第42話 ガラスの素材を取りに行こう。
ライトなラブコメ回。
「ガラスの素材がない!?」
屋敷の客間で、ぼくは素っ頓狂な声を上げた。
横にはクレリアさんがいる。
難しい顔をして腕を組んでいた。
目の前には、本日のお客様が座っている。
煤だらけのつなぎを来た若い男――といっても、ぼくとそう年は変わらないだろう。
肩を縮こまらせ、叱られた子供のようにぼくを見つめている。
この人の名前は、ジータさん。
ガラスハウスのガラスを作ってくれている職人さんで、若き経営者だった。
ジータさんは説明する。
「素材がないわけじゃないんです。その……ここのところ素材の値段が上がっていて。素材を買い占めている人がいるようなんです」
「ガラスの素材を買い占めている人……」
ぼくは首をひねる。
心当たりを思い出すのに、1分もかからなかった。
マティスさんだ。
裏カジノで出会った大商人。
早くもぼくがやっていることを嗅ぎ付けたらしい。
といっても、ぼくがヒントを与えたようなものなんだけど……。
ちょっとセコい気がする。
まさかガラスの素材を買い占めてくるなんて。
意趣返しのつもりだろうか。
ジータさんは説明を続けた。
「それで……。申し訳ないのですが、値段の再交渉をお願いしたいのです。今のままでは赤字になってしまいます」
「作る前に素材を確保しなかったの?」
クレリアさんが責め立てるように尋ねた。
ジータさんは首を振る。
「考えたよりも素材が必要で……。なにぶん、初めての試みだったので、こっちも手探り状態だったんです。素材高騰の流れを読み切れなかったのは、こちらの落ち度なのですが、このままでは工場が立ちゆかなくなる可能性もあって」
そんなに素材が高騰してるのか。
マティスさん、結構やらしいことしてきたな。
まあ、商売ってそういうものかもしれないけど。
「わかりました」
「では、値上げを……」
「いえ。そういうわけじゃなくて、こちらで素材を用意するというのはどうでしょか?」
「素材を?」
「ガラスっていってみれば、砂ですよね。だったら、それを取ってくれば」
「それが難しいんだよ、トモアキ」
「え?」
クレリアさんの「待った」に、ぼくは反射的に声を上げた。
「はい。実は、ガラスに使う砂は国が管理していて、勝手に取ることが禁止されているのです」
「領土だからね。国の持ち物を勝手に持って行ったらダメってこと。木を切って、木材にするにも国の許可が必要なんだよ」
「ガラスの砂を取る公営業者がいて、そこから商人が買っているんです。年間の採掘量も国と相談した上で公営業者が決めています」
「なるほど」
正直、面倒だとは思う。
けど、利にはかなっているんだよね。
みんなが好き勝手、砂を取ってしまったら、それこそ環境破壊につながる。
そういう意味では、なかなか先進的な管理方法だ。
「そうか。どうしようかな」
ちらりとぼくはすでに値上げ提示された見積書を見る。
10万ゴルが13万ゴルになっていた。
約30%の値上げだ。
飲めないわけじゃないけど、実はこの値段は職人さんの工房が潰れない程度の値段であって、赤字が回避できるわけじゃないらしい。
本当はもっと値上げをしたいのだ。
前にもいったけど、職人さんには良い仕事をしてほしい。
覚悟が出来ているとはいえ、赤字のまま仕事するのはモチベーションが下がる。
いくらプロ意識が高くても、心のどこかでは納得出来ない部分があるはずなんだ。
出来れば、お互いwin-winな関係でありたい。
ぼくはそう思う。
「例えば、素材を代替えすることはできませんか?」
ジータさんは少し考えてから、切り出した。
「1つだけあります」
「ほう……」
「機甲蟲です」
ぼくが眉をひそめる。
クレリアさんが説明してくれた。
「巨大な芋虫みたいな魔物だよ。身体のあちこちに複眼がついていて、その眼がガラスの素材に使えるって聞いたことがある」
「へぇ……」
「その通りです。機甲蟲のガラスは特別です。危険は伴いますが、透過度が高く、高級品です」
