第46話 ガヴと、がう゛がう゛雨と、子狐のお話 完
無事、三部作で完結です。
結局、ロダイルさんと会えたのは、約束から4日後のことだった。
仕方ない。
ロダイルさんには奴隷商という仕事もある。
忙しい中、会ってくれるだけでも有り難かった。
ぼくたちは『キリン』近くの居酒屋で、酒杯を傾けた。
アリアハルは秋季になろうとしている。
夜ともなれば、空っ風のような乾いた寒風が吹くようになった。
そういう季節だからこそ、熱い米酒は胃に染み渡る。
自分の顔が赤くなるのがわかった。
最初に口を開いたのは、ロダイルさんだ。
営業3日の成果を報告する。
今のところ、順調らしい。
初摘みの神豆の半分がもうなくなったそうだ。
出だしは順調のようで少しホッとする。
「ただまあ、今のところみんな珍しがって買ってるって感じだ。神豆は効果抜群だが、あまりにシンプルだからな。飽きも早いとみている。2週間は今のような状態が続くとみているが、その後が続かないと商売は難しい。売上は逐次報告するから、在庫には気をつけてくれ」
「わかりました」
「それで――。俺に話ってのは? ガヴのことだな」
何でもお見通しか。
ロダイルさんはもう1本、米酒を注文する。
残ったのを呷ってから、話を切り出した。
「いつかは聞かれるんじゃねぇかなって思ってたんだ。きっかけは、あのミミっていうグリードフォックスだな」
「はい……。ガヴの両親はどうしたのかなって」
「実は、俺もよく知らん。本人にも何度か確認したが、意思疎通も難しい状態だったからな、以前は……。お前から尋ねたことはあるのか?」
「なかなか切り出せなくて……。ロダイルさんなら何か知ってるんじゃないかなって」
「残念だが、力になれん。ただ――」
店員が注文した米酒をテーブルに置く。
軽く頭を下げると、他のテーブルの注文を取りに行った。
ロダイルさんは一口飲む。
口ひげをさすった。
「ガヴと会ったのは、北の街へ奴隷を届けにいった帰りだった。森の中であいつ1人だけが、道の端に蹲っていたのを俺が保護したんだ」
「蹲っていた?」
「怪我をしてたんだよ」
「!?」
「おそらくあいつが住んでた村が魔獣に襲われたんだろう」
「魔獣に?」
「黄狐耳族ってのは、森にいくつも集落を作ってひっそりと住んでいる獣人だ。必然、魔獣にも襲われる可能性が高い。あの時は春季だったからな。栄養を求めて、動きが活発になるんだ」
「どうして、そんな危険な場所に住むのでしょうか?」
「獣人――黄狐耳族ってのは、野生の戦士なんだ」
「戦士?」
「厳しい自然の中にあって、逞しく生きることこそがあいつらの真理なんだ」
弱いから負ける。弱いから死ぬ。
それが真実……。
だから、強くあれ。
そうロダイルさんは、黄狐耳族の教えを教えてくれた。
ぼくはガヴしか獣人を知らない。
だから、いまいち想像が出来なかった。
今でも、ガヴはそんな考えを持っているのだろうか。
ロダイルさんはガヴが屋敷に来た時のエピソードを明かしてくれた。
「あいつ、屋敷に来た頃は、全然泣かなかったんだ。泣くどころか、常に無表情だったな。気を張っているというか、常に周囲を警戒しているというか」
ぼくは何度かガヴが泣いているところを見たことがある。
でも……。
言われてみれば、大泣きしているところをないかもしれない。
小さい子供なら、1度や2度泣き叫ぶこともあるだろうに。
ぼくは口元に手を当て考えた。
ロダイルさんはパンとぼくの二の腕を叩く。
「あんまり気にするな。……ああ。それよりもあのグリードフォックスの両親は見つかりそうだぞ」
「ホントですか?」
ぼくは喜んだ。
だが、それはガヴとミミの別れが近いことを示していた。
★
ロダイルさんによると、北の方からやってきた商隊の中に、グリードフォックスの子供を見たという証言があったらしい。
魔獣を街に入れるのは御法度のため、探していたということだった。
ぼくは商隊に事情を話した。
街に魔獣を入れたのを黙っている代わりに、場所を教えてもらう。
ぼくたち家族は、宇宙船に乗って、一路北の森を目指した。
コパイロット席にパーヤ。
後部にクレリアさんと、ガヴが座っている。
その幼女の膝には、ミミがちょこんと座って、くるくると首を動かしていた。
宇宙船の中が珍しいというよりは、少し不安なのだろう。
ガヴはそれを察しているのか、しきりにミミの背中を撫でて安心させようとしている。すっかりお母さん役が板についた感じだ。
「ガヴ」
「?」
「本当にいいの? ミミとバイバイすることになるんだよ」
何度か質問したことを繰り返した。
ガヴが望めば、ミミを家族に迎え入れることも出来る。
