第30話 神豆で奴隷の食糧事情を救う
お待たせしました。
神豆を発見して、1週間ほど経ったある日のことだった。
ぼくの屋敷に珍しいお客さんが訪れた。
手に鎖を巻き、如何にも人相の悪い男が、客間でぼくを待っていた。
「ロダイルさん、お久しぶりです」
ぼくが握手を求めると、ロダイルさんは握り返した。
相変わらず目に隈が出来ている。
顔も前に会った時よりも痩せているような気がした。
奴隷の運営が大変なのだろうか。
「おう。久しぶりだな、魔法使い。活躍は聞いているぞ」
「恐縮です。今日はどんなご用ですか? 生憎と奴隷は――」
「わかってる。この屋敷にこれ以上人がいてもな。今日はそのことじゃない。実は――」
話しかけたところで、パーヤが客間に入ってきた。
ローテーブルにティーカップを並べる。
美味しそうな紅茶の香りが部屋の中に広がった。
トレイを両手で握り、パーヤさんは挨拶した。
「ロダイル様。お久しぶりです」
「ああ。お前も元気そうだな」
すると、今度はパーヤの後ろからガヴが顔を出した。
「こんちは」
言葉を発すると、ロダイルさんは目を剥いた。
「お前、言葉を……」
「ちょっとずつだけど、言葉と文字を教えてるんです。基礎的な会話ならなんとか出来るようになってきましたよ」
ぼくはガヴをおいでおいでと手を招くと、自分の横に座らせた。
モフモフとした耳を撫でる。
うーん。やっぱり触り心地は最高だな。
「ふ。まさかそこまで俺の奴隷に目をかけてくれるとはな。冥利に尽きるってものだ」
ロダイルさんの口元が緩む。
眩しそうにガヴを見つめる瞳は、少し濡れているように思えた。
それを誤魔化すようにロダイルさんは、目をもむ。
すると、ローテーブルに置かれたティーカップとは別の皿を見つめた。
1粒の豆がちょこんと載っている。
訝しげに首を傾げながら、ロダイルさんは指をさした。
「なんだ、この豆は?」
「うちで作っている豆ですよ」
「ほう……。しかし、皿に1粒とはちょっと味気ないな」
「とりあえず、食べてみてくださいよ」
言われるままロダイルさんは、豆を摘んだ。
ひょいと口に入れ、咀嚼する。
「うん。味は悪くない。スープにしたら、美味いかもな」
やがてごっくりと飲み込んだ。
変化はすぐに現れた。
「お! おお……。おおおー。おおおおおおお!!」
お腹が膨れる感覚にロダイルさんは驚く。
いつもクールで、あまり表情を表に出さない奴隷商が、明らかに狼狽していた。
大きく膨らんだ腹を見て、思わずロダイルさんは鼓を打つ。
ポン、と気持ちいい音がした。
「げっぷ……。もしかして、豆の力か?」
「はい。ぼくたちは神豆と呼んでます。1粒でお腹一杯になれる豆です。栄養価も高いことは、ぼくが保証します」
「まさに魔法の食べ物というわけか……うーん」
ロダイルさんは何も置かれていない皿を見つめる。
「ちょっと味気ないですけどね。でも、今アリアハルの食糧事情が思わしくないそうなので、緊急的に必要かと思いまして」
「この豆を育てているというわけか?」
「良かったら田畑を見ますか? といっても、うちの庭先ですけど」
「そう言えば、ここに来る前に見たな。……ふむ。興味がある。見せてもらおう」
ロダイルさんは立ち上がった。
庭先に行くと、クレリアさんが魔法で豆に水をやっていた。
2つの畝には合計10個の苗があり、茎を伸ばし青々とした葉をつけている。
その中には、一見瓜のようにも見えるサヤが下を向いて垂れ下がっていた。
「ご苦労様。クレリアさん」
「例には及ばないわよ。それにあたし、こう見えて植物とか育てるの結構好きなんだから」
