第32話 魔法使い、駆け引きをする。
GWだからというわけではありませんが、長めです。
ロダイルさんからもらったパスを見せ、ぼくはいよいよ会場の中へと入る。
扉をくぐると、むせ返るような香水と煙草の匂いに包まれていた。
歓声が熱気となり、ぼくの耳朶を叩く。
たくさんの仮面紳士淑女が歩き回り、その間を奴隷たちが酒肴と酒が乗ったトレーを持って歩いていく。
煌びやかなドレスを身に纏った淑女が笑えば、その隣でくたびれた短めのコートの男が、セットしたマッシュルームカットを掻きむしっていた。
人の多さ。
そこにある感情の落差。
雰囲気と漂う紫煙……。
ぼくは圧倒されていた。
その腕にとてつもなく柔らかな感触が感じた。
見ると、パーヤが主人に身体を寄せ、笑みを浮かべている。
口元から甘い吐息を漏らした。
「ご主人様。参りましょう」
「トモアキ、しっかりしてよね」
クレリアさんもぼくの顎を撫でた。
「う、うん。ありがとう。2人とも」
ちょっと恥ずかしかったけど、おかげで我を取り戻すことが出来た。
ぼくは2人を伴い、1歩を踏み込んだ。
――時だった。
「おお……。なんと美しい!」
声が聞こえた方向に振り返る。
大柄の男がこちらに近づいてきていた。
獅子の鬣のような黄金色の髪。
恰幅はよく、如何にもいいものを食べているという感じで気色もいい。
宝石やアクセサリーをじゃらじゃらと纏い、まるで人間宝石箱のようだった。
仮面にも宝石がふんだんにあしらわていたが、その奥に嵌った紫の瞳はさらに怪しく光っている。
パーヤはぼくに耳打ちした。
「この社交界の主催者のマティス・ヴィーネーですわ」
「さすが貴族令嬢だね。仮面しててもわかるんだ」
「元ですわ、ご主人様。……あんな下品な格好が出来るのは、アリアハルでもあの方ぐらいですから。ここにいる人でわからない人はいないですよ。もちろん、ご主人様を除いてはですけど」
と、ぼくへのフォローも怠らない。
ジョブに気遣いという項目があったら、パーヤの数値はMAXだね。
マティスはぼくたちに近づいてくると、パーヤの手を取った。
「なんと美しい。お名前は?」
「お戯れを。どうしてもとおっしゃるなら、ローラとお呼び下さい」
パーヤの言葉を聞いて、ぼくは仮面を付けて、お忍びで来ていること思い出す。
ぼくも名前を考えておかなくちゃ。
「古い名だが、あなたがいうと新鮮に感じられます。では私のことは、マーティーとお呼び下さい。」
「ありがとうございます、マーティー様」
「今度、どこかの社交界でお会いできるならば、是非1曲」
「いいですわ。主人の後でよろしければ是非」
如何にも貴族らしい会話だった。
パーヤとマティスのやりとりに、ぼくは思わず惚れ惚れと見つめる。
まるで映画のワンシーンだ。
「こちらの淑女もお美しい」
すると、今度はクレリアさんの手を取る。
わざわざ、膝を折ると、スリットからはみ出た脚線美を眺めた。
「匂い立つようですな」
「ど、どうも……。あ、ありがとうございます」
パーヤとは打って変わって、クレリアさんはやりにくそうだ。
やがて中央に立つぼくに視線を向ける。
仰々しく頭を下げた。
「初めての参加かな、紳士」
「ええ……。お招きありがとうございます。まてぃ――失礼――マーティー様」
「とんでもない。ただ……。どこかの社交界でお会いしたことがありましたか?」
「いえ。しょたい――」
初対面だと告げようとした時、パーヤが間に入った。
「失礼。マーティー様。以前、春舞踏会にてお会いしたと主人は申しております」
「そうでしたか。申し訳ない……どうも最近、記憶が曖昧で」
黄金の鬣ならぬ髪を後ろに撫でつけた。
「今度は是非奥方とお越し下さい。それではお楽しみを」
一礼すると、マティスは言ってしまった。
「遮ってしまって申し訳ありません、ご主人様」
「いいよ。そうだよね。この裏カジノは、マティスさんと交友がある人だけでやっているんだものね」
ぼくたちはロダイルさんが裏から手を回して、入り込んでいる。
出自に不穏なところがあれば、つまみ出される可能性だってあるんだ。
気を付けないとね。
「脂ぎった手で触ってほしくないものだわ」
手をブラブラさせながら、クレリアさんは不満を漏らす。
「よく耐えれましたわね、クレリアさん」
「まあね。もう少し遅かったら、蹴り上げてやるところだったけどね」
クレリアさんに蹴ってもらえるなら、むしろ喜んだかもしれないね。
「さあて。そろそろ遊びに行こうぜ、トモアキ」
「クレリアさん、そんなに引っ張らないでよ」
「そうです。わたしたちは遊びに来たわけではありませんのよ」
ぼくたちはいよいよ会場の奥へと入っていった。
初めに目がいったのは、スロットマシンだ。
真っ先に思い出す大学時代。スロット……う! 頭が……っていうぐらい、のめり込んだ苦い記憶がある。
その月のバイト代が、すべて魔法少女に吸い取られていったのは、良い思い出だ。
ともかく、一番わかりやすそうなところからやってみる。
てか、どうやって動いているんだろう、スロット。
魔法かな?
