第50話 魔法使いはトロルに吠える!
お待たせしまして申し訳ないです。
なんとかギリギリですが、間に合いました。
「そ、それよりもここは一体……。我々はダンジョンの下層で」
救出された団長さんはリナリィさんの肩を抱きながら尋ねた。
副長は涙を払い、ぼくを指さす。
「あの方は助けてくれたのです。我々も彼に」
「そうか。ありがとうございます」
「お礼ならリナリィさんに言ってください。彼女が立ち回ったからこそ、あなた方を救出できたのです」
「そうでしたか。リナリィ、礼を言うぞ」
「副長として、当然の義務を果たしたまでです」
敬礼する。
先ほどまで泣きじゃくっていた女性の面影は消え、強く厳しい副長殿に戻っていた。
「改めまして。青い箱船騎士の団長シルエスタ・ヴィノールと申します」
「アイダ・トモアキ、魔法使いです」
「魔法使いか。では、我々が地上に転移したのは魔法……?」
「そんなところです。あ、ところで怪我をしてる人がいるようなので、これを。お腹も一杯になりますよ」
ぼくは神豆が入った袋を渡す。
シルエスタさんは初めは訝しげに見つめていたが、リナリィさんの薦めもあって、パクリと口にした。
すると、傷が霞のように消えていく。
変わりに、シックスパッドに割れたお腹がぽこりと膨らんだ。
「な、なんだ、これは!?」
叫ぶ。
驚愕に歪んだ顔を見ながら、ぼくは思わず笑みを浮かべた。
一通り神豆が行き渡る。
これで帰るのかと思ったが、シルエスタさんは首を振った。
「その前に、このダンジョンは封印しなければならないでしょう」
「封印?」
「周辺のモンスターと比べて、このダンジョンの中の魔物は格段に強い。それにどうやら出入りもあり、巣のようになっているのです。このままでは周辺の村々に被害が及ぶ可能性がある」
「アリアハルにも?」
「おそらくは」
シルエスタさんは神妙に頷く。
「わかりました、シルエスタさんたちはここに残ってて下さい」
「どうするつもりですか、トモアキ殿」
「ぼくは、このダンジョンのトロルを駆逐します」
「お1人でか?」
「はい」
ぼくは頷く。
その話を聞いて、激昂したのはハインツだった。
「我々、青い箱船騎士ですら手こずった魔物だぞ。それを1人で相手するなど」
我々を愚弄するのか――とまではいわなかったが、ぼくの態度が気に入られなかったのだろう。自分たちが下に見られていると思ったのかも知れない。
でも、いちいち突っかからないでほしいなあ。
1発で気を失ったくせに。
「私も同行する」
腰の差した鞘に手をかけたのは、リナリィさんだった。
ならば俺も、とハインツも手を挙げる。
だけど、ぼくは首を振った。
「ぼく1人で十分です」
「俺たちが足手まといとでもいうのかよ」
「足手まといというよりは……。そうですね。邪魔になります」
「な――」
「何か策があるのか、トモアキ殿」
尋ねたのは、シルエスタさんだった。
口調こそ穏やかだが、眉間には皺が寄っている。
ハインツほどではないにしろ、心中は心穏やかではないのかもしれない。
ハインツにしろ、シルエスタさんにしろ、多かれ少なかれ自分たちの強さにプライドがあるのだろう。
でも、邪魔というのは言い過ぎたかもしれないが、その言葉以外に表現する方法をぼくは知らなかった。
「有り体にいえばそうです。正直、試したことはないのですが、あなた方がいれば、巻き込むことになりかねません」
「それはトモアキ殿も危険ということにはなりはしないのか?」
他の2人とは違って、リナリィさんは心配そうに見つめている。
鞘にかけた手をおもむろに胸に置いた。
「それは大丈夫だと思います」
いざとなれば、レベルマがあるしね。
そうか、とリナリィさんは俯いた。
沈痛な顔を浮かべている。
彼女は彼女なりに、ぼくに同行したいのだろう。
「大丈夫だよ、リナリィさん。ぼくはちゃんと帰ってくるから」