クレリアさんには魔草の栽培の知識もあって、神豆を担当してもらっている。自分でいうだけあって、かなり手際がいい。朝から畑作りをはじめて、日が傾く頃には立派な畝が出来ていた。
ぼくは小学校の自由研究以来、植物を育てたことがないので、クレリアさんにすべて一任していた。
「その人相悪いおっさんは?」
「悪かったな。“爆撃の魔女”」
「へぇ。あたしの2つ名を知ってるんだ」
「有名人だからな、お前さんは。間違って、ある王国の要塞を魔族のものと勘違いして、爆撃したのは語りぐさになってるぞ」
え!? クレリアさんってそんなことをしてたの。
「あははは。まあ、なんていうの。……若気の至りっていうヤツかしら。いいじゃない、奇跡的に死者はいなかったし」
笑って誤魔化そうとする。
さすがに無理があるよ、クレリアさん……。
「こちらは奴隷商のロダイルさん」
「ああ。パーヤとガヴの元請けの人ね」
「そうそう。……畑を見たいっていうから連れてきたんだ」
「なるほどね。どうぞ。あたしの自慢の子供たちを見てあげて」
ロダイルさんは畑の中に入っていく。
大きなサヤを持ち上げ、目を細めた。
「もうだいぶ実が付いているじゃねぇか」
「そうね。明日には収穫できるんじゃない?」
とクレリアさん。
「いつから育ててたんだ? この屋敷を借りた直後か。それにしても、3ヶ月も経っていないと思うが」
「へぇ。奴隷商なのに植物の知識があるんだ」
「馬鹿にするなよ、“爆撃の魔女”。それぐらいは常識の範疇だ。で? いつから植えてるんだ?」
「そうね。今日で5日目ってとこかしら」
「5日目! おま――」
「ロダイルさん、落ち着いてください。クレリアさんの言ってることに間違いはありません。この豆は6、7日で成熟するんです」
「な! 馬鹿な!」
「それがあるのよ。最初はあたしも驚いたけどね」
「1粒で腹が一杯になって、しかも種植え後6、7日後に収穫できる食べ物か」
「1つ難点を挙げるなら、魔法の水しか出来ないってことかしらね。土も1度聖水で清めなければならないし。まあ、そこは魔草を育てた経験がある魔法使いなら、苦にならないけど」
ロダイルさんは口をあんぐり開けながら、またサヤをマジマジと見つめた。
その頭の中を現代風に訳すなら、まさに「チート」な食べ物かもしれない。
「なあ。魔法使い……」
「はい。なんでしょう」
「この豆を売ってくれないか?」
「うーん」
ぼくは少し頭を掻いた。
ロダイルさんは立ち上がり、頭を下げる。
「金なら出すぞ」
「いえ。やはりロダイルさんに豆を売れませんね」
「な、何故だ? もしかして……。他にもう売り先があるのか。だったら、それよりも高く値をつけるぞ」
ロダイルさんは明らかに取り乱していた。
交渉事において、決して動じなかった人が激しく狼狽している。きっとこの人には何か訳があって、せっぱ詰まった事情があるのだろう。
だが、ぼくはあえてそれを聞かなかった。
商売の中でフェアじゃないと思ったからだ。
そして身の上を話させるのも、魔獣使いでありながら、魂は商売人であるロダイルさんを傷つけることになりはしないか、そう思った。
だから、ぼくは頭を振った。
「やはりそれでも売れません。あなたに豆は――」
「そうか」
ロダイルさんは肩を落とす。
最初に会った時は、がっしりとして見えた背中は、しなびたもやしのように頼りなかった。
諦めて帰ろうとする奴隷商をぼくは呼び止めた。
「ただロダイルさんに買ってほしいものがあります」
「俺に買ってほしいもの?」
ロダイルさんは目を上げる。
隈も一層濃くなっていた。
「はい。この神豆の販売権です」
「…………」
――はっ!?
