第48話 美人女騎士の願いを聞く。
男には容赦なく、女には優しく。
「やるじゃねぇか、魔法使い!」
ロダイルさんはバンバンとぼくの背中を叩いた。
痛い痛い。
そんなに強く叩かないでほしい。
ぼくは顔を顰める。反対にロダイルさんは上機嫌だ。
普段は真一文字にギュッと結ばれた口を大きく開け、歯を見せて笑っている。
こんなロダイルさん、初めて見たかもしれない。
それもそのはず……。
今、神豆販売所は客でごった返していた。
小さな店内が満員電車のような状態になっている。
店員は大わらわだ。
急遽、ロダイルさんの屋敷から奴隷を呼び寄せ、対応していた。
閑古鳥泣いていた静かな店内とは思えないほどの雰囲気が一変している。
客層を見ながら、ぼくはあることに気づく。
食料品として買いに来た主婦層がメインだったが、今いる客は冒険者ばかりだ。
「俺は8個くれ!」
「俺は10個だ。至急!」
「分割でもいいか? 100個ほしいんだが」
まとめ買いをしようという人が後を絶たない。
それもこれも、神豆がお腹を満たすだけでなく、あらゆる傷を回復させるものだと知ったからだろう。
有名な青い箱船騎士を手助けしたのは、いいデモンストレーションになったらしい。
「お客様! すいません! 神豆の在庫がなくなりました。なお次の入荷は未定です」
店員が空の壺を振って、呼びかける。
ええ!? と声が上がった。
しょぼんと肩を落とし、冒険者は引き上げていく。
よもやこんなに反響があるとは、予想外だ。
「というわけだ。頼んだぞ、魔法使い」
また背中をロダイルさんに叩かれた。
ぼくは苦笑いを浮かべる。
本当にこの騒ぎが続くなら、耕地を増やさなければならないな。
ともかく、神豆が売れて良かった。
★
うう……。イテテ……。
腰が痛い。
ぼくはポンポンと腰を叩く。
別にエッチぃ意味じゃないぞ。畑仕事をして、腰を痛めただけだ。
帰ったら、ゆっくりお風呂に浸かろう。
1日農作業をして、かなりの豆を収穫できた。
でも、明日にはなくなっちゃうんだろうなあ。
今から、ガラスハウスの発注を考えておいてもいいかもしれない。
ガラスハウスからの帰り。
ぼくは暮れなずむ空を見ながら、考えた。
後ろにはクレリアさんとガヴが歩いている。
ガヴはクレリアさんにおぶられ眠っていた。
今日一杯頑張ってくれたから、疲れたのだろう。
「見つけたぞ!!」
屋敷に向かって歩いていると、大声が聞こえた。
大通りの方から人がダッシュしてくる。
もの凄い勢いだ。
赤髪の生真面目そうな男。
胸当てと肩当てという比較的な軽装な装備には、青い箱船騎士のマークが入っていた。
大通りで、ぼくが思いっきり殴った冒険者だ。
怒ってるのかな。
鬼の形相で向かってくる。
「トモアキ」
クレリアさんはガヴを背負ったまま手を掲げようとした。
ぼくはそれを制止する。
神豆が入った壺を地面に置き、「ぺぺぺ……」を唱える。
力が漲るのを感じると、冒険者と向かいあった。
「おおおおおお!!」
裂帛の気合いとともに飛び上がる。
鞘から剣を引き抜くと、大上段から振り下ろした。
速い。
おそらく並の冒険者なら真っ二つにされていただろう。
でも、レベルマのぼくには止まって見えた。
刃の軌道をきちんと見ながら、腰を切る。
半身になると、あっさりとかわした。
「なっ!」
冒険者の顔が歪む。
が、攻撃は終わらない。
上体だけで剣の勢いを殺すと返す刀で、切り上げた。
「見えてる!」
刃を捕らえた。
文字通り、刀身を指で摘まむようにして止める。
「はあ……?」
さすがに呆気に取られたようだ。
面白い顔を見ながら、ぼくはあっさりと剣を奪い取る。
自分でいうのもなんだけど、戦いに慣れてきた感はあるな。
レベルマのおかげだけど、度胸がついてきたような気がする。
前までは、剣を手で受け止めようなんて考えもしなかった。
「返せ!」
冒険者はぼくから剣を奪い取ろうと手を伸ばす。
上体が浮いたところをぼくはすかさず、額にチョップを食らわせた。
軽くだ。
そんなに強くはしていない。
でも、冒険者は道ばたに蹲った。
「痛って~!」
「街中で剣を振り回しちゃダメですよ。近くに小さな子供もいるのに」
後ろを振り返る。
