第31話 魔法使い、ちょっと裏世界へ足を踏み入れる。
お待たせしました。
「うーん。やっぱり高いなあ……」
ぼくは自分の私室でガヴをモフモフしながら、クレリアさんが持ってきた書類を見つめていた。
内容はガラスの代金だった。
何に使うかというと、ビニールハウスならぬガラスハウスを作ろうと思っているからだ。
神豆は汚れた水に弱い。
それで一遍に枯れてしまうというわけではないのだけど、クレリアさん曰く生産性が落ちるそうだ。
だからといって、屋内で育てるわけにもいかない。
太陽の光も必要だし、肥沃な土地も必要になる。
そこで提案されたのが、ガラスハウス栽培だった。
実はハイミルドでも珍しくない方法で、魔草を栽培する大手業者ではこの方法を採用しているらしい。
しかし、その代金がべらぼうに高い……。
ハイミルドでは、ガラスは貴重品だ。
それをふんだんに使って、1つ建物を作ろうというのだ。
予想はしていたけど、ここまで高いとは思わなかった。
「く○たき○……」の呪文を10回唱えれば、足りるけれど、その場合ぼくの身が持つかどうかわからない。
パーヤもいい顔をしないだろう。
「クレリアさん、他に良い方法がないかな」
「ガラスハウス以外に? 難しいね。逆に生産性が下がると、もっと赤字になるかもしれないわよ」
ロダイルさんとの話し合いの結果、売上の70%がぼく。ロダイルさんが30%と決まった。ちなみに70%のうち、生産コストは60%ぐらいになると思うから、10%がぼくの利益ということになる。
ロダイルさんは8:2でいいと言ってくれたけど、断った。
神豆の栽培は半分趣味で始めるようなものだし、利益は特に求めていない。物流費や保険(護衛の費用)はロダイルさんが持つことになるから、30%といえど向こうも大幅に利益を取っているというわけではないのだ。
とはいえ、10%でも売上次第では、大金になる。
ぼくは、少しワクワクしていた。
だが、そのモチベーションに水を差すような初期費用……。
農業って大変なんだね。
ちなみに、ハイミルドに分割払いなんて考え方はない。
即金前払いが当たり前らしい。
「もうちょっとまけるように説得しようか、トモアキ?」
クレリアさんは拳を握る。
説得って、それって実力行使じゃないよね。
「うーん。これ以上、無理を言うのも気が進まないよ。あんまり安く請けちゃうと向こうのモチベーションを下げることになるし。質を悪くされても困るんだ」
「相変わらず、トモアキは優しいね」
そうかな。
自分は職人さんが気持ち良く働いてくれればそれでいいんだけど。
「で――。どうする?」
「今からギブアップというわけにはいかないよ。ロダイルさんに悪いし。契約上の生産個数もあるしね」
「でも、お金は?」
「うん。ずっと前から考えていたことがあるんだ。それを試そうと思う」
「また呪文の開発かい?」
「いーや。今回ももう少し現実な路線だよ」
ぼくはずっとモフモフしていたガヴから手を離し、立ち上がった。
「どこへ?」
「ちょっと出かけてくるよ。パーヤには夕方までに戻るって伝えておいて」
ぼくはそういって、屋敷を後にした。
ぼくがやってきたのは、ロダイルさんの屋敷だった。
忙しそうにしていたが、ぼくのために時間を取ってくれた。
奴隷に案内され、客間に通される。
前来た部屋だったけど、いくつか調度品が消えていた。
経営状態が思わしくないんだな。
早く神豆の事業を立ち上げないと。
ロダイルさんのためにも。
ここで働く奴隷たちのためにも。
しばらくしてロダイルさんが部屋にやってきた。
向かいの席に座る。
前よりは顔色がいい。
むしろ活き活きとしているように見えた。
仕事が楽しいのかもしれない。
「おう。魔法使い、どうした?」
「突然、すいません。実は――」
ぼくはガラスハウスの見積もりをみせながら、現状の問題点を説明した。
「なるほど。理解した。もう少し俺がまけるように交渉しよう」
ガチャン、と音を立てて、ロダイルさんは腕に巻いた鎖を引っ張った。
だから、実力行使はやめて……。
「いえ。そういうことじゃなくて」
「まさか、お金を無心しにきたのか。生憎とうちは――」
「わかってます。ロダイルさんにはご迷惑をおかけしないので」
「すまないな。手助けしてやりたいんだが」
「今のままで十分ですよ。それよりもロダイルさんにお尋ねしたいことがあるんです」
「なんだ?」
「カジノをご紹介いただけませんか?」
奴隷商は眉間に深く皺を刻んだ。
ぼくをじっと見つめる。
「正気か? お前――」
「至って問題ないかと……」
「カジノで金を稼ごうってのか? 会社の資金を?」
段々とロダイルさんの顔が赤くなっていく。
言葉にも怒気が混じり始めた。
ぼくにとって、この反応は予想の範疇だ。
会社の資金をカジノで稼ごうなんて、前代未聞といえるだろう。
正気を疑われても仕方ないことだ。
