第49話 ゲーム機を使ってダンジョン攻略
ダンジョン攻略の歴史が今、覆る。
「な、なんだ、これは!?」
「ふ、副長! と、飛んでいます!」
狭い宇宙船のコクピットの中で、2人の冒険者は右往左往していた。
一応、ベルトはしてもらっているが、今にも引きちぎって逃げださんばかりの勢いだ。
クレリアさんみたいな魔法使いならともかく、空を飛ぶなんて経験は初めてのことなのだろう。
それにしてもうるさいので、ちょっと静かにしてもらいたかった。
割とウチュウセンのコントロールは難しいのだ。
依頼を受けた次の日、ぼくは宇宙船を東へと向けて飛行していた。
コクピットには、ぼくとリナリィさん、ハインツだけ。
リナリィさんは残った青い箱船騎士を連れて、ダンジョンに踏み込むつもりだったらしいが、ぼくが却下した。
正直、足手まといだし、ボク1人でやった方が気楽だ。
本来なら、後部座席で喚いている2人も連れてきたくなかったのだが、ぼくは団長さんの顔を知らないので、同行を許可した。
ちなみにぼくの家族は留守番だ。
クレリアさんは同行を求めてきたのだが、ぼくが不在の間、街を守れるのは彼女ぐらいしかいない。
前みたいに魔王の幹部がやってきたら、対抗する術がないしね。
ぼくの説得にクレリアさんは渋々応じてくれた。
今度、何か埋め合わせしないとな。
プレゼントとかどうだろうか。
でも、異世界の女の子の好みとかわからないんだよなあ。
「あのリナリィさん」
「なんでしょうか、トモアキ殿」
「女の子って何が好きですか?」
「え?」
「今度、プレゼントしようと思うのですが」
「ぷ、ププププレゼントぉ!?」
何故か、リナリィさんは凄く動揺している。
何かおかしなことを言っただろうか。
ぼくは首を傾げる。
リナリィさん以上に苛烈に反応したものがいた。
横に座ったハインツだ。
「貴様、うちの副長に賄賂――ふごぉ!」
鉄拳が飛んでくる。見事、右ストレートが頬にハインツの頬を捉えた。
世界が狙えそうだ。
どうでもいいけど、リナリィさんってハインツに容赦ないよね。
「人聞き悪いことをいうな、愚か者! トモアキ殿がそんなことをする方に見えるのか、貴様は!」
「す、すびばぜん」
「すまない。トモアキ殿」
「いいんですよ。あと、プレゼントというのは、ぼくの家族にでして」
「あ……。ああ、そういうことか」
「同性のリナリィさんなら何か思いつくかなって……」
「ああ、そういうことか。すまない。力になれそうにない」
リナリィさんは暗い顔をして俯く。
あ……。
しまった。空気を読まなすぎた。
今から、団員を助けに行くのだ。
しかも、生きているかどうかさえわからない人たちを。
気丈に振る舞ってはいるが、心の中は千々に乱れてるに違いない。
「こっちこそすいません。大変な時に――」
「そういう意味ではないのだ」
リナリィさんはゆっくりと首を振った。
「私の家は騎士の家系でな。生来より大神から『女騎士』というジョブを賜り、故に剣一筋に生きてきた……。その……。女の子らしいことは何一つしてこなかったのだ」
「そうだったんですか。……でも、もったいないなあ」
「もったいない」
「さっきリナリィさんと手を握った時、とても柔らかかったし」
「やわ――」
「それにリナリィさんってとても綺麗だし」
「き――」
リナリィさんの真っ白な顔がみるみる赤くなっていく。
やや開き気味だった膝を揃え、縮こまるように肩を狭めた。
膝の上に置いた手をキュッと握る。
女の子らしい行動に、ぼくは少しほっこりする。
いいなあ。
ちょっと男らしくて、堅めの女性が、女の子らしい反応みせるのって萌えるよね。
ぼくは調子に乗って、話を続ける。
「それにリナリィさんのくち――」
言いかけて、途中でやめた。
変な汗がダラダラと流れてくる。
そ、そうだ。
ぼく、この人と、キキキキキキキキスしたんだった!
猛烈な羞恥心が沸き上がり、ぼくもリナリィさんと同じく肩身をすぼめる。
なんで忘れていた!