騒ぎで目を覚ましたのか。
クレリアさんの背中に負ぶさっていたガヴが、寝ぼけ眼を擦っていた。
「うるさい! よくも! よくも――」
「あの時は悪かったよ。でも、怪我人がいるのに立ちふさがったりするから」
「オレに対することはどうでもいい!」
「え? じゃあ……なに!」
「お前は、副長の――げはぁっ!」
冒険者が何かを叫ぼうとした瞬間、後ろから甕の蓋が飛んできた。
後頭部にクリーンヒットすると、頭から地面に突っ込んだ。
うわ……。痛そう……。
昏倒する冒険者をほっといて、ぼくたちは現れた女性の方を向く。
「あ。……あの時の」
「部下が失礼をした」
ブロンドの髪を揺らし、少女は頭を下げる。
ぼくが助けた副長さんだった。
「確認するが、アイダ・トモアキとは貴殿のことか?」
「ぼくの名前を」
「失礼とは思ったが、調べさせてもらった。というか、この街で君の名前を知らない者はいなかったがな」
ぼくって、もうそんなに有名人なんだ。
望んでないんだけどなあ。
有名税とか払いたくないよ。
「では、貴殿がアイダ・トモアキ殿なのだな」
「はい。そうですけど」
女性は傅く。
まるでぼくを王様か何かと勘違いしているのか。
態度には畏敬の念が込められていた。
「感謝を……。この身と、我が部下の傷を癒やしてくれたこと礼を言う」
「いえ。人として当然のことをしただけです」
慌てて手を振る。
「立派な心がけだ。……おっと。自己紹介が遅れた。私の名前はリナリィ・ハイネジア。青い箱船騎士で副長をしている。こちらは団員のハインツ・シューゲルという。改めて非礼を詫びる。後でしっかり戒めておくので。この通りだ」
頭を下げた。
どうやらかなり腰の低い人らしい。
綺麗だし、礼儀正しいし、ちょっとぼくの好みだ。
「はじめに手を挙げたのは、ぼくなので。お気になさらずに。あとぼくの家族を紹介します。クレリアさんとガヴです。2人にも手当を手伝ってもらいました」
クレリアさんは「どーも」と軽く頭を下げる。
ガヴはまだ夢の中のようで「がう゛」と頭をふらつかせていた。
「クレリア……? もしかして、“爆撃の魔女”の」
「そうよ。“閃迅”リナリィ」
お互い綽名で呼び合う。
「以前、魔族の討伐クエストでは、世話になった」
「別にお礼なんていいわよ。それで、青い箱船騎士の副長さんが、トモアキに何の用? お礼だけなら、人の居所を探してまで会いに来ないでしょ」
「さすがは“爆撃の魔女”。聡いな」
「その綽名嫌いなの。あたしのことはクレリアって呼んで」
「すまない。では、私のこともリナリィと呼んでもらっても結構だ。――話を元に戻そう。トモアキ殿に会いに来た理由についてだ。はじめは礼を言うだけのつもりだったのだが……」
「はじめは?」
ぼくは眉間に皺を作る。
リナリィさんは、説明を続けた。
「トモアキ殿の話を聞き、気が変わったということだ」
「え?」
すると、彼女は傅いた状態から正座をすると、指をついた。
そのまま地面に額を擦り付けるぐらい深々と頭を下げる。
リナリィさんは土下座をしたのだ。
「頼む! トモアキ殿。力を貸してほしい」
「へ……」
ぼくは呆気に取られた。
青い箱船騎士の副長である彼女が、道ばたで三つ指を突いて頭を下げている。
その行動は、ぼくたちは愚か道行く人たちの視線を奪っていた。
ぼくは慌てて、クレリアさんを見つめる。
向こうも察しがつかない様子で、ガヴを背負ったまま肩をすくめた。
「ともかく、屋敷に来てもらったら。トモアキ」
「そ、そうだね。リナリィさん、ぼくの屋敷に来て下さい。お話はそこで」
「トモアキ殿がそういうなら」
ようやく彼女は頭を上げるのだった。
屋敷の客間に通し、ぼくは話を聞いた。
ちなみにハインツというリナリィさんの部下は意識を取り戻した。
今はソファに座る副長の後ろに控え、忌々しげにぼくを睨んでいる。
それを無視して、リナリィさんの話に耳を傾けた。
隣にクレリアさんとガヴが座っている。
側にはメイド服姿のパーヤが、丸いトレーを持って控えていた。
「ダンジョンに仲間が残ってるんですか?」
話の核心を聞いた時、ぼくは思わず声を上げた。
リナリィさんは神妙に頷く。
簡単に説明するとこうだ。
4日前、リナリィさんは東のダンジョンに向かった。