「それなら獲っても大丈夫なんですか?」
「魔物だからね。問題ないと思う」
「機甲蟲を狩るおつもりですか?」
とんでもない、という顔でジータさんは驚いていた。
「危険だと思うけど、トモアキならなんとか出来ると思う。あたしは信じてる。うちの当主様をね」
クレリアさんはウィンクした。
ぼくたちは機甲蟲が生息する高地へとやってきた。
もちろん、宇宙船でだ。
思えば、最近よくアリアハルを出ているような気がする。
街に引きこもっていた頃が懐かしいぐらいだ。
まあ、宇宙船は便利だし、疲れない。特にしんどいわけじゃないし、別にぼくは気にしなかった。
コパイロット席にはクレリアさんが座っていた。
今日はパーヤとガヴはお留守番だ。
いくらレベル50に出来るといっても、大型の魔物は危険すぎる――というのが、クレリアさんの判断だった。
ぼくも意見に賛同し、2人で狩ることになった。
「でへへへ……。こうやって、トモアキと2人で旅行するのって初めてだね」
クレリアさんは嬉しそうだ。
ぼくの顔を見ながら、頬を赤くしている。
美しい脚線美を見せびらかすようにプラプラと足を振っていた。
「も、もしかしてぼくと2人っきりになるために、あの2人を置いてきたの?」
「そうだっていったら、トモアキはどうする」
コパイロット席からぼくをのぞき込む。
眼を細める。
赤い瞳を蠱惑的に光らせた。
心臓が高鳴る。
顔が無性に熱くなった。
思わず身体を背けてしまう。
「ぼ、ぼぼぼくは信じてるよ。クレリアさんは、そんなことをしないって」
「むぅ……。トモアキのばかぁ!」
うーん。意気地がないなあ、ぼく。
何か気の利いた言葉が言えたらいいんだけど、2人っきりになるとどうしても迷ってしまう。
顔をちょっと近づけられると、頭が真っ白になってしまうんだ。
こういうスキルもレベルマに出来たらいいんだけど……。
「あ。見えてきたよ、トモアキ」
指さした。
ぼくは窓をのぞき込む。
下にわらわらと巨大な芋虫が這い回っているのが見えた。
うぇ。グロい……。
なんとか必死に抑えたけど、クレリアさんが隣にいなかったら吐いてたかもしれない。それほど気持ち悪い光景だった。
「どうする、トモアキ?」
「打ち合わせ通りにやろう」
「わかった。じゃあ、あたしは降りるわ」
「気をつけてね。クレリアさん」
「誰にいっているの? あたしは“爆撃の魔女”だよ」
どんと自分の胸を叩く。
自信満々に笑みを浮かべた。
★
出発前――。
ぼくとクレリアさんは、機甲蟲からガラス素材を奪うための方策を考えていた。
クレリアさん曰く、ぼくであれば倒す事は簡単らしい。
魔法で吹き飛ばせばいいのだ。
だけど、そうすると、複眼に傷を付けることになる。
工房で溶かすことになるとはいえ、空気や傷が入った時の微量な粒子が邪魔をして、綺麗なガラスにならないそうだ。
出来れば、無傷で手に入れたい。
それがクレリアさんの考え方だった。
ゲーム機を使って、タイムストップをかけようとぼくは提案した。
だけど、問題がある。
機甲蟲を一時的に止める必要があるからだ。
ぼくの意見を聞くと、クレリアさんは言った。
「一瞬でいいなら、方法はあるよ。ただしほんの一瞬だけどね」
「じゃあ、その一瞬のうちにタイムストップをかけるよ」
「うん! 頑張って、トモアキ!」
こうして作戦は決まった。
★
浮遊魔法を使い、クレリアさんが降下していく。
ぼくは宇宙船の窓越しにそれを見ていた。
手には2コンのコントローラー。
十字キーの↑と、Aボタンに指をかけている。
ゆっくりとクレリアさんは降りていく。
機甲蟲を刺激しないためだろう。
魔物たちの様子に変化はない。
機甲蟲との相対距離が20メートルほどにまで縮まる。
少し心配になってきた。
ボタンにかけた指が、震える。
クレリアさんが手を掲げた。
高らかに詠唱する。
「光の精霊フォリリアよ。我はクレリア。光に傅くものなり。御身の吐息、我に立ちふさがりし闇を吹き散らせ!」
