第24話 魔法使いの弟子の陰謀
ちょっと長めです。
「で、弟子ぃ!」
朝っぱらから思わず素っ頓狂な声を上げちゃったよ。
ぼくに弟子って。
クレリアさん、何を考えているの?
「おい、クレリアよ。トモアキが混乱しているではないか」
別の声が混じる。
視線を下にすると、同じくとんがり帽子を被った魔法使いがいた。
ルーイさんだ。
なんでこんなところに?
「ええ! あたし、もっとトモアキ様とお話したいよ。、お姉ちゃん」
「お、お姉ちゃん!!」
1回。
2回。
ぼくは2人に視線を交互に送った。
「何故、そこで2度見をする。トモアキ」
「だって、どう見ても、ルーイさんがクレリアさんのいも――いってぇえ!!」
ルーイさんは思いっきりぼくの脛を杖でぶっ叩く。
痛い。今はレベルマ状態じゃないのに。
ぼくの目に涙が浮かぶ。
「ふん! 失礼なことをいうな。こいつはこれでも15歳だぞ」
「15歳!」
1回。
2回。
3回。
……はは。いやいや、嘘だろ。
どう見ても、ルーイさんの方が――――。
がきぃん!
また杖が振るわれた。
今度は反対の足だ。
ぼくはピョンピョンとその場を跳ね回る。
「まだ何も言ってないじゃないですか?」
「反応でわかるわ、愚か者」
「お姉ちゃん、やめて! トモアキ様はあたしの師匠様なのよ」
「いやいや! ちょっとぼく何も言ってませんよ」
ルーイさんが咳を払った。
「ともかく積もる話は屋敷の中でじゃ」
ルーイ・クレリア姉妹は、どかどかと屋敷の中に入っていった。
2人を客間に通すと、早速話が始まった。
ぼくの膝枕で眠るガヴを撫でながら、話を聞く。
後ろには、茶菓子を用意してくれたパーヤが立っていた。
「トモアキ、お主言っていたであろう。ブレインがほしいと」
前々から考えていたことなんだけど、ぼくは魔法のことはおろか、ハイミルドのこともろくに知らない。
パーヤにある程度のことは教えてもらっているのだけど、彼女は貴族令嬢。魔法のことはよくわからない。
だから、この辺できちんと魔法の知識を頭に入れる必要があると、思ったんだ。
手っ取り早い方法は、ルーイさんが前にいってた学校に通うことなんだろうけど、この屋敷でぼくは稼ぎ頭だ。学校に行っている時間はない。
専属の家庭教師を付ける手もあるけど、異世界人であるぼくにはつてがない。唯一魔法使いの知り合いといえば、ルーイさんなわけだけど、彼女には店があると断られていた。
「そこで我が妹の出番というわけだ。まあ、姉としては癪だが、こいつはなかなか優秀だぞ」
「それは知ってます。でもその場合、ぼくが彼女の弟子になるんじゃないですか?」
「とんでもありません!」
クレリアさんはどんとローテーブルを叩く。
さらに立ち上がった。
「魔法の詠唱速度。その威力。戦術理解! トモアキ様はあたしの理想なんです。是非ともお側にいて、勉強させてください」
お願いします、と言う言葉とともに、頭を下げる。
そこには強引にぼくを勝負へと引き入れ、挑んできた魔法使いの姿はなかった。
「そ、そこまでいうなら……。でも、ぼくから学べるところなんて何もないと思いますよ」
「私もそう思うのだがな。こいつがどうしてもとうるさいのだ。お主に惚れておるのかもしれんぞ、トモアキ」
「お、お姉ちゃぁあん!」
クレリアさんの声が裏返る。
「ところで、トモアキ。お主の師匠はどこへ言ったのだ」
「え? ああ……」
そんな設定もありましたね。
「た、旅に出かけられたんですよ。しばらく帰ってこないそうです」
「そうか。1度会って話をしたいものだ。レベル1の魔法使いを、レベル90の魔法使いに匹敵するほどの使い手にするにはどうするのか」
な、なるほど。
ルーイさんはそう思っているのか。
この前の薬の時の騒動でうっかり魔法を見せてしまったから、とっくに何かに気付いているのかな、と思っていたけど。
案外、鈍い人なのかも。
「ともかく、クレリアを頼むぞ」
「よろしくお願いします、トモアキ様」
再びクレリアさんは頭を下げた。
★(クレリアパート)
ああ。しんどかった。
猫被るのも大概ね。
しかし、これでトモアキはあたしを信じ切ったはず……。
きっとあいつは、あたしがトモアキの力に惚れ込んで、弟子になったと思ってるわ。
お馬鹿さんね。
そんなわけないじゃない。
あんたの秘密を暴いたら、ボロ雑巾みたいに捨ててやるんだから。
でも、何も言ってないとはいえ、お姉ちゃんも変なパスを出さないでほしいわ。
あたしがトモアキに惚れてるですって。
そんなこと万が一、億が一ないっての。
姉妹として恥ずかしくなってくるわ。
ああ。熱い熱い。
無性に顔が熱い。
まあ、そんなことはどうでもいいのよ。
弟子宣言して3日経ったけど、全くあいつの強さの片鱗が見えてこないの。
家にいて、1日中食っちゃね食っちゃねしてるの。
たまに外に出かけたと思ったら、スライムを倒して小銭稼ぎしてるのよ。
だから聞いたのよ、あたし。
思い切ってね。
「お、お師匠様。強くなるコツとか、修行の仕方とかありますか?」
って尋ねたら、なんて答えたと思う。
「別にないかな。めんどくさいし」
めんどくさい!
