第45話 続・ガヴと、がう゛がう゛雨と、子狐のお話
ガヴ三部作の2話目です。
屋敷に帰る途中、クレリアさんと合流した。
「ガヴ、ごめんね」
クレリアさんはとんがり帽子を取って、頭を下げる。
グリードフォックスの子供を胸に抱いたまま、ガヴはまだ警戒していた。
「ガヴ……。クレリアさんが謝ってるよ。ガヴはどうする」
ぼくが間に入る。
すると、ガヴもまた頭を下げた。
「がう゛、あやまる。まじゅう、きけん」
「わかってくれるの。あたしのこと」
「がう゛」
大きく頷いた。
「ガヴ~」
反射的にクレリアさんは抱きついた。
雨に打たれ、髪も顔もびしょ濡れだったが、その目は少し涙ぐんでいるような気がする。
クレリアさんとガヴはこう見えて、結構仲良しだ。
容姿が可愛いということもさることながら、素直で勇敢なところが気に入っているらしい。
だから、ガヴに嫌われることが、不安だったのだろう。
グリードフォックスを手放せといったのも、ガヴを傷つけないようにするため。クレリアさんなりの愛情だったのかもしれない。
「くでりあ、くるしい」
「あ。ごめんごめん」
クレリアさんは離れる。
「ところで、どうするの、この子?」
「ともかく屋敷に連れていこうと思うんだ。かなり衰弱してるみたいだから」
「なるほどね。あたしはハウスに一旦戻るわ。戸締まりを忘れてきちゃった」
そういえば作業の途中だった。
「うん。頼むよ」
「いいわよ。元はといえば、あたしが悪いんだし」
クレリアさんを見送ると、ぼくは屋敷へと急いだ。
屋敷に戻る。
パーヤはぼくたちを出迎えると、魔獣の子供を見るなり食いついた。
「かわいい!」
目を輝かせる。
いきなり「殺処分」といったクレリアさんとは大違いの反応だ。
別に彼女を責めるつもりはないけど、やっぱ可愛いよね。
ただ魔獣の子供だと説明すると、パーヤもクレリアさんの意見に理解を示した。
法律上でもそういう決まりになっているらしい。
「ともかく、何か食べ物をあげて体力を回復させないと」
「グリードフォックスって何を食べるんでしょうか?」
魔獣なのだから人間――と頭に浮かんだが、すぐに振り払った。
パーヤは神豆のスープを持ってくる。
神豆をペースト状になるまですりつぶし、乳汁と混ぜたものだ。
販売に向けて、少しでも販促になるようにと、最近パーヤは神豆を使った料理を研究している。スープはその1つだ。
人肌程度に冷まし、グリードフォックスの前に置く。
鼻をひくつかせ、反応を示した。
スープが注がれた皿をのぞき込み、ペロリと小さな舌で舐める。
うまい、という感じに、茶色い鼻を上げた。
すると、何度か息継ぎを挟みながらスープを舐め始める。
「舐めてる舐めてる」
「良かったですわ」
「がう゛がう゛」
ぼくとパーヤは手を叩いて喜んだ。
ガヴも同じくだったが、口から涎を垂らしていた。
物欲しそうにスープを見つめている。
どうやらお腹が空いていたのは、グリードフォックスだけじゃないらしい。
外が暗くてわからなかったが、すでに昼を回っていた。
そういえば、お昼がまだだ。
「パーヤ、ぼくとガヴにもスープをもらえるかな」
「はい。喜んで」
パタパタとパーヤは台所に戻っていった。
グリードフォックスの子供は、結局スープを丸々飲み干した。
神豆1個分が入ったスープが、小さなお腹に収まる。
風船のように膨らみ、逆に苦しそうだった。
今度からは分量を考えて、あげないとね。
バスケットに厚手の布を何重にもして敷き、簡易のベッドを作る。
そこにグリードフォックスの子供を寝かせると、あっという間に眠りについた。
いきなり街中に来て、疲れていたのだろう。
「かわいいですわ」
パーヤはうっとりしながらのぞき込む。
確かに、とぼくも頷いた。
ガヴもバスケットに手をかけ、見つめている。
まだ心配そうだ。
ぼくは頭を撫でる。
「大丈夫だよ、ガヴ。神豆を食べて、お腹一杯になっただけだよ」
「がう゛~」
「ところで、お名前はどうしましょうか?」
「そうだね。グリードフォックスの子供っていうと、長いし。名前が必要だね」
うーん……。
ぼくは考える。
視界にまだ不安げに見つめるガヴが映り込んだ。
「ガヴは何がいい?」
「がう゛?」
「この子の名前だよ」
「なまえ?」
「……なまえ」
しばしぼうと子供を見つめる。
考えているのか、考えていないのか。
どうにも捉えにくい顔をしていた。
「なまにく」
とんでもない名前が出てくる。
それはガヴが食べたいだけじゃないかな。
「ガヴ、それはダメ」
なんか非常食みたいに思えるから。
「もっとかわいい名前がいいと思うけど」
「かわいい……? がう゛~。……みみ」
「え?」