そもそもハイミルドに何であるんだろうね。
この世界に来た同郷の人間が作ったのだろうか。
剣と魔法の世界に、スロットマシンってのは雰囲気ぶちこわしだけど、まあ……某大作RPGにもあるし。そこは、多少はね。
コインを入れ、レバーを引くと、リールが回転をはじめた。
パチスロみたいにボタンはなく、自動的に停止する。
スカだ。
もう1回。
今度は見事揃った。
一番安手だけど、さっきの損は取り返すことは出来た。
「やるじゃない、トモアキ」
「お見事です、ご主人様」
2人とも賞賛してくれる。
何度か回してみて、幸運にもプラス収支で終わることが出来た。
「スロットはこんなものかな。別の場所に行こう」
2人を伴い、ぼくはスロットから離れる。
目を付けたのは、ポーカー台だった。
これもどうやらぼくたちの世界から伝わったものらしい。
ルールもトランプの柄すら一緒だった。
しかも、ここではレイズやコールといった心理戦はない。
最初に5枚のカードが配られ、1回だけ好きな数だけ入れ替え、強い役を持ったプレイヤーが勝ちとなる。
ぼくたちでいうところのドラ○エルールとよく似ていた。
少し違うのは最強の役が、ファイブカードだということだろうか。
残念ながら、ダブルアップはないようだが、こっちのルールの方がやりやすい。レイズやコールが入ると心理戦になる。ポーカーフェイスが苦手なので、そのルールだとやりにくいのだ。
これだな……。
ぼくはポーカー台に目を付けると、空いてる席に座った。
参加料を置くと、カードが配られる。
相手は3人。手慣れた動きでカードを見つめていた。
常連客といったところだろう。
「ベットしますか? フォールドしますか?」
ディーラーが尋ねる。
2人が掛け金を置き、1人が札を伏せてフォールドした。
ぼくは少し考える。
ジョーカー含みのワンペアが出来ていた。
勝負してみる。
ベットした。
「では、オープン」
手札を開く。
結果、ぼくはスリーカード。
もう1人がツーペアで、初戦を勝利で飾ることが出来た。
パーヤたちとハイタッチして、次に臨む。
今度は初めから豚だった。
即フォールド。
3巡目もフォールドし、4巡目は最初からワンペアを引いたが、結局役が伸びず、負けてしまった。
ぼくはその台で1時間ほど遊んだ。
結果マイナス収支。
スロットの勝ちと合わせてトントンといったところだ。
でも、楽しかった。
知らない人とやるのは緊張したけど、その感覚がまた心地良い。
裏カジノというから、如何にもみたいな人たちがいるのだと思っていたけど、割とみんな――健全に賭け事を楽しんでいるようだ。
まあ、違法であることは間違いないので、健全ではないけどね。
ぼくは一旦台を離れ、手近にあった椅子に座り、飲み物を頼んだ。
「ご主人様、1つお訊きしていいですか?」
「ぼくが何故、レベルマを使わないかって訊きたいんだね」
「はい。あの魔法は運もMAX状態にします。そうすれば、もっとお金を手に入れることができるのでは?」
「あたしも思ってた。なんだか……。ただ賭け事を楽しんでいるように見えるわ」
「そうだよ。楽しんでいただけさ」
ぼくは笑う。
2人は顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「パーヤの言うとおり、レベルマ状態にすれば、お金は稼げると思う。でも、それだと運営側と遺恨が残る」
「遺恨?」
「つまり、過度に儲けていると疑われるっていうこと。ぼくたちがここにやってきたのは、裏カジノを摘発するためでもなければ、主催者のマティスっていう人を成敗しにきたわけでもない。今日中に、10万ゴルを稼ぎにきたんだ」
裏カジノは次、いつ開催されるかわからない。
今日を逃して、2、3ヶ月後となれば、ロダイルさんがもたないかもしれない。
「そんな大金を一夜で稼げば、さすがに疑いの目がいく。それこそステータスカードなんて調べられたら、ぼくの魔法が世間にばれてしまう」
「確かにね……」
クレリアさんはうんうんと頷いた。
「つまり、ぼくたちは今日中に10万ゴルを稼ぎ、クリアな状態で裏カジノを出なければならない。主催者が優雅に一礼して、見送られるぐらいのね」
「そのために健全にプレイしているところを見せる必要があったんですね」
「そういうこと……。そしてここぞというチャンスで、レベルマを使い、10万ゴルを頂くという寸法さ」
「チャンス?」
「どうやら、そのチャンスは早くもやってきたようだよ」
ぼくはグラスに残ったお茶を一気に喉へと流し込む。
テーブルに置いて、席を立った。
2人も付いてくる。
とあるポーカー台に近づいていった。
そこでは黄金の髪の男が下品な笑いを浮かべ、数人の客とポーカーを楽しんでいた。
