第51話 魔法使い、家に帰る。
本日も遅くなり、申し訳ない。
ダンジョンの中は思ったよりも静かだった。
リナリィは道具袋から松明を取り出し、一気に下層へと降りていく。
拍動が速い。
心配だった。
人の命がかかっているのだ。
当然といえる。
でも……。
同僚が傷ついた時とは違う。
団長たちがダンジョンに閉じこもった時とは違う。
胸が締め付けられる。
副長としての責任とかそういうことではない。
そもそもトモアキは青い箱船騎士ではないのだから。
ただアイダ・トモアキ一個人に対して、心配以上の特別な感情がある。
その可能性を捨てきれなかった。
彼にはどこか惹かれるところがある。
今まで色んな人間を見た中でも、トモアキは特別だった。
個人としては、ひどく気が弱く、小さな人間だ。
男らしくもない。
だが、大きな力を持ち、それをひけらかすところもない――妙に大器を感じさせるところもある。
人として当然といえるところに沸点がなく、穏やかでありながらも、ある種の覚悟を持った時、誰よりも爆発させる。
安定しているのか、それとも危ういのか。
少なくともリナリィにそれを量ることは出来ない。
何者にも左右されないという点において、彼は自由だった。
そう。
トモアキは自由だ。
魔法使いでありながら、それに囚われない強さと発想力を持つ。
女騎士という人生を歩み続けてきた。
それが正しいと思う一方で、疑問に思うところも多々あった。
故に、自分は騎士として中途半端だったのかもしれない。
理想なのだ。
だから、どうしようもなくリナリィは、惹かれてしまう。
アイダ・トモアキという男に……。
聞いてみたいことがあった
もし彼に――いや、きっと生きているだろうが――会えるなら、1つ質問しようと彼女は決めた。
気がつけば、19階まで休み無しに駆け下っていた。
因縁のフロアにつき、ようやくその足を止める。
肩で大きく息をしつつ、漂ってくる血の臭いに顔をしかめた
「――――!」
フロアには無数のトロルが倒れていた。
すべて絶命している。
瞳と口をカッと見開き、骸になっていた。
剣で斬られた傷もなければ、魔法で燃やされた痕跡もない。
ゆっくりと喉元を締め付けられたかのように、その骸は穏やかだった。
すると、下の階層から光が見えた。
誰かが昇ってくる。
見知ったシルエットを見つけると、リナリィは構えを解いた。
「あれ? リナリィさん?」
街角で唐突に出会ったかのように、トモアキは驚いていた。
リナリィは呆然と彼のことを見つめる。
1滴の返り血も浴びていない。
ダンジョンに潜った時のままだ。
「トモアキ殿、無事か?」
「心配してきてくれたの。うん。問題ないよ」
「このトロルはそなたが?」
「うん。下の階層にいたトロルも倒しておいた」
「そうか。そなたは強いな」
返答を聞かなくともわかっていた。
そして彼が自慢することもなく、ただ返事することもわかっていた。
「トモアキ殿」
「なに?」
「青い箱船騎士に入ってくれないか?」
「ふぇ?」
唐突な勧誘に、虚を突かれたのか。
トモアキの口から変な声が漏れる。
リナリィは言葉を続けた。
「そなたの力は世界の平和のために役立てるべきだ。我々とともに、勇者殿の手助けをしないか?」
「勇者……の、手助け?」
「我々は青い箱船騎士はただの冒険者集団ではない。国や種族、ジョブの垣根を越えた独立の集団であり、勇者殿を先頭に魔族を討ち果たすことを目的としている。危険なモンスターを排除するのも、活動の一環だ」
「へぇ……」
トモアキは気のない返事を返す。
「気に入らないか?」
「いや、そういうわけじゃない。立派なことだと思う」
「ならば――」
「でも、ぼくはいいかな」
「何故だ!? そなたなら、勇者殿以上の活躍が……」
「うーん。世界の平和とかぼくには荷が重いよ」
「謙遜を……。それともそなたにとって、世界の平和など取るに足らないものなのか?」
次第に口調が強くなっていくのを、リナリィも自覚していた。
それでも踏み込まざる得ない。
こんな才能と精神を持つ人間を埋もれさせてはならない。
言葉を交わすたびに、表の世界へ引きずり出したいという気持ちが強くなった。
リナリィには確信があった。
ジョブこそ「魔法使い」だが、トモアキこそが、大神が遣わしになった「勇者」なのだと。
この世界の呪縛を解き放つ、救世主なのだと。
トモアキは頑なに首を縦に振ろうとしなかった。