法律上難しいかもしれないけど、隠す自身があった。
万が一、ミミが暴走しても、ぼくにはレベルマもあるし、問題ない。
しかし、ぼくなんかよりもガヴはよっぽど大人だったらしい。
頑なに首を縦に振ろうとはしない。
「うん。いい」
ミミを撫でる。
名残惜しそうに、ぼくには見えた。
もう1度、声をかける。
待ったをかけたのは、パーヤだった。
しー、と口に指を当てる。
「ガヴちゃんが決めたことですわ。無理強いはよくありませんよ、ご主人様」
「そうだよ、トモアキ」
ガヴの横で足を組んだクレリアさんも、うんうんと頷いた。
「う、うん……」
結局、ぼくは折れた。
件の森の近くに宇宙船を着陸させる。
分け入ると、すぐにミミは反応した。
ガヴの腕から飛び降りる。
タンタンタン、と軽やかに走り始めた。
「あ。ちょっと!」
「がう゛!」
ガヴも追いかける。
ぼくの制止も間に合わなかった。
あっという間に、1人と1匹は緑の中に消える。
「追いかけましょう」
「あたしは、上から追いかけるよ」
「頼んだ」
クレリアさんは飛翔魔法を使って飛び上がる。
ぼくはレベルマ状態にし、パーヤには「ほりい○う……」の魔法を唱え、レベル50までブーストする。
ガヴとミミを追いかけた。
しばらく走ると、ぼくとパーヤは森の中で比較的開けた場所に出る。
そこだけ木がなく、背の低い森の植物が鬱蒼と茂っていた。
「ご主人様……」
パーヤが声をかける。
指をさしていた。
その先を見つめる。テントを張ったような跡があった。
明らかに人工物だ。
そこかしこに人間――知性を持った者が作ったと思われる構造物がある。
しかし、どれも壊されていた。
ここだけ竜巻にあったかのように粉々に破壊されている。
「森にあった集落が魔獣に襲われたのね」
といったのは、空から降りてきたクレリアさんだった。
何かとても重いものにのしかかられて、潰れた家の屋根に立つ。
「ご主人様。ガヴちゃんですわ」
パーヤが指さす。
集落跡の真ん中で、立ちすくむガヴを発見した。
ぼう、と集落に視線を向けている。
「ガヴ。良かった。無事のようだね」
声をかけたものの、ガヴは無反応だ。
心ここにあらず。
そんな印象を持った。
「まさか――」
脳裏によぎった予感に、ぼくは息を呑む。
……ここはガヴが以前住んでいた集落なのではないか。
その時、微震がした。
森の奥から何かがやってくる。
それも複数だ。
「囲まれてるよ」
クレリアさんは叫んだ。
ぼくはガヴを抱え上げ、集落跡の中心へと走る。
パーヤ、クレリアさん、ぼくとで背中を合わせ、周囲を警戒した。
現れたのは、狐だ。
しかし、ぼくが知る狐のサイズじゃない。
高さ2メートルはあるだろうか。
獰猛な牙を剥きだし、唸り上げる大狐だった。
それが8体。
ぐるりと取り囲んでいる。
「グリードフォックスよ」
クレリアさんは呟く。
でか!
ミミってこんなに大きくなるの!
ぼくは心の中で叫ぶ。
だが、動揺するのは後だ。
今はこの危機を脱しなければ。
グリードフォックスは牙をむき出す。
南のアリアハルからはるばる尋ねてきたぼくたちに、お茶を用意してくれる様子はない。
今にも、ぼくたちをお茶請けのミンチにせん勢いだ。
森に集まった魔獣を見ながら、ぼくは別のことを考えていた。
――この集落を襲ったのって。グリードフォックスなんじゃ。
だったら……。
だとしたら、皮肉な話だ。
ガヴは親の仇であるグリードフォックスの子供を、ここに連れてきたことになるのだから。
ガヴは何も言わない。
尻尾をだらんと倒して俯いている。
ショックを受けているのかもしれない。
無理もないだろう。
まさか親の仇に会うとは思ってもみなかったのだから。
ぼくは「ふ」を唱えた。
レベルマ状態を維持する。
主人が戦闘態勢になるのを見て、パーヤやクレリアさんも構えをとる。
そんなぼくの袖を掴んだのは、ガヴだった。
綺麗な金髪が横に揺れる。
「ガヴ? どうしたの?」
「め……」
「え?」
「たたかう。だめ!」
ぼくは首を傾げる。
すると、指をさした。
グリードフォックスに向かう小さな影。
ミミだ。
ひょこひょこと歩いて行くと、可愛らしい声で鳴いた。
我が子に気づいたグリードフォックスは、茶色の鼻を向ける。
数度嗅いだ後、べろりと我が子を舐めた。
「ミミの、ママ」
「あれが?」
感動的な親子の対面だった。
鼻を突き合わせてはお互いの臭いを感じ、舐めては味を確かめる。
濃密な親子の睦み合いは、ガヴの親の仇ということも忘れ、ぼくの胸をじんとさせた。
すると、ミミはこちらを向く。
何か母親に説明をしているような気がした。
ミミママはふんと荒馬のように息を吐き出す。
