第44話 ガヴと、がう゛がう゛雨と、子狐のお話
お待たせしました。
ガヴさん、三部作(予定)
ぼくはややお疲れ気味の身体を動かした。
ここのところ連日、畑に出て作業をしているから、若干身体が重たい。
でも、会社員だった頃と比べれば、疲れの種類が違う。
気持ちいいというか、健全な疲れだ。
畑に行きたくないという気持ちはない。
可愛い我が子のために、働かなくては――と、やる気に満ちていた。
同じく、玄関で隣に立ったガヴも一緒だ。
「やるがう゛ー」という感じで両手を挙げている。
もっと遊びたい盛りだと思うのだが、よく手伝ってくれていると思う。
パーヤ曰く、ガヴにとってぼくの側にいられるのが1番嬉しいのだというのだが、直接本人に聞くと、首を傾げるだけだった。
ともかく、ぼくたちはやる気を漲らせていた。
玄関のドアを開ける。
鉛色の雲からバケツをひっくり返したような水が降っていた。
大雨だ。
ぼくのやる気ゲージが少し下がる。
「ご主人様、お待ちください」
パタパタと屋敷の奥からパーヤが出てくる。
手には雨具を持っていた。
子供用と大人用だ。
「今日は1日中、大雨のようなのでこれを着てください」
「これってカッパだよね」
「ご主人様の世界ではそういうのですね。こちらではヤッケといいまして」
なるほど。
ハイミルドではそう伝わっているのか。
どちらにしろ、この雨具もぼくたちの世界からもたらされたものらしい。
雨具を触るとつるつるしていた。
ポリエステルのようなごわごわした感じじゃない。
どうやら別の繊維らしい。
ぼくは渡されたヤッケを着ながら、尋ねた。
「ねぇ、パーヤ。このヤッケってどうやって作ってるの」
「ビックフロッドという蛙の魔獣の表皮からできていると聞いたことがあります」
「蛙の表皮!?」
「撥水性があって、ヤッケに適しているのでよく選ばれるのですが……。お気に召しませんか、ご主人様」
パーヤは上目遣いに見つめた。
一応、臭いを嗅いでみたが、別段異臭はしない。
でも、気持ち的にちょっとなあ……。
「う、ううん。ちょっと驚いただけだよ」
パーヤはヤッケに手こずっているガヴを手伝う。
やがてフードをかぶせ、完成した。
黄色のカッパ――じゃなくてヤッケ小娘が出来上がる。
うーむ。
これこれで可愛いなあ。
雨具からちょこんとはみ出てる尻尾が、個人的にナイスだ。
「パパ、にあう?」
「似合ってるよ。ガヴ」
「ええ。可愛いですよ、ガヴちゃん」
「がう゛がう゛」
機嫌良さそうに尻尾を振った。
どうやら気に入ったようだ。
パーヤはぼくの方に向き直って、フードの折れた部分を直してくれた。
心配そうに見つめる。
「今日ぐらいお休みになられてもいいのでは?」
「それじゃあ、先に畑に行ってるクレリアさんに悪いよ」
クレリアさんは朝食を食べると畑に行ってしまった。
そういえば、彼女はどうやってこの雨の中、畑に行ったのだろう。
雨を弾く魔法とか使ったのだろうか。
それなら、ついていけば良かったなあ。
「じゃあ、改めて……。いってきます」
「いっちゃます!」
「いってらっしゃいませ、ご主人様。ガヴちゃん」
パーヤの笑顔のお見送りが、下がったやる気ゲージを引き上げてくれた。
強い雨がヤッケに当たる。
ボタボタと音がするたびに、ガヴは「がう゛がう゛」と歌うように反応した。
どうやら雨具に当たる音が面白いらしい。
最初、動きづらさに戸惑っていたが、道ばたで飛んだり跳ねたりして遊んでいる。
楽しそうだ。
ガラスハウスに着くと、クレリアさんは作業を始めていた。
早速、ぼくも加わろうとするものの、ガヴはなかなか中へ入ろうとしない。
まだ雨具を着て、遊んでいたいらしい。
がう゛~、とぼくを見つめる。
しょうがないなあ……。
「いいよ。遊んでおいで。その代わり、あんまり遠くへ行ったらダメだからね」
「がう゛がう゛」
うんうん、頷く。
一応、用心のために「ほりい○う……」の呪文を唱えておく。
魔法をかけると、キィーンという感じで走って行ってしまった。
ガヴもやっぱり子供なんだな。
後ろ姿を見ながら、ぼくは少しほっこりした。
クレリアさんと一緒に、ぼくはハウスの周りに板を打ち込む作業をしていた。
外の雨が、ハウスの中の土壌を汚染しないためだ。
100%防げるわけじゃないのだけど、やらないよりはマシらしい。
穴を掘り、そこに板を埋め込むだけの作業なのだが、これが結構な重労働だ。
さっきからレベルマを使いながら、作業をしていた。
30分という制約はあるけど、「ふ」の呪文開発によって、かなり運用が楽になった。
そういえば、最近ゲーム機ばかりにかまけていて、肝心の呪文開発をしてないなあ。こちらも進めていかないとね。
小一時間ほど作業をしたところで、入り口のドアが開いた。
ガヴが戻ってきたのだろう。
振り返ると、黄色いヤッケを着た幼女が立っていた。
予想通りだったのだが、1つ予想外なことがあった。
ガヴの腕に、子犬ぐらいの小さな動物が抱かれていたのだ。
「ガヴ、それどうしたの?」
