第2話 魔法使いはめんどくさい!
第2話です。
よろしくお願いします!
異世界生活5日目――。
ぼくはお世話になっている宿のベッドから身を起こす。
軽くストレッチして、壁にあったカレンダーを確認した。
ハイミルドでは太陽暦が使われているらしい。カレンダーの作りや日にちの並びも見慣れたものだ。
日本語が公用語になっていることといい。
異世界に来たのに、どこか実感が薄いのは、こういう細かい設定が一緒なことだろう。大神もっと働け。
通貨はゴルという単位が使われている。
この安宿の1泊辺りの代金が8ゴルだ。部屋の広さとか考えると、日本なら4000円弱ぐらいかな。だから、1ゴルを500円ぐらいの価値と考えてもいいのだろうか。
じゃあ、食糧とかって……と考えると頭が痛くなりそうだから、今は考えないでおこう。
ともかく、今日は再びギルドに行く日。
リタさんに会う日でもある。
なるべく髪を整え、部屋を出た。
宿の階段を下りると、でっぷりと2段腹の女性と遭遇する。
この安宿『キリン』の女将ルバニさん。
ちなみに口癖は「1泊8ゴルだよ」だ。
ルバニさんは眉間に皺を寄せて、ぼくを睨む。
別に起こっているとかそんなんじゃなくて、これが彼女の初期設定らしい。
「あんた、今日も泊まるのかい?」
「たぶん、そうなるかと……」
「今日からお代をいただくからね」
「あ。はい。わかってます」
頭を下げ、宿を後にした。
はじまりの町「アリアハル」は昨日までお祭り騒ぎをしていたとは思えないほど、静けさを取り戻していた。
魔族の侵攻が始まって500年。
待望の勇者が現れたのだ。
喜ぶのも無理はない。
思わぬ歓迎を受けた同僚はすっかり舞い上がり、その気になっていた。
どこから持ってきたのか剣を抜き、「この世界は俺が守る」みたいな台詞を吐いて町の人を喜ばせ、別の意味で町の女性を喜ばせていた。
そうして昨日の朝。
王と謁見するため旅立っていった。
別れ際、同僚は。
「お前のことは一生忘れないからな」
とか言っていたが、きっともう忘れているだろう。
今頃は、王様から旅の支度として100ゴルと魔法の鍵でももらって「シケてんなあ、この国の王様は。俺、勇者様だぜ」とか言っているに違いない。
とにかく、さっさと魔王とやらを倒して、世の中を平和にしてくれることを祈るばかりだ。
とりあえず同僚のことなど、どうでもいい。
この後、会うことも、同僚の名前をぼくが口にすることもないだろう。
今は自分のことだ。
勇者に選ばれた同僚から遅れること1日。
ぼくもようやく魔法使いとして、その職業の説明を受ける日がやってきた。
ギルドに行くと、通常業務に復帰したリタさんがいた。
昨日まで彼女はずっと勇者になった同僚の世話係をやっていたことをぼくは知っている。
カウンターに近づいていくぼくを見て、彼女はにこやかに挨拶する。
営業スマイルだとわかっていても、なかなか眩しい笑顔だ。
「おはようございます。えっと……」
え……。もう名前忘れちゃったの。
結構、ショックだった。
「あ、相田です。相田トモアキです」
「ああ。すいません。ご職業は――」
「魔法使いです」
完全に忘れてるなあ、この子。
どうやら脈なしらしい。
しょぼん……。
「今日はどういったご用件で」
「えっと。魔法使いってどんな職業なんですか? ステータスカードにもらってから、まだ何も説明してもらってないんですけど」
「あいだ……。ああ、勇者様と一緒に来られた方ですね」
今、思いだしたのかよ!!
段々腹が立ってきたぞ。
「えっと。あ。はい。そうですね。魔法使いという職業は、簡単にいえば魔法で魔物や魔族を倒す職業です」
…………。
何故か、沈黙が流れた。
「え? それだけ」
「あとはそうですね。魔草なんかを探して、魔法の薬とか作ることも1つのお仕事ですね」
「魔草ってどこにあるんですか?」
「主にダンジョンですね」
「魔物とかいる?」
「いますね」
「じゃあ、結局魔法がいるってことですよね」
「そういうことですね」
ごめん、リタちゃん。
そのつぶらな瞳の間に、パンチとかしていいかな。
ぼくは怒りを必死に押さえつつ、冷静に尋ねた。
「で? 魔法を使うにはどうしたらいいんですか?」
「呪文を覚えなくちゃいけませんね。詳しくは、近くにある魔導書の専門店で聞いてもらえますか?」
結局、たらい回しじゃないか!