忘却していた分、プラスαで恥ずかしい。
ぼくはチラリとリナリィさんを一瞥する。
彼女は覚えているのだろうか。
あの時、意識は朦朧としていたし、多分覚えていないかもしれない。
でも、誰かに告げられた可能性はある。
たとえば……。
ぼくは隣を見る。
相変わらずハインツが凄い剣幕でぼくを睨んでいた。
今の空気をいやがるように、苛立たしげに膝を小刻みに揺らしている。
ハインツはないと思う。
あの時、意識を失っていたはずだからね。
でも、他の団員には見られてたよなあ。
なんか意識したらリナリィさんの顔が見られないよ。
初めてってわけじゃないんだ。
幼稚園の時とかさ。
好奇心とかでやっちゃうじゃない。
こう……ブチュッとね。
いや、キスのうちに入るかどうかは別にしてさ。
でも、リナリィさんみたいな美人とキスしたのは、その……あの……。
と、とにかく割り切ろう。
あの時は、彼女を助けるために仕方なかったんだ。
ノーカンノーカン。
ついでに幼稚園でのこともノーカン。
ぼくの唇はまだ純潔ということにしよう。
そうしよう。
はあ……。
ぼくは一体何を言っているんだろうか。
「おい」
偉そうに声をかけてきたのは、ハインツだった。
「今、ダンジョンを通り過ぎたぞ」
「え? あ、ごめん」
「しっかりしろよ」
ハインツはムスッと腕組みをする。
その言葉は、隣で赤くなる副長にも向けられているようだった。
宇宙船を着陸させる。
ダンジョンの入口が山肌に沿うようにぽっかりと空いていた。
見てくれは単なる洞窟だ。
しかし、魔物が通ったと思われる足跡が幾重にも重なり、残されていた。
「トモアキ殿、それは?」
ぼくが手に持ったゲーム機を指さした。
「魔法道具みたいなものだと思ってください」
「このウチュウセンという乗り物といい。貴殿は変わったものをお持ちだな」
うん。自分でも思うよ。
「リナリィさん、団長さんたちとはどの辺りではぐれましたか?」
「確か下層19階付近だったと思うが」
「わかりました。とにかく、19階に行ってみましょう」
「待て待て」
制止を促したのは、ハインツだ。
「この3人だけでダンジョンに潜るつもりか。このダンジョンにいるトロルは強敵だぞ。アリアハルにいる雑魚モンスターとは訳が違うのだ」
「わかっていますよ。だから、なるべく避けていこうと思います」
「はあ?」
ハインツは眉根を寄せる。
横でリナリィさんは説明を要求した。
ぼくは作業を続ける。
言葉で説明するよりも実際、見てもらった方がいいだろう。
「リナリィさん、手伝ってもらっていいですか?」
「私が出来ることなら」
「じゃあ、このコントローラーを持って下さい」
「わかった」
ぼくはリナリィさんに2コンを渡す。
さて、ここからがややこしいんだよね、この裏コマンド。
ぼくは慎重に1コンのボタンを押していく。
↑↓←→↓↑→←←→↓↑→←↑
「リナリィさん、このボタンを押し続けておいてくれませんか」
「これでいいのか?」
リナリィさんは十字キーの左とBボタンを押しっぱにする。
ぼくも1コンのAボタンを押し、下を入力した。
スタートを押す。
すると、ぼくの目の前にウィンドウが開いた。
真っ黒な画面に「FLOOR 01」と英数字が書かれている。
よし! 成功だ。
「な、なんだ、それは!」
ハインツが驚き、腰を引く。
リナリィさんも口を開けて驚いていた。
「リナリィさん、もうボタンを離していいですよ」
2人のおかしな顔を見ながら、ぼくは作業を続ける。
十字キーを使って、数字を「19」に合わせた。
「リナリィさん、今度はこのボタンだけ1回押してください」
「わかった」
恐る恐るAボタンを入力する。
今度は、宝箱が現れた。
それも3つもだ。
「……」
「……」
2人は呆気に取られている。
一方、ぼくは淡々としていた。
うーん。スカか。
じゃあ、もうちょっと下とかにいるのかな。
「リナリィさん、さっきのボタンを押しっぱなしにしてくださいね」
「あ、ああ……。その前にトモアキ殿。今度、何が起こるか教えてくれないか。少々さっきから心臓に悪いことばかり起きているのだが」
「ふふ……。秘密です。大丈夫です。ぼくを信用してください」
リナリィさんは頷き、Aボタンを押しっぱなしにする。
ぼくは十字キーの下を慎重に1回ずつ押した。
次々に宝箱、あるいは武器や遺跡物が現れる。
冒険者が顔を青くするのを見ながら、ぼくは下を押した。
数字が「26」となった瞬間、奇跡が起こる。
宝箱と一緒に、傷ついた冒険者たちが現れたのだ。
何もない中空から忽然とである。
ぼくは防具についたマークを見つめた。
船首に女神像がついた青い船。
どうやら青い箱船騎士の人たちで間違いないようだ。
リナリィさんも、ハインツも驚きすぎて、固まっていた。
一方、憔悴しきった冒険者の1人が顔を上げる。
空に浮かぶ太陽を眩しそうに見つめた後、こちらに顔を向けた。
口髭を生やした如何にも人の良さそうな男性だった。
瞳を大きく広げるなり、叫ぶ。
「リナリィ!」
声を聞いた瞬間、固まっていたリナリィさんは我に返る。
茶色の目に、じわりと涙が浮かんだ。
「団長!!」
ハインツと共に駆け寄る。
傷ついた身体に抱きついた。
「団長! 良かった。無事だったんですね」
「ああ。なんとかな。お前たちも無事で何よりだ」
「はい……。良かった。本当に良かったです」
リナリィさんは何度も涙を拭った。
ハインツも男泣きしながら、「団長」と鼻水を垂らしている。
一方、他の団員もリナリィさんとハインツの顔を見るなり、駆け寄っていった。
団長を中心に円陣が出来る。
かなり部下に慕われている人らしい。
いいなあ。
あんな人の下で働いてみたいな。
感動的な再会シーンを見ながら、ぼくもちょっと泣いてしまった。
真面目にダンジョン攻略している方々には申し訳ないm(_ _)m
感想欄からネタをいただきました。
ありがとうございます。




