋がってそう。
だけど、今時の子供がお面なんかに興味ないよね。
ぼくがその場を後にしようとすると、ぐいっと引っ張られる。
小さな手が浴衣の袖を掴んでいた。
「がう゛~」
いた!
ここにいた!!
ガヴが目をキランキランさせながらお面を見つめていた。
しかも、その眼差しは獅子王戦隊レオセイバーのレッドに向けられている。
「ガヴ、ほしいの?」
「がう゛がう゛」
「かっこいい?」
「がう゛がう゛がう゛がう゛」
何度も頷いた。
仕方ないなあ。
縁日でせびられるのは、パパの宿命か。
「毎度あり~」
威勢のよい店主のかけ声も、ジャパニーズライズだ。
レッドのお面を付けてあげる。
途端、ガヴはお面を噛み始めた。
「ガヴ、それ食べ物じゃないよ」
「がう゛!?」
おい、嘘だろって目でぼくを見つめる。
うん。残念ながら違うんだよ。
どうやらお腹が空いているらしい。
何か縁日らしい食べ物でも買って上げようか。
その前に、パーヤとクレリアさんはどこへ行ったんだろう。
すると、どっと歓声が聞こえた。
振り返ると、店の前に人だかりが出来ている。
看板には『キンギョすくい』と書かれていた。
金魚すくいか。懐かしいなあ。
子供の時、よくポイを破いたっけ。
興味が出てきて、ガヴの手を引き、人だかりを分け入る。
そこに白地に赤の花柄の浴衣を着た女の人が蹲っていた。
「パーヤ!」
声をかけるも、微動だにしない。
瞼を閉じ、ポイを掲げて集中していた。
緊張感が伝わってきて、ぼくは思わず喉を鳴らす。
ポイを渡したであろう店主も、固唾を呑んで見守っていた。
カッとパーヤは目を開く。
瞬間、もの凄い速さで目の前の生け簀に手を突っ込みはじめた。
水しぶきと共に、魚が宙を舞う。
次々とパーヤが抱えたボールの中に魚が入っていった。
よく見ると、ぼくが知る金魚じゃない。
泥のような色に、魚とは思えないほど歯がギザギザに尖っていた。
ぼくは気になって近くの人に尋ねる。
「あの~。キンギョってなんですか?」
「なんだ、知らないのか? 有名な殺人魚だよ」
「うぇ!」
思わず変な声が出てしまった。
「あのお姉ちゃん、よくやるよな。ちょっと気を抜いたら、腕ごと食われるぞ」
ちょちょちょちょちょっと待って!
そんな危ないの!?
大丈夫? パーヤ!
お嫁にいけなくなっちゃうよ!
ぼくの心配をよそに、パーヤは順調に殺人魚をボールの中に入れていく。というよりは、すでにボールから溢れて、彼女の周りには活きのいい殺人魚がピチピチと跳ねていた。
まるで機械のように高速で動いていたパーヤの手が止まる。
生け簀の中は空になっていた。
おもむろにうちのメイドさんは口を開く。
「店主……」
「な、なんだい。お嬢ちゃん」
「大きめの箱をもらえますか」
「わかった。俺の負けだ。好きなだけ持っていきな」
「ありがとうございます」
パーヤはパンパンと浴衣を払いながら、スカートのように摘んで礼をする。
素手で殺人魚を掴むと、箱に詰め始めた。
店主が顔を上げる。
すべての魚が捕られ、敗者となりながらも、その顔は清々しかった。
「あ、あんた……。一体なにもんだい?」
「名乗るほどのものではありませんわ」
「もしや、黒の疾走……」
「……その女は死にました。今いるのは、ご主人様に仕えるただのメイドです」
「そうか。生きていやがったのか。ちくしょうめ! 今日はツキがなかったらしい」
店主は空を見上げる。
あいにくの曇り空で、月は見えない。
しかし、店主の目に浮かんだ涙は、まるで満月のように光っていた。
――ってなんだよ、この雰囲気!