そこでトロルの集団に奇襲を受け、団が分断されるという事態に陥る。
リナリィさんたちは命からがらダンジョンを脱出することが出来たが、青い箱船騎士の団長以下12名が、まだダンジョンに取り残されているらしい。
「青い箱船騎士とあろうものが、珍しい失態ね」
クレリアさんは手厳しい。
リナリィさんは顔を下へ向ける一方、後ろに控えた赤髪の青年は激しく反論した。
「マップも存在しない新ダンジョンなのだ。モンスターの強さもわからなかった。事前情報があれば、我らなら易々――」
「ハインツ、控えろ。もう起きてしまったことに言い訳を連ねて仕方ないだろ。すまない。部下が非礼を」
頭を下げる。
「事情はわかりました。それでぼくにどんなご用件でしょうか?」
「仲間の救出に手を貸していただきたい」
やっぱそういう依頼か。
話を半分ぐらい聞いたところから、何となく想像はついてたんだけど。
「正直に申し上げると、現有戦力で仲間を助けにいくのは難しい。特に、在籍している神官が両名とも私を助けるために重度の魔力切れを起こしている。現場復帰はまだ難しいのだ」
ぼくも潜ったことがあるからわかるけど、確かにダンジョンでは回復役がいないのはかなりの痛手だ。神豆で回復したとはいえ、団員全員が万全というわけでもないだろう。士気にも多少影響が出ているはずだ。
その状態で、もう1度ダンジョンを潜るのは、難しいのかもしれない。
だから、ぼくに白羽の矢が立った。
そういうことだろう。
どうしようかな……。
ぼくはクレリアさんから順番に家族の顔を見つめる。
すると、パーヤはニコリと笑った。
「ご主人様のやりたいようになさってください」
「あたしはトモアキの意見ならなんだって賛成するわよ」
「がう゛~」
ガヴが手を掲げた。
どうやら、家族にはぼくの気持ちがわかっているらしい。
改めて、リナリィさんに向き直った。
「わかりました。力を貸しましょう」
「恩に切る、トモアキ殿」
リナリィさんはまた深々と頭を下げた。
ぼくは手で制すと「ただ……」と切り返す。
「条件があります」
「条件だと」
食ってかかったのはハインツだった。
ぼくが協力するといった時ですら、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた彼は、我慢できず敵意をむき出した。
すると、リナリィさんは容赦なくその鼻面に拳を入れる。
ふぼっと変な奇声を上げて、ハインツは顔を押させた。
悶絶する部下をよそに、平然とリナリィさんは「続きを」と促す。
案外、怖い人なのかも知れない。
「冒険者ということであれば、今回のように生傷が絶えないでしょう」
「……? 仰るとおりだが……それがどうか――」
「知っていると思いますが、ぼくは神豆の栽培と経営をやっていまして」
「なるほど」
リナリィさんは口元を緩める。
硬い顔がようやく綻んだ。
「青い箱船騎士に神豆を買ってほしいと」
「出来れば、定期購入をしてほしいんです。たとえば1ヶ月で200個をまとめて買ってもらうという契約を、3年継続してもらう――というような。もちろん、お値段は店頭価格よりも勉強させてもらうつもりです」
「ふむ。悪くない話ですが……。今、貴殿が育てた神豆は爆発的な人気だと聞いている。値引きするのは、あまり得策ではないような気がするのだが」
「どんなものでも飽きは来ます。不安定な需要で右往左往するよりは、一定の売上を確保する方が、商売として手堅いんです」
「ふふ……。魔法使いと聞いていたが、貴殿は商才もお持ちのようだ」
「恐れ入ります」
今度は、ぼくが頭を下げた。
「相わかった。正式には私の一存では決めかねるのだが、団長を救出次第、意見を具申しよう。命の恩人の頼みとなれば、団長も首を縦に振らざる得ないと思う」
「では、条件を飲んでくれるんですね」
「もちろんだ。よろしく頼む」
リナリィさんは手を差し出す。
ぼくはその手を握った。
女騎士とは思えないほど、柔らかな手だった。
異世界転移/転生ランキングで四半期で84位をいただきました!
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