幸いにも魔導書の専門店とやらは、近くにあった。
カコーン、とドアベルを鳴らし、中に入っていく。
魔導書の専門店だけあって、無数の本が置かれていた。
ただひどく雑然としている。
商品なんだからもっと大切に扱ったらどうなのだろう。
奥に行くと、店主がソファで寝ていた。
「あの……」
「うん?」
顔に置いた三角帽を頭に載せる。
黒いコートを着た――いかにも魔法使いという風采。
しかし、何かおかしい。
遠近感が狂っているのか。妙に小さいような気がするのだ。
その推測は、店主がカウンターに近づいてくると判明した。
「いらっしゃいなのだ。なんの魔導書をお求めかな?」
「ちっちゃ!!」
思わず叫んでしまった。
店主は女だった。
しかも小学校低学年ぐらいの。
肩の辺りで乱暴に切りそろえた青い髪。
ややつり上がり瞳は、アメジストに似ている。
顔は整っていて、「ああ。この子は将来可愛くなるなあ」という予感はあるのだが、コートから覗く胸は一周回って輝かしいほど絶壁だった。
子供の割りに強めの眼光がひかると、少女は持っていた杖でぼくの頭を叩いた。
「ちっちゃいうな!! 私はこれでもはたちだ! 20歳だ!」
「嘘でしょ!!」
「見ろ!」
自分のステータスカードを黄門様の印籠の如く掲げた。
本当だ。
20歳。しかも、レベル52もある! つっよ!
ガチでやったら、これってぼくが負けるってことなのか。
でも、その格好で子供ってのもちょっと問題なんじゃないかな。
黒いコートに隠れてるからいいけど、中身は結構露出度の高い服とか着ていて、お臍とか太股が完全に見えていた。
「あの……でも、大人なら大人でもうちょっと節操のある格好をされた方が」
「何をいうのだ! わたしは成長期なんだぞ。成長期に肌を締め付けるような服を着たら、成長が出来ないではないか?」
何その謎理論……。
ハイミルドでは一般的な考え方なのかな。
あとでリタさんにでも聞いてみよう。
「ともかく謝ります。すいません」
「ふん! 2度目はないぞ。ところでお客さん、ここに来るのは初めてじゃな」
「えっと……。つい先日、魔法使いになったんですけど」
「なるほど。素人さんか……。どおりで」
途端、子供店長はやる気を失ったらしい。
ソファに腰を下ろすと、クッションに頭を預けた。
「お主、もしかして異世界人か?」
「はい」
「やっぱりな。じゃあ、魔法の使い方とか全然知らないじゃろ?」
ちょいちょい入るおじいさん言葉は、なるべく年上に見せるようにするための演出なのだろうか。涙ぐましい努力なのだろうか。
ともかくぼくは首肯する。
「魔法というのはな。簡単にいうと魔導書に書いてある呪文を唱えることによって使えるのじゃ」
「じゃあ、ここにある魔導書を買えば、ぼくにも魔法が使えるんですか? いくらなんですか?」
一応、当面の生活費としてギルドからは50ゴルをもらっている。
魔導書がいくらなのかは知らないが、魔法が生命線である魔法使いにとっては、是非とも手に入れておかなければならない。
「慌てるな。まずはその辺にある魔導書を開いてみろ」
言われるまま魔導書を開いてみた。
何が書いてあるのかさっぱりわからない。
魔法使いになったからには、何か識字能力的なものがアップして読めるのかと思ったが、全くそんなことはなかった。
「わからないであろう?」
頷く。
「当然じゃ。【ちりょく】のステータスが高くないと読めないからな」
「え? じゃあ、ぼくみたいなレベル1の魔法使いはどうするんですか?」
「学校に入って、読める人に教えてもらうのじゃ」
「学校?」
「そうじゃ。魔導書の専門学校。そこで魔導書に書かれている文字を学ぶのだ」
おいおい。
まさか今度は学校に行って説明を受けろってパターンじゃないだろうな。
「学校ってどこにあるんですか?」
「入学するつもりか? やめといた方がいい。授業料は高いし。この世界に来たばかりのそなたじゃ、とてもじゃないけど払えん」
「じゃ、じゃあ……。あなたから文字を教えてもらえませんか? お金は払うので」
「それも無理――」
「なんで!?」
「意地悪でいってるわけではない。基本的に学校以外で教えることは禁止されているのじゃ。それが魔法使いでもな」
聞けば、魔法使いには学派というものがあるらしい。
火属学派とか水属学派とか、魔法の種類によって様々なのだそうだ。
学派によって使う文字や意味まで違うらしく、統一しようにも学派同士の対立があって、なかなか進んでいないそうだ。
なので、学校に入って学派宣言をし、文字を学ぶということがこの世界では常識なのだという。
権威主義に凝り固まった頭の硬い連中がいるのだろう。
今、人間と魔族がバトルしてる真っ最中なんだから、もうちょっと柔軟に考えられないものだろうか。
「魔法使いってめんどくさいですね……」
「気持ちは分かる。けれども、1つや2つ覚えてしまう結構楽だぞ。攻撃魔法を1つでも覚えれば、まず食いっぱぐれことはない!」
「あの……。どうにか教えてもらうことはできませんか。学派の人たちには内緒で」
「悪いが、他を当たってくれ」
「そこをなんとか……。魔法が使えなかったら生きていけません」
「可哀想じゃが、無理なものは無理。運がなかったと思って諦めよ」
「そんな……」
じゃあ、この後どうすればいいんだ……。
早くもぼくの異世界生活は“詰み”を始めるのだった。
同僚の名前を作者に聞かれても、お答えできません。
次回は夕方すぎぐらいです。