「おちてた」
「おち……。捨て犬ってことかな」
ぼくは首を傾げた。
もう1度、動物に目を落とす。
弦のように細い瞳。
エラのように張った骨格。
小麦の粒のような赤みがかった黄色の毛は、雨でびしょ濡れになっていた。
子犬といったが、どちらかといえば子狐に近い。
どことなくガヴに似ているような気もする。
まさかガヴの子供とかじゃないよね。
そんなのパパは許さないよ。
冗談はさておき、子狐は衰弱しているらしい。
本来ならピンと立っているであろう耳が、ペタリと前方に倒れていた。
遅れて、クレリアさんが近づいてくる。
ガヴの腕の中で眠る子狐をのぞき込んだ。
「それ……。グリードフォックスの幼体ね」
「グリードフォックス?」
「魔獣の一種よ」
「魔獣!」
ぼくも勉強したのだけど、ハイミルドには大きく分けて3つの動物の区分がある。
1つは魔物。スライムとかゴブリンだ。
これらは魔の物――つまり魔族側によってもたらされた動物で、魔王の支配化にある。
2つ目が魔獣。
これは魔族側の生物ではないけれど、人を襲う確率が高いものの事を差す。
3つ目が人間を襲わない、敵対しない動物だ。小さな昆虫なんかもこの区分に該当する。
つまり、魔獣は人を襲う恐ろしい動物ということだ。
改めてグリードフォックスの子供を見つめる。
とてもじゃないけど、魔獣という感じはしない。
可愛い子狐そのものだ。
「本来は森に生息してるんだけど、どうしてこんなところに……」
「どうすれば、いいかな?」
「殺処分」
いきなり物騒な言葉が、クレリアさんから飛び出した。
「こ、殺すの?」
「当たり前だよ。この子は魔獣の子供なんだ。今は可愛くても、いつかは人を襲う魔獣になる。特にグリードフォックスは頭がいいんだ。集団で襲って、毎年何隊かの商隊がやられている」
そ、そんなに怖い魔獣なんだ。
マジマジと見つめる。
今の姿からは想像も出来ないなあ。
「ガヴ、そいつを貸して」
クレリアさんがグリードフォックスに手を伸ばす。
しかし、ガヴは素早くその手から逃れた。
「……め!」
「ガヴ! それは危険なの。貸しなさい!」
「だめ!」
バンとハウスの扉を開くと、ガヴは雨中に飛び出していった。
大雨の中で、ぼくはガヴを探し回った。
遠くへは行ってないはずだ。
アリアハルの街の中にいることは確かだった。
クレリアさんも魔法を使って上空から探している。
心配していたし、少し言い過ぎたと反省していた。
自分が拾ってきたものをいきなり「殺せ」といわれれば、誰でもショックを受けるだろう。
ともかく、今はガヴを探すのが先決だ。
時間がかかるかな、と思ったけど、意外と早く見つかった。
アリアハルの北東。
小さな森林公園の木の下で、ガヴと子狐が座っていた
ガヴは隠し持っていた神豆を子狐にあげようとしていた。
「がう゛がう゛」
ガヴは急かす。
反応はするのだが、子狐は口を開けようとしない。
恐らく、豆を食べる元気もないのだろう。
思った以上に、衰弱してるのかもしれない。
無理矢理食べさせようとするものの、子狐は頑なに口を開けようとしない。
どんどん衰弱していくグリードフォックスを見ながら、ガヴの目に涙が浮かんだ。
「ガヴ」
ぼくは隠れていた茂みから顔を出す。
ガヴは驚いて、ぴょこりと耳と一緒に立ち上がった。
「警戒しないで。パパはガヴの味方だよ」
「ぱぱ、みかた」
「うん。クレリアさんも心配してたよ。ともかく屋敷へ帰ろう」
クレリアさんの名前を出したのが不味かったのか。
一瞬、警戒を解いたガヴだったが、子狐を隠すように胸に抱いた。
「ぐでりや。ころす。だめ」
「うん。わかった。その子を殺したりしない。ぼくがさせない」
「ほんと? ぱぱ」
「ガヴはどうしたいの? その子をかう――いや、ぼくたちの家族にしたいの?」
人を襲う魔獣だけど、ぼくの目から見ても、その子供は可愛い。
ガヴが拾ってきたのも頷ける。
ぼくも同じ事をして、家族として迎え入れていたかもしれない。
だけど、ガヴは首を振った。
「こども、ぱぱ、まま、いる」
「うん。そうだね」
「ぱぱ、さがしたい。まま、さがしたい」
ぼくは一瞬、キュッと心臓を捕まれる。
ガヴの言葉は主語が抜けていたが、すぐに理解出来た。
でも、ぼくには何か別の意味が含まれているような気もしたのだ。
「ガヴはこの子のパパとママを探したいんだね」
こっくりと頷く。
ぼくはそっと手を伸ばした。
雨具のフードの上から、頭を撫でる。
「わかったよ。ぼくも手伝う」
「ほんと?」
「パパがウソをついたことがあったかい?」
ガヴは黙って首を横に振った。
「よし。とにかく、屋敷に連れていこう。パパとママを探すにしても、まずこの子が元気にならないと」
「がう゛!」
今度は大きく縦に頷く。
ぼくはもう1度、ガヴの頭に手を置いた。
撫でながら、ふと違うことを考えていた。
ガヴの家族はまだ生きているのだろうか、と……。
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