黒の疾走ってなに!
いきなり中二設定とか出てこられても困るんだけど。
だいたいパーヤって昔、何してたの?
お嬢様じゃなかったの?
つーか、店主もモブなのに、上手いこといってキャラ付けしようとするなよ!
ただでさえ、ぼくは空気みたいな主人公なんだから。
お願いだから、食わないでくれる!
「あら。ご主人様」
「や、やあ、黒の疾走――じゃなかった――パーヤ。キンギョすくいうまいんだね。びっくりしたよ」
「やだ。見てらしたのですか? 恥ずかしいですわ」
ポッとパーヤの頬が赤くなる。
すると、獲ったばかりの殺人魚をぼくに差し出す。
「見てください、ご主人様。お魚がこんなに」
「よ、良かったね。大きな水槽を買わないと」
「いえいえ。明日のおかずにするんですよ」
「殺人魚なんでしょ、それ!」
「殺人魚はこれでも高蛋白低カロリー、栄養価も高いんです。そうですね。帰ったら、お刺身にしましょうか」
「う、うん。そうだね」
食べると人の血の味とかしないよね。
パーヤの戦果を確認しながら、ぼくは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「トモアキ!」
今度はクレリアさんの声が聞こえる。
奥の方からやってくると、ぼくの手を引いた。
「ちょっとこっち来て! 面白いものがあるわ」
ぐいぐいぼくを引っ張っていく。
後からパーヤとガヴも付いてきた。
今度は何かな?
射的とか。
あとは当たらないくじとか。
そろそろ型抜きとか、ちょー地味なヤツがやりたいんだけど。
「見て見て! これ」
クレリアさんが指さしたものを見て、ぼくは言葉を失った。
それはぼくにとって、久しぶりに見るものだ。
いや、ぼくも実物を見るのは初めてだ。
ローテーブルぐらいの黒い筐体。
色あせた赤いレバーと、黒いボタン。
テーブルの面の部分には、ガラス張りの画面があり、両サイドに説明が書かれている。
「インベーダーゲームだ」
思わずぼくは唾を飲み込んでいた。
懐かしいってレベルじゃない。
歴史的な遺産を発掘したような感動をぼくは覚えていた。
「お。もしかして、あんた日本人かい」
顔を上げると、麦わら帽子を被った店主が、ぼくの方を見つめていた。
弦のような細い目に、歯が抜けた口内を見せて、人懐っこい笑顔を浮かべている。
「そ、そうです。あなたも」
「まあね。ここに住んで、もう30年以上になるよ」
「ねぇねぇ。これってもしかして、トモアキが言ってたゲームってヤツ?」
クレリアさんが会話に入ってくる。
ぼくは頷いた。
「うん。……でも、このゲームの実物は初めてみるよ」
「だろうね。お兄さんが生まれる前に流行ってたゲームだからね」
「まだ、動くんですか?」
「もちろんさ。ちなみに電気は、雷の精霊を憑依させて動かしてる。これでもおれ、魔法使いなんだ」
「ぼくもです」
「そうかい。同郷の人間が同じ職業なんてね。苦労したろ?」
「ええ。それなりに――」
最初の頃のことは思い出したくないほど苦労しました。
「よし。同郷の誼だ。1回は無料でプレイさせてやろう」
「いいんですか?」
「男に二言はねぇよ」
店主はレバー横のスロットにコインを入れる。
懐かしい『スペー〇インベーダー』の文字が浮かび上がると、ゲームは始まった。
画面上に、インベーダーたちが列をなして現れる。
左右に移動しながら、ぼくが操る自機の方に近づいてきた。
異様な様子をクレリアさんは目を丸めて凝視している。
彼女にとっては、ゲームどころか、ガラスの向こうの画面が動くことすら珍しいだろう。
「なに、これ?」
「下で横に動いているのが、ぼくの分身みたいなものさ。そして上から降りてくるのが敵。それをこんな風にして――」