光の息
光が爆発する。
すべてが白く染まった。
ぼくの視界もだ。
ルーイさんが以前、ダンジョンで使った魔法。
明光の上位魔法だ。
眼が痛くなるほどの光が、ぼくあるいは機甲蟲に襲いかかる。
何も見えない。
だが、クレリアさんは言っていた
『機甲蟲はとても眼がいいの。人間の何百倍の視力を持つというは。だから、強い光に滅法弱くて、眼を回してしまう。あたしたちが狙うのはその瞬間よ』
それは事実だろう。
でも、本当に機甲蟲は眼を回しているのだろうか。
その動きは止まっているのだろうか。
クレリアさんは無事だろうか。
ぼくは迷う。
ボタンにかけた指がさらに震えた。
その時だ。
声が聞こえたような気がした。
『トモアキ! 今よ!!』
クレリアさんの声。
船は宇宙空間も飛べるほど分厚い装甲に覆われている。
本来、外にいる人の声が聞こえるわけがない。
でも――。
ぼくは反射的に押し込んでいた。
↑A。
タイムストップ。
その効果のほどは、今は確認出来ない。
けれど、ぼくは家族を信じて押し続けた。
やがて光が晴れていく。
ボタンに指をかけたまま窓をのぞき込んだ。
「――――!」
機甲蟲が止まっていた。
もそもそと絶えず動いていた群れが、完全に停止している。
まるで何かのオブジェのようだ。
その上空をクレリアさんが飛んでいた。
無事だ。
手を振って、ぼくに応えている。
ぼくたちの作戦は見事成功した。
無事、機甲蟲の複眼を手にすることが出来たぼくたちは、帰途についていた。
カーゴの中には素材で一杯だ。
ぼくはずっとボタンを押しっぱなしにしていなければならなかったので、すべてクレリアさんが獲ってきてくれた。
その彼女は、コパイロット席に座っている。
少し疲れた顔をしていたけど、基本的に元気だった。
陽が落ちた空を見ながら、クレリアさんは言った。
「トモアキ、ごめんね」
「何が?」
「魔法の出力をもうちょっと絞るはずだったんだけど、調整をミスちゃって。おかげで作戦が失敗するところだった」
「気にする必要はないよ。こうして成功したんだから、結果オーライだよ」
「でも、よくタイミングがわかったわね」
「声が聞こえたんだ」
「声?」
「クレリアさんの声が……」
「え……」
「ぼくの方こそごめんね」
「何が?」
「行きの宇宙船でのこと。ぼくがはっきりしなくて……。その……。ごめん」
「い、いいよ。気にしてないから」
「クレリアさん」
「は、はい」
クレリアさんに改めて向き直る。
ぼくの真剣な眼に驚いて、彼女は少し緊張しているように見えた。
「あのね。クレリアさんのこと好きだよ」
「え……? ……う、うん。嬉しい」
鬼灯のように、クレリアさんの頬が赤くなる。
「でも、ぼくにとってガヴも、パーヤも同じぐらい好きなんだ。絶対的にこれって選ぶことは、ぼくにはまだ出来ない。だから、ごめん」
クレリアさんは首を振った。
ニコリと微笑む。
「ううん。謝ることはじゃない。あたしの方こそ、ごめん。トモアキがそこまで真剣に考えてくれてるって思ってなかった」
「そうなの?」
「トモアキがあたしを好きでいてくれるなら、それで十分幸せだよ。ありがとう、トモアキ」
「ど、どういたしましてって……。言うべきなのかな」
ああ……。
また頭が真っ白だ。
クレリアさんの笑顔がとても眩しい。
心臓がまたバクバク言ってる。口から吐き出してしまいそう。
それほど、今ぼくの前にいる魔法使いは、魅力的だった。
「むふふふ……」
笑って、クレリアさんは立ち上がる。
パイロット席に座るぼくの腕を取り、寄りかかった。
「でも、今は2人っきりなんだからいいでしょ」
「……うん。今ならね」
「やった!」
猫のようにクレリアさんは頬をすりつける。
ぼくたちはそのまま宇宙船の窓越しに星を見ながら、帰途につくのだった。
タイムストップがチートすぎ!
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