やがて顔を上へ向け、大きく遠吠えした。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
広い森に響き渡る。
木がミリミリと揺れていた。
遠くで野鳥が一斉に飛んでいく。
不思議なことが起こる。
グリードフォックスが身体を翻し、尻尾をぼくに向けたのだ。
8体すべて。
森の奥へと戻っていく。
ミミがこちらを向いた。
どう反応していいかわからず、ぼくたちは呆然とする。
一方で、ガヴは手を振っていた。
「バイバイ……。ミミ」
別れの挨拶をする。
ミミは小さく鳴く。
その時、ぼくにはこう聞こえた。
「がう゛がう゛」
ミミは翻る。
親のお尻に付き、森の奥へと消えていった。
ガヴはしばらくミミが消えた方を見つめる。
「ガヴ……」
ぼくが声をかけたその時、近くに映えていた茂みの葉に水滴が当たった。
「雨ですわ」
パーヤが言う。
パラパラという音ともに、森に雨が降ってきた。
強く激しい。
スコールだ。
「早く宇宙船に戻った方がいいですわ。ご主人様」
「だな。グリードフォックスが退いた今なら」
「そう……だね」
返事をしながら、ガヴの小さな肩が震えていることに気づく。
その肩に手を置いた。
「帰ろうか。ガヴ」
ガヴはぼくに飛びついた。
首を手に回し、顔をぼくの頬に寄せる。
すでに金色の髪の毛はびしょびしょだ。
「ガヴ……。今なら、ガヴのお父さんとお母さんの仇を取って上げるよ」
「ご主人様?」
「トモアキ?」
パーヤとクレリアさんは驚いていたが、ガヴは無反応だった。
ぼくなら出来る。
いくらグリードフォックスが大きくても、レベルマ状態のぼくの敵ではない。
正直、怖いし、ミミには悪いとは思う。
でも、ガヴが望むのであれば、ぼくは父親として――たとえ卑劣と言われても――命を奪う覚悟があった。
ガヴは…………首を振った。
ぼくの肩に顔を埋めたまま。
「いい」
「ガヴは気づいてたんだね。ミミがガヴのパパやママを殺したグリードフォックスだって」
頷く。
鼻を啜った。
「さいしょ。におい」
「そうか。全部わかった上で、ミミを助けてあげたんだね。どうして?」
「ミミ、かわいそう。ひとり……。ガヴといっしょ」
と答える。
「あたしはまだ状況が掴めていないんだけど……。あのグリードフォックスは両親の仇なんだろ? どうして生かしたまま返すんだよ!」
魔獣が帰っていった方向を指さしながら、憤ったのはクレリアさんだった。
ぼくの次ぐらいにガヴが好きだからだろう。
ガヴの両親の仇と聞いて、我慢できなかったのだ。
「また、ミミ、ひとり、なる」
「ミミのパパとママを死んじゃったら、ミミが1人になると思ったんだね」
「ガヴといっしょ。ミミ、さびしい。それだめ」
「そうか」
ポンポンと叩く。
憤っていたクレリアさんも、理由を聞いて拳を下ろした。
「ガヴのママ、パパいない。よわいからいない」
居酒屋で聞いたロダイルさんの話を思い出す。
黄狐耳族の真理。
弱いから死ぬ。
その考えはやはりガヴにも受け継がれていた。
人間で、生粋のハイミルドの人種ではないぼくにとって、それは少し悲しい考え方だった。だから、ぼくは反論した。
「ガヴのママとパパはただ弱いわけじゃないよ」
「がう゛?」
ようやくガヴはぼくの方を向く。
濡れた金色の髪の奥から、水色の瞳を光らせた。
「ガヴのママとパパはね。ガヴを守るための強さを持っていたんだよ」
「ま、も、る……」
集落で何が起こったのか詳しくはわからない。
でも、ガヴはこうして生きている。
あのグリードフォックスの群れの中で、たった1人の子供が生き延びさせることは至難の業だ。
ガヴの両親が必死に戦って彼女を逃がしたんだと思う。
きっとそうだ。
たとえ、考え方の違いがあっても、子供が大切だというのは、人間も獣人、そして魔獣も同じなはずだから。
「そう。ママとパパがガヴを守ってくれたから、ぼくはガヴと会えたんだよ」
「パパと、あえた」
「だから、弱いとかじゃなくて、ありがとうっていわなきゃね」
「あり、がとう……」
「そう!」
ガヴは集落跡へと振り返る。
激しく雨が降る中、大きな声を上げた。
「ありがとう!」
ありがとう!
ありがとう!
ありがとう!
パパ!
ママ!
ありがとう!!
叫んだ。
精一杯……。
そしてガヴは泣いた。
雨で顔はびしょ濡れだったけど、声を上げた。
「がう゛がう゛。がう゛がう゛」
集落跡に漂う両親の魂に語りかけるように。
雨音に混じって、がう゛がう゛という声がいつまでもこだましていた。
いつもとちょっと違う話にしてみましたが、いかがだったでしょうか。
感想等をいただければ幸いですm(_ _)m