自機から弾を発射し、インベーダーたちを打ち落としていく。
「倒すんだ」
「すごい! トモアキ、うまい」
「まだまだ! 驚くのは早いよ」
「あ! 向こうからも弾が出てきた」
「そう。敵も弾を撃てるんだ。このU字型のトーチカで防ぐことが出来るけど、弾が当たると削れてしまう。気を抜いていると、あっという間になくなってしまうんだ」
ぼくはかちゃかちゃとレバーを動かしながら、インベーダーを倒していく。
遠巻きに見ていたギャラリーが気付くと、集まってきた。
スピードアップした最後のインベーダーを倒すと、ぼくは易々と一面をクリアした。まあ、これぐらいなら軽いものさ。
「クレリアさん、やってみる?」
「え? あたし?」
「やり方はだいだいわかったでしょ」
「よ、よし! やってみる」
クレリアさんは前からゲームに興味を持っていた。
ぼくが使う魔法の概念を知るためだ。
文字や言葉で教えてはいるのだけど、やはり実物がないと難しい。
インベーダーゲームからそのすべてを知るのは困難だけど、何かのきっかけにはなるかもしれない。
クレリアさんは椅子に座る。
ぼくがやっていたようにレバーとボタンに手を掛けた。
2面が始まる。
先ほどよりもスピードがアップしている。
初心者には厳しいかもだけど、落ち着いてやれば大丈夫なはずだ。
「や! ちょ! あれ!」
ぼくの予想とは裏腹に、クレリアさんはあっという間に1機がなくなる。
頭を抱える暇もなく、リスタートする。
再びインベーダーの餌食になり、下がりきるまでもなく、すべての残機を失ってしまった。
「うう……。難しいよお」
「落ち着いて、インベーダーの弾を見てやれば大丈夫だよ」
「わかった。……おっちゃん、もう1回」
「まいど!」
クレリアさんがお金を払うと、店主はコインを入れる。
再び1面から始まった。
さっきよりも遅いのだけど、それでもクレリアさんは残機を失ってしまう。
また画面を見ながら、頭を抱えた。
「じゃあ、ぼくがお手本を見せてあげる」
「うん。トモアキ、あたしの仇をとって」
ぐすっ、鼻を啜りながら、腰を上げる。
よっぽど悔しかったらしい。
ぼくは椅子に座り直すと、お金を払ってもう1度、1面から始めた。
ちょうど真ん中のインベーダーを一列すべて消す。
その後は、ずっとぼくはトーチカの中で耐えた。
「え? インベーダーを倒さないの?」
「まあ、見ててよ」
にやりと笑う。
どんどんインベーダーは下に降りてくる。
トーチカも破壊されるが、ぼくは空いた真ん中で耐えていた。
「ほう。京都打ちか……。渋いね、お兄さん」
店主は顎をさすりながら、呟く。
インベーダーはとうとう自機の目の前まで来た。
――いまだ!
ぼくは自機を左右にスライドさせると、次々とインベーダーを葬っていく。
「あれ? おかしくない? 弾に当たってるのに、自機が死なないよ」
「これは京都打ちっていって、インベーダーの弾の当たり判定を利用した攻撃なんだ」
そしてぼくはあっという間にクリアした。
「それってずるくない」
「裏技だからね」
「うーん。なんか納得いかない。インチキだよ」
クレリアさん……。
それを言ったら、ぼくの呪文は全部インチキなんだけどね。
その発言は、アイデンティティというか……。
ストーリーの根本から否定するというか……。
その後、クレリアさんはかなりの額のお金をつぎ込み、なんとか1面をクリアした。そこにパーヤも加わり、2人は泥沼へとはまっていく。
痺れを切らしたガヴが筐体をかじらなかったら、深夜まで続けてたかもね。
こうしてぼくは、異世界のお祭りを楽しむのだった。
完全にインベーダーゲームのくだりは書きすぎた(しかし、反省はしていない)。
今日中には魔法使いが星に願うと思いますm(_ _)m