なんか強者っぽい台詞だけど、あたしすっごいむかっ腹が立ったわ。
こうなったら意地でも強さの秘密を暴いてやる。
で――。
ある日、あたしはお師匠様に誘われたのよ。
「今から魔法の開発をしようと思うんだけど、クレリアさんもついて来る?」
きたぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!
心の中で絶叫したわ。
これよ! これを待っていたのよ。
あたしは即答した。
「はい! お供します」
自分で言うのもなんだけど、すっごくいい声だったと思う。
それで連れてこられたのが、いつものスライムの狩り場だった。
実験室とか修練場とかに連れていってくれるのかと思っていたんだけど、拍子抜けしたわ。
だけど、幸いいつも連れているマスコットがいない。
これなら思う存分、観察できるわ。
今日は絶対帰さないんだから。
街から少し離れたところにくると、あいつは何やら呪文を唱え始めた。
それがとてもお粗末で、洗練されていなかったわ。
むろん、魔法は失敗に終わった。
何も起こらなかったのよ。発動色(魔法を使った際の発光色のこと)もなかった。
ホント無知なのね。
下準備もせずに、魔法が発動するわけないじゃない。
仕方ないから説明してあげたわ。
すると、あいつは初めて知ったらしく何やらメモを取っていた。
めんどくさいとか言ってたけど、意外と勉強熱心なところもあるのね。
まあ、メモを取るぐらいは普通だけど。
だけど、トモアキ師匠殿曰く、そんなことをしなくても魔法は発動したっていうの。それで魔法を見せてもらったのよ。独自魔法ってヤツをね。
びっくり……。
すべての能力値をMAXにする魔法なんて初めて知ったわ。
それにその「ぺぺぺ……」って何よ。
呪文舐めてるの?
さらにあたしに魔法のことを教えてくれた。
人の能力値をレベル50にする魔法。
大金を出す魔法。
前に使った魔法をリピートする魔法。
どれもこれもふざけたものばかりよ。
魔法の存在そのものを馬鹿にしてるわ。
だけど、あたしが一番むかついたのは。
そんな大事なことを、同業者にベラベラ喋ってるトモアキ様よ。
「ちょっと待ちなさいよ。あたしにそんな魔法のことを喋っていいの?」
「え? でも、クレリアさんはぼくの弟子だし。それに教師でもあるから、何かわかることはないかなって思ったんだけど」
信じるのは結構よ。
そもそもあたしの目的は、あんたの魔法だからね。
けど、無性に腹が立つ。
わかってるのかしら、こいつ。
あんたが今、魔法使いのアイデンティティを土足で踏みにじっているってことを。
「覚えておきなさい。魔法使いってのは、秘密主義なの。自分の能力を他者にひけらかしたりしないものなのよ」
「でも、それだとクレリアさんに教えられない……」
「ああ。もういいわ!」
「魔法使いとは」っていうところから、性根を叩きのめしたいところだけど、あたしにそんな義理はないわ。
さっさと魔法を覚えて、こんなところいなくなりたい。
「じゃあ、クレリアさんがぼくの魔法を唱えてみてよ」
「え? でも――」
「実は、ぼくも自分の魔法のことがよくわからなくて。ちょうど手伝ってくれる人を探してたんだ」
あたしは迷ったけど、提案に乗ることにした。
呪文を書いた紙を渡される。
あたしはその1つ、レベルマにする魔法を唱えた。
「ゆう○い――」
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ……。
けど、なにもおこらなかった。
何度もいうけど、ふざけた詠唱文だわ。
「どうかな?」
師匠殿はあたしにステータスカードを確認するよう要求した。
仰せに従って、カードを手元に出す。
変化はなかった。
「やっぱり、ぼくじゃないと無理か。クレリアさんならレベルが高いから唱えることが出来ると思ったんだけど」
「あたしが唱えられないのは当たり前よ」
「え?」
師匠殿は驚いていた。
本当に何も知らないのね。
「魔法ってのはイメージが重要なのは、魔導書を1度でも開いたことがあるなら知ってるでしょ」
「う、うん」
「おそらくこの呪文に対する固有のイメージがあって、あたしにはそれが描けていないのよ」
「固有のイメージか。なら、ハイミルドの人が使うのは難しいかな。この呪文は元々ぼくがいた世界のゲームの呪文なんだ」
「ゲーム?」
