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第4話 “復活の呪文”を唱えてみた。

無双回の始まりです。

 同僚は国王と謁見し、ついさっき帰ってきたという。


 今日は町で1泊し、用意が調ったら明後日改めて魔王討伐に向かう予定なのだと、訊いてもいないのに教えてくれた。


 同僚の顔は見違えていた。

 見違えていたというのは、ハイミルドに来て間もない頃と比べて――という意味だ。ぼくの後ろに隠れていた時の怯えた表情はなりを潜め、自信に満ちあふれていた。まあ、ぼくから言わせれば、単に元の同僚に戻っただけなんだけどね。


 場所は異世界の居酒屋。

 おごってやるという有り難い申し出に、ほいほいと付いてきてしまったのだが、前の世界で散々居酒屋でいびり倒されていた事を思い出して、今は後悔している。


 けど、こっちの酒は独特な味がするし、なかなかいける。

 そもそもアルコールを摂取するのが久しぶりで、涙でそうなぐらい嬉しかった。同僚がいなければ、むせび泣いていたかもしれない。


 一通り自慢話が終わり、やがて覚悟していた質問が投げかけられた。


「相田、お前の方はどうなんだ?」


 本当にたわいもない質問だった。

 けれど、ぼくの心は千々に乱れた。


 現在の状態を素直に話すか。

 いや、お金だけ貸してもらえばいいのではないか。

 でも同僚に頭を下げるのか。

 それでいいのか、相田トモアキ……。


 葛藤の末、ぼくは言った。


「まあ、ぼちぼち……」


 ぼちぼちなんかじゃねぇよ。

 崖っぷちだよ。

 謝れ――。

 素直に金を借してくれっていえ。

 土下座なら、さっきやっただろう。

 簡単だ。

 手ぇついて、頭を下げるだけだろう。


 心の声ががなりたてる。

 あまりにうるさすぎて怒鳴りつけてやりたくなる。


 ぼくはそれらすべてを無視した。


 同僚は笑みを浮かべた。

 無邪気な子供みたいにだ。


「そうか。まあ、困ってることあったらいえよ。力を貸してやるよ。なんせ俺様は勇者だからな」


 胸を張った。

 横柄な態度を見て、土下座しなくて良かったと思った。




 居酒屋を出て、ぼくたちは肩を組み、宿に向かって歩いていた。

 どうやら今日の宿を決めてなかったらしい。

 自分が泊まっているところにくるかと尋ねると、べろんべろんに酔っ払いながら、「うん」とやたら乙女チックに頷いた(もちろん、それで萌えたりすることはなかったけど)。


 同僚は完全に酔っていたが、ぼくは素面に近い状態だった。

 電車に轢かれたあの日を思い出して、あまり飲めなかったのだ。


 ぼくは同僚を介抱しながら、ゆっくり宿へと近づいていく。

 すると、向こうから3人の屈強な男たちが歩いてきた。


「おい。こいつ、勇者じゃね?」

「あ。ホントだ!」

「てめぇ、おい! よくも俺の妹を!」


 え?

 ぼくにはちんぷんかんぷんだった。


 横を見る。

 同僚の顔がサァーと血の気が引いていくのがわかった。


「やっべ!」


 踵を返し、脱兎の如く走り出す。

 さっきまで千鳥足で歩いていたとは思えない身の軽さだ。

 あっという間に見えなくなってしまった。

 これが勇者の力なのだろうか。


「逃げ足、はえ!」

「待って下さい。あいつ、なんかしたんですか?」

「お前、誰だ?」

「えっと……。勇者の知り合いみたいな者です」

「ほう……。そうか」


 リーダー格らしき男は、ぼくの胸ぐらを掴み引き寄せた。


「ちょっとツラかしな」




 ぼくは当然の如く、人気のない路地裏に押し込められた。

 2、3発ぶん殴られた後、財布を抜き取られる。


「20ゴルか。しけてんなあ」

「おい。俺たちカツアゲするために拉致ったんじゃねぇぞ」

「慰謝料だよ」

「返してください。それがないと、宿代が……」


 ぼくは手を伸ばす。

 が、代わりに顎に蹴りを入れられた。

 痛ってぇ……。

 スライムに手傷を負わされた時ほどじゃないが、口内に血の味が広がっていく。


「ぼくが何をしたっていうんですか?」

「お前のお友達はな。嫁入り前の妹を傷物にしたんだ」


 な――!

 あいつ、そんなことをしたのか。

 勇者なのになんてことをしてるんだよ。


「で、でも、それとぼくは関係ないだろ。妹さんのあだを討ちたいなら、勇者に報復すればいいじゃないか!」

「それが出来れば苦労はしねぇよ」


 今度は腹に蹴りを打ち込まれた。

 たまらず悶絶する。

 それでもぼくは尋ねずにはいられなかった。


「知らねぇのか? 国は勇者の保護政策を打ち出した。あいつを守るためわざわざ特別な法律を作ったんだ」


 おいおい……。

 たった1人の勇者に対して、国を挙げて保護するのかよ。


「その中にはあいつが犯した罪をすべて赦免するというものまでありやがる。おかげで、妹は被害届を出したが受理されなかった」

「他にも被害が出てるらしいぜ。たとえば、勝手に箪笥の中を開けられたとか。壺の中のへそくりを取られたとか」


 ドラ○エかよ!


