第26話 女たちの戦い
今日は通常通りです。
ぼくの屋敷でもっとも好きな場所。
それはお風呂だ。
パーヤのお父さんはお風呂好きだったそうで、貴族の屋敷として狭い中、お風呂場だけは結構広くとっている。
小さな旅館のちょっとした露天風呂ぐらいの大きさがあって、いつもぼくはそこで汗を流していた。
で、そこで今、ぼくは湯船に浸かってゆっくりしているかと言われれば、そうではない。
実は、ぼくの背中を巡って、女同士の骨肉に争い――といえば大げさに聞こえるかもしれないけど――まあ、それぐらい火花を散らして、パーヤとクレリアさんが、言い争っていた。
「クレリアさん! わたしはトモアキ様のお世話係なのです。主人のお背中を流すのは、奴隷としての務め。あなたは下がっていてください」
「なによ、けちくさいわね。そういうなら、あたしだってトモアキの弟子なのよ。弟子として師匠の背中を流すのは当然の義務よ」
「あの~。2人とも。仲良くね」
「ご主人様は口を出さないで下さい!」
「トモアキは黙ってて! そうじゃないと、声を出さない魔法を使うわよ!」
怒られてしまった。
あの……。ぼくって君たちのご主人様とお師匠様なんだよね。
面と向かって言いたいことは山ほどあるけど、なんとかは犬も食わないっていうしね。あれ? あれって夫婦だっけ? 恋人だっけ? まあ、いいや。
それよりも問題なのは、ぼくが面と向かって2人と話せないことだ。
何故なら、2人とも裸だった。
ハイミルドでは混浴が基本らしく、ぼくが入っていても、平気で2人は入ってくる。そこはご主人とお師匠の顔を立ててほしいのだけど、何かにつけて一緒に入りたがるんだ。
そんな訳で、パーヤこそ令嬢らしくバスタオルを巻いているのだけど、クレリアさんに関しては一糸纏わぬ姿だった。
ちなみにガヴは既にぼくが洗髪をして、今はお風呂に肩まで浸かっている。
最初はいやがっていたけど、最近ハマっているらしい。
ちょっと爺臭いところが、クスッとくる。
「トモアキ様」
「トモアキ!」
いきなり2人はぼくを名前で呼んだ。
「え? なに?」
「わたしの好きな身体の部位を教えてください」
「こっちを見て、トモアキ!」
「なんでそんな話になってるんだよ!?」
「いいから答える!」
「答えてください。トモアキ様」
すると、ぼくが2人の方を向くように手を引っ張った。
クルッと回転すると、視界に2人の女神が視界に入る。
おお……。うぉおおおお……。
目映い。
神々しすぎる。
「さあ、どっち? トモアキ」
「トモアキ様」
「え、えっと……そうだな。はっきり言っていい?」
「「もちろん」」
パーヤとクレリアさんは声を揃えた。
実は仲がいいんじゃないかあ、この2人。
「パーヤはやっぱりその大きな胸だよね」
「きゃっ!」
ぼくが指をさすと、パーヤは恥ずかしそうに胸を押さえた。
いや、恥ずかしがることないじゃないか。
言っていい、といったのは、パーヤだろ。
「とにかく形がいいよね。大きいけど、全然垂れてないし。張りがある感じが、触らなくても伝わってくるというか。本当に芸術品みたいに思う」
「あ、ありがとうございます」
パーヤの顔は完熟したトマトみたいになっていた。
いつも毅然としていて、凛々しい彼女も好きだけど、照れてるところは十代の女の子みたいで初々しく可愛いな。
「トモアキ! あたしは! あたしは!?」
「えっと。クレリアさんはやっぱり太股かな。細くもなく、かといって太くもなく。健康的で女性的。特にふくらはぎから太股のラインがぼくは好きだな。あと引き締まっていても、柔らかいのがいい」
「ふふん。わかってるじゃない」
クレリアさんは鼻を高くする。
見せつけるようにぼくに向かって太股を見せつけた。
「では、トモアキ様はどちらの方が好きなのですか?」
「当然、あたしの方だよな。太股……」
「それは――」
うーん。
どうしよう。甲乙付けがたいというか。
ぼくにとって、どっちも大事というか。