「えっと……。玩具、といえばいいのかな。プレイヤーが主人公になりきって、魔王を倒すっていう感じなんだけど」
よくわからないけど、ごっご遊びということかしら。
「異世界の遊具ね。それならあたしたちにはイメージしづらいかも」
「ごめんね。折角、弟子になってもらったのに」
「謝ってる割にはニヤニヤしてるように見えるけど。そんなにあたしがあなたの魔法を覚えられなくて、嬉しいのかしら」
そう。
むかつくことに、こいつは謝罪して、頭も下げているのに、何故か嬉しそうにしているの。腹が立つわ。単純に。下に見られているみたいで。
すると、向こうは思いっきり首を振った。
「そ、そういうわけじゃないんだ。……ああ、でも嬉しいかな。いや、魔法をどうのっていうわけじゃなくて」
「なら、なによ」
「こうやって魔法のことを話せたから」
「……!」
「ガヴのこともパーヤのことも好きだよ。でも2人とも魔法使いじゃない。だから、魔法のことは相談したくても出来なかった。ずっと悩みを抱えながら、魔法の研究を1人でやっていた。けど、クレリアさんが来て、やっと魔法のことが話せることが出来た。それが今嬉しい」
ああ……。
そうか。こいつ、ずっと苦しんでいたんだ。
魔法使いとして当然の――。
孤独にずっと耐えていたんだ。
魔法使いは秘密主義。
だから、一生1人で研究することもある。
耐えきれなくなって、挫折する人もいるほど、その人生は過酷だ。
あたしなら魔法学校の同期や教授に相談も出来る。
だが、こいつにはずっとそうした後ろ盾すらなかったんだ。
それは真に孤独なことかもしれない。
あたしは、こいつが孤独を知らずにぬくぬくと、あのメイドと獣人に囲まれ、ただ安穏と暮らしているだけなのかと思っていた。
しかし、それは違った。
こいつはずっとその苦しみを受け止め続けていた。
なんだ。
ちゃんとこいつ、魔法使いをしてるじゃない……。
あたしの口角が自然と上がっていた。
「クレリアさん、どうしました?」
「なんでもないわ。――ってなんで笑ってるのよ」
何がおかしいのか、目の前の男はクツクツと笑っていた。
「やっとクレリアさんらしくなってきたなって」
「は?」
「口調が元に戻ってますよ」
「あ……。そ、そんなことはありませんことよ、お師匠様」
「今さら元に戻してもダメです。ぼくはね。人が嘘をついているのを見破ることだけは自信があるんです。猫被っているのも初めからわかってました」
「なのに、あたしを弟子にしたの」
「さっきも言ったけど、魔法のことを話せる人がほしかったんです」
たったそれだけで、スパイを引き入れたってわけ。
懐が深いというよりは、こいつの場合そのリスクを全く考えてなさそう。
「1度聞いてみたかったんだけど、あんたなんでそんなに強いのに、力を隠してるのよ。あんたの力で本気で魔法を学べば、魔王ぐらい軽くひねれるでしょ」
「あんまり目立ちたくないから」
「それだけ?」
「それだけです」
「あんた、男でしょ。男でそんな力を持っていたら、英雄とかになってみたいと思わないの?」
「思いませんよ。魔王とか怖いし。ぼくは慎ましく暮らせれば、それだけでいいんです。まあ、その慎ましいという牙城が最近崩れかかってますけど」
「なんか格好悪いわね」
あたしの言葉を聞いて、トモアキは怒るどころか笑った。
そして草原を走ってきた風に黒い髪を煽られながら、異界出身の魔法使いはこういった。
「英雄になることが格好いいことなら、ぼくは格好悪くて結構です」
あたしは絶句した。
たぶん、それはあたしの根幹を揺るがす言葉だったと思う。
あたしはずっと第一線で活躍していた。
世界を救えるのは“爆撃の魔女”しかいない。
そう賞賛され続けてきた。
でも、勇者の登場によって、存在意義を失った。
あたしは落ち込んでいた。
目的を失って、どうしていいのかわからなかった
だから、今の言葉を聞いて、あたしは素直に感動したのだと思う。
そんな生き方もあるのだ、と目の前が師匠は教えてくれたのだ。
そして何より――。
少し……。
格好いいと思った。
「クレリアさん?」
「な、なんでもないわ。……ね、ねぇ」
あたしは目一杯顔を赤くしながら、つい口に出していた。
「あ、あんたって。彼女とかいるの?」
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