絶望に彩られたロダイルさんの瞳がみるみる開いていく。
「おま――。でも、さっきは豆を売れないって」
「ロダイルさんに豆なんて売れません。色々とお世話になっているんですから、無料で差し上げますよ」
「な゛!!」
ロダイルさんは再び口をあんぐり開ける。
クールな奴隷商とは思えない表情の七変化ぶりに、横で聞いていたクレリアさんは「ぷっ」と吹きだした。
事実、ぼくもちょっと笑いそうになる。
「そ、それはわかったが、ホントにいいのか? 販売権なんて売って。これは画期的な商品だ。アリアハル……いや、ハイミルド全体の食糧事情を一変させる食べ物なんだぞ」
「そうでしょうね。でも、商品が革命的であればあるほど、反動は大きい。たとえば、普通の食料品店が困るでしょうね。こんなものが出回れば、高騰する食材を益々買ってもらえなくなる。他の商人からの反発は必死でしょう。さらに神豆は育成のハードルが低い。やろうと思えば、誰でも育てることが出来る。そうなると模倣品の対策も必要になってくるし、裁判――がこの世界にあるのかは知らないけど――そういうことになったら大変だ」
そもそも、とぼくは付け加えた。
「ぼくは神豆を売る流通ルートなんて持ってませんから。その点、ロダイルさんに任せれば問題ないかなって思ってます」
「そ、そこまでわかっているなら、お前がやればいいじゃないか。俺もバックアップするぞ」
「確かに……。でもね、ロダイルさん。そういうめんどくさい事を人にすべて任せられることが、ぼくにとって一番のメリットなんですよ」
「お前! 全部、俺に丸投げしようってのか!」
「そうです。……いけませんか?」
「めんどくさいことをすべて俺に押しつけるってわけか」
「はい!」
ぼくはにこやかに答えた。
別に大商人になりたいわけでも、大金持ちになりたいわけでもない。
あくまでぼくは――。
「この家で。この家族で。慎ましやかに、小さな幸せを享受できれば、それでいいんです」
ふふ……。
はっはははは……。
あ――はっはっはははははははは……。
突然、ロダイルさんは顔を押さえて笑い始めた。
ご近所にも聞こえるほどの大声でだ。
「面白い! 乗ったぞ、魔法使い。販売権を俺に売ってくれ」
「交渉成立ですね」
ぼくとロダイルさんはがっしりと握手する。
詳しい契約内容は後日詰めることになった。
ちなみに、神豆を作るのはぼくたちだ。ロダイルさんの紹介で広い土地を買い、そこで作付けをすることになった。
「魔法使いよ。作物も育てるのも大変だぞ」
「神豆はそんなに手間がかからないので。それに土いじりも結構楽しいですよ。人間相手よりよっぽど気が楽です」
「なるほどな。じゃあ、また顔を出す」
ロダイルさんは手をあげる。
一家総出で見送る中、進み出たのはパーヤだった。
元主人に袋を渡す。
中を見ると、神豆が一杯入っていた。
「いいのか? こんなに」
「はい。主からロダイル様にと」
「魔法使い、すまねぇな」
ロダイルさんは丁寧に頭を下げて、屋敷を後にした。
見送るパーヤの背中に、ぼくは声をかけた。
「ロダイルさん、喜んでいたね」
「はい」
すると、パーヤは今度はぼくに向かって頭を下げた。
「ご主人様。わたしのわがままを聞いていただきありがとうございます」
「ぼくはロダイルさんと商売の話をしただけさ。感謝されるようなことはしてないよ」
「いえ。ご主人様は、わたしの同胞――多くの奴隷たちを助けてくれました」
ぼくは結局、ロダイルさんが屋敷に来た理由を訊かなかった。
何故なら、予想がついていたからだ。
ロダイルさんはぼくにお金を借りに来たのだ。
昨今、食糧高騰はロダイル家の食糧事情に痛烈なダメージを与えていたらしい。
ただでさえ奴隷に食糧を行き渡らせるのが困難な状況なのに、ここに来ての食材の高騰。苦しくないわけがない。
パーヤはそれを市場でばったり出会ったロダイルさんの料理番から聞き、ぼくに伝えてくれた。
お金を貸すことはやぶさかではないけど、それではロダイルさんのプライドが傷つくことになる。そこでぼくは、販売権を売ることにしたんだ。
「助かるといいね。ロダイルさんのところの奴隷」
「はい!」
パーヤは笑顔で答えた。
会心の笑顔に、久しぶりにぼくの心は満たされていった。
ちょっと体調が思わしくなく、予告なく毎日投稿が打ち切られる可能性がございます。
都度ご連絡させていただきますが、ご了承いただければ幸いです。
※ 『その現代魔術師は、レベル1でも異世界最強だった。』をお読みの皆様へ
今日中には投稿いたしますので、今しばらくお待ち下さい。