 ゲームの中を現実の異世界に持ち込んだらダメだろ。

 ああ。なんか頭が痛い。

 現実の異世界って、これ文章上あってるだろうか。


「でも、だからってぼくに八つ当たりするのは――」

「知らねぇよ!」


 そこからリンチが始まった。

 殴る蹴るの暴行と言うヤツだ。

 ぼくは亀の子になって、嵐が止むの待つしかなかった。


 痛い痛い痛い……。


 容赦ねぇなあ。

 ああ……。くそ……。

 異世界まで来て、何をしてるんだろうか、ぼくは。


 魔法使いになって。

 色々なところにたらい回しにされて。

 スライムにまで負けて。

 同僚は勇者で。

 逆恨みまでされて。


 はあ……。

 異世界にまでいって、これかよ。

 ぼくは何も望んでない。

 ただ朝布団から起きて、飯を食って、適当に仕事をして、ちょっと余暇を楽しむ――慎ましい生活を送りたかっただけなんだ。


 そんな幸せも許されないのか?

 そんなにそれが難しいことなのかよ?

 そんなの難易度設定、間違ってないか?


 気が付くと、リンチは終わっていた。

 顔を上げる。

 瞼が腫れ上がっていて、よく見えなかったが、3人の男たちが遠ざかっていくのが見えた。

 その手前にはぼくの財布。

 お金が抜き取られていた。


「おい……」


 血の味が喉を滑っていくのを感じつつ、ぼくはかろうじて声を挙げた。

 男たちの耳に届いたらしい。


 それを確認すると、ぼくはゆっくりと身を起こす。


 痛い痛い痛い……。

 全身が悲鳴を上げている。

 空気に触れるのすら痛い。

 こんなことなら、回復薬を1個買っておけば良かった。


 痣だらけになっていた。

 だけど、骨まではいっていない。

 これでも身体の頑丈さにはちょっとだけ自信がある。


 ぼくは告げた。


「お金はおいていけ」

「ああ!」

「まだボコられてぇらしいな」


 こめかみに青筋を浮かべ、男は踵を返す。


 ぼくは何度もむせ返りながら、告げた。


「いいのか? ぼくは魔法使いだぞ」


 手を掲げる。


「お前たちなんて魔法で1発だ」


 こうなりゃヤケだ。

 実は言うと、立ち上がったのはいいが、1歩も動けない。

 でも、1発のやり返さないままで終わるなんて絶対イヤだ。

 なんとしてもでも、こいつらに泡を吹かせてやる。

 あと、同僚にもな!


 ぼくの啖呵に対して、返ってきたのは男たちの笑い声だった。


「魔法使いねぇ。お前、本当に魔法を使えるのかよ」

「そういえば、この辺で仕事を探してる魔法使いがいるって聞いた事があるぜ」

「それってこいつのことじゃねぇのか」


 指さして、馬鹿にする。


 だけど、怯むことはなかった。

 そもそも、その時のぼくは興奮状態で、理性なんてとっくに吹っ飛んでいたんだから。


「ああ。そうだよ。だから、それがどうした。けどな。今から唱える呪文は、お前たちを1発で粉々にする魔法だ」

「粉々だってよ」

「ぶはははは……。やってみろよ!」

「唱えてみろ! へっぽこ魔法使い!! 待っててやるからよ」


 そしてぼくは唱えた。

 後になって――一体、なんでそのチョイス? って自分でも思ったけど、そもそも呪文なんてものはこれぐらいしか思い浮かなかった。


 とにかく、その時は無我夢中で半分意識も飛んでたんだ。


 大きく息を吸い込む。


 路地裏のドブの空気は、血の味よりましな気がした。



「ゆう○い……」



 その一言を発した瞬間、何か空気が変わったような気がした。

 ぼくは続けた。



 みや○う……。


 きむ○う……。


 ほりい○うじ……。


 とり○まあきら……



 大きく手を掲げ、叫んだ。



「ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……」


 悲鳴が上がった。

 突然、奇声を上げたぼくに、3人の中の1人が飛び上がる。

 他の2人は呆然と見つめるだけだった。


 呪文の詠唱が終わる。



 しかし(ヽヽヽ)なにもおこら(ヽヽヽヽヽヽ)なかった(ヽヽヽヽヽヽ)



 当然だ。

 ゲームの『復活の呪文』が、魔法のキーワードなわけがない。


「何も起こらねぇじゃねぇか!」

「びびらせやがって」

「覚悟できてんだろうな」


 3人は指を鳴らしながら、近づいてくる。


 これは()んだな。

 ぼくは覚悟した。

 遅かれ早かれ、こうなる運命だったのだ。

 もういいよ。

 死んだらまた生き返れるのか知らないけど、次は人間以外がいいかな。


 と思っていると、男の拳が飛んできた。


 ――あれ?


 おかしい……。

 なんか随分と遅く感じる。

 まるでスロー再生を見ているかのようだ。


 何が起こったか全くわからない。

 ただ妙に頭がクリアで、ぼんやりと拳を放ってくる男を見ながら……。


 ああ――。こう動いたら、カウンターを決められるな。


 ふと思った。


 ぼくは男の拳をあっさりとかいくぐる。

 拳と一緒に突き出された男の顎に、自分の拳をねじ込んだ。


 面白いぐらいカウンターは決まった。


 すると、男は地面を這うように飛んでいった。

 キィィィイインン、とジェット機みたいな音を立ててだ。

 1度、硬い地面に尻餅をつく。

 それでも勢いは止まらない。

 表通りを横断し、通りに面した店に突っ込んだ。


 男はぐったりと手を垂らす。

 完全に意識を失っていた。


 ぼくは何度も瞬きをして確認する。

 夢じゃない。


「あれ?」


 首を傾げるしかなかった。


初日で1000PV越えました。

初めてで驚いています。

お読みいただいた方ありがとうございます。

ブクマ・評価・感想いただきますと全方位に土下座しようと思います。

よろしくお願いします。


明日ですが、2回更新予定で考えています(頑張って3回やるかもです)。

多分、お昼と夜中に1回ずつになると思います。

今後ともよろしくお願いします。

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