マティスだ。
側には美女を侍らせている。
ぼくに触発されたのだろうか。
1人は胸が大きく、1人は足が綺麗な女性だった。
ただぼくから言わせると、パーヤやクレリアさんには及ばない。
如何にも遊女という感じの品行のなさを感じさせた。
「ぼ――私も混ぜてもらってよろしいですか? マーティー様」
マティスは一瞬首を傾げた。
だが、隣のパーヤやクレリアさんを見ると、顔に喜色を浮かべた。
「どうぞどうぞ。ご婦人方も」
「わたしたちはここで見ておりますわ」
「では、お席を用意しましょう。おい、誰か」
手を叩く。
その間、ぼくは2人に耳打ちした。
「2人にお願いがあるんだ。ちょっと嫌なことをさせるんだけど」
「ご主人様のお願いならば、聞かないわけにはいきませんわ」
「右に同じよ。なんでも言って、トモアキ」
「マティスさんの気を持たせてほしい」
「誘惑するってことですか?」
「ダメかな?」
「気が進まないけど……。トモアキにとって、今必要なことなんだろ?」
「うん。頼むよ」
2人は頷く。
すると、奴隷が2脚の椅子を持ってきた。
2人が椅子に座るところを、マティスはずっと見つめている。
クレリアさんが足を組むとうっとりとし、パーヤが胸の前で腕を組むと鼻の下を伸ばした。
クレリアさんとパーヤは自然な感じでマティスの視線に気付く。
すると、挑発するように目配せを送った。
マティスの心を一瞬にして鷲掴みにする。
仮面の奥の目には、ハートマークが浮かんでいた。
「マーティー様、参加料を」
ディーラーに促されて、マティスは我に返る。
慌てて台に向かい、参加料を置いた。
「美女に囲まれ、羨ましいですな。ええっと……」
配られたカードを見ながら、マティスはあからさまにため息を漏らす。
ぼくは賭け金を置き、2枚ドローした。
「私のことはロトとでもお呼び下さい」
「羨ましい……。お一人ぐらいお譲りいただきたいほどだ」
「今日は大人しくしておりますが、なかなかのじゃじゃ馬ですよ」
「それを乗りこなしてこそ、男でしょう」
マティスも2枚ドローする。
他の客はフォールド。
一騎打ちになる。
「オープン」
ぼくがワンペア。
マティスがツーペアだった。
「よし!」
歯を見せ、得意げにガッツポーズを取る。
こうしてぼくたちはポーカーを続けた。
その間にもマティスは何度も、後ろの2人に視線を向ける。
やがて、マティスの方から質問が来た。
「差し支えなければ、どのようなお仕事を。ただの貴族というわけではなさそうですが」
「ははは……。ばれてしまいましたか。まあ、投機を少々」
「ほう……。どのような」
マティスの瞳が光る。
商人の目つきだ。
かかった!
ぼくは思い、畳みかけた。
「さすがに、それはご勘弁を。ただ少々困ってましてね」
「ほう……」
「資金が不足していまして。焼け石に水とわかっていながらも、賭け事でその補填をしようと考えた次第です。……まあ、思惑とは裏腹に、ポケットマネーすらなくなってしまいましたが」
それを聞いて、マティスは口を開けて笑った。
「――して、いかほど?」
「10万ゴルといったところです。マーティー様にははした金かもしれませんが。これがなかなか……」
「ほう……」
カードを持ちながら、マティスは2人を見つめていた。
ゲームは続く。
オープン。
またマティスの勝ち。
「残念。今日はもう止めておきましょう」
カードを伏せ、ぼくは席を立とうとする。
「お待ちを」
それを止めたのは他でもない。
マティスだった。
「もう一勝負していきませんか」
「賭ける物がありませんよ」
背を向けたまま、ポケットを裏返し、ヒラヒラと振った。
出てきたのは、埃だけだ。
「そうですなあ。では、そこのお2人というのはどうでしょうか?」
指さしたのは、パーヤとクレリアさんだった。
「飛んでもない。この2人は私の宝でして」
「その代わり、あなたが勝てばその10万ゴルをお支払いいたしましょう」
「お戯れを」
ぐっと出かかった手を、ぼくは1度たぐり寄せた。
まだ……。まだ食いつくには早い。
「即金で如何ですか?」
今だと思った。
「……少し考えさせてください」
1度、2人に視線を送る。
パーヤもクレリアさんも、覚悟を決めた目をしていた。
そのやりとりはマティスも見ていた。
「わかりました。そこまでいうのであれば。勝負をお受けしましょう」
「ふほほほほ……」
笑い声なのか。それとも獣の鳴き声なのか。
よくわからない声を上げ、やがて舌舐めずる。
やはりその姿は、欲の権化だった
マティスくんは、欲望のフレンズなんだね。
すいません。
長い割に続きますm(_ _)m
体調が回復してきたので、感想返していきます。