まるで彼女の怒りにも似た感情を受け流す如く、ゆっくりと首を横に振る。
「そういうわけじゃない。世界が平和になることはいいことだ。だけど、それは勇者の役目であって、ぼくの役目じゃない。何せ、ぼくは単なる魔法使いだからね」
「それはそうだが……。ならば、何故そなたは身を投げ打ってまで、このダンジョンの脅威を排除したのだ」
「家族のためさ」
「か、かぞ……く……?」
リナリィの勢いが、たった1つの返答で殺される。
「ぼくは4人の家族の平和を守るので精一杯なんだ」
「また謙遜か。……何故、そなたは自分の能力を過小評価――」
「謙遜なんかじゃないよ」
トモアキは初めて強く反論した。
「たとえば、君たちについていって、アリアハルから離れた時、一体誰が家族を守ってくれるのかな」
「それは国が……いや、そなたが望むのであれば、手練れの者をアリアハルに」
「その人はもし魔王が攻めてきたら撃退できるのかな?」
「それは――」
「……うん。今のは意地悪な質問だったね。でも、そういうことなんだ。世界平和よりも、ぼくは家族の平和を優先するのは」
「しかし、そなたは今ここにいるではないか」
「それを言われると痛いんだけど……」
トモアキは照れ笑い浮かべる。
鼻の頭を掻く姿は、もはや青年のようだった。
「だから、早く帰らせてくれないかな」
「――――!」
リナリィは口を開かなかった。
世界平和よりも、家族の平和が大事だと彼はいった。
でも、彼は今、ここにいる。
勘違いしていた。
彼は勇者ではない。
救世主でもない。
爪を隠し、隠遁するものでもない。
そうか……。トモアキは単にお人好しなだけなんだ……。
いつの間にか下を向いた顔を上げる。
トロルの死体の真ん中で、冴えない顔の男が立っていた。
男らしさの欠片もない。
やや小柄で、ひ弱な小男。
こんな男が勇者なわけないじゃないではないか……。
「すまない。帰ろう」
★
3日後。
ダンジョン封印という役目を終えた青い箱船騎士は、前戦へと復帰するため、アリアハルを経とうとしていた。
街の門の前には見物人が終結し、人だかりが出来ている。
中心にいたのは、トモアキとリナリィ以下青い箱船騎士たちだった。
「世話になったな、トモアキ殿」
「世話をするほど何もしてないよ。それよりも、神豆のお買いあげ、ありがとうございます」
「約束だったからな。それに物としては悪くない。団長も『神豆が安く買えるなら、願ってもない』と喜んでいた」
その団長であるシルエスタは、街の代表団と挨拶を交わし、忙しそうだった。
「元気でね、リナリィさん」
「ああ。トモアキ殿も」
手を握る。
豆が出来ていた。
鍬でも握っているのだろう。
だが、まだ柔らかい。
農家の人間を名乗るのは、もっと後になるだろう。
リナリィはトモアキの背後を見つめる。
家族が立っていた。
頭を下げると、向こうも軽く会釈で返した。
メイドに、魔女、そして獣人。
トモアキが守りたいといった家族は、特徴のない本人とは違ってバラエティーに富んでいた。
「出発するぞ」
シルエスタが手を上げる。
待ちわびた冒険者たちが、一斉に鬨の声を上げた。
馬で移動する者は騎乗し、徒歩のものは今一度、装備を確認する。
冒険者の一団は旅立った。
アリアハルが見えなくなったところで、リナリィは馬上で息を吐く。
そこにハインツが馬を寄せた。
「副長」
「なんだ?」
「言おう言おうと思って、報告が遅れたのですが」
「なんだ? はっきりしろ」
苛立たしげに返事を返す。
虫の居所が悪いのは百も承知だ。
部下に当たるのは良くないと理解しながらも、どうしても言葉が荒くなってしまう。
「オレは直接見た訳じゃないんですけど。他の者から聞いて」
「だから、なんだ?」
「実は、副長が怪我をした時、あの魔法使いは副長の――」
ハインツは真実を告げる。
瞬間、リナリィの顔が耳まで真っ赤になった。
「――――!!」
女性の悲鳴が、のどかなアリアハルの平原に響き渡るのだった。
ちょっと強引かな。評判によって、書き直すかもです。
しばらく休載させていただきます。
若干、体調面もあって、明日の更新ができそうにないのと、
本業の方の仕事に専念したいのもあって、思い切って期間をおくことにしました。
個人的にはそんなに長くはならないと思いますが、
楽しみにして頂いている方には、本当に申し訳なく思っております。
パワーアップして帰ってきますので、これからも本作をよろしくお願いします。