けれど、ぼくの精神は至って正常だ。
そして勝つ自信がある。
ちょっと格好良くいうなら……。
このゲームには必勝法がある、というヤツだ。
「有り体に言えば、そういうことになります。でも、ぼくはこういうことには疎いので、ロダイルさんに聞こうかと」
「どうして俺に聞く」
それはロダイルさんが、その手の元締めをしているような顔をしてるから――なんて口が裂けてもいえなかった。
「まあ、いい。心当たりがある。というよりは、元締めの連絡先を知っている」
「良かった」
「わかっているんだろうな、魔法使い」
「この国ではカジノは御法度ってことですよね」
そう。
基本的にこの国では、カジノは禁止されている。
つまり、ここでの“カジノ”というのは、違法カジノ――いわゆる裏カジノというわけだ。
「場所は追って連絡する。お前のことだから、何か考えがあるんだろうが、1つ忠告しておくぞ。無茶はするな。パーヤやガヴが不幸になるようなことがあったら、俺が許さんからな」
ロダイルさんは睨んだ。
虹彩に紅蓮が宿る。
炎が踊っていた。
怖ひ……。
本当に何かあれば、殺されない勢いだ。
「もちろん、そんなことにはなりません。ぼくを信用してください」
「ふん。ああ、それと――。もう1つ忠告することがあった」
「なんでしょうか?」
「パーヤと“爆撃の魔女”を連れていけ」
「ぼくの護衛ってことですか?」
ロダイルさんは首を振る。
「違う。そんなことをしなくてもお前は十分強いだろう。……俺がいいたいのは、女2人を侍らしておけば、冴えない顔のお前も、ちったあ金持ちらしく見えるってことだ」
「ぼくの顔ってそんなに冴えないですか?」
「自覚がなかったのか。ついでにいうと、貧乏くさいぞ」
思い切って尋ねてみたら、付加価値をつけて返された。
「俺が紹介する場所は、貴族か大商人ぐらいしか入れない高級裏カジノだ。お前みたいな如何にもノンケなヤツが行くと目立ってしょうがないからな。そのためのアドバイスだ」
「あ、ありがとうございます」
こうしてぼくは裏カジノに行くことになった。
★
数日後、ぼくはロダイルさんから連絡があった場所に立っていた。
目の前には大きな屋敷。
アリアハルでも有数の大商人の自宅らしい。
大きいこと以外は、何の変哲もない。
こんなところで、裏カジノが行われているとは、誰も思わないだろう。
表向きは社交界ということになっていて、それっぽい人が中へと入っていく。
紳士淑女の顔には、仮面が付けられていた。
ぼくの顔にもだ。
「ご主人様。似合っておりますよ」
横から声をかけたのは、パーヤだった。
薄い唇を緩める。その顔にも、蝶を模した仮面が付けられていた。
その装いも普段とはまるで違う。
ワインレッドのカクテルドレス。
胸元を大きくはだけ、白く大きな乳房が半分見えていた。
顔がカァーッと熱くなる。
香水の香りと相まって、自然と鼻の下が伸びていくのを感じた。
「どうしました、ご主人様」
パーヤの純真な眼でぼくを見つめる。
後ろめたい気持ちになって、ぼくが目を背けると、その顔をそっと掴むものがいた。
「パーヤばかり見てないで、あたしも見てよ、トモアキ」
クレリアさんだ。
ひんやりとした手で掴むと、ぼくの顔を自分に向ける。
彼女の格好もひと味違っていた。
鮮やかなブルーを基調に、大きな花柄が添えられた生地のドレス。
雰囲気でいうなら、チャイナドレスに近いだろう。
スリットが切られ、強みである健康的な足を大胆に見せていた。
普段は流している髪も、後ろでまとめ、うなじが露わになっている。
そのクレリアさんの顔にも、月を模した仮面が装着されていた。
「ふふん。どうだい。あんたが好きなあたしの足は……」
すでに大きく開いたスリットをさらに広げて挑発する。
「クレリアさんばかりズルいです! わたしもどうですか、ご主人様!」
パーヤがぼくの腕を組む。
巨乳を押しつけてきた。大きなシュークリームでも当てられているかのように柔らかい。
や、やばい。
裏カジノどうこうというよりも、この2人が魅力的すぎて、せ、精神というか本能が爆発しそうなんだけど……。
個室とかあったら、襲っちゃいそうだよ。
「2人ともすっごく似合ってるよ」
「ありがとうございます。ご主人様」
「2人ともってところが気にくわないけど、まあ許してあげる」
パーヤもクレリアさんも満足そうだ。
「さ。じゃあ、行こうか」
そういうと、クレリアさんもぼくの腕に手を絡めた。
ロダイルさんの注文通り。
2人の美女を侍らし、ぼくたちは裏カジノに潜入した。
え? ぼくの格好?
男の白タイツとかどこに需要があるんだよ!!
ちなみにガヴはルバイさんの宿でお留守番です。
「がう゛!(ひまだ)」
ブクマ・評価・感想いただきありがとうございます。
感想の返信が遅れてて申し訳ない。
体調が戻り次第、返させていただきます。