悩んでいると、ガヴがお風呂から出てきた。
「がう゛?」
ぼくたちの間に入ると「なにやってるの?」という感じで首を傾げる。
ぼくは思った。
「うん。でも、ガヴのこの抱きごちとモフモフの尻尾が最高かな」
思わずヒシッ抱きしめる。
モフモフと撫でた。
2人は絶句し、やがて叫んだ。
「トモアキさまぁぁぁぁああああ!!」
「トモアキぃぃぃぃいいいいいい!!」
声がお風呂場で反響する。
再び大騒ぎになる中、ガヴは密かにVサインを送っていた。
「やったぜ!」
★
次の日。
天罰なのか、女の呪いなのか、ぼくは風邪を引いてしまった。
「けほけほ」
「大丈夫ですか? トモアキ様」
「パーパ、げんきになって」
「湯冷めして風邪を引くなんてなあ。これもパーヤが意地を張るからだぞ」
「何を言っているんですか。あなたこそ!」
パーヤとクレリアさんは睨み合う。
今にも昨日の延長戦がはじまりそうな剣幕だ。
「2人とも仲良くしてよ、こほこほ」
「トモアキ様」
「トモアキ」
「2人はぼくにとって大事な人なだ。そんなのを比べられないよ。だから、変なことで争わないで」
「わかりました。申し訳ありません、トモアキ様」
「わるかったわ、トモアキ」
「うん。仲良くしてくれればそれでいいんだ」
とその時、屋敷に来客があった。
ギルドの使いの人がやってきて、ぼくにどうしても話があるのだという。
ぼくは病床で、話を聞くことにした。
「実は、ジャイアントオークの弟がトモアキ様を出せと」
「ジャイアントオークの弟」
弟なんていたんだ。
「さっきいきなり街にやってきたと思ったら、ギルドで保管していたジャイアントオークの剣をもっていってしまったんです」
「それで――」
「その剣を持ってきたのが、魔法使いだっていうと、今度はトモアキさんを出せって。……仇を討つっていって、今広場を占拠してるんです」
「ジャイアントオークをやったのは、勇者だろ?」
とパーヤさん。
「はい。ただどうやら、生き残っていた部下がいたらしく。魔法使いが魔法を使って砦を吹き飛ばすところを見たと」
あちゃー。
見られてか。
ぼくはベッドの上で頭を抱えた。
「トモアキ……。その反応はやっぱり――」
「うん。実は、ぼくがやったんだ。ガヴを買うためにね」
「がう゛……」
何も知らないガヴは尻尾をヒラヒラと振った。
「まあ、それはいいとしてどうする? ジャイアントオークの弟っていえば、魔王の幹部の1人のはずだよ」
「弟も幹部なんだ」
どんだけ幹部がいるんだろ。
魔族って。
でも弱ったなあ。
こんな状態だし。
戦えないことはないけど、正直億劫なんだよね。
街の広場まで行くの。
誰かなんとかしてくれないかな。
ぼくに頼りすぎなんだよ、この街。
「仕方ない。あたしが倒してやるよ」
そう言って、クレリアさんは虚空から杖を取りだし、両肩に載せた。
「でも、危険なんじゃ」
「誰に言ってるの、トモアキ。あたしは“爆撃の魔女”。レベル90の魔法使いなんだよ」
「わたしも行きます」
手を挙げたのは、パーヤだった。
「足でまといだ。あんたはここで主人とあたしの帰りを待ってるのね」
「いいえ。主人が務めが果たせない状態であるなら、その代理となるのも奴隷としての務めですわ」
「がう゛、いく!」
「ガブまで……」
ガヴも両腕を挙げて、アピールする。
「わかった。ぼくも行くよ」
「トモアキ!」
「トモアキ様は、ここにいてください」
「心配しないで。戦わないよ。ただ主人として、3人の戦いを見届ける義務ぐらいはあると思うんだ」
「それは――」
「まあ、いいじゃないの。お師匠様の前でいいところを見せる絶好のチャンスだしね」
クレリアさんはウィンクする。
とてもチャーミングだった。
話はまとまった。
ぼくはギルドの人に言う。
「案内してください。魔物がいる場所へ」
こうしてぼくの女たちの戦いは始まったのだ。
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