「みみ……。がう゛のみみといっしょ」
ちょんちょんとグリードフォックスの耳を触る。
確かにガヴの耳も狐系だから似ているけど……。
安直だけど……ま、いっか。
「ミミね。いい名前だと思うよ」
「私も賛成ですわ」
ガヴは再びバスケットをのぞき込む。
手を伸ばす。
「みみ、げんき、なる」
ミミと名付けれた魔獣の子供を撫でる。
その仕草はいつもぼくがガヴの頭を撫でる動作と似ていた。
明朝、ミミは元気になっていた。
神豆のおかげというのもあるのだろう。
だけど、クレリアさん曰く魔獣はそもそも体力が高い生物らしい。
元気になったミミは、何かとガヴの後に付いてきた。
小さなガヴの後に、さらに小さなミミがついていく光景は、微笑ましく、ぼくとパーヤ、クレリアさんをほっこりさせていた。
ちょっと困ったのは眠る時だ。
部屋を分けていても、気がつくとぼくのベッドに侵入してくるガヴが、ミミが来てからというもの現れなくなった。
気になって私室を覗いたら、ミミを抱いて眠るガヴの姿があった。
狐の耳と尻尾をもつ少女と、狐に似た魔獣の子供。
本当に親子みたいだ。
おかげでぼくは、最近1人で寝ている。
ちょっと寂しいし、モフニウムがみるみる減っていった。
モフモフしたい(切実)。
一時的とはいえ、新たな家族を迎えた中、最初の神豆の収穫が始まった。
家族総出で神豆のさやを摘み取っていく。
もちろん、ガヴも参加していた。
そのガヴの横でミミが神豆を食べようとする。
「みみ、だめ!」
叱っていた。
ちゃんとお母さんしてるなあ。
ガヴは大きくなったら教育ママタイプになるのだろうか。
そんな妄想をする。
初収穫の豆をロダイルさんに届けにいくのにも、ガヴは同行した。
その後ろにミミも続く。
微笑ましい光景に、街のみんなもほっこりしていた。
後で「しまった」と思ったのだけど、誰も魔獣であることを指摘しなかった。
今度、外出する時はバスケットに入れないとね。
魔獣だとわかると、本当に殺処分されかねない。
ロダイルさんが新しく作った神豆の販売所にたどり着く。
小さく手狭だけど、大通りに面していてなかなか立地がいい。
一応、お値段を聞いているのだが、さほどびっくりするような額面ではなかった。
前にもいったけど、アリアハルは地価が高くて、さらに競争も激しい。
こんな物件を探すのも難しいのだ。
理由を尋ねたら、ぼくはさらに驚いてしまった。
安宿『キリン』の女将ルバイさんの紹介らしい。
あの人、どれだけ顔が広いのだろう。
実は、女スパイ――いや、それはないな。
レオタード姿のルバイさんを頭の中で払いのけながら、ロダイルさんに初摘みの神豆を渡す。
「おう。ご苦労だったな、魔法使い」
「お願いします、ロダイルさん」
「任せておけ。早速、明日から販売するつもりだ」
「よろしくお願いします」
「それはこっちの台詞だ――ん? お前、それ」
ロダイルさんはガヴの隣でちょこんと座るミミを凝視する。
しまった。
この人、元は魔獣使いだった!
「グリードフォックスの幼体じゃねぇか」
「あ。はい……」
ぼくは申し訳なさそうに見つめる。
ガヴも雰囲気が変わったことを察したのだろう。
豆が入った駕籠を置き、ミミを抱きしめた。
その所作を見て、ロダイルさんは察したらしい。
「魔獣を街に入れるのは――」
「わかってます。……元気になったら返すつもりです」
「そうか。わかってるならいい。咎めるつもりはねぇよ」
ホッと安心した。
ぼくは思い切って尋ねてみる。
「この辺りでグリードフォックスが住んでいる森ってありますか?」
「街の周辺にはないな。行商人の馬車にでも入り込んだんだろう。知り合いの商人に聞いてやろうか?」
「あ。お願いします」
ぼくはペコリと頭を下げる。
「別にお礼を言われるようなことじゃねぇ。……あと、ガヴ」
「がう゛?」
「大事にするんだぞ。魔獣ってのはこう見えて繊細な生き物だからな」
「がう゛がう゛」
わかってる、という風にガヴは頷いた。
「ロダイルさん」
「なんだ?」
「また別にお話を聞きたいことがあるんですけど」
「別に? ここじゃダメなのか?」
ぼくはガヴを一瞥してから、言った。
「場所を改めたいのですが――」
「訳ありか。生憎と今日明日は無理だ。明後日ならなんとか空けるが」
「それでいいです」
「わかった。『キリン』の近くにある居酒屋でどうだ」
「助かります」
こうしてぼくは、ロダイルさんと約束をした。
報告が遅れましたが、連載1ヶ月経ちました。
月間総合ランキング53位をいただきました。
ブクマ・評価をいただいた方ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。




