第38話 魔法使いはうっかり勇者を救う。
思いっきり戦闘回。
赤く血のような瞳がぼくを睨んでいる。
黒皮の竜は、高度5000メートル上空にも関わらず、羽を激しく動かして、戦闘機の上を飛行していた。
この戦闘機について来られることすら異常なのに、それが巨大な竜なんて。
どうなってんだよ、異世界。
魔法で何でも片づくと思ったら大間違いだぞ。
泣き言をいっている場合ではない。
今にも、竜は獰猛な牙をぼくの方に向けてきそうだ。
ともかく、こちらは敵対する意志がないことを示そう。
さっき名前も聞かれたしね。
「えっと……。ぼくの名前は相田トモアキです」
「人間か?」
「え、ええ……。魔法使いをしています」
「お前が乗っているそれはなんだ?」
「戦闘機です」
「戦闘機?」
「あ。いえ、戦うとかじゃなくて、単なる空飛ぶ乗り物ですよ」
ぼくは慌てて訂正する。
戦闘兵器です、とかいったら、いきなり戦いになりそうだ。
「あの……。そちらは?」
「オレ様か……」
よくぞ聞いてくれたという感じで、少し口を開けて竜は笑った。
「オレ様の名前はサラマンダー! 魔王様に仕える四天王の一角」
し、四天王だってぇぇぇええ!!
コクピットの中で、ぼくは叫ぶ。
驚嘆する人間を見ながら、サラマンダーはさらに顔を愉悦に歪めた。
「ぶははははは! ようこそ人間よ! 我が領土へ!!」
「領土?」
「空こそ、オレ様が魔王様に与えられた領土なのよ」
「全部ですか?」
「むろん!」
それってハイミルドすべての空がサラマンダーのものってこと?
ちょっと取りすぎなんじゃないかな。
一応、部下なんだし。
自重した方がいいと思うけど。
「それで、サラマンダーさんは一体なんでこんなところに? 四天王なんだから、魔王を守るのが役目なのでは?」
「ほう。人間の割には頭が回るではないか」
いや……。誰でも思うって。
「魔王様の命令でな。今から我が軍勢を以て、勇者を打ち倒しにいくところだ」
勇者を…………打ち倒す…………。
なんて甘美な響きなんだ。
是非とも、あの迷惑勇者をボコボコにしてほしい。
「そ、それはそれは……。頑張ってください」
「ほう。余裕だな、人間」
ギロリとぼくを睨む。
しまった……。
どうやらサラマンダーは、自分が侮られたと思ったらしい。
ふん、と鼻息を荒くすると、キャノピーが曇った。
「そんなに勇者は強いのか?」
「いや、頑張れっていったのは、裏があるとかじゃなくてそのままの本心です」
「本心だと……」
「ええ……」
色々と迷惑を被っているし、そろそろご退場願ってもいいと思うんだ。
でも、死ぬ前にレベルマで1発殴っておきたいけど、竜の大軍にボコられるならそれもいいかもしれない。
心の中で独白する一方で、サラマンダーはさらに表情を歪める。
牙によって閉じられた口内の奥が、ほのかに赤くなっていた。
やばい……。
なんかやっぱり怒ってるみたい。
「人間が魔族に頑張れだと!! 貴様! このサラマンダーを侮るか!」
わわわ……。
やっぱり怒ってらっしゃる。
「下手に出れば、苦しまずに殺してやろうかと思っていたが」
結局、殺すのかよ!
「地獄の業火に焼かれて死ぬがいい!!」
口内が紅蓮に光る。
マグマのようなドロッとした炎が沸き上がってきた。
すかさず十字キーの右を押した。
戦闘機は翼を立て、素早く回避行動に移る。
瞬間、炎の息は放たれた。
戦闘機の直上にレーザービームのような赤い光がほとばしっていく。
危ない……。
さすがに当たると不味いんじゃないか。
とにかくフルスロットルだ。
逃げるしかない。
ぼくは機首を下げる。
「だだっ広い空の上じゃ。ただの的だよ!」
誰もいないコクピットの中で、ぼくは絶叫した。
今なら、ロボットアニメのパイロットの気持ちがわかる。
人は閉鎖空間にいて、危機に陥ると饒舌になるものなのだ。
手近な雲に突撃する。
何も見えない――灰色の空間の中を突っ切っていく。
これで撒いただろう。
そもそもこっちはマッハ100で航行している。
竜だろうが、四天王だろうが、本気を出せば追いつかれることはない。
だが、ぼくが安堵できた時間は一瞬だった。
雲を抜ける。
どうやら地表近くに出てしまったらしい。
ぼくは目の前に展開された光景に息を飲んだ。
どんよりとした雲の下。
飛竜の大軍が羽ばたいているのが見えた。
空だけではない。
地上では地竜が這い回り、真っ黒になっていた。
サラマンダーほどではないが、とにかく数が多い。
「げぇ!!」
ぼくはまた叫ぶ。
声が聞こえたのか。
それとも戦闘機のエンジン音に気付いたのか。
一斉に竜の大軍が、こちらに首を向けた。
激しく威嚇しながら、さながら洞窟から出てきた蝙蝠のように戦闘機に群がってくる。
「回避しきれないよ!!」
低高度を埋め尽くす飛竜の群れ。
ぼくは逃げ場を探したが、どこにも見当たらなかった。
突っ切ることも出来たかもしれない。
だが、マッハ100で物体に当たれば、こちらもただでは済まないはずだ。
「ぶ、武器はないのか? 武器は!?」
生憎とコクピットの中にはマニュアルらしきものはない。
あるのは十字キーに4つのボタンだけだ。
ぼくはAボタンを押す。
機銃がタタタッと一瞬だけ動いた。
まさか!