「約束だぞ」
「指切りでもしようか」
冗談で差し出した小指に、彼女は縋るように両手で握った。
「必ずだ」
「うん。針千本飲むのは、痛いだろうからね」
真面目なリナリィさんのことだから、本当にやりかねない。
ぼくは苦笑しながら、約束を交わした。
例の裏技を使って、ぼくは19階に到達する。
視界に映ったのは暗闇。
鼻腔を突いたのは、むせ返るような血の臭いだった。
軽く1歩踏み出す。
カラリと乾いた金属音が鳴った。
明光を使って確認する。
刀身に血がこびり付いた剣と、肉をしゃぶられた人の手があった。
「ひぃ!」
思わず悲鳴を上げる。
足を上げて、仰け反ってしまった。
人骨を見たのは、祖父母のお葬式以来だが、落ちているのを見るのは初めてだった。異世界へ来て、それなりに度胸は付いたとは思うけど、人の死だけには慣れそうにない。
1人で行くなんて大言壮語を吐いたのに、このざまだ。
ハインツが見れば、笑ったかもしれない。
でも――。
1つぼくの中で意志が固まる。
こんな悲劇を繰り返してはいけない。
特にぼくの家族には。
頭の中にパーヤ、クレリアさん、ガヴの顔が浮かぶ。
この名も無き人骨が、ぼくの家族のものだと思うだけで、怒りがふつふつと湧いてきた。
「ううううう……」
うなり声が聞こえた。
明光の明かりの向こうから、歪な形をした足が現れる。
次いで現れたのは、大きな棍棒。
さらに獣のような牙だった。
現れたのは、岩肌を纏ったような黒い巨獣。
臭気をまき散らし、赤い目をちらつかせた。
闇に無数の赤い光が浮かんでいる。
気がつけば、囲まれていた。
あちこちから巨獣のうなり声が聞こえる。
歓喜しているようにも、眠りを妨げられて怒っているようにも感じた。
これがトロルか。
青い箱船騎士を、リナリィさんを傷つけた張本人。
昔のぼくなら、未知の生物を前に居すくんでいたかもしれない。
だが、今頭に充満する感情は、恐怖ではなく、怒りだった。
「ゆう〇い――」
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……。
レベルマ状態にする。
本来であれば、このまま火の弾を唱えて、殲滅するのが妥当だろう。
レベル50の冒険者集団を退けたトロルとはいえ、一瞬で蒸発するはずだ。
しかし、それでは少し芸がない。
わざわざリナリィさんたちを置いてきた意味がないのだ。
「悪いけど、君たちは実験台だよ」
言葉が通じたのかわからない。
それともぼくの声が命乞いにでも思ったのだろうか。
トロルたちは一際に大きな雄叫びを上げた。
ぼくはゲーム機を取り出す。
2コンと握り、ボリュームを上げた。
トロルたちのボルテージも上がっていく。
呪文の詠唱も、構えも見せない人間を見て、観念したのだと思ったのだろう。
「ぐあお!」
大きな声を合図に一斉に襲いかかってきた。
短い足でダンジョンの床を掻きながら走ってくるトロルを見て、ぼくは口角を上げる。
やおら、大きく息を吸い込んだ。
「あ――」
★
「あああああああああああああああああああ!!」
絶叫がダンジョンから聞こえてきた。
空気に震える。
外でトモアキの帰りを待っていた青い箱船騎士の冒険者たちは、一斉に振り返った。
「トモアキ殿の声だ!」
ずっとダンジョンの入り口の方を向き、胸に手を置いていたリナリィが反応する。
瞬間、ブロンドの髪を振り乱し、彼女は駆けだしていた。
あっという間にダンジョンの闇に飲まれる。
「副長!」
ハインツが制止を促した時に、上司の姿は消えていた。
その背中に向けて怒鳴ったのは、団長だ。
「ハインツ!」
「はっ!」
「行け!」
短い命令だった。
ハインツはそこに込められた意味をすべて理解し、短く敬礼する。
そしてリナリィを追いかけた。
ちょっといいところで終わりますが、ご勘弁を……。