オート連射じゃないのか!
Aボタンを連打する。
ぼくは機銃を掃射した。
迫り来る飛竜を蜂の巣にする。
大量の血がキャノピーを濡らした。
「よし! 行けるぞ!」
機銃でも十分対応出来る!
ぼくは十字キーを激しく動かし回避し、応戦する。
機銃で竜を撃ち抜いていった。
結構、楽しいぞ。
リアルなシューティングゲームをやってるみたいだ。
けど、数が多い。
機銃では1ショット1匹が精々だ。
こんなことを続けていたら、さすがに集中力が保たない。
いくらレベルマといえどだ。
せめて、もう少し火力があったらなあ。
考えた時、天啓が舞い降りる。
いや、そんな大層なものじゃない。
むしろ嫌な予感に近い。
ぼくは1コンを睨んだ。
素早くコマンドを入力する。
↑↑↓↓←→←→BA
しかし、なにも――――いや、違う。
起こった。
戦闘の先端に青白いバリアのようなものが展開される。
軽く後ろを振り返れば、赤い光球が戦闘機についてくるのがわかった。
ぼくはAボタンを押し込む。
青いレーザーが何匹もの竜を一瞬にして貫いた。
さらに同時投下された対地ミサイルが、下にいた竜を吹き飛ばしていく。
オート連射のおまけ付きだ。
「よっし! 反撃開始!」
ぼくは竜の群を蹂躙する。
空を縦横無尽に飛行し、大地にはびこる竜を根こそぎミサイルで吹き飛ばしていった。
「貴様ぁぁああああ!!」
咆哮が鈍色の空の下でこだました。
雲の中からサラマンダーがようやく現れる。
「よくも我が眷属を殺してくれたな!」
「そっちが突っかかってきたんじゃないか!」
そもそも勇者をやっつけるなら、ぼくはそれで良かったんだ。
「うるさい! 食らえ!!」
再びサラマンダーは赤い息を吐く。
ぼくは寸前でかわし、その懐に潜り込んだ。
Aボタンを押す。
青いレーザーを放った。
サラマンダーの黒皮を貫く――――はずだった。
「うっそ!」
レーザーは確かに当たった。
だが、貫くまでにいたらない。
硬い表皮の上を焼く程度だ。
「おいおい! なんて硬さなんだよ!」
「は! そんな攻撃、屁でもないわ!!」
一喝する。
ぼくはサラマンダーの脇をすり抜けながら、反転すると分身とともにレーザーを放った。
けれども、結果は同じだった。
「レーザーが最強の攻撃なのに」
どうしよう。
いきなり万策尽きたぁぁぁああ!!
いや、まだだ。
三十六計逃げるに如かずってね。
ぼくは十字キーを押した。
機体を立てると、サラマンダーから離れていく。
さらに機首を上に向け、高度を取った。
「逃げるのか! 人間!! 臆病者!!」
何とでもいうがいいさ。
その手の罵倒は、子供の頃から聞き飽きてるんだよ。
サラマンダーは大きく翼をはためかせる。
巨体に似合わぬ機動力で、ぼくの戦闘機を追いかけ始めた。
「待て! 人間!!」
「追ってこないでよ!」
「同胞の仇を討たずして、何の四天王だ」
真面目な上司だな、全く。
悪党なのに。
そんな上司に出会いたかったよ、こんちくしょー。
ぼくはさらに高度を取る。
すでに1万メートルを越えていた。
サラマンダーはまだ追ってくる。
元気に炎の息を吐き出してきた。
ぼくはさらにスピードアップをイメージする。
インパルス・パワー推進型エンジンの音が、人間の聴力の限界を超えて、甲高い音を立てた。
エンジンはMAX。
空の色も青から黒へと代わり始めた。
今さらだけど気圧調整とか大丈夫かな。
まあ、宇宙戦闘機だし。未来だし。
大丈夫だと信じたい。
「ま………………って…………」
さっきまで元気だったサラマンダーの声が遠くなる。
高度はすでに10万メートルを超えていた。
星がはっきり見える。
綺麗だ。
「ガヴやパーヤ、クレリアさんに見せてあげたいなあ……」
黒い生地に浮かんだ宝石をうっとりと眺めながら、ぼくは呟く。
数秒ほどそうした後、戦闘機を反転させる。
空に白い氷のオブジェが浮かんでいた。
巨大な竜の氷像。
口を大きく開け、何かを掴もうと必死に手を伸ばしていた。
気温はすでに絶対零度に限りなく近い。
いかな四天王とはいえ……。レーザーも通さぬ硬い表皮とはいえ……。
宇宙の恐ろしさには勝てなかった。
「だから、忠告しただろ。付いてくるなって……」
コントローラーを握り直す。
Aボタンに指をかけた。
「バイバイ、サラマンダー」
押し込む。
戦闘機の先端から青いレーザーが解き放たれた。
直進する。
今度、あっさりと竜の腹を貫いた。
サラマンダーは砕け散る。
その破片は、ハイミルドの空にたくさんの流星を降らせた。
その様子を見ながら、ぼくはシートにもたれる。
内心辟易していた。
――あ~あ。また勇者を救ちゃった……。
頭を抱えるのだった。
そろそろ勇者を絞めねば……(使命感)
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【緩募】
コナミコマンド以外の裏技コマンドを募集中です(ただしファミコンに限る)。
読者の皆様の記憶にある範囲でいいので教えて下さい。




